ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

504 / 1227
第502話 またやられた……

「悪い、待たせたか」

「ううん、教室で時間を潰してたから問題ないよ」

「里香と珪子はいないのか?」

「二人はちょっと買いたい物があるからって先に帰ったよ」

「そうか、それで和人が明日奈の時間潰しに付き合っててくれた訳か」

「それよりも八幡、熱があったんだろ?もう大丈夫か?」

 

 そう言いながら和人は、心配そうに八幡の顔を覗きこんだ。

 

「ああ、心配はいらないさ」

「そうか、それならいいんだけど……」

 

 そう八幡の事を心配する和人の顔を見て、

八幡は何を思ったか、いきなり和人の頭を引っぱたいた。

 

「痛っ、い、いきなり何をするんだよ!」

「いや、何か無性に殴りたくなってな……」

「意味が分からないよ!」

 

 もちろんそれは、姫菜の書いている作品の影響だった。

八幡の頭の中に、一瞬キリ×ハチの文字が踊り、

それで八幡は、どうしても和人の頭を引っぱたきたくなったと、そんな理由だ。

その時いきなり校内放送のチャイムが流れ出し、八幡は嫌な予感がした。

その予感は正しかった。直後に聞きなれた声が、スピーカーから流れ出したのだ。

 

『あらあらあら、放課後だというのに、わざわざ私に会いに来てくれたのかしら、

もう、本当に仕方のない甘えん坊さんね、

でも今日は残念ながら、これからお客様をお迎えしないといけないの』

「おい八幡、理事長がかまって欲しそうに八幡の事を見ているっぽいぞ」

「大丈夫だ、聞こえないフリをして大人しくここを立ち去れば問題ない、

いいか二人とも、絶対に放送室の方を見るなよ」

「……そんな事をしたら、後でひどい目にあわされるんじゃない?大丈夫?」

「明日奈がいうひどい目って、逆セクハラっぽい意味でだよな?

それなら大丈夫だ、夏休みに入るまで逃げ切れば、こっちの勝ちだからな」

『夏休みまで逃げ切ればこっちの勝ちだとか思っているのでしょうけど、

そのまま駐車場に向かったらきっと後悔するわよ、八幡君』

 

 その瞬間に、再び理事長からそんなアナウンスがあり、三人はぎょっとした。

 

「おいおい、エスパーかよ……」

「これだからあの人は侮れないんだよな……」

「理事長……さすがすぎる……」

 

 だがこうなったら八幡も、後には引けなかった。

八幡はそのまま踵を返し、キットの下へと向かった。

 

「おい、本当にいいのか?」

「いいんだ、さっさとここから逃げ出すぞ」

「お、俺のバイクはあっちだから、それじゃあまたな、八幡、明日奈」

「おう、またな」

「またね、和人君」

 

 和人は何か感じたのか、そう言いながら逆方向へと走っていった。

虫の知らせという奴だろうか、そしてその判断は、正解だった。

 

『ちょ、ちょっと、本当に帰っちゃうの?もう、そんな事をしたら挟むわよ!』

 

 八幡は思わず、何で何を挟むんだよと、振り返って突っ込みたくなったが、

それも理事長の作戦だと思い、必死でそれを我慢した。

 

「明日奈、絶対に反応するなよ、もうしばらくの我慢だからな」

「う、うん……でも何か嫌な予感が……」

「大丈夫、放送室から飛び降りでもしない限り、ここには間に合わん」

「そ、そのはずなんだけど……」

「よし着いたぞ、キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 そしてキットは運転席と助手席の扉を同時に開け、二人はキットに乗り込んだ。

 

「ふう、とりあえず何もなくて良かった……」

「ひゅっ……」

 

 その時明日奈が息を呑むような声を発し、

八幡は何かあったのかと外をきょろきょろと見回した。

その瞬間に、八幡の左手が明日奈に握られ、直後に八幡の手が、

何かに挟まれるように、とてつもなく柔らかい物に包まれた。

 

「明日奈、一体何………を………うわあああああああっ」

 

 訝しげに明日奈の方に振り返った八幡の目の前に、理事長の顔があり、

八幡はさすがに肝を潰して絶叫した。

 

「あら、人をお化けか何かだとでも思ったの?失礼しちゃうわ」

「なっ……なっ……なっ……」

「ななな?どういう意味かしらね、明日奈ちゃん」

「あ、あは……」

「な、何であんたがここにいるんだよ!!!」

 

 八幡は、後部座席にいたのであろう、理事長に対してそう叫んだ。

 

「何でって、言った通り挟みにきたのだけれど」

 

 その言葉で八幡は、自分の手が理事長に胸に挟まれている事に気がついた。

 

「おわっ……」

「うふふ、顔を赤くしちゃってかわいいわよね、ねぇ?明日奈ちゃん」

「そ、そうなんですよ、八幡君ってこういうところがかわいいんですよね!」

 

 明日奈はそう言われ、少し興奮ぎみにそれに同意した。

 

「おい明日奈、懐柔されるんじゃない」

「あっ、つい……」

「で、何故ここにあんたがいるんだよ!」

「だから挟む為だと言っているじゃない」

「だから答えになってねえんだよ……」

 

 八幡は、荒い息を吐きながらそう言った。

 

「あら八幡君、随分息が荒いわね

『今日は明日奈も朱乃も同時に相手をして、存分にかわいがってやる、ぐへへへへ』

とでも内心で思ってくれているのかしらね、

それなら私にもシャワーを浴びるくらいの時間は欲しいのだけれど」

「いつもの事だが、人の心の中を勝手に捏造すんな!」

「ちなみに今までの会話は、全部放送されているわよ」

「なっ……何だと!?」

 

 八幡は、信じられないようなものを見る目で理事長を見た後、窓を開けて外を見た。

そこには帰ったはずの和人の姿があり、和人は生暖かい目で、八幡に話しかけた。

 

「八幡、ずっと放送でお前達の声が流れてたから、心配になって戻ってきちまったぞ」

「ま、まじか……」

 

 見ると理事長の手にはマイクが握られており、八幡はそれで去年の事を思い出した。

確か去年の夏休み前も、理事長はこうして校門で生徒達を見送りながら、

また夏休み後に笑顔で再会しましょうなどと声をかけつつ、

校内放送で夏休み中に羽目をはずしすぎないように、

優しい声で全校生徒達に語りかけるように放送をしていたはずだ。

それを聞いて八幡は、一層理事長への尊敬を深めたのだが、

理事長の説明によると、どうやら今日は、その為のマイクテストを行っていたようだった。

 

「と、とりあえずマイクのスイッチを切れ!」

「仕方ないわねぇ、これでいい?」

「ふう………ひとまずこれで安心か」

 

 八幡はあからさまにほっとしたような顔をした。

さすがにいつまでも、この理事長とのやり取りを、残っている生徒達に聞かれるのは、

精神衛生上良くない事だからだ。そんな八幡を、理事長は更に煽った。

とはいえ悪気がまったく無いのが困り物である。

 

「しかしまさかこのタイミングで、あなたが重役出勤してくるなんてねぇ、

これはもう運命と言ってもいいのではないかしら、ねぇ?明日奈ちゃん」

「ま、まあある意味そうかもしれませんね、理事長……」

「和人君はどう思うかしら?」

「運命です、間違いありません!なので関係ない俺は、先に帰ってもいいでしょうか!」

 

 和人は理事長にそう問われ、清々しくもそう言い放った。

完全に八幡を売る気満々である。

 

「あっ、和人、お前裏切りやがったな!」

「裏切り?いつから俺がお前の味方だと思っていた!?俺は強い方に付く!」

「くそっ……後で覚えてろよ……」

「あっ、ごめんなさい、良かったら和人君も、ちょっと残ってもらってもいいかしら」

「えっ?」

 

 和人は予想外にそう言われ、焦ったような声を出した。

 

「ほら、さっき言ったじゃない?人を待ってるって。

実はマイクのテストはそのついでだったのよ」

「えっと、待ってるって誰をですか?」

「嘉納さんよ、今日は嘉納さんと八幡君を引き会わせるのは無理だと諦めていたから、

本当にこのタイミングで八幡君が来てくれたのは、運命よねぇ」

「あっ、運命ってそう言う……」

 

 八幡は自分の間違いに気づき、ぼそりとそう呟いた。

だがそれは、理事長に弱みを見せる事に他ならなかった。

 

「あらあら、一体何の運命だと思ったのかしら、興味があるわ、ねぇ?明日奈ちゃん」

「な、何の事だかさっぱり……」

「お、俺も何の事やら……」

 

 明日奈はそう言って何とか誤魔化した。だが八幡は当然逃げられなかった。

 

「あら、あなたは分かってるわよね?さっきまで、手が幸せな状態だったのだから」

「あんたが勝手にやったんだろ!それに別に幸せなんかじゃねえよ!」

「またまた、恥ずかしがりやさんなんだから、でも駄目よ、

もうすぐ嘉納さんが来るのだから、色っぽい話はその後でね」

「そんな話、する予定は永遠に無えよ!」

「あらあら、うふふ、突っ張っちゃってかわいいわね」

 

 そんな二人の会話を、明日奈と和人は苦笑しながら眺めていた。

二人は内心、この二人、本当に仲良しだよなと思っていたのだが、

それを言うと八幡が気の毒なので、さすがに口には出さなかった。

その代わりに和人は、別の言葉で八幡に助け船を出した。

 

「理事長、お楽しみのところをすみません、あの、嘉納さんというのはもしかして……?」

「おい和人、別に何も楽しんでねえからな?」

「分かってる、分かってるって」

 

 そう言いながら和人は、八幡を落ち着かせる為にその肩をぽんぽんと叩きながら、

返事を待つかのように、理事長の方を見た。

 

「そうね、あの嘉納さんよ、先日会ったわよね?」

「やっぱりですか、そうほいほい会える人じゃないはずなんですけどね……」

 

 理事長がそう言って校門の方を指差した為、和人はそちらに振り返った。

校門から、ちょうど年配の紳士が歩いて入ってくるのを見て、

和人はまさかと思い、目をこらしたが、秘書やSPの姿は見当たらなかった。

 

「ま、まさか歩いて?」

「おう、閣下は身軽だからな」

「秘書もSPも無しだなんて……」

「あの人はそういう人なんだよ、さあ明日奈、出迎えようぜ」

「う、うん!」

 

 そして八幡と明日奈は車を降り、理事長も一緒に車を降りた。

 

「嘉納さん、こっちこっち」

「閣下!」

「お?八幡君じゃねえか、今日はいないって聞いてたから、

会えないだろうなと寂しく思ってたんだが、これはとんだサプライズだな」

「はい、実はちょっと熱を出しちゃいまして、

とりあえず下がったんで明日奈を迎えに来たんですよ」

 

 そして明日奈も嘉納に丁寧な挨拶をした。

さすがはいいところのお嬢様であると言うべきだろう。

 

「嘉納さん、お久しぶりです」

「おう、明日奈さん、元気そうで何よりだ、和人君もな!」

「嘉納大臣、お久しぶりです!」

「おう、久しぶりだな、それと和人君も、八幡君みたいに、俺の事は閣下でいいからな」

「は、はい!」

 

 そして嘉納は、理事長の方へと振り返った。そんな嘉納に、理事長は笑顔で言った。

 

「という訳で嘉納さん、せっかくだし、このまま理事長室でお茶にしましょうか。

この三人にも話を聞いてもらえば、いいアイデアも出るかもしれないわよ」

「そうしますか、せっかくだし三人とも、俺の相談に乗ってくれ」

「相談ですか?何かありましたか?」

「ああ、先日提供してもらったシステムの事でちょっとね」

「そういう事ですか、分かりました、明日奈と和人もそれでいいよな?」

「よく分からないけど、こんな機会はめったに無いから別にいいぜ」

「私も大丈夫だよ」

「それじゃあ行きましょうか」

 

 こうして五人は、理事長室へと向かった。

途中で八幡は、生徒達に先ほどの会話について冷やかされ、

理事長もそれに乗り、他の生徒達と一緒に八幡をとことんからかった。

その姿を見ていた嘉納は、苦笑しながら和人に言った。

 

「あの人は、学校だと本当に少女みたいな態度をとるんだなぁ」

「学校だからというか、八幡が一緒の時は、ですね、

俺達が相手だと、さすがにあそこまでじゃありませんよ」

「そうか、まあ楽しそうで何よりだ」

「ですね」

 

 そして理事長室に入り、嘉納は三人に、悩み事を打ち明け始めたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。