「おいキリト、これはどこまで行くんだ?」
「さあ、トンキーに聞いてくれよ」
「トンキー、どうなんだ?」
そう言われたハチマンは、冗談のつもりでトンキーにそう話しかけた。
ところが案に相違して、トンキーは任せろと言わんばかりに触手でハチマンの前方を示し、
そちらへ向かってひたすら進んでいった。
「ハチマン様、もしかしてトンキーは、こっちの会話を理解しているんでしょうか」
「どうなんだろうな、まあ牢屋の中の須郷に聞かないと本当の所は分からないが、
実際通じてるみたいだから、会話は無理だが意思疎通はある程度可能っぽいよな」
その後もひたすら突き進むトンキーの後をついていった一行は、
やがてぽっかりと口を開ける、洞窟の入り口へとたどり着いた。
「トンキー、目的地はここか?」
その問いに、トンキーは肯定のつもりなのか、耳をひらひらとさせ、
そのままその長い鼻で、中を指し示した。
「よし、俺とキリトが先頭に立つ、ここからはおそらく飛べないからな」
「敵の領域に入るしな」
ヨツンヘイムにおいては、プレイヤーは基本、敵の出ないエリアしか飛ぶ事は出来ない。
つまりここからは、飛行での移動は不可能になる。
そしてキリトとハチマンはトンキーの前を歩き、その後を仲間達がぞろぞろとついていった。
「ここは……」
「神殿みたいな雰囲気の場所だな」
「なぁハチマン、柱と柱の奥に、そこそこ広いスペースがあるぞ」
「おっ、ここなら安全にログアウト出来そうだな」
「問題は敵の沸きなんだが……」
「それなら問題ない、あれを見ろキリト」
「お?」
正面には、まるで岩山に作られた都市のような、複雑な地形が広がっており、
そこを多くの巨人族が徘徊しているのが見えた。
「おお、でかいな」
「ん、おい、敵が一体、こっちに向かってくるぞ」
「いきなりかよ、総員戦闘配置!」
その指示を受け、メンバー達はそれぞれ戦闘態勢をとったのだが、
その巨人族は、ハチマン達には脇目もふらず、トンキー目がけて突き進んでいく。
それを迎え撃つ為か、トンキーも吠え、二体のモンスターはそのまま戦い始めた。
「トンキーは邪神系モンスターだと思うが、もしかして巨人族とは仲が悪いのか?」
「かもしれないな、とりあえず巨人を倒しちまおう」
さすがにトンキーの力もあり、敵はあっさりと沈んだ。
「ハチマン、もう一体来てる」
「落ち着かないな、狩場としては何ともいえないが」
その直後にトンキーが、まるで安全地帯を確保するかのように、
柱と柱の間に人が通れるスペースを確保しつつ、岩に擬態した。
その瞬間に、こちらに向かってきていた巨人は動きを止め、くるりと引き返した。
「おお?」
「ハチマン君、これって……」
「どうやらそういう事らしいな、巨人はとにかくトンキーを狙ってくるから、
その狙いから逃れる為に、トンキーが擬態したんだろう」
「うわぁ、トンキーって頭がいいのね」
「まあこれで、安全が一定程度確保出来たのではないかしら」
その安全という言葉にクラインが反応した。
「いつもならここで、連合の奴らが邪魔しにくるところだけど、今日も来るかねぇ?」
「あいつらしつこいからな、まあ来ると思うが、
背後からの奇襲は防げそうだし、気にせずいこう、何せ今日はフルメンバーだからな」
こうして狩りが始まった。コマチやレコン、そしてアルゴが敵を釣り、
それを残ったメンバーが、ガンガン狩っていく。
それをモニターで見ていたゲスト組は、その手際に感嘆していた。
「うわぁ、凄い迫力だねぇ」
「最強ギルドってこんな感じなんだ」
「あの魔法の呪文、覚えられる気がまったくしないんだけど……」
丁度その時巨人の巨体がぐらりと揺れ、その頭が後方に弾けた。
ハチマンのカウンターである。
「な、何であれだけの体格差があるのにカウンターを決められるの?」
「うわ、キリト君の、カウンターが決まる事を分かってたみたいなありえない追い討ち……」
「裁ききれない敵は、魔法と遠隔攻撃で葬ってるね」
「本当にえげつない……」
この時、他にもこの戦闘を見ている者がいた、連合の先遣隊である。
「フルメンバーのあいつらに喧嘩を売るのは自殺行為だな……」
「今召集をかけてるから、最大百人は集められるはずだ、
いつまでもあいつらだけにでかい面をさせておかないさ」
「さて、そろそろ適当に休憩を挟んでいくか」
「了解、それじゃあペースを落とそう」
「俺はちょっとトイレだな、そんな感じがする」
「あ、俺も俺も」
「それじゃあ私も……」
ハチマンとキリト、それにアスナはそう言って、トンキーの陰に移動し、ログアウトした。
一方残る者達の中では、熱心に先輩に教えを乞う者が多く見られた。
例えば最近めきめきと力をつけてきた、タンクのセラフィムである。
「ユイユイ、私にもっと、タンクの技術を……」
「セラフィムも随分力が上がってきたし、そろそろ次の段階かなぁ」
「ヘイト管理が少し苦手で……」
「ALOは、明確に職業が分岐してる訳じゃないから大変だよね」
他にもフェイリスは、イロハやユミーと熱心に魔法談義をしていた。
「何か魔法の呪文を覚えるコツはあるのかニャ?」
「う~ん……やっぱり慣れ?」
「私も勉強はそんなに得意じゃないけど、いつの間にか覚えてましたね、
歌の歌詞を覚えるみたいな感じ?」
「フェイリスはでも、覚えがいい方だと思う」
「うん、種族的に不得意だと言われてる魔法もかなり覚えてるみたいだし」
「数多くの魔法を駆使出来るようになるのが理想なのニャ、
ここに来てから、フェイリスが日ごろ抱えてた欲求がどんどん叶えられていくから、
今はとにかく楽しくて仕方ないのニャ!」
「うん、楽しいよね」
「ハチマンと出会えた事は、フェイリスの人生の中で一、二を争う大きな出来事ニャよ」
クリシュナは、シノンやリズベットと支援魔法について話をしていた。
「クリシュナの魔法、ALOじゃ今まで専門に使う人はいなかったけど、
やっぱりあると無いとじゃ段違いだよね」
「私としては、命中に補正がかかってくれるのは、本当に助かる」
「前衛的にも、どうしても敵の攻撃を被弾しちゃうタイミングってあるから、
そういうのが軽減されるのは有難いかなぁ」
「他にも実は使える魔法があるんじゃないかって、色々試しているんだけど」
「そうだねぇ、カタログスペックだけじゃ計れない部分ってあるしね」
「もっと色々試してみようね」
その間もペースこそ落としたが、レコンが敵を釣り続けており、
その間にコマチは、アルゴと密偵の役割について、談義を交わしていた。
「情報収集の他にも、やっぱり先に敵を見つけて先手をとるのが大事だよナ」
「ですね、コマチももう少し、そっち系の技術を学びたいです」
「魔法も効率よく使えるようにならないとナ」
「そっちはレコン君が得意なんですよね」
「まあコマっちは、かなり優秀な方だと思うゾ」
「でもアルゴさんと比べると……」
「まあ経験の差だな、そのうちオレっちなんか、軽く超えてくだロ」
「そうなれるように頑張ります!」
「とりあえずそうだな、今この神殿の入り口にどんどん集結中の、
敵集団の事くらいは察知出来るようになれればいいナ」
突然そう言われたコマチは、賢明にもそちらに顔を向ける事はせず、
横目でそちらをチラッと見た。
「まじですか……それはまずいですね」
「別にまずくないさ、もう仲間達には密かに伝えてあるからな、
コマっちとレコレコには、釣りが忙しそうだったから伝えるのが最後になっちまったけどナ」
「それじゃあお兄ちゃんもこの事は?」
「ああ、もちろん知ってるぞ、どうやらあえてログアウトして、
誘いをかける事にしたみたいだナ」
「なるほど……」
「ちなみにそれだけじゃないんだが、それは後のお楽しみだゾ」
「おい、ハチマンとキリトとアスナが落ちたみたいだぞ」
「問題はソレイユとユキノだが……」
「おっ、あの二人も落ちるんじゃないか?」
「よく見えないが、あそこに移動したって事はそういう事だな」
「仲間は何人集まってる?」
「今百人を超えました!」
「よし、そろそろ襲撃だ、主だったギルドのリーダーを集めてくれ、役割分担を相談しよう」
「ねぇ、八幡さん」
「ん?」
「あの人達、たまたま狩場がかちあった別のギルドの人?」
「いや、あいつらは、俺達を襲おうとしてる敵対ギルドの奴だな、
アルゴが発見してくれて、ログアウトする時に、
モニターで入り口が見えるような位置で落ちてきたんだよ」
「どう見ても、発見されている事に気付いてませんよね……」
「うちの斥候は優秀だからな」
八幡は、ABCに質問され、そんな説明をしていた。
「まあ見てろって、これから面白い事が起きるからな」
「あんた達がいなくて大丈夫なの?」
「小猫、お前は昔、大勢でキリトを囲んだが、その時何があったか覚えてるだろ?」
「うっ……ひ、人の黒歴史をこんな所で披露しないでよ!」
「まああの時みたいにとんでもない差がある訳じゃないが、
戦闘は数じゃないところを今回はあいつらに思い知らせてやるさ、
それに俺達も、途中からちゃんと戦闘に参加するしな、
そろそろあいつらにも、ヴァルハラの底力をしっかりと見せつけてやる」
「相手が気の毒になるわね……」
「そろそろ敵が突入してくる頃合いだな、まあお前はのんびりと見物してろ」
そしてモニターの中で、ついに敵が動いた。
「よし、それじゃあ行ってくるわ」
「八幡君、頑張ってね!」
香蓮が八幡に声援を送る。
「おう、任せろ、今日は徹底的にやってやるさ、罠もはってあるしな」
「罠?」
その時水分補給をしていた雪乃が、横からそう言った。
「分からない?ここにいるはずなのに、いない人がいるでしょう?」
「雪乃さん、それって……あっ」
それを隣で聞いていた優里奈が、きょろきょろしながら何かに気付いたように言った。
「まあそういう事だ、行くぞ、キリト、アスナ、ユキノ」
「おう!」
「うん!」
「ええ」
こうして敵は奇襲を仕掛けたつもりで、逆に罠の中に飛び込む事となった。