ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第506話 八月八日・罠

「おいキリト、これはどこまで行くんだ?」

「さあ、トンキーに聞いてくれよ」

「トンキー、どうなんだ?」

 

 そう言われたハチマンは、冗談のつもりでトンキーにそう話しかけた。

ところが案に相違して、トンキーは任せろと言わんばかりに触手でハチマンの前方を示し、

そちらへ向かってひたすら進んでいった。

 

「ハチマン様、もしかしてトンキーは、こっちの会話を理解しているんでしょうか」

「どうなんだろうな、まあ牢屋の中の須郷に聞かないと本当の所は分からないが、

実際通じてるみたいだから、会話は無理だが意思疎通はある程度可能っぽいよな」

 

 その後もひたすら突き進むトンキーの後をついていった一行は、

やがてぽっかりと口を開ける、洞窟の入り口へとたどり着いた。

 

「トンキー、目的地はここか?」

 

 その問いに、トンキーは肯定のつもりなのか、耳をひらひらとさせ、

そのままその長い鼻で、中を指し示した。

 

「よし、俺とキリトが先頭に立つ、ここからはおそらく飛べないからな」

「敵の領域に入るしな」

 

 ヨツンヘイムにおいては、プレイヤーは基本、敵の出ないエリアしか飛ぶ事は出来ない。

つまりここからは、飛行での移動は不可能になる。

そしてキリトとハチマンはトンキーの前を歩き、その後を仲間達がぞろぞろとついていった。

 

「ここは……」

「神殿みたいな雰囲気の場所だな」

「なぁハチマン、柱と柱の奥に、そこそこ広いスペースがあるぞ」

「おっ、ここなら安全にログアウト出来そうだな」

「問題は敵の沸きなんだが……」

「それなら問題ない、あれを見ろキリト」

「お?」

 

 正面には、まるで岩山に作られた都市のような、複雑な地形が広がっており、

そこを多くの巨人族が徘徊しているのが見えた。

 

「おお、でかいな」

「ん、おい、敵が一体、こっちに向かってくるぞ」

「いきなりかよ、総員戦闘配置!」

 

 その指示を受け、メンバー達はそれぞれ戦闘態勢をとったのだが、

その巨人族は、ハチマン達には脇目もふらず、トンキー目がけて突き進んでいく。

それを迎え撃つ為か、トンキーも吠え、二体のモンスターはそのまま戦い始めた。

 

「トンキーは邪神系モンスターだと思うが、もしかして巨人族とは仲が悪いのか?」

「かもしれないな、とりあえず巨人を倒しちまおう」

 

 さすがにトンキーの力もあり、敵はあっさりと沈んだ。

 

「ハチマン、もう一体来てる」

「落ち着かないな、狩場としては何ともいえないが」

 

 その直後にトンキーが、まるで安全地帯を確保するかのように、

柱と柱の間に人が通れるスペースを確保しつつ、岩に擬態した。

その瞬間に、こちらに向かってきていた巨人は動きを止め、くるりと引き返した。

 

「おお?」

「ハチマン君、これって……」

「どうやらそういう事らしいな、巨人はとにかくトンキーを狙ってくるから、

その狙いから逃れる為に、トンキーが擬態したんだろう」

「うわぁ、トンキーって頭がいいのね」

「まあこれで、安全が一定程度確保出来たのではないかしら」

 

 その安全という言葉にクラインが反応した。

 

「いつもならここで、連合の奴らが邪魔しにくるところだけど、今日も来るかねぇ?」

「あいつらしつこいからな、まあ来ると思うが、

背後からの奇襲は防げそうだし、気にせずいこう、何せ今日はフルメンバーだからな」

 

 こうして狩りが始まった。コマチやレコン、そしてアルゴが敵を釣り、

それを残ったメンバーが、ガンガン狩っていく。

それをモニターで見ていたゲスト組は、その手際に感嘆していた。

 

「うわぁ、凄い迫力だねぇ」

「最強ギルドってこんな感じなんだ」

「あの魔法の呪文、覚えられる気がまったくしないんだけど……」

 

 丁度その時巨人の巨体がぐらりと揺れ、その頭が後方に弾けた。

ハチマンのカウンターである。

 

「な、何であれだけの体格差があるのにカウンターを決められるの?」

「うわ、キリト君の、カウンターが決まる事を分かってたみたいなありえない追い討ち……」

「裁ききれない敵は、魔法と遠隔攻撃で葬ってるね」

「本当にえげつない……」

 

 この時、他にもこの戦闘を見ている者がいた、連合の先遣隊である。

 

「フルメンバーのあいつらに喧嘩を売るのは自殺行為だな……」

「今召集をかけてるから、最大百人は集められるはずだ、

いつまでもあいつらだけにでかい面をさせておかないさ」

 

 

 

「さて、そろそろ適当に休憩を挟んでいくか」

「了解、それじゃあペースを落とそう」

「俺はちょっとトイレだな、そんな感じがする」

「あ、俺も俺も」

「それじゃあ私も……」

 

 ハチマンとキリト、それにアスナはそう言って、トンキーの陰に移動し、ログアウトした。

一方残る者達の中では、熱心に先輩に教えを乞う者が多く見られた。

例えば最近めきめきと力をつけてきた、タンクのセラフィムである。

 

「ユイユイ、私にもっと、タンクの技術を……」

「セラフィムも随分力が上がってきたし、そろそろ次の段階かなぁ」

「ヘイト管理が少し苦手で……」

「ALOは、明確に職業が分岐してる訳じゃないから大変だよね」

 

 他にもフェイリスは、イロハやユミーと熱心に魔法談義をしていた。

 

「何か魔法の呪文を覚えるコツはあるのかニャ?」

「う~ん……やっぱり慣れ?」

「私も勉強はそんなに得意じゃないけど、いつの間にか覚えてましたね、

歌の歌詞を覚えるみたいな感じ?」

「フェイリスはでも、覚えがいい方だと思う」

「うん、種族的に不得意だと言われてる魔法もかなり覚えてるみたいだし」

「数多くの魔法を駆使出来るようになるのが理想なのニャ、

ここに来てから、フェイリスが日ごろ抱えてた欲求がどんどん叶えられていくから、

今はとにかく楽しくて仕方ないのニャ!」

「うん、楽しいよね」

「ハチマンと出会えた事は、フェイリスの人生の中で一、二を争う大きな出来事ニャよ」

 

 クリシュナは、シノンやリズベットと支援魔法について話をしていた。

 

「クリシュナの魔法、ALOじゃ今まで専門に使う人はいなかったけど、

やっぱりあると無いとじゃ段違いだよね」

「私としては、命中に補正がかかってくれるのは、本当に助かる」

「前衛的にも、どうしても敵の攻撃を被弾しちゃうタイミングってあるから、

そういうのが軽減されるのは有難いかなぁ」

「他にも実は使える魔法があるんじゃないかって、色々試しているんだけど」

「そうだねぇ、カタログスペックだけじゃ計れない部分ってあるしね」

「もっと色々試してみようね」

 

 その間もペースこそ落としたが、レコンが敵を釣り続けており、

その間にコマチは、アルゴと密偵の役割について、談義を交わしていた。

 

「情報収集の他にも、やっぱり先に敵を見つけて先手をとるのが大事だよナ」

「ですね、コマチももう少し、そっち系の技術を学びたいです」

「魔法も効率よく使えるようにならないとナ」

「そっちはレコン君が得意なんですよね」

「まあコマっちは、かなり優秀な方だと思うゾ」

「でもアルゴさんと比べると……」

「まあ経験の差だな、そのうちオレっちなんか、軽く超えてくだロ」

「そうなれるように頑張ります!」

「とりあえずそうだな、今この神殿の入り口にどんどん集結中の、

敵集団の事くらいは察知出来るようになれればいいナ」

 

 突然そう言われたコマチは、賢明にもそちらに顔を向ける事はせず、

横目でそちらをチラッと見た。

 

「まじですか……それはまずいですね」

「別にまずくないさ、もう仲間達には密かに伝えてあるからな、

コマっちとレコレコには、釣りが忙しそうだったから伝えるのが最後になっちまったけどナ」

「それじゃあお兄ちゃんもこの事は?」

「ああ、もちろん知ってるぞ、どうやらあえてログアウトして、

誘いをかける事にしたみたいだナ」

「なるほど……」

「ちなみにそれだけじゃないんだが、それは後のお楽しみだゾ」

 

 

 

「おい、ハチマンとキリトとアスナが落ちたみたいだぞ」

「問題はソレイユとユキノだが……」

「おっ、あの二人も落ちるんじゃないか?」

「よく見えないが、あそこに移動したって事はそういう事だな」

「仲間は何人集まってる?」

「今百人を超えました!」

「よし、そろそろ襲撃だ、主だったギルドのリーダーを集めてくれ、役割分担を相談しよう」

 

 

 

「ねぇ、八幡さん」

「ん?」

「あの人達、たまたま狩場がかちあった別のギルドの人?」

「いや、あいつらは、俺達を襲おうとしてる敵対ギルドの奴だな、

アルゴが発見してくれて、ログアウトする時に、

モニターで入り口が見えるような位置で落ちてきたんだよ」

「どう見ても、発見されている事に気付いてませんよね……」

「うちの斥候は優秀だからな」

 

 八幡は、ABCに質問され、そんな説明をしていた。

 

「まあ見てろって、これから面白い事が起きるからな」

「あんた達がいなくて大丈夫なの?」

「小猫、お前は昔、大勢でキリトを囲んだが、その時何があったか覚えてるだろ?」

「うっ……ひ、人の黒歴史をこんな所で披露しないでよ!」

「まああの時みたいにとんでもない差がある訳じゃないが、

戦闘は数じゃないところを今回はあいつらに思い知らせてやるさ、

それに俺達も、途中からちゃんと戦闘に参加するしな、

そろそろあいつらにも、ヴァルハラの底力をしっかりと見せつけてやる」

「相手が気の毒になるわね……」

「そろそろ敵が突入してくる頃合いだな、まあお前はのんびりと見物してろ」

 

 そしてモニターの中で、ついに敵が動いた。

 

「よし、それじゃあ行ってくるわ」

「八幡君、頑張ってね!」

 

 香蓮が八幡に声援を送る。

 

「おう、任せろ、今日は徹底的にやってやるさ、罠もはってあるしな」

「罠?」

 

 その時水分補給をしていた雪乃が、横からそう言った。

 

「分からない?ここにいるはずなのに、いない人がいるでしょう?」

「雪乃さん、それって……あっ」

 

 それを隣で聞いていた優里奈が、きょろきょろしながら何かに気付いたように言った。

 

「まあそういう事だ、行くぞ、キリト、アスナ、ユキノ」

「おう!」

「うん!」

「ええ」

 

 こうして敵は奇襲を仕掛けたつもりで、逆に罠の中に飛び込む事となった。


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