「よっ」
「ザ・ルーラーだ!」
「くそ、ハチマンめ……」
「もちろん私もいるわよ」
先ほどまでぐったりとしていたはずのソレイユが、
ここで余裕たっぷりな表情でそう言うのを見て、
ハチマンは、さすが姉さんはよく分かってるなと舌をまいた。
(つらいだろうに、こういう所はやっぱり姉さんだよなぁ……)
そう考えつつも、ハチマンは敵を威圧する為にこう言った。
「さて、それじゃあ大人しくここで死んでくれ、今日はオレの誕生日なんでな」
そのおかげでハチマンに殺到しかけていた敵も足を止め、
その場は一瞬の膠着状態に陥った。
そしてソレイユが魔法の詠唱を開始し、ハチマンは内心仰天した。
「そこまでしなくても平気だぞ」
そっとソレイユにそう耳打ちしたハチマンの肩を、
ソレイユが軽く押し出すようにポンと叩いた。
その瞬間に魔法が発動し、敵の中央で、一瞬弱い雷のようなものが発生した。
魔力がほとんど無い為、本当に一瞬であったが、
それは十分隙といえるものになり、ハチマンはその瞬間に、
ソレイユの手を引きながら、敵の中央へと突っ込んだ。
「ひっ……」
「うわああああ!」
敵はどうやら軽く硬直しているようで、目だった動きを見せず、
ハチマンはその間を突破し、無事に味方の所へと合流する事が出来た。
「ハチマン、援軍はどうなった?って聞くまでもないか」
「姉さんが既に殲滅済だ、ただ相当きついアレンジをした大きな魔法を使ったんで、
もう魔力が空っぽらしい、コマチ、姉さんを後方に連れていって、ガードについてくれ」
「分かった、ソレイユお姉ちゃん、こっちこっち」
「ごめんねコマチちゃん、ありがとうね」
そしてハチマンは敵に向き直り、堂々と中央で宣言した。
「さて、第二、いや、第三ラウンド開始だ、
さっさとかかってこい、時間がもったいないからな」
「く、くそっ、いつまでもなめられてたまるか、行くぞお前ら、
ここで何としても、ハチマンを討ち取るぞ!」
「無理、無謀、無能」
「そんな事出来ると思ってるの?」
その左右にセラフィムとユイユイが立ちはだかり、ハチマンの両翼をガッチリと固めた。
その更に隣にはクラインとエギルが睨みをきかせたままであり、
二人の後方にはユミーとイロハがそれぞれ付いている。
専門のタンクではない二人も、こうして魔法職と組む事によって、
囲まれない状態を作る事に成功しており、敵の突破を完全に阻めると思われた。
こうなると連合にとってはつらい。どうしていいのか分からず、その足も鈍くなる。
当然その状況でハチマンが何もしない訳はなく、
ハチマンはゆっくりと前に歩き出し、ことさらに自分が標的になるように、
完全に単騎で敵の前へと突出した。
「どうした?かかってこないのか?」
「も、もちろん行くさ、お前ら、攻撃を……」
「だからいちいち行動がとろいんだっつの、少しは自分で考えて行動出来ないのか?
こっちはいちいちアレをしろコレをしろなんて指示はまったく出していないんだがな」
そう言いながら、ハチマンは一瞬で敵先頭との距離を詰め、
敵が咄嗟に戦闘体制をとろうと剣を構えようとした、その状態でカウンターをくらわせた。
「んなっ……」
「その状態でもカウンターは出来るんだぞ、ほれ、次だ」
ハチマンはそのプレイヤーを蹴り飛ばし、次に左右から斬りかかってきた敵に、
二刀で同時にカウンターをくらわせた。
その瞬間に、ハチマンの背後からキリトとフカ次郎が飛び出し、
敵二人はバッサリと両断され、キリトとフカ次郎は敵の体が消滅しないうちに、
その敵二人を激しく後方へと蹴りつけ、中央にぽっかりと穴があいた。
そこに飛び込んだのが、アスナとリーファである。
スピードタイプである二人は、中央のスペースで縦横無尽に剣を振るい、
それによってその穴は、どんどんと広がっていった。
左右に広がった敵は、魔法攻撃をくらってバタバタと倒れていき、
慌てて魔法の詠唱を始めた敵はシノンの弓に貫かれ、残りの仲間達もそこに殺到し、
連合の生き残り達は、数の優位をまったく生かせず、その数を加速度的に減らしていた。
ハチマンは悠々と前進を続けており、その左右はタンク二人が守り、
連合の生き残りは、もはやヴァルハラと同数の、二十人程度となっていた。
「で?」
「あの狭い路地なら敵を簡単には通さないはずだ!
中に入ったら、タンクは前で防御を固めろ!」
「狭い路地?あっ、お前ら、そこは……」
ハチマンが制止しようとしたが、そのプレイヤー達はそれに耳を貸さず、
我先にとその路地へと逃げ込んだ。
「………ハチマン、どうする?」
「どうもこうも、こうなったら見てるだけで終わるだろうさ」
「だよな……」
そこでヴァルハラのメンバーは足を止め、その場にゆっくりと腰をおろした。
完全にくつろぎムードである。
「な、何のつもりだ!」
「何って言われても……なぁ?」
ハチマンの視線がかなり上を向いているのを見て、連合の生き残り達は、
釣られて自分達の上を見た。よく見ると、随分と天井が近くに迫っている。
「な、何だこれ!?」
「ヴァルハラは、こんな仕掛けまで作れるのか!?」
「そんな訳無いだろ、馬鹿かお前は、ほれ、良く見ろ」
そう言われて改めて上を観察したそのプレイヤーは、ある事に気がついた。
天井には突起が二本あり、その突起は、円柱の先が平らになっているように見える。
「こ、これは……まさか……生き物の足!?」
「正解」
「まあもう遅いんだけどね」
その瞬間に、トンキーの足が連合の生き残りの上に振り下ろされた。
トンキーは何度も何度もその場で『足踏み』をし、やがてその場は静寂に包まれた。
「よし、それじゃあまた交代で休憩しながら狩りを続行な」
「ちょっと落ちる場所を変えようぜ、あそこだと、共同墓地にいるみたいで落ち着かない」
「だな、それじゃあトンキーには、今度は反対側の穴に移動してもらおう」
「トンキー、こっちこっち」
一瞬で敵を葬ったトンキーは、そのキリトの呼びかけに嬉しそうに答え、
言われた通りに逆のスペースに移動し、そこでまた岩に擬態した。
「それじゃあまだ元気な奴は残るとして、疲れた奴は落ちて休んできてくれ、
ちなみに俺は残るからな」
「ハチマン様が残るなら、私も残ります」
「セラフィムちゃんは元気だなぁ、私は一度落ちようかな」
「フェイリスはまだまだいけるニャ」
「私はもちろん大丈夫、ユキノとキリト君もだよね?」
「おう、まったく問題ない」
「私も興が乗ってきた所だし、もう少し弓に慣れたいから、しばらく残るわ」
「コマチもまだまだ平気かな」
残りのメンバーは一度落ちて休憩するようで、結局八人だけが残る事になった。
「それじゃあコマチが敵を釣ってくるね」
「頼む」
そのまま平然と狩りが続行され、死亡マーカー、いわゆるリメインライトになった者達は、
それを恨めしそうに画面の向こうで見つめていた。
「………あらまああっさりと」
「ヴァルハラって強いんだねぇ」
「VRゲーム全部を合わせても、最強なんじゃない?」
「って事は日本最強?」
「世界最強じゃないですかね」
「いやぁ、そう言われても全然想像がつかないよな」
観客達は、そんな会話を交わしていた。
そして次々とプレイヤーがログアウトしてきた為、場はいきなりにぎやかになった。
「紅莉栖ちゃん、お疲れ様」
「ううむ、お前ももうすっかりヴァルハラの戦士なのだな、クリスティーナ」
「ティーナ言うな!でもそうね、自分でも驚いているんだけど、
私にこんな好戦的な部分があったなんて、思いもしなかったわ」
そう言われたキョーマとダルは、思わず顔を見合わせた。
「牧瀬氏は昔からそうだったような……」
「なっ……」
「だな、俺が何度痛い目に合わされてきた事か……」
「そ、そんな事無いわよ!無いわよね、まゆり!?」
「あは、紅莉栖ちゃんはいつも元気だよねぇ」
「フォローになってない!?」
一方、どちらかといえば大人しい似た者同士として、
ニコニコしながら優里奈と会話していた香蓮は、
美優が戻ってきたのを見て、そちらへと駆け寄った。
「美優、お疲れ様」
「おうコヒー、どうだった?フカちゃんは格好良かっただろう?」
「ふふっ、そうね」
「と言う訳で、肩をもんでくれい!」
「仕方ないなぁ、別に構わないわよ」
そして二人はそのままモニターを見上げ、ぎょっとした。
「何あの敵の数……」
「さすがというか……」
人数が減ったにも関わらず、画面の中ではヴァルハラの幹部連が、
多くの敵を同時に相手どり、派手な戦闘を繰り広げていた。
「さっきは全員が主力とか言ったけど、やっぱりあいつらはちょっと違うんだよなぁ」
遼太郎が一歩進み出てそう言い、他の者もそれに同意した。
「それにしてもやりすぎじゃない?何でこんな数が?」
「トンキーが一瞬姿を現したせいで、敵がこっちに多く向かってる最中に、
小町が釣りにいっちまって、それでトレインみたいな感じになったっぽいぞ」
「ああ、そういう……」
画面の中では問題なく狩りが成立していそうな雰囲気に見えたが、
実際に戦っている者達は必死だった。
「コマチ、多い!」
「ごめん、まさかこんなにいるとは……」
「トンキーに手伝ってもらうか?」
「そしたらもっとたくさんの敵が来ちゃうんじゃない?」
「あ、そっか」
「まあ何とかなるでしょ、ユキノさえ生きてれば」
「だな、頼むぞユキノ」
「ええ、そこは任せて頂戴」
「気円ニャン!」
必死ながらも、ハチマンはとても楽しそうな表情をしており、
彼にとってはこの日の狩りは、とてもいい誕生日プレゼントになったようだ。
ちなみに今日がハチマンの誕生日だという事は、
町に戻った連合のプレイヤーの間で広められ、
狩りを終えて町に戻った後、ハチマンは多くの女性プレイヤーに囲まれ、
延々とおめでとうと言われ続ける事になった。
最初はそれをニコニコと見ていたアスナだったが、
さすがにその数の多さにたまりかねたのか、途中でそこに割って入り、
加えて他の女性陣もガードに付き、それでやっとその喧騒は終了する事となった。
「ふう、大変な状態だったね」
「だな、何かすまん」
「八幡君、あんまり表に出てこないのに、凄い人気だったよね……」
「だな、何でだろうな」
「逆にそれがミステリアスでいいんじゃない?」
「なるほど……」
八幡達はぐったりし、今はログアウトしてソファーに腰を下ろしていた。
そこに陽乃が手配していたバースデーケーキがサプライズで運ばれてきて、
八幡は目を丸くしつつも、ロウソクの火を吹き消した。
「「「「「「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」」」」」」
この後の八幡の誕生日は、仲間達に囲まれた、とても穏やかな時間となったのだった。