「比企谷君、明後日にまた、観葉植物のメンテナンスでお邪魔するね」
「ちなみに俺もまたバイトとして参加するからな、八幡」
千佳が八幡にそう言い、和人が横からそう言った。
「俺達はその日、ここでバイトの予定が入ってるんだよな」
「くっそぉ、千佳ちゃんの為に働きたかった……」
「ふふっ、メンテナンスはそんなに大変じゃないから、大丈夫だよ二人とも。
でもその気持ちは本当に嬉しいよ、本当にありがとね」
その風太と大善と千佳の仲の良い様子を見て八幡は、
将来この二人は千佳を巡っての恋のライバルになるのだろうかと漠然と考えた。
だが千佳にその気は無く、あえて誰か一人を選ぶとしたら、
八幡がいいなと考えていたのは前に語られた通りである。
それが実現する可能性は限りなく低いのだが、当の八幡はもちろんそんな事は知らないし、
千佳も、他のライバル達を乗り越えてまで何らかの行動を起こす気はまったく無かった。
千佳の望みは、八幡とたまにお話しして、食事にでも行ければそれで十分かなという、
まったく欲の無い物であり、それは既に実現している為、
千佳は、今でも自分は十分幸せだと感じていた。
「おい和人、仲町さんに絶対に迷惑はかけるなよ」
「大丈夫だって、仲町さん、力仕事は全部俺に任せてくれていいからな」
「ありがとう、正直凄く助かる」
「そうそう、好きなだけ和人をこきつかっていいからね」
「うん、ありがとう、里香ちゃん」
里香も横からそう言い、千佳は里香に微笑んだ。
千佳は生来の社交的な性格を存分に活用し、八幡の周囲の多くの者と仲良くなっていた。
高校の時は八幡絡みでやらかした経験のある千佳であったが、
今の彼女がもうかつてのような行動をとる事は無い。
千佳はもう二度と間違うまいと心に誓っており、正しい道を真っ直ぐ歩んでいるのだった。
その一方で、千佳の親友である折本かおりは悩んでいた。
いわゆる八幡ファミリーの中への食い込み方は、千佳よりもかおりの方が明らかに上である。
だがこういう場になると、嫌でも気付かされる事がある。
八幡は基本、女性を下の名前で呼ぶ。だがかおりと千佳に対しては、苗字で呼ぶのだ。
これは単純に、中学時代の癖を引きずっている為であり、
実は千佳はそのとばっちりを受けている。
かおりの事は苗字で呼んでいるのに、千佳の事だけを名前で呼ぶのは不自然だ、
八幡はそう考え、何か困る事がある訳でもない為、
二人の呼び方についてはずっとそのままで放置しているのだった。
「ねぇ千佳、ちょっといい?」
そしてかおりは、そっと千佳に耳打ちし、人気の無い一角へと連れ出した。
「かおり、どうしたの?」
「うん、明後日メンテナンスって事は、その後比企谷にご飯を奢ってもらうんだよね?」
「今までの例だと多分そうなりそうだね」
「その時にさ……出来ればあたしも誘って欲しいの」
「かおりを……?」
千佳は一瞬その事を残念だと感じ、慌てて頭を振って、その考えを追い払った。
千佳にとっては八幡との二人きりの時間は確かに貴重ではあるのだが、
そういった機会は今後も月に一回のペースで訪れる事は確実であり、
何か親友が困っているのなら、今月はその力になろうと考え直したのだ。
そして千佳は、自身の中に芽生えた罪悪感を振り払おうと、笑顔でかおりに言った。
「うん、いいよ、で、今回は何が目的なの?」
「えっと……比企谷……ああそっか、
あたし自身がこうして苗字で呼んでるのがいけないのかもしれないけど、
比企谷って、他の人の事は名前で呼ぶじゃない、
で、この機会にそれを何とか出来ないかなって……」
かおりは盛大に頬を赤らめながらそう言った。
(ソレイユに就職してからのかおりは本当にかわいいなぁ)
千佳はそう思いながらも、確かにそうだと思い、
この機会にそうなれるように何か手伝えればいいなとその提案に頷いた。
「確かにそうだよね、うん、それじゃあ上手く比企谷君に頼んでみるね」
「ありがとう千佳、頑張ろうね」
そのかおりの言い方に、千佳は少し引っかかりを覚えたが、
かおりがかなりのやる気を見せていた為、
千佳はまあいいかと思い、明後日はどうしようかと考え始めた。
「えっ、それじゃあ鳳凰院さんは、アスカ・エンパイアにいるんですか?」
「ああ、八百万の八幡通りで情報屋をやってるんだ、
もし何か困ったら、俺を訪ねてくるといい」
「そうなんですか、いずれその時が来たら、必ず顔を出しますね!」
優里奈はキョーマとダルがアスカ・エンパイアの事を話しているのを聞きつけ、
自分ももうすぐプレイを開始するつもりだと、二人に話しかけたのであった。
「ちなみに正確な場所は、遊郭のある雑居ビルの横にある、細い路地の突き当たりだ。
そこに我が城、情報屋FGは存在する!」
「分かりました!ところでFGって何かの略ですか?」
「よくぞ聞いてくれた、FGとは、フューチャーガジェットの略だ。
なので俺の事は、気軽にフューチャーガジェットさんと呼ぶがいい」
「長いですね……」
「ではFGさんでも構わん、好きな呼び方をしてくれ」
「はい、それじゃあFGさんって呼びますね!」
そんなキョーマに、すかさずダルが突っ込んだ。
「さすがオカリン、自分にさん付けとか社会性が皆無だお」
「ネ、ネタに決まってるだろ!」
キョーマはそう言い訳したが、どうにも後付け感は拭えない。
当然ダルもそう思ったのか、はいはいと聞き流していた。
「ぐぬぬ……」
「まったくどうしてあんたはいつもそんな子供みたいな態度しかとれないのよ、
私の事も、絶対に紅莉栖とは呼ばずに、クリスティーナ呼ばわりだし」
「う、うるさい!クリスティーナはクリスティーナなのだから、仕方ないだろう」
「まったく意味が分からないから……」
そんなキョーマと紅莉栖のやり取りを見ていた優里奈が、まったく悪気無くこう言った。
「なるほど、キョーマさんは、紅莉栖さんの事を紅莉栖って呼ぶのが照れくさいんですね」
「なっ……」
「ちょ、ちょっと優里奈ちゃん!」
「ふふっ、私の同級生にも同じような態度をとる人がいるんですよ、
でもその人は、どう見ても私の友達の事が好きなんですよね、
なるほどなるほど、頑張って下さいね、お二人とも」
「ち、違うから!こいつの事なんか、別になんとも思って……ない訳じゃないけど、
でもまったくそういうんじゃないから!」
「そ、そうだぞ、まったくそういうんじゃない」
「そうなんですか?おかしいなぁ、私の経験だと確かに……」
優里奈はそう呟いて考え込んだのだが、そんな優里奈の頭を撫でる者がいた。
そんな事をする人間はこの場には一人しかいない、当然八幡である。
「おい優里奈、あまりこの二人をいじめるな、
こいつらは揃いも揃って絶滅危惧種のツンデレって奴だからな、まああれだ、詩乃と一緒だ」
「ちょっと、今聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど」
「うおっ、お前いつの間に……」
八幡が振り向くと、そこには当の詩乃が腕を組んで立っていた。
「誰がツンデレなのよ、別に私はそんなんじゃないんだからね、
でもまあもし謝罪するつもりがあるなら、夕飯一回で謝罪の代わりにしてあげてもいいわよ」
「朝田氏のいつものテンプレ乙!」
それを聞いたダルが即座にそう突っ込み、キョーマと紅莉栖は思わず詩乃に拍手した。
「な、何でそこで拍手が出るの?」
「いや、だってなぁ……」
「こんな教科書通りのツンデレが、まだ生き残っていたなんて……」
「言っておくけど、牧瀬氏も同じ穴のムジナだかんね」
「橋田、殴るわよ!」
「とか言いつつも、僕が牧瀬氏に殴られた事は、一度も無いのであった」
「何をナレーション風に言ってるんだよ……」
「という訳で、空挺降下や懸垂降下の訓練プログラムが完成したから、
今度二人に試してもらう事になると思うゾ」
アルゴのその言葉に、志乃と茉莉は驚愕した。
「ちょ、ちょっと待って、懸垂降下はともかく空挺降下は無理無理無理だって」
「でもこれは、閣下のお墨付きらしいゾ」
「閣下って………嘉納防衛大臣の事よね?」
「だナ」
「閣下が直接そんな事を!?」
「うんにゃ、閣下はうちのボスのお母上と仲がいいらしくてな、
そのお母上からうちに連絡が来たと、そういう訳なんだぞ、
実は閣下も最初は無茶じゃないかって考えてたらしいんだけどよ、
そのお母上、ちなみにハー坊の学校の理事長なんだが、
理事長の一声で納得して、ゴーサインが出たらしいゾ」
「その理事長さん、一体何を言ったのよ……」
志乃は呆然とそう呟き、茉莉もその言葉に頷いた。
「私もさすがに無茶だと思うけど、アルゴさん、理事長さんが何て言ったか知ってる?」
「それを聞いても命令は変わらないと思うんだが、それでも聞きたいカ?」
そう逆に聞かれた茉莉は、ニヤリとしながらアルゴに言った。
「納得のいかない理由だったら司令部に乗り込んで抗議するから大丈夫よ」
「おうおう、さすがは毒舌で有名な茉莉ちゃんだナ」
あっさりとそう返された茉莉は、絶句した後に何とかこう言った。
「……………………私ってそんなに有名なの?」
「まあそれなりに」
「…………………まあいいわ、とにかく教えて頂戴」
茉莉は色々と諦めた様子でそう言った。どうやら自覚はあるようだ。
「何、簡単な理屈だぞ、『これは新兵の訓練をする為のシステムだから、
素人にやらせて何の問題があるのかしら?』だそうダ」
その限りなく正論な言葉に、二人はぐうの音も出なかった。
「…………正論ね」
「やるしかないね………」
「まあ地面に叩きつけられても痛くも何ともないから、気楽にやってくれよ、
まあもし精神的なショックがあるといけないから、
やばそうなら地上二十メートルくらいで制動がかかるようにしといてやるサ」
「それは切実にお願いしたいわ」
「うん、さすがの私もそれは本当にお願いしたい」
「任せろ、二人を立派な空挺兵に育成してやるゾ」
「「私達は別に空挺兵になる必要は無いから!」」
二人は同時にそう言い、アルゴはにゃははと笑った。
「そっかぁ、香蓮とフカは、ソレイユのブースに参加するんだ……」
「うん、コスプレで案内役や説明役をやる事になってるの、
美優なんか、その為に北海道から出てきたんだよね」
「そうそう、その通り!」
「実はあたし達も、コスプレをする事にはなったんだよね……」
「そうなの?」
「うん、この前あたしと優美子ね、ヒッキーのマンションで、
お試しって感じで生まれて初めてコスプレしてみたんだけど、
その話を友達にしたら、その友達が、
それじゃあこっちも当日はコスプレで売り子をしようって……」
どうやら姫菜の独断でそういう事になったらしい。
だがそう語る二人は、微妙に嫌そうな顔をしていた。
「そんな事があったんだ、でもちょっと嫌そうだけど、どうしてなの?」
「うん、それがさ……」
「あーし達のコスプレって、男装なんよ……」
「男装!?」
「えっ、本当に!?」
香蓮とフカ次郎は当然驚いた、当たり前である。
優美子はギリギリ何とかなるかもしれないが、
結衣はどう見ても男装が不可能な体型をしているからだ。
「そ、それ、どうするの?」
美優はあからさまに結衣の胸を見ながらそう言った。
「さらしを巻く事になると思うけど……」
「さらしで収まるの!?」
「あははぁ、どうなんだろうね……ちなみにもっと困った事があってね……」
「ふむふむ」
「その友達の作品って、ヒッキーが主人公なの、だからね……」
「ま、まさか………」
香蓮はそう言われてさすがに驚いた。
「うん、あたしがヒッキーのコスプレをする事になっちゃったの……」
「全然似てないと思うけど……」
「だよね……」
「ちなみにあーしは和人役……」
「うわ…………」
さすがの二人もその言葉に絶句し、ちらりと八幡と和人の方を見た。
「それ、本人にバレたら大変な事になりそうだね……」
「うん、やばい、絶対にやばいね!」
「もちろんこんな事言えないよ」
「まあさすがにあーし達のブースには来ないでしょ」
その優美子の希望的観測は、もちろん外れる事となる。
八幡は、薄い本には絶対に視線を向けないようにしようと誓いながらも、
せめてその苦労を労おうと、二人に差し入れをする事を決めていたからだ。
「ま、まあ頑張って……」
「うん………」
「はぁ、何でこんな事に……」
ちなみにその衣装は、裁縫が得意な高校時代の友人に頼んだらしい。
その名前も教えてもらったが、香蓮も美優も知らない名前であった。
「さて、宴もたけなわだと思うが、今日はそろそろお開きにしたいと思う、
さすがに人数が多いので送ってやれないが、気をつけて帰ってくれ」
八幡のそんな挨拶で、今日の集まりは終わりとなった。
一部のメンバーは、この後飲みに行ったりするようだ。
ちなみにこの後、明日奈だけは八幡にプレゼントを渡す事になっていた。
八幡と明日奈は、小町を伴って今日は身内でのんびりすると言って自宅に帰り、
その日はその言葉通り、何もせずに過ごした。
こうして今年の八月八日は、穏やかに終了する事となった。