ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第511話 情報屋FGにて

「ふ~む、ここがアスカ・エンパイアの首都、八百万か」

 

 その日八幡は、優里奈の事をスリーピングナイツに頼む為に、

アスカ・エンパイアの地へと降り立っていた。ちなみにキャラはキョーマに借りた。

つまり今の八幡は、フューチャーガジェットさんなのである。

 

「ええと、ここがキョーマの拠点か、うん、よくこんな所を見つけたもんだ。

だが嫌いじゃないな、遊郭の裏だという所がまた趣深い」

 

 八幡はそう呟きながら、情報屋FGの事務所へと入っていった。

あるいはスリーピングナイツの誰かがいるかもしれないと思ったが、

残念ながら事務所の中には誰もいなかった。

 

「さて、何となく来てみたものの、あいつらはどこにいるんだろうか……」

 

 八幡はそう思いながら、仮想PCのシステムを立ち上げ、

スリーピングナイツの動向について、情報を集め始めた。

 

「なになに、アスカ・エンパイアに彗星のように現れた実力派のギルド?

拠点にしているのはスリーピング・ガーデン……どこかで聞いたような名前だな」

 

 八幡は苦笑しながら尚も情報を集めようと仮想キーボードに手を伸ばした。

その瞬間に入り口の方から複数の人の声がし、

八幡は、こんな場末の情報屋に来る客がいるのかと少し驚いた。

 

「まあ商い中の札は裏返しのままにしてあるし、適当に追い払えばいいか……」

 

 八幡はそう考え、誰が尋ねてきたのか確認しようと入り口へと一歩を踏み出した。

そしてドアが開き、外からごろつきのような二人組が中に入ってきた。

 

「お?あっさりと中に入れたな、NPCもちゃんといるみたいだ」

「さて、ここにはどんなイベントが用意されてるんだか」

「最初に金目の物を漁るか」

 

 それを聞いた八幡は、ため息をつきながらその二人組にこう言った。

 

「俺はNPCじゃないし、ここは立派な店舗なんだがな」

「うおっ……」

「し、失礼しました!」

 

 その二人組は、そう言うと慌てて外へと逃げ出した。

 

「ったく……」

 

 八幡はそう言いながら入り口に背を向け、デスクへと戻ろうとした。

その瞬間に、いきなり八幡は、背中を押された。

 

「ど~~~~~~ん!」

「おわっ……」

 

 八幡はその場でたたらを踏み、何とか踏みとどまると、焦った顔で振り返った。

そこには見覚えのある二人組がニコニコしながら立っており、

八幡は、労せずして目的を達成出来た事を悟った。

 

「FGさん、こんにちは~!」

「何?今の二人組」

「ここが何かのイベントの開始地点だとでも思ったんじゃない?」

「ああ、確かにここの建物はボロいものね、

ふう、それにしても今日は随分くたびれたような表情をしてるのねFGさん、まるで八幡ね」

 

(え、俺っていつも、そんな表情をしてるのか?)

 

 八幡はそう考え、鏡は無いかときょろきょろしたが、生憎そんな物はここには無い。

そんな八幡を見て、ランは苦笑しながら言った。

 

「何をきょろきょろしてるの?冗談よ、冗談」

「ランは、最近八幡にかまってもらえてないから欲求不満なんだよね~」

「べ、別にそんなのじゃないけど、でもFGさん、八幡が今何をしてるか知ってる?」

「ああ、もうすぐコミケが近いから、ソレイユの企業ブースの準備やら、

外部から頼まれたシステムの開発やらで、忙しいみたいだぞ」

 

 八幡は、キョーマの口調に近付けようと努力しながらそう言った。

 

「へぇ、でもそれって私達をかまう事よりも優先しないといけない事なのかしらね」

「ラン、きっと八幡も大変なんだよ」

「分かっているわよユウ、言ってみただけよ」

「ランもいろいろためこんじゃってるよねぇ」

 

(やべ、俺そんなに顔を出してなかったっけか、最近時間の経つのが早いからなぁ……)

 

 八幡はそう焦りつつも、さすがにここで『実は八幡でしたぁ!』をやってしまうと、

何かまずい事になりそうな気がしたので、そのままキョーマのフリを続ける事にした。

 

「そうか、今度奴にはちゃんと顔を出すように伝えておくとしよう」

「うん、宜しくね」

「ありがとう、FGさん」

「で、今日は何の情報が欲しいんだ?」

 

 八幡は話を逸らそうと、二人にそう言った。

 

「あ、今日はそういうんじゃなくてね」

「FGさんの知り合いだという子を連れてきたのよ」

「さあ、こっちこっち!」

「あの……失礼します」

 

 そして中に入ってきたのは、巫女装束を着た一人のプレイヤーの女性だった。

その体の一部分がとても特徴的だったので、八幡はそれが誰なのか、嫌でも理解させられた。

 

(これは優里奈か、まったく何であいつはどこのゲームでも現実と同じ体型になるんだ……)

 

 実はそれは、アミュスフィアの機能で、

リアルの体型をゲーム内に反映させる機能がオンになっているからなのだが、

八幡はその事を知らず、優里奈も深く考えずに、

そのままアミュスフィアを使用し続けていたのだった。

 

「ええと……君は?」

「先日お会いしたナユタです!

こちらのお二人に案内してもらって、やっとここに来れました、FGさん!」

 

(本名を言わないと、キョーマには分からないと思うが、

ここはゲーム内で本名を出さないように、

ちゃんと気を遣っているんだと考えるべきだろうな、とりあえず近くで耳打ちすればいいか)

 

 八幡はそう考え、ナユタの耳元でこう囁いた。

 

「もしかして優里奈か?」

「はい、キョーマさん」

「そうかそうか、よく来たな、歓迎するぞ」

 

 そして八幡は入り口の扉を施錠し、他人が入ってこれないようにすると、

そのままデスクに戻り、三人にソファーに座るよう促した。

 

「これで他人は入ってこれないはずだ、案内すまないな、ラン、ユウキ、

実はこの子は俺のリアル知り合いでな、当然八幡とも面識がある。

だから気にせずそのつもりで話すといい」

「えっ、そうだったんだ!」

「凄い偶然ね」

「お二人も八幡さんのお知り合いだったんですか?本当に偶然ですね」

 

 盛り上がる三人を尻目に、八幡はランとユウキにこう話を切り出した。

 

「で、二人に八幡からの伝言だ、このナユタに、

アスカ・エンパイアの基本を教えてやってくれないか?」

「別にボクは構わないよ」

「私も別に構わないわ、ただもうすぐ私達は他のゲームに移動してしまうから、

そんなに長くは一緒に遊べないのだけれどね」

「そうなのか?」

 

 八幡はその事は初耳だったので、きょとんとした顔でそう尋ねた。

 

「ええ、現時点での主だったボスは討伐したわ」

「なので他のゲームに殴り込みをかけようかって話になってね」

「八幡にもまだ言ってないのだけれどね」

「なるほど、それじゃあもうここでのやり残しはほとんど無いのか?」

 

 その言葉に二人は首を振った。

 

「沢山あるよ?」

「でも戦闘面でのやる事は、現状はあまり無いのよね」

「まあ数ヶ月後に、怪談っぽい連続イベントが導入されるっぽいから、

また戻ってくるかもだけどね」

「その間に、他のゲームを色々経験しておこうと思ったの。

色々な戦闘システムを経験しておきたいしね」

「そうか、まあ楽しんでくるんだぞ」

「FGさんも寂しいと思うけど、戻ってくる時は八幡に連絡を入れるから、

またその時は、私達の相手をしてね」

「ああ、その時を楽しみにしている」

 

 そして三人は席を立った。

 

「それじゃあナユタ、仲間達にも紹介したいし、ボク達の拠点、

スリーピングガーデンに案内するよ」

「はい、宜しくお願いします」

「あ、私はまだFGさんに少し話があるから、二人は外で待ってて頂戴」

「うん分かった」

「外で待ってますね」

「二人とも、またな」

 

 八幡はそう言って立ち上がり、二人を見送った。

そしてその場には、八幡とランだけが残された。

 

「で、何の用事があるんだ?ラン」

「アイよ」

「おいおい、リアルネームをゲーム内で出すのはやめておけって」

 

 その瞬間にランは八幡に飛びつき、八幡はそのままソファーに押し倒される事になった。

 

「うお、い、いきなり何だよ」

「やっぱり、歩き方がFGさんとは少し違うなって思ってたのよ、

そもそもFGさんは、アイが私の名前だなんて知らないはずだしね、八幡」

「う………」

「まったくもう、あまり自分の女を待たせるものじゃないわよ、

その分ここで甘えさせてもらいますからね、ハァハァ」

「口でわざとらしくハァハァ言うんじゃねえよ!」

「仕方ないじゃない、子宮が疼くんだもの」

「相変わらずの耳年増だなお前は!」

「それじゃあいただきます」

「いただきますって何を……おわっ!」

 

 ランは唇を前に突き出しながら、八幡の唇を奪おうと迫ってきた。

 

(こいつ、あまり放置しておくとヤバイタイプなのか!?)

 

 八幡はそう焦りながら、ランの額を押さえ、何とかその突撃を阻止しようとした。

その時ガラッと入り口の扉が開き、ユウキとナユタが中に入ってきた。

 

「そういえばFGさん、聞きたい事がもう一つ……ってラン、何してるの!?」

「うわ、うわぁ……」

 

 ユウキは驚いたようにそう言い、ナユタは恥ずかしそうに手で顔を覆った。

だがその指の隙間からしっかりこちらを覗いている事に八幡は気がついていた。

 

「ラン、八幡からFGさんに乗り換える事にしたの!?」

「そんな訳無いでしょう、私がこうしている事で、事情を察しなさい」

「こうしている事……?あっ、まさか!」

「そう、そのまさかよ!」

「ずるい、ボクもボクも!」

 

 そしてユウキも八幡に飛びつき、ランの隣で八幡に迫り始めた。

八幡はもう片方の手でユウキの額を押さえ、ナユタに助けを求めた。

 

「ナ、ナユタ、この二人を何とかしてくれ!」

「で、でも私には事情がさっぱり……」

「ナユタ、このFGさんの中の人は八幡よ」

「えっ……?ほ、本当にですか?」

「ええ、間違いないわ」

「なるほど、そういう事ですか」

 

 そしてナユタは八幡の所につかつかと歩み寄り、

八幡の上に乗っている二人の脇をくすぐった。

 

「きゃっ」

「く、くすぐったい!」

 

 そして二人はやっと離れ、八幡は一息つく事が出来た。

 

「た、助かったぞナユタ」

「もう、二人とも、無理やりは駄目ですよ」

 

 二人はその言葉で少し反省したのか、ばつが悪そうに下を向いた。

そんな二人を八幡は、自分の両隣に座らせると、肩に手を回してその頭を撫でた。

 

「まあ俺も最近忙しくてほとんど来れなかったからな、ごめんな、二人とも」

「もう、私達をあまり寂しがらせるものじゃないわよ」

「そうだよそうだよ、もっとボク達をかまってよ!」

「分かった分かった、今夜お前らの家に行くから勘弁してくれ」

「本当に?」

「ああ、約束する」

「仕方ないわね、それじゃあ今はこのくらいで勘弁してあげようかしら」

「とりあえずナユタの事、くれぐれも頼むな、

俺やお前らがいない時でも問題なく一人でやっていけるように、

基本をしっかりと教えてあげてくれ」

「うん!」

 

 そして三人は、今度こそ仲良く外に出ていき、八幡も一旦ログアウトした。

その日の夜、八幡は、仮想世界にあるアイとユウの家を尋ねた。

二人はナユタから聞いたのだろう、昨日が八幡の誕生日だからと言って、

自分達がプレゼントよと体にリボンを巻いて待ち構えていた為、

八幡は二人の頭に拳骨を落とし、その日は二人の家に泊まり、

二人が今どんな状態なのか、色々と話をした。

 

「そうか、頑張ってるんだな」

「私達を労ってくれてもいいのよ」

「そうだよそうだよ、本当に頑張ったんだから!」

「はは、分かった分かった」

 

 二人はベッドでごろごろしながら八幡にそう言った。

八幡はそんな二人の話に付き合い、やがて二人が寝てしまうと、

二人にそっと布団をかけ、そのままソファーで眠りについたのだった。


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