ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第512話 あくる日の朝のひとコマ

「八幡起きて、朝だよ!」

「ん……ユウ、もうそんな時間か、アイはどこだ?」

「アイは今、シャワーを浴びてるよ。あ、あとアイからの伝言ね、

『絶対覗かないで、絶対よ!でもちゃんと空気くらいは読んでね!』だってさ」

「それじゃあ空気を読んで、シャワールームを覗きに行くか」

「えっ!?」

 

 ユウキは、その予想外の言葉に驚いた。そして八幡はユウキの手を引き、

シャワールームの扉を開け、その中にユウキをぽいっと放り込んだ。

その瞬間にシャワールームの中からこんな声が聞こえた。

 

「あら主様おいでなんし、そんなに我慢出来なかったでありんすね、

よござんす、さあ、さっさと私を手折って下さいまし」

「和風のゲームだから吉原言葉を無理に使ってんのか?相変わらずアイの考えは分からん」

 

 中から聞こえてきたそのセリフを聞いて、八幡はため息をついた。

 

「って、ユウ!?八幡、八幡はどこ?」

「さあ、ボクをここに突っ込んだ後の事は分からないかな」

「ぐぬぬぬぬ、まさかこのまま逃げるつもり?絶対に逃がすもんですか、行くわよユウ」

「あ、ちょっとアイ、その格好のまま外に出るつもり!?」

 

 その会話を聞いて、やばいと思った八幡は、きょろきょろと辺りを見回し、

大きめのタオルを見つけると、それを構えながらシャワールームの中に声を掛けた。

 

「俺は逃げちゃいないぞ、まだここにいる」

 

 その瞬間にバタンとドアが開き、中から肌色の物体が飛び出してきた。

八幡はその肌色を直視しないようにタオルで包むと、

すかさず背後からアイのお腹辺りの位置に手を回して持ち上げ、

そのままソファーへと運び、腰をおろした。

要するに今アイは、両手を拘束されたまま、八幡の膝の上に腰掛けている形となる。

 

「こ、これはこれで嬉しいんだけど、動けない……」

「わぁ、凄いね!あの状態のアイを完封するなんてびっくりだよ」

「自分で選択肢を狭めていたからな、あの状態だと全裸で突撃以外ないだろ、

そんなワンパターンな攻撃は、俺にはきかん」

「くっ……さすがにやるでありんすね」

「まだその言葉使いを続けてんのかよ……」

 

 しばらくそのままアイはもぞもぞしていたが、やがて諦めたのか、動くのをやめた。

 

「で、二人は今日はどうするんだ?」

「ナユたんをあちこちに連れまわすつもり!」

「ねぇ八幡、あの子は八幡とどういう関係なの?」

 

 アイは八幡の質問には答えず、いきなりそう尋ねてきた。

 

「ん、ナユタは何というか、今は俺の被保護者みたいな扱いだな」

「あら、私達の仲間という事なのね」

「あ?お前らは別に、俺の被保護者って訳じゃないだろ、

誰がそうかといったら経子さんがお前らの保護者だろ?」

「そういう意味じゃないわよ、だってナユたんも、八幡の愛人なんでしょ?

被保護者って事は、八幡がパパって意味よね?」

 

 そう言われた八幡は、黙ったまま腕に思いっきり力をこめた。

 

「く、苦しい……中身が出ちゃう……」

「そのままお前の中のピンク色の部分が全部出ちまえばいいな」

「ちょっ……本当に無理、無理だから!お願い、私を解放して!」

「服を着たら解放してやる」

「それじゃあ八幡を興奮させられないじゃない!」

「興奮しなくていいからさっさと服を着ろ」

「実は服を着たら死んでしまう病気なの」

 

 じゃあそのまま死ね、とは八幡は決して言わない。二人の病気の事があるからだ。

代わりに八幡は、アイにこう言った。

 

「その病気は俺が既に治しておいた、だから俺を信じるなら試しに服を着てみろ」

「うぬぬ、まさかそうくるとは……」

「いい加減諦めて、さっさと服を着ろ」

「はぁ……仕方ないわね、今日のところは私の負けにしておいてあげるわ」

「解放した瞬間にタオルをわざと落とすのは分かってるぞ、さっさと服を着ろ」

「………はぁ、右手だけ解放して頂戴、メニューから服を着るから」

 

 アイは本当に諦めたのか、そのままメニューを操作し、昨日と同じ格好に着替えた。

 

「まったく、お前もそろそろ他の芸風を身につけろよな」

「了解でありんすえ」

「その芸風はアスカ・エンパイアだからなのか?」

「そうでありんす」

「で、あるか」

 

 八幡も織田信長風にそう言い、二人は、じっと見つめあった後、ニヒルに笑った。

 

「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、パパ」

「お~い、誰の事だか分からないが、パパって奴、呼んでるぞ」

「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、八幡パパ」

 

 アイはすぐにそう言い直し、八幡は苦笑しながら言った。

 

「お前は本当にめげないよな……」

「今度は私達が寂しがらないうちに顔を出すのよ」

「出すのよ!」

「分かってるって、それじゃあアイ、ユウ、またな」

「うん、またね」

「ナユたんの事はボク達に任せてね」

「おう、頼むわ」

 

 そして八幡はログアウトした。ちなみに目を覚ましたのは、

詩乃達がいつもバイトの時に使っているモニタールームである。

そして目を覚ました八幡の視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。

 

「ひゃっ」

「…………お前は一体何をやってるんだ?」

「な、何よ、別にあんたの寝顔を見てニヤニヤなんてしてなかったわよ」

「………そうか、お前、たった今まで俺の顔を見ながらニヤニヤしてたんだな」

 

 そう言われた詩乃は、愕然とした顔でこう言った。

 

「い、今否定したじゃない!」

「お前の場合はそれは否定じゃなく自白なんだっつ~の………」

 

 八幡はその返事を聞き、何だかなぁと呆れながら、

それでもストレートに詩乃に突っ込んだ。

 

「お前、実は馬鹿なのか……?」

「い、いきなり何よ、これでも学校の成績は最近凄くいいんだから!」

「地頭はいいって事なんだよな、やはりテンパった時におかしくなるんだな……」

 

 八幡はそう呟いたが、その時八幡のお腹が派手に鳴った。

 

「あら、随分空腹みたいね、今丁度休憩だし、社食にでも何か食べに行く?」

「そうだな、そうするか」

「それじゃあ行きましょう」

 

 そのまま二人は連れ立って、社員食堂へと向かった。

そこには丁度休憩していたのだろう、千佳と和人がいた。

 

「おっ、二人とも、今は休憩か?おい和人、仲町さんに迷惑をかけてないだろうな」

「かけてないよ!ちゃんと頑張ってるから!」

「あは、和人君には頑張ってもらってるから大丈夫だよ」

 

 千佳がそう言うのを聞いて、和人がニヤニヤしだしたのが、何かむかついたのか、

八幡は和人の肩に手を置き、ぎゅっと握り締めながら言った。

 

「仲町さん、こいつはこうして俺が抑えてるから、危害を加えられる事は絶対に無い。

安心して正直に教えてくれ、実際のところ、和人にはどのくらい迷惑をかけられたんだ?」

「人を犯罪者扱いすんなよ!」

「あはははは、本当に大丈夫だってば」

「そうか?まあそれなら今日のところは勘弁してやる、だが明日は許さん」

「意味が分からないけど、明日はバイトじゃないからな!」

 

 だが八幡はその和人の言葉を無視し、詩乃に言った。

 

「さて詩乃、食券を買いに行くか」

「オーケー」

 

 和人は一瞬呆然とした後に、顔を赤くしながら八幡に言った。

 

「む、無視するなよ!」

「もうお前には飽きたんだ、本当にすまん」

「やめろよ!そういうボケは突っ込むのに困るんだよ!」

「お前は俺といる時は、突っ込みばっかりだな、たまにはボケてもいいんだぞ」

「いつも八幡が先にボケちまうからだろ!」

 

 和人はハァハァと、荒い息を吐きながらそう言った。

 

「おいおい和人、血圧には気をつけろよ、詩乃、さっさと行こうぜ」

「あ、うん」

 

 そして詩乃は、和人の肩をぽんと叩きながら言った。

 

「和人君、ドンマイ」

「うがあああああ!」

「あはははははは、あはははははははは」

 

 和人はそのまま絶叫し、千佳は楽しそうに大笑いしたのだった。

 

 

 

「おい詩乃、おごってやるから好きなものを頼んでいいぞ」

「う~ん、でも時間が時間だし、私はホットコーヒーでいいわ」

「分かった、マックスコーヒーだな」

 

 そして八幡は詩乃の返答を待たずにボタンを押し、

詩乃は一瞬遅れてその事実に気がつき、慌てて八幡に言った。

 

「えっ?そ、そんな物がメニューにあるの?って、本当にある……」

「何だ、不満なのか?」

「う、ううん、別にそれはいいんだけど、ちょっと驚いただけ」

 

 まあ普通は驚くよなと思いつつ、八幡は詩乃に理由を説明する事にした。

 

「まあタネを明かすと、俺が飲みたいからという理由で、

強引にメニューに入れてもらったってだけなんだけどな」

「無駄に権力を使いまくりね……」

「ちなみにこれは、実は社食で一番多く出ている飲み物だったりする」

「本当に!?ど、どういう事?」

「うちは頭脳労働だからな、みんな甘い飲み物が飲みたくなるんだろ」

「ああ、脳の栄養うんぬんっていうアレね……」

 

 実際の答えは、それが八幡のお気に入りな為、

それをキッカケに八幡に話しかけてもらえるかもしれないと、

社員達が期待している為であった。

まあ実際脳が疲れた時に有効なのは間違いない為、何も問題は無いのだが。

 

「俺はモーニングセットだな、受け取ったらとりあえず和人達の所に戻るか」

 

 そして八幡は注文を終え、モーニングセットを受け取ると、

再び和人と千佳の前に、何事もなかったかのように腰掛け、こう言った。

 

「おい和人、仲町さんに迷惑はかけてないだろうな?」

「その話題、ループしてるからな!」

「何を言っているのか分からないが、迷惑をかけていないならそれでいい、

さて、俺は遅い朝食としゃれこむか」

「あ、あれ……?」

 

 和人はその八幡の反応に、何故か物足りなさを感じながらそう呟いた。

どうやら和人はそう感じるほど、突っ込み役が体に染み付いているらしい。

八幡だけではなく明日奈や雪乃、更には理事長辺りは確実にボケ属性を持つ為、

これからも和人のその技術は、磨かれていくのだろう。

 

 

 

「それじゃあ私達は仕事に戻るね」

「ああ、仲町さん、それじゃあ終わったら連絡してくれ、

確か今日は折本も来るんだよな?」

「うんそうなの、えっと、大丈夫だった?」

「ああ、問題ない、それじゃあまた夕方にな」

「うん、またね!」

「和人も頑張れよ」

「ああ、任せとけって」

 

 そして二人が去った後、詩乃も八幡にこう言った。

 

「それじゃあ私もバイトを再開するから、そろそろ行くわ」

「そうか、ちなみに今日は何をするんだ?」

「そこまでは聞いてないけど、志乃さんと茉莉さんが一緒よ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、八幡は固まった。

 

「いや、まさかな……だが確かにズブの素人のサンプルは欲しいはずだ……

まさか詩乃に空挺降下をさせるとは、アルゴ………あいつ鬼だな」

「ん、何をぶつぶつ言ってるの?」

「あ、いや、おい詩乃」

「何?」

「まあその、あれだ、バイトを再開する前に、トイレには絶対に行っておくんだぞ」

「い、いきなりセクハラしてくるんじゃないわよ、責任とらせるわよ!」

「いや、俺は純粋に心配してだな……」

「ああもう、分かったわよ、ちゃんと行くから!」

 

 そして詩乃は、プリプリ怒りながら去っていった。

ちなみに詩乃はこの後、八幡の忠告に従っておいて本当に良かったと、

VR空間の飛行機の中で、心の底から思う事になる。


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