「八幡起きて、朝だよ!」
「ん……ユウ、もうそんな時間か、アイはどこだ?」
「アイは今、シャワーを浴びてるよ。あ、あとアイからの伝言ね、
『絶対覗かないで、絶対よ!でもちゃんと空気くらいは読んでね!』だってさ」
「それじゃあ空気を読んで、シャワールームを覗きに行くか」
「えっ!?」
ユウキは、その予想外の言葉に驚いた。そして八幡はユウキの手を引き、
シャワールームの扉を開け、その中にユウキをぽいっと放り込んだ。
その瞬間にシャワールームの中からこんな声が聞こえた。
「あら主様おいでなんし、そんなに我慢出来なかったでありんすね、
よござんす、さあ、さっさと私を手折って下さいまし」
「和風のゲームだから吉原言葉を無理に使ってんのか?相変わらずアイの考えは分からん」
中から聞こえてきたそのセリフを聞いて、八幡はため息をついた。
「って、ユウ!?八幡、八幡はどこ?」
「さあ、ボクをここに突っ込んだ後の事は分からないかな」
「ぐぬぬぬぬ、まさかこのまま逃げるつもり?絶対に逃がすもんですか、行くわよユウ」
「あ、ちょっとアイ、その格好のまま外に出るつもり!?」
その会話を聞いて、やばいと思った八幡は、きょろきょろと辺りを見回し、
大きめのタオルを見つけると、それを構えながらシャワールームの中に声を掛けた。
「俺は逃げちゃいないぞ、まだここにいる」
その瞬間にバタンとドアが開き、中から肌色の物体が飛び出してきた。
八幡はその肌色を直視しないようにタオルで包むと、
すかさず背後からアイのお腹辺りの位置に手を回して持ち上げ、
そのままソファーへと運び、腰をおろした。
要するに今アイは、両手を拘束されたまま、八幡の膝の上に腰掛けている形となる。
「こ、これはこれで嬉しいんだけど、動けない……」
「わぁ、凄いね!あの状態のアイを完封するなんてびっくりだよ」
「自分で選択肢を狭めていたからな、あの状態だと全裸で突撃以外ないだろ、
そんなワンパターンな攻撃は、俺にはきかん」
「くっ……さすがにやるでありんすね」
「まだその言葉使いを続けてんのかよ……」
しばらくそのままアイはもぞもぞしていたが、やがて諦めたのか、動くのをやめた。
「で、二人は今日はどうするんだ?」
「ナユたんをあちこちに連れまわすつもり!」
「ねぇ八幡、あの子は八幡とどういう関係なの?」
アイは八幡の質問には答えず、いきなりそう尋ねてきた。
「ん、ナユタは何というか、今は俺の被保護者みたいな扱いだな」
「あら、私達の仲間という事なのね」
「あ?お前らは別に、俺の被保護者って訳じゃないだろ、
誰がそうかといったら経子さんがお前らの保護者だろ?」
「そういう意味じゃないわよ、だってナユたんも、八幡の愛人なんでしょ?
被保護者って事は、八幡がパパって意味よね?」
そう言われた八幡は、黙ったまま腕に思いっきり力をこめた。
「く、苦しい……中身が出ちゃう……」
「そのままお前の中のピンク色の部分が全部出ちまえばいいな」
「ちょっ……本当に無理、無理だから!お願い、私を解放して!」
「服を着たら解放してやる」
「それじゃあ八幡を興奮させられないじゃない!」
「興奮しなくていいからさっさと服を着ろ」
「実は服を着たら死んでしまう病気なの」
じゃあそのまま死ね、とは八幡は決して言わない。二人の病気の事があるからだ。
代わりに八幡は、アイにこう言った。
「その病気は俺が既に治しておいた、だから俺を信じるなら試しに服を着てみろ」
「うぬぬ、まさかそうくるとは……」
「いい加減諦めて、さっさと服を着ろ」
「はぁ……仕方ないわね、今日のところは私の負けにしておいてあげるわ」
「解放した瞬間にタオルをわざと落とすのは分かってるぞ、さっさと服を着ろ」
「………はぁ、右手だけ解放して頂戴、メニューから服を着るから」
アイは本当に諦めたのか、そのままメニューを操作し、昨日と同じ格好に着替えた。
「まったく、お前もそろそろ他の芸風を身につけろよな」
「了解でありんすえ」
「その芸風はアスカ・エンパイアだからなのか?」
「そうでありんす」
「で、あるか」
八幡も織田信長風にそう言い、二人は、じっと見つめあった後、ニヒルに笑った。
「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、パパ」
「お~い、誰の事だか分からないが、パパって奴、呼んでるぞ」
「それじゃあもうすぐ約束の時間だから、私達は行ってくるわ、八幡パパ」
アイはすぐにそう言い直し、八幡は苦笑しながら言った。
「お前は本当にめげないよな……」
「今度は私達が寂しがらないうちに顔を出すのよ」
「出すのよ!」
「分かってるって、それじゃあアイ、ユウ、またな」
「うん、またね」
「ナユたんの事はボク達に任せてね」
「おう、頼むわ」
そして八幡はログアウトした。ちなみに目を覚ましたのは、
詩乃達がいつもバイトの時に使っているモニタールームである。
そして目を覚ました八幡の視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。
「ひゃっ」
「…………お前は一体何をやってるんだ?」
「な、何よ、別にあんたの寝顔を見てニヤニヤなんてしてなかったわよ」
「………そうか、お前、たった今まで俺の顔を見ながらニヤニヤしてたんだな」
そう言われた詩乃は、愕然とした顔でこう言った。
「い、今否定したじゃない!」
「お前の場合はそれは否定じゃなく自白なんだっつ~の………」
八幡はその返事を聞き、何だかなぁと呆れながら、
それでもストレートに詩乃に突っ込んだ。
「お前、実は馬鹿なのか……?」
「い、いきなり何よ、これでも学校の成績は最近凄くいいんだから!」
「地頭はいいって事なんだよな、やはりテンパった時におかしくなるんだな……」
八幡はそう呟いたが、その時八幡のお腹が派手に鳴った。
「あら、随分空腹みたいね、今丁度休憩だし、社食にでも何か食べに行く?」
「そうだな、そうするか」
「それじゃあ行きましょう」
そのまま二人は連れ立って、社員食堂へと向かった。
そこには丁度休憩していたのだろう、千佳と和人がいた。
「おっ、二人とも、今は休憩か?おい和人、仲町さんに迷惑をかけてないだろうな」
「かけてないよ!ちゃんと頑張ってるから!」
「あは、和人君には頑張ってもらってるから大丈夫だよ」
千佳がそう言うのを聞いて、和人がニヤニヤしだしたのが、何かむかついたのか、
八幡は和人の肩に手を置き、ぎゅっと握り締めながら言った。
「仲町さん、こいつはこうして俺が抑えてるから、危害を加えられる事は絶対に無い。
安心して正直に教えてくれ、実際のところ、和人にはどのくらい迷惑をかけられたんだ?」
「人を犯罪者扱いすんなよ!」
「あはははは、本当に大丈夫だってば」
「そうか?まあそれなら今日のところは勘弁してやる、だが明日は許さん」
「意味が分からないけど、明日はバイトじゃないからな!」
だが八幡はその和人の言葉を無視し、詩乃に言った。
「さて詩乃、食券を買いに行くか」
「オーケー」
和人は一瞬呆然とした後に、顔を赤くしながら八幡に言った。
「む、無視するなよ!」
「もうお前には飽きたんだ、本当にすまん」
「やめろよ!そういうボケは突っ込むのに困るんだよ!」
「お前は俺といる時は、突っ込みばっかりだな、たまにはボケてもいいんだぞ」
「いつも八幡が先にボケちまうからだろ!」
和人はハァハァと、荒い息を吐きながらそう言った。
「おいおい和人、血圧には気をつけろよ、詩乃、さっさと行こうぜ」
「あ、うん」
そして詩乃は、和人の肩をぽんと叩きながら言った。
「和人君、ドンマイ」
「うがあああああ!」
「あはははははは、あはははははははは」
和人はそのまま絶叫し、千佳は楽しそうに大笑いしたのだった。
「おい詩乃、おごってやるから好きなものを頼んでいいぞ」
「う~ん、でも時間が時間だし、私はホットコーヒーでいいわ」
「分かった、マックスコーヒーだな」
そして八幡は詩乃の返答を待たずにボタンを押し、
詩乃は一瞬遅れてその事実に気がつき、慌てて八幡に言った。
「えっ?そ、そんな物がメニューにあるの?って、本当にある……」
「何だ、不満なのか?」
「う、ううん、別にそれはいいんだけど、ちょっと驚いただけ」
まあ普通は驚くよなと思いつつ、八幡は詩乃に理由を説明する事にした。
「まあタネを明かすと、俺が飲みたいからという理由で、
強引にメニューに入れてもらったってだけなんだけどな」
「無駄に権力を使いまくりね……」
「ちなみにこれは、実は社食で一番多く出ている飲み物だったりする」
「本当に!?ど、どういう事?」
「うちは頭脳労働だからな、みんな甘い飲み物が飲みたくなるんだろ」
「ああ、脳の栄養うんぬんっていうアレね……」
実際の答えは、それが八幡のお気に入りな為、
それをキッカケに八幡に話しかけてもらえるかもしれないと、
社員達が期待している為であった。
まあ実際脳が疲れた時に有効なのは間違いない為、何も問題は無いのだが。
「俺はモーニングセットだな、受け取ったらとりあえず和人達の所に戻るか」
そして八幡は注文を終え、モーニングセットを受け取ると、
再び和人と千佳の前に、何事もなかったかのように腰掛け、こう言った。
「おい和人、仲町さんに迷惑はかけてないだろうな?」
「その話題、ループしてるからな!」
「何を言っているのか分からないが、迷惑をかけていないならそれでいい、
さて、俺は遅い朝食としゃれこむか」
「あ、あれ……?」
和人はその八幡の反応に、何故か物足りなさを感じながらそう呟いた。
どうやら和人はそう感じるほど、突っ込み役が体に染み付いているらしい。
八幡だけではなく明日奈や雪乃、更には理事長辺りは確実にボケ属性を持つ為、
これからも和人のその技術は、磨かれていくのだろう。
「それじゃあ私達は仕事に戻るね」
「ああ、仲町さん、それじゃあ終わったら連絡してくれ、
確か今日は折本も来るんだよな?」
「うんそうなの、えっと、大丈夫だった?」
「ああ、問題ない、それじゃあまた夕方にな」
「うん、またね!」
「和人も頑張れよ」
「ああ、任せとけって」
そして二人が去った後、詩乃も八幡にこう言った。
「それじゃあ私もバイトを再開するから、そろそろ行くわ」
「そうか、ちなみに今日は何をするんだ?」
「そこまでは聞いてないけど、志乃さんと茉莉さんが一緒よ」
その言葉を聞いた瞬間、八幡は固まった。
「いや、まさかな……だが確かにズブの素人のサンプルは欲しいはずだ……
まさか詩乃に空挺降下をさせるとは、アルゴ………あいつ鬼だな」
「ん、何をぶつぶつ言ってるの?」
「あ、いや、おい詩乃」
「何?」
「まあその、あれだ、バイトを再開する前に、トイレには絶対に行っておくんだぞ」
「い、いきなりセクハラしてくるんじゃないわよ、責任とらせるわよ!」
「いや、俺は純粋に心配してだな……」
「ああもう、分かったわよ、ちゃんと行くから!」
そして詩乃は、プリプリ怒りながら去っていった。
ちなみに詩乃はこの後、八幡の忠告に従っておいて本当に良かったと、
VR空間の飛行機の中で、心の底から思う事になる。