ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第513話 二つのレポート

 八幡は詩乃が去った後、開発室へと向かい、そこにいたアルゴに話しかけた。

 

「詩乃から聞いたぞ、お前も大概無茶な事をするよな……」

「大丈夫、痛いのは最初だけだゾ」

「痛かったらまずいだろ……即死確定コースじゃねえかよ」

「いやぁ、オレっちもこれはどうかなって思わないでもなかったんだけどな、

まあ詩乃っちなら優秀だからこれくらい平気かなって思いなおしてナ」

「まあ、平気といえば平気なんだろうけどな……」

 

 そう言いながら八幡は、モニターへと視線を走らせた。

そこにはリラックスしているように見える志乃と茉莉と、

明らかにテンパっている詩乃の姿が写し出されていた。

 

 

 

『あ、あのっ……』

『大丈夫大丈夫、気楽にいこうよ、飛ぶ順番は最後にしてあげるからさ』

『実は私達も空挺降下は初めてなのよ、だから安心してね』

『で、でもでもっ……』

『詩乃ちゃん大丈夫?やっぱり怖い?』

 

 ここで詩乃の負けず嫌いが作用したのか、画面の中の詩乃は、こう口走った。

 

『べ、別に全然怖くないお!全然平気だお!』

 

「何故ダルの口真似を……詩乃はこういう時まで強がらなくてもいいんだがなぁ……」

 

 明らかにビクビクしている詩乃を見て、八幡は呆れたようにそう言った。

 

『なら良かった、ほら、NPCが出てくるわよ、今回は号令だけかけてくれるみたいだから、

最後に飛ぶ朝田さんは、「反対扉、機内よし、お世話になりました」

って言ってから飛び降りてね』

『う、うん、分かった……』

 

 詩乃はこの時ほど自分の負けず嫌いさを呪った事は無かったと後に語ってくれた。

そしてC-1輸送機の扉が開き、NPCが登場してこう言った。

 

『コースよし!コースよし!用意用意用意!降下降下降下!』

 

「おおっ、リアルだな、アルゴ」

「訓練なんだから、細部までこだわらないとナ」

「ううむ、ちょっと興奮してきたぞ」

「ハー坊もやっぱり男の子なんだナ」

「空挺降下に興奮しない男がこの世に存在してたまるかよ」

「また極端な意見ヲ……」

 

 そして画面の中では志乃と茉莉がその声に応じ、出口から身を乗り出す所だった。

 

『それじゃあ先に行くね』

『下で待ってるわ、朝田さん』

 

 実はこの時二人とも、内心ビクビクしていたらしいのだが、

八幡が見た感じは、そんな気配はまったく感じなかった。さすがは本職といった所である。

そして二人は度胸よく輸送機の外へと飛び出していった。

 

『う、うう、ううううう………』

 

「実はここで飛ばないという選択肢もありなんだけどな」

「詩乃っちなら泣きながらでも、ちゃんと飛ぶんじゃないカ?」

「だなぁ……まあこっちとしては助かるんだが、何かちょっと申し訳ないな」

「まあハー坊が後で詩乃っちに、よく頑張ったなとか声を掛けてやれば問題ないだロ」

「………それだけでいいのか?」

「それ以上の事をしてやってもいいと思うが、その辺りはハー坊の好きにしろっテ」

「まあそれくらいならいくらでもだが、それは多分後日になるだろうな」

「ん、何でダ?」

 

 その会話の間に覚悟を決めたのか、詩乃はヤケになった表情でこう叫んだ。

 

『ハ、ハクサイとニラ、器量よし、オセアニアました!』

 

 まったく意味不明である。

 

「………ここは聞かなかった事にしておくか」

「オレっちも付き合うゾ」

「まあこれで詩乃の名誉は守られるな」

 

 そして詩乃は空中へと身を躍らせた。

 

『う、うわああああ、トイレに行っておいて本当に良かった、

八幡、文句を言ってごめんなさい!』

 

「……ハー坊もまあよくそこまで気がきくよナ」

「そのせいで、バイトの内容を知ってた事がバレちまうだろうから、

多分後で詩乃の奴、ものすごい顔でオレに突っかかってくるだろうな」

「まあ頑張れヨ」

「まあ余裕だ余裕、隠れてやりすごすからな」

「さっき言ってたのはそういう事かヨ……」

「俺は平和主義者なんでな」

「ものは言いようだナ」

 

 そして二人が見守る中、詩乃のパラシュートは見事に開いた。

 

「おっ、上手いじゃないか」

「ああ、あれは自動で開くようになってるんだゾ」

「そうなのか、それは楽でいいな」

 

 丁度そこに、ぞろぞろと、ダルを先頭に舞衣と紅莉栖が部屋に入ってきた。

 

「おっ、八幡、おはようだお」

「八幡さん、おはようございます!」

「あら八幡、おはよう」

「おう、三人ともおはようだな」

 

 そしてダルは、モニターを見て感心したように言った。

 

「わお、さすがは本職、初めてなのに堂々としてるんじゃない?」

「あれ、でも三人いますね」

「ああ、最後の一人な、あれ、詩乃なんだわ」

「えっ?」

「マジですか……」

 

 ダルと舞衣はそう聞かされて驚き、紅莉栖はきょとんとしながらこう尋ねてきた。

 

「これってスカイダイビングか何か?」

「空挺降下だ」

「空………え、嘘、本当に?」

「ああ、初めてなのに、詩乃の奴見事に飛びやがった」

「でも詩乃は、ALOでいつも空を飛んでるわよね?それなら楽勝なんじゃないの?」

「お前みたいにそうやって理論的に考えられる奴ばかりじゃないってこった、

お前の場合は頭で分かってれば体もついてくるが、

詩乃の場合は頭で分かってても、やっぱり体が竦んじまうんだろう」

「そう言われると確かにそうかもしれないわね」

「で、ダルと舞衣は分かるが、お前は今日はどうしてここに来たんだ?」

「これ」

 

 八幡にそう問われた紅莉栖は、分厚い紙の束をデスクへと投げ出した。

 

「これは……?ああ、レスキネン教授に関するレポートか」

「それにあなたの提案してきたアレのレポートもあるわよ」

「なるほどな、で、これがどうしたんだ?」

「これ、私はどこまで信じたらいいの?」

「そうだな……おい舞衣、部屋の入り口の鍵を閉めておいてくれ」

「了解!」

 

 舞衣は元気よくそう返事をすると、扉の鍵を閉めて戻ってきた。

 

「さて、お次はっと」

「教授の件については僕が説明するお」

「そうか、それじゃあ頼むわ」

 

 ダルは八幡に頷くと、紅莉栖の方に向き直って言った。

 

「残念ながら、全て事実だお」

「で、でも……」

「最初に僕は、教授に関する金の流れを調べたんだけど、

そこで定期的に多額のお金が教授の口座に振り込まれている事に気がついて、

それでその線からとある企業にたどり着いたんだお、

で、そこをハッキングして見つけた音声データがこれ」

 

 ダルはそう言ってPCを操作し、そこから複数の男による会話が流れ始めた。

 

『では、特に目立った動きは無いんだな?』

『今のところ、うちの優秀な愛弟子かラハ、

茅場製AIを手に入れたという報告しか来ていなイヨ』

『まだ現物は届いていないのか?』

『実はもうアマデウスには茅場製AIが使用されてるんだけドネ、

でもそれだけだよ、こちらからはアマデウスと会話は出来るけど、

そのプログラムには強力なプロテクトがかけられていテネ、

まったくアクセス出来ない状態なんだヨネ。

予定では先方が秋に来米した時に、提供してもらえる手はずになってるんだけドネ』

『そうか、それじゃあ引き続き何か目ぼしい情報が入ったら、こちらに報告してくれ、

こっちはあんたに高い金を払っているんだからな』

『もちろんダヨ、報酬分の働きはしてみせルヨ』

『いい情報が得られたら、被験者の提供についても力になれると思う』

『それは助かルネ、人体実験はどうしても必須だかラネ』

 

「と、いう訳で、どうやらあちらさんは、うちに興味津々らしい。

そしてレスキネン教授は、向こうのスパイというか、諜報員まがいの事をしているようだ。

そして今は、人体実験の可能性を探っているようだな」

「そ、そんな……でも今のは確かに教授の声……」

「で、今の会話内容を踏まえた上で、お前は教授をどうしたい?」

 

 紅莉栖は八幡にそう問われ、苦渋の表情をした。

 

「………私としては、まだまだ教授に教えて欲しい事が沢山あるし、

出来れば味方に引き入れたいと思う。人体実験については諦めてもらう」

「そうか、それじゃあ予定通りそうするか」

「よ、予定通り!?」

「ああ、予定通りだが何か問題があるか?」

「別に無いけど、じゃあ何で私にさっきの質問を?」

「お前が嫌がったら、予定を変更して教授は切るつもりだったからだが……」

「ああそっか、私に決めさせてくれたのね」

「そういう事だ」

 

 紅莉栖は八幡に感謝しつつも、不安だったのだろう、次にこう尋ねてきた。

 

「でも既に金銭の授受が成立してしまってる以上、

こちらの味方に引き込むのはかなり大変だと思うけど、どうするつもりなの?」

「もう一つのレポートをエサにするさ」

「エサ?確かにあれが実現したら、世界が変わると思うけど……」

 

 紅莉栖はそのレポートの内容を思い出しながらそう言った。

 

「お前はあのレポートを見てどう思ったんだ?」

「子供の作文ね、あれ、八幡が書いたんでしょう?」

 

 八幡は自覚があったのか、ニヤニヤしながら紅莉栖にこう返した。

 

「子供の作文で悪かったな」

「まあ文章の形式がそうってだけで、内容は実現性も高いし、かなり面白いと思うわ」

「レスキネン教授があれを見たらどうなると思う?」

「そうね、決して粗略には扱わないと思うわ、そしてあなたを質問攻めにするでしょうね」

「ならそれで問題ない、説得はこっちでどうにかするさ、

紅莉栖は秋の訪米までに、あのレポートをきちんとした形式のものに書き換えてくれ」

「ええ、分かったわ」

 

 そう言った八幡は、直後にある事に気がつき、慌てて紅莉栖にこう尋ねた。

 

「……というか、もしそうなった場合、お前と教授はアメリカにいるのは危ないか?」

「そうね、少なくとも日本にいるよりは危ないかもしれないわね」

「教授とお前をまとめてソレイユに引き抜く事は可能か?」

「私は構わないわよ、大学よりもこっちの方が研究環境は整っているしね、

教授はあんたの説得次第といった所かしら」

「まあ努力はするさ」

「まあもし失敗したら、アマデウスは私だけの研究という訳じゃないから、

アマデウス抜きでこっちの話を進める事になっちゃうんだけどね」

「それは困るから、最大限努力する」

「………あんたがそう言うと、簡単に実現しちゃいそうなのが困り物ね」

「俺はまったく困らないがな」

 

 そう言われた紅莉栖は、クスクス笑いながら、八幡にこう切り出した。

 

「それじゃあ困らないついでに、もう一人引き抜きたい人がいるんだけど」

「ん、誰だ?」

「比屋定真帆、日本人で、私の先輩よ」

「お前と同じ研究室にいるのか?」

「ええ、とても優秀で、とてもかわいい先輩よ」

 

 その言い方に違和感を覚えた八幡は、素直にその疑問を口に出した。

 

「先輩に対してその言い方はどうなんだ……」

「見れば分かるわ」

 

 紅莉栖は笑顔でそう言うばかりで、詳しい話をしようとはしなかった。

そして八幡は、それ以上の情報を引き出すのを諦め、紅莉栖に頷いた。

 

「………分かった、その線で話を進めよう、紅莉栖はレポートの作成、

ダルは専属で、例の企業の弱みを探ってくれ、出来れば脱税関係がベストだ、

もしくは政治家との黒い癒着でも何でもいいぞ」

「任されたお、というか実はもうそれっぽいファイルは見つけてあるんだよね」

「さすがはスーパーハカーだな、キョーマのフェイバリットライトアームだけの事はある」

「ハカー言うなって」

『八幡んんんんんんんんんんんんん!!!!!』

「うおっ」

 

 こうして話がまとまったと思われたその時、モニターの中から、

まるで八幡を呪詛するような声が聞こえ、八幡は慌ててモニターに目を向けた。

 

『よく考えたら、トイレに行っておけだなんて、

最初からこうなるって分かってたって事じゃない、

よくも黙ってたわね、絶対にとっちめてやるんだから!』

 

「やべ、詩乃の奴、ついに気付いてしまったか……」

「八幡、大丈夫なん?朝田氏ってばかなりキテる表情をしてるみたいだけど」

「俺はマンションに避難する事にする、

何かあったら直ぐに連絡してくれ、それじゃあまたな」

 

 八幡はそう言うと、脱兎の如く逃げ出した。

 

「早っ……」

「そんなに怖かったんだナ……」

 

 この日詩乃は、バイトが終わった後、結局八幡を見つけ出す事が出来ず、

コミケの日に絶対とっちめてやると誓いつつ、家へと帰る事になったのだった。


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