ブースに着いたソレイユ一行は、急ピッチで最後の準備を行っていた。
「これはそこ、これはここ、残りは向こうに頼む」
「はい!」
「分かりました、次期社長!」
「おい小猫、コスプレチームの準備はどうだ?」
いつものように薔薇にそう尋ねた八幡だったが、その問いに返事は無かった。
「って、あいつも準備中だったか」
小猫もまた、司会としての準備に忙殺されているのだろう、
そう気付いた八幡は、他にやり残した事は無いかと考えながら、
きょろきょろと辺りを見回し、見知らぬ女性がブースの中をうろついているのを見つけ、
関係者以外は入らないように注意しようと思い、その女性に声を掛けた。
「あ~、すみません、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですよ、
もしよろしければパンフレットを差し上げますので、興味があったら開場後においで下さい」
八幡はそう丁寧に言い、その女性にパンフレットを差し出した。
その女性はとても清楚な佇まいをしており、
八幡は、こんな場所には場違いな人だなという感想を抱いた。
事実その女性はきょとんとした顔をするばかりで、何の反応も示さなかった。
だが一瞬遅れてその女性は、ニタァっとした顔で笑った。
(うわ、何だこいつのこの顔……美人が台無しだな……
ん?残念美人?そんな奴が俺の周りにいたような……)
八幡はそう考え、その言葉を思わず口に出した。
「残念美人………」
「誰が残念なのよ!というかあんた、今絶対に、私だって分かってなかったわよね?ね?
ふふん、やっとあんたもこの私の真の魅力に気付いたのね」
その声はどう聞いても薔薇の声であり、八幡は内心の動揺を隠しながら、
平静を装って薔薇に話しかけた。
「あ、当たり前だ、俺はお前の事を、黙っていれば美人だと認識してるからな」
「だからそれ、絶対に褒めてないわよね!?」
「最高に褒めてるだろ、お前は何を言ってるんだ」
「えっ?」
「本当にお前は、黙っていれば美人だよな」
「だから………あれっ?」
「黙っていれば美人だよな」
「…………」
「うん、やっぱり美人だな」
「や、やっぱりそう思う?」
「残念美人か」
「…………」
「おお、やっぱり美人だな」
「…………」
こうして薔薇を黙らせる事に成功した八幡は、
薔薇に気付かなかったという不名誉を、何とか回避する事に成功した。
そして明日奈の先導で、他の者達も続々とこちらに集合してきた。
「八幡君、みんなの事も見てあげて」
「そうだな、そうするか」
そして八幡は明日奈の隣で説明を聞きながら、各人のコスプレを見せてもらう事にした。
「最初は私よ、八幡君」
「理事長……やっぱりチュートリアルNPCの格好なんですね」
「ええ、今日は薔薇ちゃんの黒子に徹するつもりだしね」
「それにしても何ていうか……二人の成人したお子さんがいるようにはとても……
理事長って正確には一体いくつなんですか?」
「やだもう八幡君ったら、陽乃と雪乃の父親になりたいの?」
「そんな事一言も言ってねえよ、相変わらずだなあんたは!」
「おほほほほ、八幡君が女性に年を聞いたりするからよ」
理事長は笑顔でそう言い、八幡は困った顔でそっぽを向いた。
そんな八幡の肩をぽんと叩いた者がいた、雪乃である。
雪乃はこういった雰囲気の場所に来るのは初めてらしく、
常日頃の態度とは違い、今日は到着した時からびくびくしているように見え、
終始無言であった。だがこの時ばかりは雪乃もいつも以上に迫力のある態度を見せていた。
「八幡君、今うちの母さんを口説いているように見えたのだけれど」
「いや待て、誤解だ、そんな事実はまったくない」
「本当かしら?」
その問いに、八幡の後ろから理事長が笑顔でこう答えた。
「本当よ雪乃ちゃん、本当の本当に口説かれていたわ」
「いいからあんたは黙っててくれっての!」
「で、結局どっちなのかしら?」
「誓って何も無い、本当だ、俺を信じてくれ」
八幡は別に言い訳する必要はまったく無いのだが、雪乃の迫力に押されてそう言った。
「雪乃、ほら、理事長のあれはいつもの事だから」
「そう?まあ明日奈がそう言うなら……」
雪乃は明日奈にそう言われて大人しく引き下がり、明日奈は八幡に親指を立てた。
八幡はそれに親指を立てて返し、理事長に向き直った。
「はぁ、危なかった……理事長、娘さんの手綱くらいちゃんと握って下さいよ」
「ごめんなさいね、どうもあの子は八幡君の事になると、冗談が通じないのよね。
で、私のこの格好、どうかしら?」
「この前も思いましたけど、何というか理事長って、
綺麗系のフォーマルっぽい格好が凄く似合う上に、更にそれが可愛く見えますよね」
「あらあら、八幡君ったらもう、上手なんだから」
そして理事長は上機嫌で去っていき、次に八幡の前に出てきたのはクルスと美優だった。
「おっ、二人は領主の格好か?」
「正式には種族ごとの民族衣装みたいだけどね」
「八幡様、評価を」
どうやらクルスの衣装は普段サクヤが着ている服のマイナーチェンジ、
美優の衣装はアリシャが着ている服のマイナーチェンジのようだ。
「なるほどな、これって民族衣装だったのか」
「実際に領主様が着ているのとはちょっと違うんだけどね、
あっちは戦闘も出来る用の高性能のやつだから」
「確かにこっちの方が、ちょっと露出が多いな……」
「でも初心者には、こっちの方が一般的らしいよ」
「確かに街で見た記憶があるな」
「で、どうですか八幡様」
「ふむ、マックスの方は、袖下が短くなって、より足が見えるようになってるのか、
これは確かに動きやすそうだな。胸の部分は……
あ、いや、スラリとしつつも出るところは出ているマックスにはピッタリだな、
うん、より美人に見えるぞ、マックス」
「あ、ありがとうございます!」
クルスはとても嬉しそうに八幡にそう言い、
次に八幡は、期待に満ちた顔をして横で待っていた美優にこう言った。
「おい美優」
「ふぁ、ふぁぃ!」
「ネコ耳が無い、チェンジで」
「うわあああああああああ、忘れてた!」
美優はそう絶叫すると、バックヤードへと駆け込み、
今度はちゃんとネコ耳を付けた状態で現れた。
「こ、これで完璧でしょ!」
「やれやれ……」
「ふふっ、フカちゃんらしいね」
八幡は苦笑し、一緒に明日奈もクスクスと笑い、
そして八幡は、改めて美優の格好を観察した。
「ふむ、下がミニスカートっぽく全体を覆うようになって、
ウェストの部分が露出しているのか」
「そうみたい、アリシャさんの格好はほら、下着が丸見えみたいに見えるから、
さすがの私もちょっと恥ずかしかったけど、これなら私でも大丈夫だったよリーダー」
「え、お前に恥ずかしいとかいう感情なんてあったのか!?」
「えええええええええええ!?」
八幡は本気で驚いたようにそう言い、美優は憤慨したようにそう叫んだ。
「お前はいちいち叫ぶなっての」
「だ、だってだって!」
「ああもう、せっかく似合っててかわいいんだから、お前はちょっと静かにしてろ」
「えっ?リ、リーダー、今のセリフ、もう一度プリーズ!」
「あ?気のせいだ、早く次の三人に場所を譲れ」
「あ、ちょ、ちょっと!」
そう言いつつも、フカ次郎は大人しく引き下がると、隅の方でニヤニヤしていた。
どうやら言葉自体はハッキリ聞こえていたらしい。
明日奈もそんな美優に、良かったねと声を掛けており、
美優は明日奈に抱きつき、わんわんと嬉し涙を流していた。
「さてと……次は例の三人か」
八幡の言う『例の』とは、本人達の事を指しているのではなく、
コスプレ内容に対する表現であった。
そしていろはと香蓮と由季が、その格好をして八幡の前に姿を見せた。
「これが今回の目玉、来年実装される一連のイベントの重要キャラ、
ウルド、ヴェルダンディ、スクルドか」
「ほらほら先輩、どうですか?女神っぽいですか?」
「八幡君、どう……かな?」
「キャラのイメージをきちんと表現出来ているといいんですが」
一見こういうのは、身長順に役柄を振るのが正解だと思われがちなのだが、
八幡はあえていろはをウルド、香蓮をヴェルダンディ、由季をスクルドにした。
いろはは最近とても大人びてきており、生徒会長を経験したせいか、
リーダー的雰囲気も全身からかもしだされている。
ウルドは三人の中では一番露出も多くなるであろうキャラであり、
色々とそつのない対応が出来る者が適役となる。
なのでいろはが長姉たるウルド役に相応しい。
そして物静かでニコニコと微笑んでいるイメージのヴェルダンディを香蓮に任せ、
見た目からして頭に兜を付け、より活動的に見えるスクルドを、
アクションもこなせる由季に任せる、これが八幡の判断だった。
「いろは」
「な、何ですか?」
「お前は気が付くと、どんどん綺麗で大人びてきてるんだな」
「ふ、ふえっ!?や、やっと先輩も私の魅力に気が付きましたか、
そうですかそうですか、まあ今日は安心して、私の活躍を見ていて下さいね」
いろははそっぽを向きながらも、顔一面を紅潮させながらそう言った。
「おう、期待してるわ」
「いろはちゃん、ファイト!」
「はい、頑張ります!」
いろははそう声を掛けてくれた明日奈にピースサインをしながらそう答え、
香蓮にその場所を譲った。
「香蓮」
「う、うん」
ヴェルダンディに扮する香蓮は、その容貌と、
決して大げさにならない程度の穏やかな微笑みのせいで、
神秘的な雰囲気を醸し出していた。いわゆるアルカイックスマイルである。
「恥ずかしくないか?大丈夫か?」
「も、もちろん恥ずかしいよ、だからちゃんと見ててね」
「ああ、任せろ、綺麗な香蓮の事をちゃんと見てるからな」
八幡は力強く頷き、香蓮はそれだけで満たされた気分になり、
この仕事を引き受けて良かったと感じていた。
明日奈はそんな香蓮を見て、さすがに手ごわいと感じていた。
(香蓮は、他の人より幸せを感じるラインが低いように感じるね、
さすがに香蓮と優里奈ちゃんは一筋縄ではいかないなぁ、
まあライバルの存在が、より私を輝かせてくれるはず、私も頑張ろっと)
明日奈はそんな事を漠然と考えながら、香蓮に心からの声援を送った。
「頑張ってね、香蓮!」
「ありがとう明日奈、私、頑張るね!」
そして最後は由季である。八幡も由季に対しては慎重に言葉を選んでいた。
「さすがとしか言いようがありませんね、由季さん」
「ありがとうございます、でも女としては、
もっとストレートに褒めてもらいたい気持ちもあるんですけど」
「いや、まあ色々と賞賛する気持ちはあるんですけど、
他に適任がいると思うので、その役目はそいつに任せますね」
「あ………は、はい」
由季は少し残念そうに、それでいて何かを期待するようにそう答え、
八幡は明日奈に頼んでダルを呼んだ。
「八幡、どしたん?って……ゆ、由季さん」
「橋田さん、この格好、どうですか?」
由季はダルを見て嬉しそうに微笑むと、その場でくるりと回った。
そしてダルは、貧弱な語彙ながら、思った事を正直に由季に告げた。
「と、とても似合ってます、まさにスクルドって感じです!」
「そうですか?それなら良かったです」
「あとその………す、凄く綺麗です」
「あ、ありがとうございます、橋田さん」
そんな二人を見ながら、明日奈が八幡に囁いた。
「ねぇ八幡君、あの二人、いい感じだね」
「ああ、上手くいってくれるといいんだがな」
「大丈夫だよ、ダル君はいい人だもん」
「由季さんはどうやら男を見た目じゃなく内面で見る人みたいだが、
それでもダルには多少努力してもらって、少しは痩せて欲しいところだけどな」
「ふふっ、まあそうだね」
そして八幡は一同にこう言った。
「よし、それじゃあリハーサルを開始するか、夢乃、ダル、仕切りを頼む」
「あいヨ」
「り、了解だお!」
そしてリハーサルが始まり、八幡と明日奈は一度バックヤードに引っ込むと、
二人とも伊達メガネをかけた。
「まあ一応俺達もな」
「見た目は少し変えておいた方がいいよね」
「ついでに帽子でもかぶっとくか?」
「うん、そうしよっか」
「俺はともかく、明日奈は少し髪型も変えとくか?」
「あ、それじゃあ八幡君、お願い」
「おう、任せろ」
こうしてソレイユブースの準備は全て整い、後は開場時間を待つばかりとなった。