宜しくお願いします!
一般入場口では、結衣と優美子と沙希が、
激しく緊張しながら開場時間を今か今かと待ち構えていた。
「何この人の数は……」
「凄いね……」
「あーしもニュースで聞いてはいたけど、ここまでとは思わなかったし……」
「あ、そろそろみたい」
そしてついに開場時間が訪れ、三人は早く姫菜達と合流して少しでも落ち着こうと、
正面入り口前の階段を駆け上り、そこでちらっと振り向いた。
「うわ……」
「一面頭頭頭だね……」
「何これ、あーしちょっと……いや、かなり怖いんだけど……」
「やばいやばい、早く行こ!」
三人はその圧迫感に耐えられず、まるで逃げ出すようにその場を離れ、
中へと急いで入っていった。その少し後ろを、倉田が慣れた感じで歩いていた。
「今年はいいケモ耳ちゃんに会えるといいなぁ」
倉田はそう呟きつつ、三人と同じ位置でくるりと後ろを振り返った。
「今年も盛況っすなぁ、さて、早く隊長と合流しないと」
そして倉田は目を輝かせながら奥へと進んでいった。この辺りは慣れの差なのだろう。
その少し後に和人が会場に駆け込んできた。
和人は昨晩、今日の事が楽しみで寝付けずに、今朝は思いっきり寝坊した為、
ついでとばかりに飲み物の買い出しを頼まれ、今やっと会場に到着したのだった。
和人はかなり人が減ったとはいえ、いまだに混雑している入り口付近を、
重い荷物を両手にぶら下げながら進んでいた。
そして階段の上に到達した時、和人は誰かの視線を感じ、慌てて振り向いた。
「……どこかから見られてる気がするな」
和人の後ろにはまだまだかなりの人数の入場待ちの人がおり、
和人は何人もの見知らぬ者と目が合い、自嘲気味にこう呟いた。
「これだけ人がいるんだから、そりゃまあ俺を見てる奴だって沢山いるよな、
他人の視線に敏感なのは、SAO時代からの悪癖だな」
そして和人はソレイユブースへと向かって歩き出した。
「ふう、びっくりした」
「さすがというか……」
「見つからなくて良かったニャ」
「軽く変装してきて正解だったね」
実は和人の感じた視線は一般人からのものではなく、女子高生チームからの視線であった。
何故和人が簡単にスルーしたかというと、そこに敵意や殺意がまったく無かったからである。
これはまあ身内なのだから当たり前ではあるのだが、とりあえず女子高生チームは、
入場前に関係者に発見されてしまうという事態をギリギリで回避する事に成功した。
「誰にも見つからないように遅めに来たのに、危なくニアミスするところだったわね」
「帽子とサングラスだけでも結構分からないものなんですね」
「和人さんと目が合ったかと思って、まゆしいは一瞬心臓が止まるかと思ったのです」
「その時はまゆりに単独で接触してもらって、私達は他人のフリをしたけどね」
「あ、確かにそれなら誤魔化せたかも」
「まあセーフだった訳だし、とりあえずさっさと入場してしまいましょう」
留美がそう言い、一行はそのまま階段を上り、何となく振り向いた。
「こ、これは……」
「見渡す限り人の頭しか見えないわ」
「迫力満点な光景だね……」
「うわぁ、これは一生に一度しか味わえない感動かも」
「確かにそうかもニャ」
「例年通り、今年も凄い人数だよねぇ」
「まあそうだな、ビッグサイトよ、私は帰ってきた!」
まゆりのその言葉を受け、女子高生チームに同行していながら、
ここまで遠慮して何も喋らずにいたキョーマが、そう大きな声を出した。
どうやら彼の中二心が疼いたようだ。
「ちょ、ちょっと岡部、こんなところでそんな大声を出すなんて、
恥ずかしいからやめてよね」
「何を言っているのだクリスティーナ、誰が我らを笑っているのだ?」
「ティーナ言うな!誰がってそれは……」
紅莉栖はそう言いながら周りをきょろきょろと見回したが、笑っている者は誰もいない。
「え、あれ……」
「ここはそういう場所だ、覚えておくのだな、助手よ」
「え、えらそうに……でもまあここが普通じゃない事は実感出来たわ」
「また一つ成長する事が出来て良かったではないか」
「それはそうかもだけど、あんたに言われると妙にむかつくのよね……」
そんな二人のやり取りを聞きつつ、詩乃がぼそりと言った。
「毎年ニュースで見てただけで特に興味は無かったけど、
さすがは日本最大のイベントよね」
詩乃のその言葉に、他の者達も頷いた。
確かに階段の下と上の景色の差は、初参加の者にとってはインパクトが大きい。
「ねぇ誰か、『見ろ、人がゴミのようだ』って言ってみて」
「椎奈、いくらなんでもそんな事言える訳が……」
「見ろ、人がゴミ……」
「ちょ、ちょっと優里奈、真に受けなくていいから!」
「ご、ごめんなさい、あまりの人の多さに、つい言わなくてはいけないような気分に……」
「確かにこんな人数見た事無いから、その気持ちは分からなくもないわね」
その優里奈の言葉に留美も同意した。
「フェイリスは中二の頃から来てるから、もう何とも思わないニャね」
「まゆしいも人数の事より、気温の事くらいしか気にならないかもだよ」
「確かにそれは大事よね、今日が比較的涼しくて良かったわ」
「うんうん、暑かったら地獄なのです」
そんな会話を交わしながら、一行は建物の中へと進み、
そこでこれからどうするか確認を始めた。
「狙いはソレイユの三回目のステージとして、この時間はとりあえず自由行動ね、
みんなはどうするつもり?」
その紅莉栖の問いに、最初に留美がこう答えた。
「部活のOGの先輩がサークルの手伝いに来てるみたいなので、
ちょっと様子を見にいってくる」
「何てサークル?」
「ええと、聞いた話だと、『腐海のプリンセス』とか……」
まゆりの質問に留美はそう答え、それを聞いたまゆりとフェイリスは固まった。
「え、何その反応……」
「ちょ、ちょっと待つのニャ、サークル名は本当にそれで合ってるのニャ?」
「う、うん、まあ部活のOGの先輩は売り子で駆り出されただけみたいだけど、
書いてる人と、もう一人の売り子の手伝いをしている人とも面識があるの」
「な、なるほどニャ……でも初心者があそこに一人で行くのはちょっと……」
「そ、そうだね、危険かも」
フェイリスのその言葉にまゆりも同意し、留美は顔色を少し悪くした。
「そ、そんなに凄いところなの?」
「まあ色々な意味で凄いニャね」
「ど、どうしよう……」
「なら俺が付いていくとしよう、それならまあ何かあっても大丈夫だろう」
キョーマがそう申し出てくれた為、まゆりは安心したように言った。
「オカリン、お願いしていい?まゆしいは更衣室で衣装の見直しをしないとなので」
「任せておけ、留美もそれでいいか?」
「キョーマさん、お手数をおかけしますがお願いします」
「うむ、この俺が一緒なのだ、大船に乗ったつもりでいるがいい」
「あ、なら私も一緒に行こうかな、女の子がもう一人いた方が、
何かあった時に留美も安心だろうし」
椎奈がそう言い、キョーマもそれに同意した為、
留美は椎奈にもお礼を言い、こうして三人の即席チームが出来上がった。
「まゆしいはさっき言った通り、先に更衣室に行ってるのです」
「私はソレイユブースの偵察に行ってくるわ」
「あ、それじゃあ私も」
「それならフェイリスも、詩乃ニャンとクーニャンに付き合うかニャ、
案内役も必要だと思うし」
こうして二つ目の、経験者と初心者のチームが出来上がり、
七人はそれぞれの目的地へと向かう事となった。
「しかし暑くなってきたニャね……」
ソレイユブースへ向かう途中で、フェイリスは暑さに耐えかねたのか、
手でパタパタと自分の顔を扇いだ。そんなフェイリスに声を掛ける者がいた。
「あれ、君はもしかして、メイクイーンのメイド……確かフェイリス・ニャンニャンさん?」
フェイリスはいきなり正体を当てられ、仰天した。
ネコ耳は帽子で隠しているし、服もメイド服ではなく私服であり、
サングラスで顔を隠しているのだ。セリフからすると、お客様の誰かのようだが……
そう考え、フェイリスは振り向いた。
「あっ、確か前に店に来てくれた人ニャね、覚えてるニャ」
「自分は倉田っす、お久しぶりっす!」
「倉田さん、どうもニャ!こんなところで会うなんて偶然ニャね、
というか、よくフェイリスの事が分かったニャね」
「自分、見えなくてもネコ耳の気配には敏感なんす!
ちなみに自分はここで、うちの隊長……あっと、し、知り合いと待ち合わせしてるっす!」
「お~い倉田、悪い、待たせたな」
「あっ、隊長!」
倉田は直前で訂正したにも関わらず、伊丹の事を隊長と呼び、
フェイリスは思わずクスッと笑った。
そしてフェイリスは、茶目っ気たっぷりに伊丹にこう言った。
「隊長さん、おはようございますなのニャ」
いきなりフェイリスにそう呼ばれた伊丹は、自己紹介をする事も忘れ、
慌てて挨拶を返すと、倉田の事をじろっと睨んだ。
「あ、お、おはようございます、っておい、こんな所で隊長とか呼ぶなよ倉田」
「あっ、す、すみません」
「隊長って呼ぶくらいなら、せめてコミケって呼べよ、もしくは伊丹でいいぞ、ケモナー」
「ちょっ、隊長、その呼び方はさすがに女性の前ではまずいっす!やめてくれっす!」
「おお、悪い悪い、じゃあ俺の事も普通に伊丹って呼べよ倉田」
「分かりました、伊丹さん!」
そして伊丹は興味深げにこちらを見ているフェイリスに気付き、
慌てて居住まいを正し、自己紹介をした。
「あっとすみません、初めまして、俺は伊丹です、ええと、倉田のお知り合いですか?」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って、も、もしかしてコミケさんとケモナーさんなの?」
横から突然詩乃が、そう言って会話に割り込んできた。
「ん?え?もしかして君は、源氏軍の誰かか?」
伊丹は一瞬で状況を把握したのか、そう的確な質問を詩乃に返した。
「私はシノンよ、お久しぶりね、コミケさん、ケモナーさん」
「まじか、シノンなのか、いやぁ本当に偶然だな、よっ、久しぶり!」
「まじっすか!凄い偶然っすね、お久しぶりっす!」
「本当にね、お二人はもしかして、これから八幡の所に?」
詩乃は内心でやばいと思いつつ、二人にそう尋ねた。
「おう、もちろん大将の所に最初に顔を出すつもりだ」
「俺は大将に会うのは初めてなんすよ、いやぁ、楽しみっす!」
「やっぱりそうなのね、あ、あの、二人にお願いがあるの……」
「ん?どうしたんだシノン?」
「じ、実は……」
そして詩乃は、自分達がここにいる事は八幡に内緒にしてほしいと二人に頼んだ。
「何でまた?」
「え、えっと、実は私達、三回目のステージにコスプレでサプライズ乱入するつもりで……」
「あ、ああ~、そういう事か!」
「なるほど、了解っす!」
二人は面白そうな顔で、即座にその頼みを了承した。
「オーケーオーケー、大将には内緒にしておく」
「ありがとう、二人とも」
「で、そろそろちゃんと、そちらの彼女にも自己紹介をしておきたいんだが……」
伊丹は紅莉栖の方を見ながらそう言い、紅莉栖はそれを受け、笑顔でこう言った。
「初めまして、お二人の事は映像で見た事があります、
私はヴァルハラのクリシュナです、宜しくお願いします」
紅莉栖がそう自己紹介した為、詩乃とフェイリスは顔を見合わせると、
紅莉栖に合わせてこう自己紹介した。
「フェイリスはヴァルハラのフェイリスニャ」
「私も今はヴァルハラのシノンかしらね」
そう言われ、今度は伊丹と倉田が顔を見合わせた。
二人とも八幡を知る過程でALO絡みの知識もしっかりと持ち合わせており、
ヴァルハラのメンバーについてもきちんと把握していたのだ。
「まじか、伝説のギルドのメンバーのうち三人に会えるなんて、びっくりだな」
「あ、って事はもしかしてソレイユのブースにも……」
「ええ、ええと、多分八人はいるんじゃないかしら、あ、もちろんオフレコでね」
ちなみにその八人とは、ハチマン、アスナ、キリト、ソレイユ、
ユキノ、イロハ、セラフィム、フカ次郎の八人である。
「分かってるって、しかしまじかよ、それは凄いな……」
「GGOでもALOでも最強とか、やっぱり大将には憧れるっすね!」
「それじゃあ俺達は早速大将に会いに行くけど、そっちはどうするんだ?」
「私達も偵察に行くつもりだから、途中まで一緒に行きましょっか」
「そうだな、そうするか」
「近くに行ったら他人のフリをするって事で」
「了解っす!いやぁ、楽しくなってきたっすね!」
こうして偶然再会した詩乃達と伊丹達は、そのままソレイユブースへと向かう事となった。
一方留美と椎奈とキョーマは、『腐海のプリンセス』のブースに着いていたが、
そのあまりの混雑っぷりに仰天していた。
「何これ……」
「カタログから壁サークルだというのは分かっていたが、まさかここまでとはな……」
「しかも並んでるのが全部女の子なんだけど……」
「本当だ……」
留美は呆然とそう呟き、ブースの方へと顔を覗かせ、売り子をしている女性と目が合った。
途端にその女性が驚いた顔で立ち上がり、見た事のある女性と売り子を交代して、
留美の方へと走ってくる姿が見えた。
「ゆきのん、来てくれたんだ!」