「ゆきのん、来てくれたんだ!」
そう言いながら近付いてくる男装の麗人を見て、留美はぎょっとした。
「他の人ならともかく、雪乃先輩の親友の結衣先輩がどうしてこんな間違えを……」
「もしかして、サングラスをかけてるからなんじゃない?」
「あっ、そういう事……?」
留美は結衣が自分を雪乃と間違える事はさすがに無いだろうと思っていた為、
完全に油断していた。そのせいで何を言えばいいか咄嗟に出てこず、
まごまごした留美に、結衣はニコニコしながらこう言った。
「いやぁ、まさかゆきのんが来てくれるなんて思わなかったよ、
ゆきのんはこういうの、苦手だと思ってたから。まああたしも苦手なんだけどね」
「あ、あの、その……」
「ん、どうしたの?」
そう言いながら結衣が留美に顔を近付けた瞬間、周囲が悪い意味でざわっとした。
そう、悪い意味でである。具体的には、声にならない悲鳴が聞こえた感じだろうか。
「あっ、ちょっとまずったかも、ゆきのん達は全部で三人?ちょっとこっちに来て」
結衣はそう言って留美の手を引き、人気が少ない裏の方へと三人を連れていった。
「ごめんごめん、ほら、この周辺にいる人ってば、
ヒッキーに扮したあたしには、基本的には男の子とだけ接して欲しいみたいでさ、
ああいう風に女の子と絡むとああいう雰囲気になっちゃうんだよね、
違う、それじゃない、みたいな」
「は、はぁ……」
留美は結衣が言っている事があまり理解出来なかったのか、曖昧にそう返事をした。
「……何か今日のゆきのんはいつもと違うね、何かあったの?」
「いえ、あの、私は……」
「あれ、何か声もいつもと違うような」
「当たり前っしょ結衣、その子はどう見ても雪乃じゃないでしょ、
サングラスを外してその子の胸をよく見てみろし」
その時後方からそんな声が投げかけられ、結衣はサングラスを外し、
目をごしごしとこすりながら留美の顔から下へと視線を動かした。
「あ………」
そして結衣は、そこに明らかに雪乃とは違う膨らみを見付け、慌てて留美に謝った。
「ご、ごっめ~ん、あたしってば、知らない人にとんだ勘違いを……」
「ほんとごめんねぇ、この子ってば昔から天然でさ……」
先ほど後ろから結衣に声を掛けた人物、三浦優美子がそう留美に謝り、
留美は優美子に笑顔でこう答えた。
「いえ、別に大丈夫です、それに私達は初対面じゃないですよ、先輩」
「せ、先輩?」
「だ、誰……?」
結衣と優美子はそう言いながら、留美の顔を見て目を細めた。
「ん~~~~?」
「どこかで見たような……」
そんな二人に、留美はすました顔でこう言った。
「お二人とは小学生の時の千葉村やクリスマス以来ですね、
そんな私も今は総武高校の二年生で、奉仕部の部長ですよ、先輩方」
その言葉で二人は、留美の正体に気付く事が出来た。
二人は今の奉仕部の部長が留美だという事を、以前八幡から聞いて知っていたのだ。
「あ、ああ!も、もしかしてルミルミ?」
「そうそう、ルミルミだルミルミ!」
「ルミルミ言うな」
「「あ、ごめん」」
留美は反射でそう言い、二人はそうハモりながら謝り、
そして三人は顔を見合わせ思わず噴き出した。
「今日はお二人がここにいると聞いて、挨拶に来ました。
それにしてもお二人のその格好は……」
「あ、そうだったんだ、わざわざありがとね。
で、この格好は何ていうか……ヒッキーのつもりというか……」
「あーしはその親友の和人のつもり」
「な、何でそんな事を……」
「それは二人が姫菜の書いてる本の主人公だから……」
「ああそうだ、あーしも一冊もらったんだけど、いらないからこれあげるわ、
あんまりお勧めしないけど、まあ読んでみて」
「あ、はい、ありがとうございます」
「で、そちらのお二人は?」
「ああ、こちらは……」
留美はそう言って連れの二人の方を見た。
「初めまして、詩乃の親友の夜野椎奈です、結衣さん、優美子さん」
「あ、詩乃から聞いた事がある!」
「なるほど、宜しくね、椎奈」
「そしてこの俺は、八幡の親友であり狂気のマッド・サイエンティスト、鳳凰院凶真だ」
キョーマはそう言いながら決めポーズをとった。
二人はそんなキョーマを見ても平然としたまま、笑顔で言った。
「ヒッキーから聞いてた通りの人だね、由比ヶ浜結衣です、初めまして、キョーマさん」
「へぇ、本当にそんな感じなんだね、あーしは三浦優美子、宜しくね」
キョーマは真顔でそう言われ、恥ずかしくなったのか、
やや顔を赤くしながら二人にこう言った。
「へ、平然としすぎだろう……さすがは八幡の仲間というべきなのかもしれないが」
「まあほら、あたし達はもっとどっぷりとロールプレイにはまった人達と日々戦ってるし?」
「そういうのにはもう慣れたっていうか……」
二人は自嘲ぎみにそう言い、キョーマは慌てて二人に抗議した。
「お、俺のこれは別にロールプレイではない!真の姿なのだ!」
「あ、うん、そうだね」
「うんうん、宜しくね、狂気のマッド・サイエンティスト」
「お、おう、分かれば良いのだ分かれば……」
二人にそう生暖かい目で言われ、キョーマの虚勢も若干尻すぼみとなったようだ。
「って事は、詩乃もここに来てるの?」
「はい、来てますよ」
「なるほど、ソレイユのブースが目当てなのかな」
「まあそんな感じですね」
椎奈はその質問に、あっけらかんとそう答えた。
本来は隠さねばならないところなのかもしれないが、椎奈や留美の共通見解では、
八幡が自分の痴態が描かれた薄い本を売っている場所にのこのこと姿を現すとは考えにくく、
この二人もこの混雑具合からして、当分ここを離れられないだろうと予想されており、
ここで詩乃や留美や椎奈が来ている事を隠す必要もないだろうという事になっていたのだ。
「由比ヶ浜、三浦、海老名がまた例の奴をお願いだってさ」
その時売り場の方から、先ほど結衣と売り子を交代していた女性が姿を現し、
その顔をまじまじと見た留美は、その女性、川崎沙希にこう言った。
「あ、やっぱり、けーちゃんのお姉さんでしたか」
「う?あ、あんた、もしかしてけーちゃんの友達?」
ちなみにけーちゃんというのは、沙希の妹、川崎京華の事である。
「はい、知り合ったのは五年前くらいですが、今でも仲良くさせてもらってます、
でも沙希先輩にもその時、衣装作りの関係で会ってますよ、
私は総武高校二年の鶴見留美です、お久しぶりです」
「五年前に衣装って……も、もしかしてクリスマスイベント?
って事はあんたはあの時の小学生?」
「はい、そうですね」
「なるほど……雪ノ下似の美人になったんだね」
「よく言われます」
「さっき結衣も間違えたくらいだかんね」
「ちょっと優美子、それはサングラスのせいなんだからね!」
そして結衣と優美子の二人が表に出ていった後、
椎奈とキョーマも沙希に自己紹介をし、沙希は二人に自己紹介を返した。
「私は川崎沙希だよ、よろしくね」
「か、川崎沙希だと!?」
その時キョーマがそう大声を出し、沙希はぽかんとした。
「あんたもしかして私の事を知ってるの?どこかで会った?」
「いや、会った事がある訳じゃないんだが、
あんたはネットショップの『ハンドメイドコス・川崎』の店主だよな?」
「ああ、そっちか、確かにそうだけど、マイナーな活動なのによく知ってるわね」
「俺の幼馴染があんたの大ファンでな、あんたを目標にいつも頑張ってるんだよ」
「そうなんだ、それは光栄ね」
沙希はまんざらでもなさそうにそう言い、そんな沙希に、キョーマはおずおずと言った。
「も、もし良かったら、手が空いた時にでもそいつに会ってやってくれないか?
そいつも今この会場に来てるんだよ」
沙希はそう言われ、少し警戒しながらこう言った。
「それって女の子?」
「ああ、そいつの名は椎名まゆりという」
「ああ!その子とは何度かメールのやり取りをした事があるわ、
そういう事なら構わないわ、後で手があいたらメールするって伝えておいて」
「そうか、すまない、恩にきる」
「ううん、私もあの子には興味があったから別に気にしないで」
そんな会話をしていた最中に、表から黄色い声が聞こえ、
キョーマ達は何事かと気になり、沙希にその事を尋ねた。
「ああ、あれね……由比ヶ浜と三浦が、あの格好で宣伝活動をしてるのよ」
「あれって八幡と和人だよな?」
「あ、キョーマはあの二人と知り合いなんだ、
っていうかあの格好だけでよく分かったわね」
「何となく雰囲気があの二人っぽかったからな」
「それだけで分かるなんて、本当にあの二人とかなり親しいんだね」
「まあな」
沙希は八幡の入院中に何度か病院に行った関係で和人とも面識を持っており、
最近疎遠になっていた事もあり、キョーマに二人の事を尋ねた。
「八幡と和人君は元気?」
「ああ、二人とも元気だぞ、今日もソレイユブースに来てるはずだ」
「そう、なら後で会いにいってみようかな、もう私がここにいなくても大丈夫みたいだし」
「そうするといい、あの二人も喜ぶだろう」
「………そうかな?」
その恥ずかしげな表情が気になったキョーマは、どっちが本命だろうと思いながら、
かまをかけるつもりでこう言った。
「特に八幡はそうだろうな」
「………そ、そうなのかな」
(八幡の方だったか、まあ元々八幡のクラスメートだったらしいし、
当たり前といえば当たり前だな)
キョーマがそんな事を考えた時、また表から黄色い声がした。
「何か凄いな……」
「ああ、まあ海老名達は人気作家らしいからね」
「八幡と和人にはこの光景は見せられないな……」
「まあね……」
「はぁ、疲れた……」
「今回は前回よりも確実にお客さんが多いね」
その時表から、姫菜と梨紗がこちらに入ってきた。
そして二人は結衣達から聞いたのか、フレンドリーな態度で留美達に挨拶してきた、
「あ、どもども、腐海のプリンセス一号こと海老名姫菜だよ」
「同じく二号の葵梨紗だよん」
そして自己紹介が再び繰り返され、姫菜は驚いた顔で留美との再会を喜んだ。
「そっかそっか、美人さんに成長したんだねぇ、
でもあの頃の面影も少しは残ってるかな、感慨深いなぁ」
「まあ一番成長する時期ですしね」
「うんうん、そうだね、ところでキョーマ君」
「ん、何だ?」
「比企谷君の事、好き?」
「あっ……」
沙希はそれを聞いて咄嗟にキョーマを止めようとしたが、時既に遅かった。
「ん?まああいつとは親友と言っても差し支えない間柄だし、もちろん好きだぞ」
そのセリフを聞いた姫菜と梨紗は、下を向いてぷるぷると震えだした。
「ど、どうかしたのか?二人とも」
沙希はあちゃぁと顔に手を当て、キョーマは心配そうに二人にそう尋ねた。
そして顔を上げた二人を見て、キョーマだけではなく留美と椎奈もぎょっとした。
姫菜と梨紗が、だらしない顔で興奮したようにはぁはぁと荒い息を吐いていたからだ。
「こ、これは新作の予感!」
「みなぎってきたあああああ!」
「はいはい、分かった、分かったから、一般人に迷惑をかけないようにね」
沙希は慌てて二人の前に立ち、ちらりと振り返ると、三人に逃げろと目で合図を送った。
それを見た三人は顔を見合わせ、挨拶もそこそこにその場を逃げ出した。
「そ、それじゃあまた後で顔を出しますので」
「お二人とも、頑張って下さいね!」
「ではまたな、さらばだ!」
「あ、ま、待って!」
「キョーマさん、カムバ~ック!」
「はいはい、あんた達はとりあえず休んでなって」
こうして沙希が二人を食い止めている間に、三人は何とか安全圏まで到達する事が出来た。
「こ、怖かった……」
「だね……」
「な、あそこは初心者には危険だっただろ?」
その言葉に留美と椎奈はこくこくと頷いた。
「それじゃあ一度まゆりの所に戻るとするか」
「うん」
「だね!」
この時の体験のせいで、微妙に二人の心にトラウマが残る事となったが、
とにもかくにも、こうして留美達と腐海のプリンセスチームは邂逅する事となった。