ソレイユブースの物販はのっけから大盛況であった。
「かおり、どんな感じ?」
「あ、明日奈、小物類がそろそろ無くなりそう」
「和人君、商品の追加をお願い」
「了解、すぐに用意する」
基本表に出れない明日奈と和人は裏方に回り、かおりは売り子として、
八面六臂の活躍をしていた。
かおりがALO内のショップNPCの格好をしているのもとても好評のようだ。
問題があるとすれば、その格好がやや露出が多いという事だろうか。
「かおりはさすがだよなぁ」
「ちょっと問題がありそうなお客様も、問題なくさばいているわね」
「だが疲れに関しては、さすがにどうしようもないな、雪乃、悪いが交代してやってくれ」
「分かったわ、着替えてくるわね」
雪乃は平然とした顔でそう言うと、着替える為に控え室へと消えていった。
「お~い、大将!」
雪乃の着替えを待っている間、八幡をそう呼ぶ声がした。
「この声は……あ、伊丹さん、来てくれたんですね、
それにそっちは、もしかしてケモナーさんですか?」
「倉田っす、宜しくっす大将!」
「やっぱりでしたか、聞いてた通りですね」
そして八幡は、二人と固い握手を交わした。
「栗林と黒川はどう?ちゃんとやってる?」
「はい、この間は空挺降下をしてもらいましたけど、頑張ってもらってますね」
「空挺降下?」
「あの二人がっすか?」
「はい、それ用のプログラムを組んだんで、テストをしてもらいました。
最初は内容を伝えずにいきなりやってもらったんですけど、
特に怖がりもせず、楽しそうに飛び降りてましたね」
「まじか、さすがというか……」
「黙ってやらせるなんて鬼畜な所業を平然と行えるなんて、さすが大将!」
「あはははは、倉田さん、そんなに褒めないでくださいよ」
「いやいやさすがっす!一生ついていくっす!」
「お前ら二人とも、微妙にズレてるよな……」
伊丹はそうため息をつきながら言った時、着替えた雪乃が戻ってきた。
その美しい姿に伊丹は思わずため息をついた。
「こ、これはまた……」
「八幡君、お待たせしたかしら、えっと、お客さん?」
「あ、いや、こちらはコミケさんとケモナーさんだ、先生」
雪乃は八幡が自分を先生と呼んだ事でスイッチが入ったのか、
GGOでの口調で二人に話しかけた。
「何だ、お前らだったのか、久しぶりだな」
「いや先生、ここでは普通の喋り方でいいからな……」
「そう、なら初めましてお二人とも、私がニャンゴローこと雪ノ下雪乃です」
「………」
「………」
二人はその雪乃のギャップに呆気に取られながらも、雪乃に手を差し出した。
「は、初めまして、伊丹です」
「く、倉田っす、宜しくっす!」
「はい、宜しくお願いしますね」
雪乃はそう言って微笑み、伊丹は顔を赤らめながら頭をかいた。
「まさか先生が、こんなに美しい方だったとは……大将も隅におけないな」
だが倉田は微妙に不満そうに、ぼそりとこう呟いた。
「これでネコ耳だったら完璧だったっすね……」
その言葉に雪乃が反応した。雪乃は倉田の手をとりながら、満面の笑みで言った。
「やっぱり倉田さんもそう思う?そうよね、ネコ耳は絶対に必要よね」
「も、もちろんっす!ネコ耳は至高っす!」
「こんな事もあろうかと、ちゃんと用意しておいたわ」
そして雪乃はどこに隠していたのか、ネコ耳をつけてドヤ顔をした。
「おおおおお、さすがは先生、完璧っす!」
「どうやらあなたとは、美味しいお酒が飲めそうね」
「ふふふふふふふふふふ」
「うふふふふふふふふふ」
そんな二人を見ながら、八幡は深いため息をつくと、雪乃に言った。
「雪乃、もうそれでいいから、早くかおりと代わってやってくれ」
「そうだったわね、それじゃあ許可も出た事だし、このまま売り子を交代するわね、
お二人とも、楽しんでいって下さいね」
「それじゃあ俺達も予定通りのルートを回るとするか、二人とも、またです」
「先生、頑張って下さいね!」
そして伊丹と倉田は少し他を回ってから、最初のイベントに顔を出すと言って去っていき、
二人を見送った八幡は、改めて雪乃の姿をじっと見つめた。
「…………」
「どこを見ているのかしら、目をえぐられたいの?」
「あ、いや、なぁ雪乃、お前さ」
そう言いながら八幡は、雪乃の耳元でこう囁いた。
「最近遺伝子が目を覚ましてきてるよな」
「……セクハラにならないように、言い回しに努力しているのは認めるけど、
その心配は無用よ、ハッキリ言いなさい、『雪乃、胸が少し大きくなったな』と!」
そう言う雪乃のドヤ顔は、かつてない程の喜びに溢れたものであり、
八幡は気圧されつつも、言われた通りのセリフを棒読みで言った。
「雪乃、胸が少し大きくなったな」
「ええ、その通りよ、この服装はどちらかというと脚を強調するデザインだから、
胸があまり目立たないようになっているのに、それでもその事に気付くなんて、
いつも私の事を、欲望に塗れた目で観察していた成果が出たわね」
「その風評被害には断固として抗議させてもらう、俺はそんな目でお前を見ていない」
「あら、じゃあどんな目で見ているのかしら」
「いつも美人なお前が、益々魅力を増したなと、そう思っている」
「あら、あらあらあら、あなたもやっと少しは素直になれたのね」
「俺はいつも素直だっての、ほら、さっさと行ってこい」
「ええ、それじゃあ行ってくるわね」
「おう、頼むな」
「任せて頂戴」
そして雪乃と交代で戻ってきたかおりが、驚いたような表情で八幡に言った。
「ねぇ、雪乃がかつて見た事もないような満面の笑みで交代してくれたんだけど、
八幡は雪乃に何を言ったの?」
「ん、ああ、ちょっと褒めただけだぞ」
「ふ~ん、それにしちゃいつもと違いすぎな気もするけど」
「まあ俺も大人になったって事だ」
「大人、ねぇ」
「まあとりあえず休んでくるといい、ほら、飲み物だ」
「また甘いものをチョイスしてくれたわね、八幡の好物なんだっけ?」
「その通りだが、ひとつだけ間違ってるぞ、
それをチョイスしたんじゃない、それしか持ってきていないだけだ」
「何それウケるし、まあいいや、ありがと」
そう言いながらもかおりは八幡にお礼を言い、控え室へと下がっていった。
そして八幡は、にこにこと接客している雪乃に目をやった。
「………まさかあそこから姉さんや理事長みたいになったりするのか?
いや、さすがにそれは無いか、でもまあ見た感じ、確かに大きくなっていたようだし、
嘘をついた訳じゃないから、もし何かあいつが機嫌をそこねた時は、
しばらくはこのネタで雪乃の機嫌を直すとするか」
八幡は昔と違い、そういった方面のセリフを簡単に口に出せるようになっていた。
大人になったという本人の弁は、それに関しては正しいと言えよう。
そして八幡はそう呟いた後、イベントの準備をしているチームの方へと向かった。
「ふう、本当にこの仕事はやりがいがあるなぁ、凄く楽しいし」
「かおりさん、かおりさん」
控え室に入ったかおりを、そう呼ぶ声がした。かおりはきょろきょろと辺りを見回し、
物陰からちょこんと詩乃が顔を覗かせているのを見付け、
とても嬉しそうな笑顔で詩乃の方へと近付いた。
「詩乃、来てたんだ?」
「う、うん、フェイリスさんと紅莉栖さんも一緒」
「ハイ、かおりさん」
「やっほーなのニャ!」
「あ、やっほー、もしかして三人ともソレイユのブースに遊びに来てくれたの?」
「えっと、実は……」
そして詩乃は、高校生組が八幡にスタッフとしての参加の禁止を言い渡された事、
それでリベンジする為にイベントに乱入しようとしている事などを、かおりに伝えた。
「何それウケるし、まあ確かに高校生にこういう格好をさせるのは、
問題があるかもしれないって判断したのかもね。
まあそれはいいとして、何故私にコンタクトしてきたの?」
「えっと、情報収集の一環として、実はかおりさんに、
イベント中に八幡が何に感心したり、反応を示したか、
気付いた事があったら教えてもらおうと思って」
「ああ、そういう事かぁ、別にいいよ、任せて」
「ありがとうございます」
そして更に詩乃は、かおりにこう尋ねた。
「それでかおりさん、その、イベントの司会は薔薇さんですよね?
他に照明とかは誰が担当するんですか?」
「あ、それは雪乃がやるらしいよ、でもそんな事を聞いてどうするの?」
「乱入するにしても、イベント自体を壊す訳にはいかないから、
その二人には話を通して味方にしておいた方がいいかなって」
「あ、そういう事かぁ」
「もちろんかおりさんを含め、三人にはお礼を用意しています」
詩乃のその言葉に、かおりは笑いながら言った。
「お礼なんてそんなの別にいいのに」
「いえ、八幡を形としては裏切る事になるかもしれないから、
それ相応の報酬を用意させてもらいました」
「そ、そうなんだ、ちなみに何を?」
「はちまんくんの一日レンタル権です」
その詩乃の言葉を聞いたかおりは、かつてない程やる気に満ちた表情で言った。
「任せて、完璧に情報収集をしてみせるから!
そしてあの二人を絶対に説得して、完全なるこちらの味方に引き入れてみせるわ!」
「お願いします」
「目指すは打倒八幡よ、おー!」
「「「おー!」」」
そして四人は簡単に打ち合わせをし、かおりは八幡の目を気にしながら、
薔薇と雪乃にコンタクトを取り、二人は血走った目ですぐに控え室に姿を現した。
「話は聞いたわよ」
「詩乃、いる?」
「は、早い………こ、ここです」
そして薔薇と雪乃は、これまたかつてない程の満面の笑顔で、詩乃に言った。
「もう、水臭いわよ詩乃、詩乃の頼みを私達が断る訳がないじゃない」
「まあでもその詩乃の気持ちを尊重して、その報酬、有難く受け取らせてもらうわ」
「みんなで打倒八幡よ、頑張りましょう」
「そちらの事は、完璧にサポートさせてもらうわ」
「あ、ありがとうございます……」
そして話がまとまった後、薔薇と雪乃はスキップするかのように軽い足取りで、
それぞれの持ち場へと戻っていった。そして観客席へと移動した詩乃達三人は、
作戦に手ごたえを感じ、喜んでいた。
「これで八幡をギャフンと言わせる目処がたったニャね」
「それにしてもあの三人の食いつきようは凄かったわね……」
「まあはちまんくんは、こういう時の最終兵器だしね」
「ある意味詩乃も、その点に関してはチートキャラよね……」
そんな会話をしているうちに、最初のイベントが始まった。