ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第524話 かおり、八幡を観察す

どうやらグッズ関連は一通り売り切れたらしく『次の販売は十二時から』と書かれており、

それで手が空いたのだろう、かおりも舞台袖で、八幡と一緒にイベントの様子を眺めていた。

その視線は、まるで鷹のように舞台と八幡に注がれており、

かおりの意欲の程がよく見てとれた。

 

「はちまんくんはちまんくんはちまんくん……」

「ん?おいかおり、何で俺の名前を君付けで連呼してるんだ?」

「へ?あ、う、ううん、気のせいじゃない?」

「そうか?まあそれならいいんだが……」

 

 八幡はかおりの様子を訝しく思いながらも、

今はそれどころではない為スルーする事にした。

そもそもかおりが今更自分の事を君付けで呼ぶなどとは到底思えないし、

もし本当に君付けで呼んだとしたら、それは自分に対してではなく何か他の……

 

「………ああ、あいつがいたか」

 

 八幡は、共に詩乃を助けた自分の分身とも呼べる存在の事を思い出し、

自然と頬が緩むのを感じた。

 

「そういや最近会ってないな、今度詩乃の家に行く機会があったらちょっと話してみるか」

 

 八幡は、ちょっと前の事なのに、まるで遠い昔にあった事のように、

先日の事件の事を懐かしく感じながら、再びイベントに集中した。

第一回目のステージでは、ゲームの紹介が主にされる予定であり、

第二回、第三回とステージが進むごとに、情報がどんどん開示されていくスタイルである。

その事があらかじめ告知されていたせいか、今の客層は初心者の姿が多く見受けられた。

 

「はい、押さないで順番に入って下さいね、え?私ですか?ふふっ、いくつに見えます?」

 

 入り口からそんな声が聞こえ、八幡は思わずそちらに目を向けた。

見るとそこにはモテモテの理事長の姿があり、八幡は天を仰いだ。

 

「まあそうだよな、あの見た目じゃ騙されて当たり前だよな……」

「凄いよね、朱乃さん……ああ、私もああいう風に歳をとりたいなぁ」

 

 八幡が見ているものが何か気付いたのか、横にいたかおりがそう言った。

 

「どう考えても無理だろ、同じ人類とは思えん」

「そう言われると確かにその通りすぎて微妙にウケないわ……」

「あと胸をアピールしすぎだな、実にあざとい」

「むぅ……」

 

 かおりはチラリと自分の胸に目をやると、悔しそうにそう唸った。

 

「あの見た目でぐいぐいくるから、正直始末に負えないんだよな、

せめてもう少し普通にしててくれればなぁ……」

「でもいつも楽しそうじゃん?」

「まああれはあれでな」

 

 そう言いながら、まんざらでもなさそうな表情を見せる八幡を見て、

かおりは心のメモに、『八幡はぐいぐい迫ってくる胸の大きな女性に弱い』と書き記した。

 

「まああれは予想通りだが、予想以上だったのはあっちの方だな」

「どれどれ?」

「あれだあれ」

「ああ、秘書室長ね」

 

 二人が目を向けた先では、薔薇がまるでバスガイドのお姉さんのように、

ニコニコと笑顔で司会を行っている姿があった。

その見た目は清楚さに溢れており、普段の薔薇とは似ても似つかなかった。

 

「八幡はあの室長といつもの室長、どっちが好みなの?」

「あんな偽者の姿を普段から見せられたらじん麻疹が出ちまうだろうな」

「それじゃ、いつもの室長の方が好みなの?」

「小猫は俺の前と他の奴の前じゃ、全然態度が違うみたいだから、

いつものあいつをどう定義するかによって、また違うだろうけどな。

まあ小猫をいじるのは別に嫌いじゃないぞ」

 

 かおりはその言葉を自己流に解釈し、同時に八幡の視線の先にある物に気付き、

『八幡はSの毛が強い、それによく見ると、やはり視線が室長の胸に向いている』

と、心のメモに追加で書き記した。

 

「はい、それじゃあここで、皆さんが新しく新規のキャラを作った時に、

装備する機会があるであろう服装を紹介しますね」

 

 その言葉を受け、クルスと美優が前に進み出た。

 

「ねぇ八幡、そういえばあんた、ネコ耳とか好きなのよね?」

「あ?お前はいきなり何を言ってるんだ、失礼な」

 

 八幡が心外そうな表情でそう返してきたので、

かおりは以前明日奈から聞いていた情報が間違っていたのかと僅かに動揺した。

 

「俺が好きなのはネコ耳じゃない、ネコ耳を付けた明日奈だ、

そこだけは間違えてもらっちゃ困るな」

「そ、そうなんだ……」

「だがまあ世の中の男でネコ耳が嫌いな奴はいない、

なので俺も男として、別にネコ耳を否定するものではない」

「うわ……そ、それじゃあ美優のあの格好も問題無いの?」

「ネコ耳に罪は無いから当然問題ない、問題はただ一つ、あいつの性格にある」

「あ、あは……確かに美優は、事あるごとに八幡の体を狙ってるしね……」

「普通そういうのは男女逆だと思うんだがな」

「美優ってそういうとこ、おっさんっぽいよね……」

 

 だが八幡は、口ではそう言いながらも暖かい目で美優を見た後、こう言った。

 

「まああいつは頑張ってると思うぞ」

 

 それを聞いたかおりは、笑顔でこう答えた。

 

「うん、そうだね」

 

 そう言いながらもかおりは心のメモに、容赦なくこう書き記した。

 

『八幡はやっぱりネコ耳が好き、あとまた視線が少し下を向いている、

巨乳じゃなく単に胸が好きなだけかも』

 

 そして二人は次にクルスに目を向けた。クルスは薔薇にマイクを向けられ、

丁度自分の服装の説明をしている所だった。

 

「これはシルフの伝統的な衣装で、これを改良したものが、

今の領主さんが着ている服装だよ!ちなみにその写真がこれ、どう?美人でしょう?」

 

「……………なあ」

「…………う、うん」

「あいつは実は、ああいう喋り方がデフォなのかな?」

「どうなんだろうね、いつもの短い喋り方も嫌いじゃないんだけど」

「こういう場でやっぱり思うのは、女ってのは本当に化けるよなぁ……」

「まあここにいる人達は、特殊な例だと思うけどね……」

 

 その時観客達に手を振っていたクルスが、チラリと八幡に目を向け、

恥じらいつつも嬉しそうな表情を一瞬だけ見せた。

 

「クルスって、本当に八幡の事を信仰というか、崇拝してるよね……」

「………そうだな、何で俺なんだろうな」

「さあ、何でだろうね」

 

 かおりは茶目っ毛たっぷりにそう言い、八幡はかおりをじろっと睨んだ後にこう言った。

 

「まあ慕ってもらっている以上、幸せな人生を送ってもらえるように頑張らないとな」

 

(それには八幡が二十人以上必要になると思うけど)

 

 そう思いながらもかおりは「その中に自分も入ってるのかな」と考えつつ、

先ほどまでと同じように八幡の視線の先を追った。

 

「あれ……」

「ん、どうかしたか?」

「あ、ううん、何でもない」

 

 そう言いつつもかおりは、八幡の視線がクルスの脚の方に向いている事に戸惑っていた。

 

(あれ……法則性が分からない、単純に女の子のパーツが好きって事?)

 

 明らかに理事長や薔薇と比べても見劣りしないクルスの胸を、しかし八幡は見なかった。

 

(まあいいわ、メモメモっと)

 

 そしてかおりは、心のメモにこう記した。

 

『八幡は美脚が好き、もしかしたらそっちの方が好きなのかも』

 

 八幡はコスチュームの様子をチェックし、色気が過剰すぎたりしないように、

改良点を自分なりにチェックしていただけなのだが、

そんな事は分からないかおりの心のメモは、最終的にこう纏められた。

 

『八幡はS気質で、興味があるのは胸と脚とネコ耳、胸の大きさにはあまり拘っていない。

結構えっち、でも知り合った女の子全員を幸せにしたいと思ってくれている』

 

 こうして残りの三人の出番の無いまま、最初のイベントは終了した。

伊丹はGGOとの一番の違い……空を飛べる事に興味津々のようだった。

やはり自由に大空を舞えるというのは、ALOの大きな強みなのだろう。

倉田はケットシーに扮した美優が出てきた時以外は基本大人しかった。

ただ、クルスが出てきた時は何かに見蕩れるようにその姿に見入っていた。

どうやら脳内でクルスにネコ耳を付け、間違いなく似合うと判断したようだ。

これは、『倉田はクルスちゃんの首から上しか見ていなかった』

という伊丹の証言によって、後に判明し、本人もそれを認めた。

そして詩乃達三人は………

 

「ねぇ、どう思った?」

「一体何なのニャ、あのプロポーションは、ありえないのニャ」

「戦闘力高すぎでしょう……」

「やっぱりそう思うよね……」

 

 この三人は、スタイルは少し大人しめであり、スレンダーなタイプである。

そして三人とも、関係が近い友人にスタイルの良い者がおり、

その破壊力の凄まじさを熟知している者ばかりだ。

まゆり然り、椎奈しかり、そんな二人と一緒にプールにでも行けば、

二人は間違いなく複数の男に声を掛けられる事だろう。

 

「かおりさんの話を聞いて、それで対策を考えるしかないわね」

「どんな結果が出てくる事やら」

「八幡の性癖が分かれば対応策もきっと見つかるのニャ」

 

 そして詩乃の所にかおりがメールを送ってきた。

 

『八幡はS気質で、興味があるのは胸と脚とネコ耳、胸の大きさにはあまり拘っていない。

結構えっち、でも知り合った女の子全員を幸せにしたいと思ってくれている』

 

「お」

「大きさには拘らないけどえっちという事は……」

「これはチャンスね、露出を増やす方向でまゆりに調整してもらいましょう」

「クーニャンはどうするのニャ?」

「そうね、ちょっと恥ずかしいけど、私も多少なら容認するわ」

「そうこなくっちゃ、味方も増えたし頑張りましょう」

 

 三人は、そのまま八幡に見つからないようにまゆりの所に撤収した。

倉田は今のイベントで火が点いたのか、まだ見ぬケモ耳少女を求めて旅立っていった。

そして伊丹も、閣下に頼まれた文学作品系の同人本を求めて、

カタログを見ながら移動していった。

 

 

 

 その後、無事に二回目のイベントも終わり、八幡達は遅い昼食をとっていた。

 

「さて、三回目のステージまでどうするか」

「そういえば八幡君、姫菜の所に行かなくていいの?」

「……………ああそうか、顔を出さないといけないのか」

 

 八幡は明日奈にそう言われ、とても嫌そうな顔でそう言った。

 

「明日奈も一緒に行くか?」

「う、ううん、怖いから遠慮しとく」

「まあそれがいいだろうな、仕方ない、和人と後は……

そうか、伊丹さんの元奥さんもいたんだった、伊丹さんと三人で行ってくるか」

「が、頑張ってね、念の為に変装していった方がいいかも」

「そうだな、色々工夫してみるか」

「うん、それがいいね」

 

 そして八幡は、嫌がる和人を連れ、伊丹と合流した後、

腐海のプリンセスのブースへと向かった。

この少し後に八幡は、自分達が姫菜の本にどんなビジュアルで描かれているのか、

事前に調べておかなかった事を死ぬ程後悔する事になる。


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