ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第525話 逃げろ!

「なぁ八幡、やっぱり行くのはやめないか?何か嫌な予感がするんだよ」

「和人、往生際が悪いぞ、ここまで来たんだからもう諦めろ」

「まあ進んで近寄りたい場所じゃないのは確かだけどね」

 

 八幡と和人、それに伊丹は、周りから徐々に男の姿が消えている事に気付きながらも、

腐海のプリンセスのブースへと向かっていた。

 

「いいか和人、こういう時はポジティブに考えるんだ、

ほらよく見てみろ、周りには女性しかいないぞ」

「それが逆に凄く怖いんだけど……」

「何か俺達、場違い感が半端ないな」

「伊丹さんまでそんな事を言わないで下さい、俺も本当はちょっと足が竦んでるんですから」

「やっぱりそうなんじゃないかよ、ほら、もう帰ろうぜ」

「うるさい和人、俺一人を生贄にしようとすんな、お前も道連れだ」

「それが本音かよ!」

「まあまあ、もう着くんだから諦めようぜ和人君、まあ変装してるんだし問題ないだろ」

「そうそう、大丈夫だって………多分」

 

 そんな会話をしながら三人は、ついに腐海のプリンセスのブースを視界におさめた。

見ると今の自分と和人によく似た格好をしている二人組が、プラカードを持って立っており、

八幡は偶然もあるもんだなと足を止め、じろじろとその二人を観察し始めた。

 

「あのプラカードを持ってる二人、どこかで見たような気がするんだよな……」

「ん?ここからじゃよく見えないけど、でも男なんだろ?じゃあ知らない奴なんじゃないか?

こんな場所に来るような知り合いは俺達にはいないはずだしな」

「まあそうだよな……多分海老名さんか梨紗さんの知り合いなんだろう、

もしかしたら昔の同級生なのかもしれないが、おそらく俺とは交流が無かったはずだから、

とりあえず放置でいいな。それにしても結衣と優美子、それに川崎の姿が見えないな、

あそこで愛想を振りまいているのは海老名さんみたいだが」

「ちなみにその隣にいるのが梨紗だよ」

「そうなんですか、あ、でも伊丹さん、別れた奥さんと、いまだに仲がいいんですね、

ちょっとびっくりです」

「確かに世間一般的にはそうなんだよなぁ……まあ男と女には色々あるってこった」

「色々ですか……」

 

 八幡と和人は伊丹に気を遣い、それ以上突っ込むのをやめた。

そしてどうしようかと考えあぐねた末に、プラカードを持つ二人にこっそりと話しかけ、

元同級生組の誰かに顔繋ぎをしてもらおうと考えた。

 

「ここまで盛況だとは思わなかったからな……」

「とんでもなく長い行列だよな……」

 

 二人はブースから長く伸びる行列に気圧されながらそう言った。

 

「とりあえず誰かに言付けて閉店の時にでもまた連絡してもらって、

その時に挨拶だけすればいいか」

「かな、さすがに邪魔をするのは申し訳ないし、何より本人バレが怖すぎる」

「二人は立場的にそれくらいはした方がいいかもな、

それじゃあ俺も、梨紗を紹介するのはその時って事にして、

それまであちこちぶらぶらしてくるとするかな、

まあ俺は作品には登場してないから気楽な立場だけど、そこは二人の都合に合わせないとね」

「伊丹さん、何かすみません」

「いやいや、気にしないでくれよ、むしろ梨紗のせいで色々不自由をかけてすまないね」

 

 逆に恐縮する伊丹を見て、和人が何か思いついたのか、ニヤニヤしながらこう言った。

 

「もしかして、伊丹さんも登場してたりして」

「お、おいおいやめてくれよ、さすがにそれは無いだろ………無い………よな?」

「どうですかね、見てみないと何とも?まあ進んで見たい物じゃないですけどね」

「うぅ……ちょっと不安になってきたな、俺も変装するかなぁ……」

「頭にバンダナでも巻きますか?一応変装用に持ってきたのがあるんで」

「おっ、それじゃあ借りておこうかな、後で返すよ」

 

 三人は、これで何があっても大丈夫だろうと考え、

安心してプラカードを持つ二人組に声をかけようとした。

丁度その時、今度はハッキリと見覚えのある女性の姿が視界に入り、

八幡と和人は顔を見合わせた。

 

「あれって川崎さんだよな?」

「だな、これで手間が省けたか」

「おっ、知り合いかい?」

「はい、高校の時の同級生です」

「なるほど」

 

 そして三人は沙希に近付き、代表して八幡が沙希に声を掛けた。

 

「よぉ、久しぶりだな」

「はぁ?ナンパならお断りだよ……って、あ、あんたは……」

 

 沙希は声を掛けてきた相手が誰なのか気付き、驚いてフリーズした。

ちょうどその時、その二人も八幡達に気付いたのか、驚いた表情でこう声を掛けてきた。

 

「ふ、二人とも、来ちゃったんだ……」

「って、その格好はまずい、まずいって、結衣、緊急避難するし」

「だね」

 

 その言葉で、八幡と和人はその二人が結衣と優美子であるという事に気が付いた。

 

「え?ま、まさかお前ら、結衣と優美子なのか?」

「え?気付いてなかったの?ってか何で気付かないし!」

「結衣、胸、自分の胸を見ろし」

「胸?あ………」

 

 結衣も優美子も胸をさらしでギチギチに固めていたので、

八幡と和人が気付かないのはある意味仕方がない。

優美子はともかく、結衣のイメージに多大な影響を与えている部位が平坦だったのだ。

そして結衣は、驚いた表情でまだ自分の胸をガン見している八幡に向かって言った。

 

「もう、えっち」

「いやいや、そもそも見るべき所が今は存在していないというかだな……」

「八幡、とりあえず落ち着け、今の問題はそこじゃない」

「ん、それじゃあどこだ?」

「この二人の格好をよく見ろよ、そしてさっきの優美子のセリフ……

これってまずくないか?」

「格好にセリフ?って、おいお前ら、その格好はもしかして……」

 

 八幡はその和人のセリフで、結衣と優美子の格好の意味に気付いたようだ。

 

「あ、あは……あ、あたしは……」

 

 そう言って結衣は、気まずそうに八幡を指差した。

 

「そしてあーしはもちろん……」

 

 そう言って優美子も気まずそうに和人を指差した。

その瞬間に最悪のタイミングで沙希が覚醒した。

 

「比企………あ、いや、本名はまずいのか、ええと、八百万?に、剣人君?」

 

 沙希はこういう場所で本名を出すべきじゃないと気を遣い、

うっかり姫菜の作品の中の名前で二人の事を呼んでしまった。

その瞬間に周囲の女性達がざわっとした。

 

「ねぇ、今八百万様の名前が……」

「剣人君の名前も聞こえたわよね?」

「ね、ねぇ見てあれ、あの売り子さんが指差している人……」

「八百万様!?」

「剣人君まで!?」

「まさかの降臨!?」

「本人きたああああああああああ!」

 

 誰かがそう叫び、その瞬間にその場にいた全員が、八幡と和人のところに殺到した。

列に並んでいた者達まで殺到した為、姫菜と梨紗も驚いてこちらを見、

そのせいで二人もどうやら何が起こっているのか理解したようだ。

そして姫菜は商売になると思ったのか、ニタァっと笑った後、八幡達に向けてこう言った。

 

「あ、応援に来てくれたんだ、や・お・よ・ろ・ず・さ・ま、

そして、け・ん・と・く・ん?」

 

 二人はそう呼ばれ、内心で、『『こいつ裏切りやがった!』』と思いつつ、

じりじりと迫ってくる腐った集団に向け、慌てて弁解した。

 

「き、期待に添えなくて悪いんだが、俺達にはそういう趣味はまったく無いんだ!」

「そうそう、俺もこいつも彼女持ちだから、

だ、だからそれ以上俺達をそんな目で見ないでくれ!」

 

 だがその集団から、即座にこんな反論が飛んできた。

 

「何を言ってるんですか?そんなの当たり前じゃないですか」

「私達だって、そんな関係の人がほいほいと簡単に現れてくれるだなんて思ってませんよ」

「でもそういう絶対にありえない組み合わせを妄想するのが楽しいんです!」

 

 そう言いながらその集団は、飢えた獣のような目でじりじりと二人に迫っていった。

ちなみにやらかした沙希と、ついでに結衣と優美子もその半包囲の中にいた。

 

「か、勘弁してくれ」

「まずい、これはまずいぞ……」

「ご、ごめん、完全にやらかした……」

 

 沙希は事情を理解し、俯きながらそう言った。

 

「気にするなよ川崎、悪いのは全部あそこにいる腐海のプリンセスだ、

お前に何か悪い部分があったとすれば、それはタイミングだけだ」

「う、うん……」

 

 沙希はそう言われたものの、尚も俯いており、

和人はこの場を何とかしようと助けを求めて辺りを見回しながら言った。

 

「だ、誰か助けを………」

「助けって、俺達の他に誰が……」

「あ」

 

 そして八幡と和人は、伊丹の存在を思い出した。

幸いにも伊丹は咄嗟に逃げ出す事に成功しており、

今は二人の後ろでまごまごしている状態だった。

二人はすがるような目で伊丹の方に振り返ったのだが、

その視線を追った一人の女性が、あっという顔でこう叫んだ。

 

「みんな、見て!あそこにいるのはもしかして、大佐さんじゃない!?」

「えっ、どこどこ?」

「あっ、あのバンダナ……間違いない、大佐さんよ!」

「ミサイル、股間のミサイルは!?」

「新刊要素をここでぶち込んできたああああああ!さすがは腐海のプリンセス!」

「いいっ!?」

 

 伊丹は急に自分に矛先が向いた為、青ざめた表情でそう叫んだ。

そして若干自身への圧力が弱まったのを感じた八幡は、結衣に尋ねた。

 

「な、なぁ、大佐さんって何だ?」

「あ、これを見れば分かるよ」

「これは?」

「新刊のサンプル」

 

 そう言って結衣が手渡してきた本のタイトルは、

 

『八百万様と剣人君、第八話、襲来、大佐さんの弾道ミサイル』

 

であった。そして嫌そうな顔でペラリとページをめくった八幡の目に、

今の自分達とそっくりな格好をした二人組と、股間からミサイルを生やした、

今の伊丹にそっくりなバンダナを付けた軍人らしき人物の姿が目に入った。

 

「は、はは………まじかよ………」

「変装したのが裏目に出たな……はは……」

 

 それを横で見た和人も乾いた笑いを発する事しか出来なかった。

 

「お、おい大将、一体どうなってるんだ?」

「ああ……伊丹さん、これを……」

「これは……?うおっ、り、梨紗の奴、やりやがった……」

 

 そして伊丹は呆然とした顔で梨紗の方を見た。

梨紗はその視線を受け、気まずそうな顔で視線を反らした。

 

「くっそ……大将、どうする?」

「そうですね、やっぱりここは……」

「「「逃げるしかない!」」」

 

 そして八幡は、ただ一人俯いたままの沙希の手を取り後方へと走り出した。

それに合わせ、結衣と優美子、そして和人と伊丹も走り出し、

一瞬反応が遅れた獣達の集団も、すぐに我に返ると、六人の事を凄い勢いで追いかけ始めた。

 

「待って、八百万様!ぜひ私達の前で、慈愛の受けのポ-ズを!」

「剣人君!いつも通りのやんちゃ攻めを私達に見せて!」

「大佐さん!ミサイル一丁お願いします!」

「「「他を当たって下さい!」」」

 

 そして六人は、とにかく走って走って走りまくった。


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