「はぁ……はぁ……」
「まいたか?」
「うん、多分……」
「まったくとんでもない目にあったな」
「まさか俺まであんな扱いをされてるとは……」
「あーし、もう走れない……」
「三浦、大丈夫?ちょっとこのベンチで休憩かな」
六人は、命からがらあの場から逃げ出す事に成功し、
今はベンチで休憩しているところだった。
「それにしても、何でわざわざあんな格好を……」
「不幸な偶然が積み重なった結果だな、今回の件に関しては、
とにかく俺の情報収集が甘かった、みんな本当にすまない」
「それは仕方ないっしょ、これを本人に見ろなんてさすがに言えないし」
「まあなぁ……」
八幡は疲れた表情で差し出された本を手にとり、
パラパラと中を見た後にそれを優美子に返却した。
「うん、絶対に無理だ」
「だよね、これは姫菜に返却しとく」
「そうしてくれ」
そして六人は、しばらくベンチでだらだらと休憩した。
動けないほどではなかったが、とにかく精神的疲労が半端なかったのである。
そんな中、結衣の携帯に着信が入った、どうやら姫菜からであるようだ。
「もしもし、姫菜?あ、うん、こっちはもう大丈夫。
え?あ、そうなんだ、分かった、優美子にも伝えとくね」
そして通話を終えた後、結衣は嬉しそうに優美子に言った。
「姫菜が、あの後直ぐに完売したから、もう戻ってこなくて大丈夫だってさ」
「え、まじで?まだかなり在庫が残ってたと思ったけど」
「さっきの件でお客さんが殺到して、一気に全部売り切ったみたい、
過去最高の売り上げらしいよ」
「そう、ならこれで義理は立派に果たしたっしょ、もう当分手伝わう必要もないね、結衣」
「だね………本当に良かった……」
二人はそれで安堵したのが、前にも増してぐたっとその場でだらしなく弛緩した。
「これに懲りて、もう二度と俺達のコスプレはするなよ、
いや、コスプレというより、あれは仮装か」
「まあそうかもね」
「言われなくても二度とやらないし……」
「私ももう二度とごめんだわ……」
優美子がそう言った直後に沙希もそう言い、八幡はそんな沙希を見ながらこう尋ねた。
「そういえば川崎と会うのも久しぶりだな」
「あ、うん、そうだね」
沙希は髪をかきあげながら、少し照れたようにそう言った。
「でも川崎だけ格好が普通だよな、川崎の役目は何だったんだ?」
「お針子よ」
「お針子?って事は、二人の衣装は川崎が作ったのか?」
「うん」
「そうか、まあ川崎は昔から家庭的だったからな、あ、そうだ、けーちゃんは元気か?」
「ちょっとあんた、まだうちのけーちゃんを狙ってたの?」
「まだとか言うな!そんな事実は一切存在しない!」
「冗談よ冗談。けーちゃんももう小学四年生だし、
今はもう大分手がかからなくなったかな、まあ元気よ」
「そうか、それなら良かった」
うんうんと頷く八幡に、沙希はそっとスマホを差し出してきた。
「ちなみにこれ」
「ん?」
「これ、私がやってるサイト」
「川崎の?まじで?」
「うん」
「どれ……」
そして八幡は沙希のスマホを操作し、沙希がどんな活動をしているのか理解した。
「なるほど、こういった衣装を作ってるのか……凄いな」
「それほどでも……」
「いや、立派な仕事には正しい評価が必要だ、評判もいいみたいだし、
これからも頑張れよ、川崎」
「あ、ありがと……」
沙希は八幡と目を合わせないまま、しかし頬を赤らめながらそう言った。
そんな二人を生暖かい目で見つめていた和人が、チラリと時計を見てこう言った。
「八幡、そろそろ戻らないといけない時間だぜ」
「ん、そうか、もうそんな時間か」
「何か用事?」
「いや、仕事だな、もうすぐソレイユの三度目のステージが始まるんだよ」
「ああ、なるほどね、あんたも昔と違って頑張ってるみたいじゃない」
「昔と違うってのは確かにその通りだな」
八幡はそう言って素直に頷き、沙希もそんな八幡に微笑んだ。
そんな二人に嫉妬したのだろうか、結衣が間に割り込んできた。
「ねぇヒッキー、お願いがあるんだけど」
「ん、何だ?」
「ちょっとソレイユのブースで着替えてもいい?
着替えはロッカーに預けてあるから直ぐに持ってこれるし」
「ああ、別に構わないぞ、ついでにうちのイベントでも見ていってくれ、
あっちには明日奈や雪乃もいるしな」
「あ、あーしもお願い、さらしがきつくってさ……」
「もちろん構わないぞ」
「あたしはむしろ、ここでさらしだけ取っちゃいたい……」
結衣のその言葉に、八幡はうんうんと頷いた。
「だよな、結衣は苦しいよな……ありえないくらい平坦になってるしな」
「もう、ヒッキーのえっち」
「純粋に結衣を心配しての言葉だ、下心とかはまったく無いからな」
「本当に?」
「当然だ、奉仕部の頃から散々見てきたんだから、そりゃ心配もするだろう」
「そんなに見てたんだ!?」
「そういう話に持ってくんじゃねえ、
ほら、川崎にでも手伝ってもらってさっさと外しちまえって」
「そうしたいのはやまやまなんだけどね……」
「ん、何か問題があるのか?」
「まあ確かに男の子にはこういう悩みは分からないよね」
「何がだ?」
沙希のその言葉に、八幡はきょとんとした。
そんな八幡に先んじて状況を把握したらしい伊丹が、八幡の耳元でこう言った。
「大将大将、ブラだよブラ、ブラもロッカーの中なんだろ」
「あっ……」
そして八幡は、心配そうに結衣に言った。
「状況は理解した、苦しいだろうがもうちょっと我慢してくれよな」
「あ、う、うん、心配してくれてありがと……」
結衣はそんな八幡の気遣いを嬉しく思いながらそう言い、
小走りでコインロッカーに向かうと、直ぐに荷物を持って戻ってきた。
「どうする?トイレとかで着替えるか?」
「ううん、混んでるし、ソレイユのブースまで我慢する」
「そうか、それじゃあ急いで行くか」
「うん!」
八幡に促され、一同は直ぐに移動を開始した。
その道中では沙希と結衣と優美子が、八幡にとある事実を告げていた。
「ところでルミルミも来てるみたいだけど、ヒッキーは会った?」
「ルミルミ?それってもしかして、鶴見留美の事か?」
「うん、ルミルミ言うなって突っ込まれちゃった、えへっ」
「へぇ、あいつ、こういうのに興味があったのか……って、それはまずいだろ!」
八幡は焦ったようにそう言った。
「あ、それは大丈夫、作品に興味があった訳じゃなくて、
あーし達に挨拶しに来てくれただけみたいだからね」
「それならいいんだが……」
「あと他にも連れの人がいたね、詩乃の親友の椎奈って子と、鳳凰院って奴」
「椎奈だと!?それに鳳凰院って、凶真の事か?」
「ああそうそう、狂気のマッドサイエンティスト、あんたの親友だって言ってた」
「それは事実なんだがな、まああいつがここにいるのは分かる、
でも椎奈がここに……?まさか詩乃もここに来てるのか?」
「うん、ソレイユのブースに行くつもりだって言ってた」
「そうか……まあ客として来る分には別に構わないんだが、
しかし意味が分からない組み合わせだな……」
八幡はその三人が一緒にいる意味がまったく分からなかった。
メイクイーンに行った事がある椎奈は、その関係で凶真と共にいるのかもしれない。
だが分からないのは何故留美が一緒にいるのかだ。
「ううむ………まあいいか、ソレイユのブースに来るつもりだっていうなら、
その時に聞けばいいか」
八幡はそう言って、特にその事について深く考える事をやめた。
特に連絡する事も無かった為、詩乃達にとってはギリギリセーフである。
「よし、着いたぞ」
「へぇ、やっぱり企業のブースは規模が違うんだねぇ」
「あら、ユイユイに優美子じゃない、もう売り子の仕事は終わったのかしら」
「二人とも、こっちに来てくれたんだ」
丁度手が空いたらしく、休憩していた明日奈と雪乃が、二人を見てそう声を掛けてきた。
「あ、いや~……終わったというか何というか」
「色々あって逃げてきたし」
「そうなの?まあ逃げたくなる気持ちは分かるけど………あら?」
そして雪乃は沙希に気付き、懐かしかったのだろう、ニコリと微笑みながら言った。
「サキサキじゃない、久しぶりね」
「あんたまでサキサキ言うな!」
「あら、久しぶりに会ったというのにつれないわね、サキサキ、
ふふっ、これだけ集まると、まるで同窓会みたいで嬉しいわね」
「あんたがそんな事を言うなんて、絶対に性格変わったよね」
「そうなのかしら、自分では分からないのだけれど」
「友達の悪い影響を受けてるんじゃないの?例えばこいつとかこいつとかこいつ」
「俺を三回指差すんじゃねえよ……」
八幡は沙希に抗議をしたが、それに耳を貸す沙希ではなかった。
そして沙希と何故か面識があったらしい明日奈が笑顔で沙希に挨拶をした。
「サキサキ、久しぶり!」
「ん、明日奈はサキサキと知り合いだったのか?」
「あんたらまでサキサキ言うな!」
「うん、まあ何度かね」
「へぇ、そうだったのか、それは知らなかったな」
八幡は驚いた顔でそう言ったが、その事を深く質問するのは後回しにしようと思い、
この日はそのまま質問するのを忘れる事となった。
「で、結局何があったのかしら?」
「ああ、実はな……」
八幡はこれまでの経緯を雪乃に伝え、雪乃は呆れたように結衣と優美子に言った。
「そういう事、とりあえずあそこが更衣室になっているから、着替えてくるといいわ」
「う、うん、ありがとうゆきのん」
「世話になるし」
二人は雪乃にそう言われ、更衣室へと入っていった。
「え、ちょ、ま、きゃああああ!」
「え、待って!い、嫌ああああああ!」
「な、何だ?」
直後に更衣室の中から二人の悲鳴が聞こえた為、
八幡は慌てて更衣室のドアに駆け寄り、中へと飛び込んだ。