ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

53 / 1227
第052話 疑惑と証明

 ラフィンコフィンの生き残りメンバーは、全員監獄へと送られた。

生き残った攻略組のメンバーの反応は様々だった。

戦いが終わった事に安堵する者。亡くなった仲間を悼む者。

敵に怒りをぶつける者。黙って座り込む者。

場の雰囲気は、さすがに暗かった。

キリトもさすがに暗い表情で、ハチマンに声をかけてきた。

 

「終わったな」

「ああ」

「ハチマンは何人だ?」

 

 キリトは、やや言葉を濁しながら尋ねた。

 

「四人だな」

「俺も四人だ。全体で十五人らしいから、俺とハチマンで半分超えてるな」

 

 敵の幹部を倒し、今日の戦いを終わらせた立役者でもあるハチマンとキリトは、

その強さゆえに、より多くの敵と戦う事になったせいか、

他の者よりも多くのプレイヤーを殺す結果となっていたのだった。

そんな暗い雰囲気の中、突然クラインが立ち上がって大きな声をあげた。

 

「俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!

皆、それを忘れないようにしようぜ!」

 

 それは、今の攻略組にとっての救いの言葉だった。

ただの言葉遊びかもしれないが、それは確かに事実なのだから。

 

「確かにその通りだ!」

「俺達は守りたい人達を守ったんだ!」

「みんな!顔を上げよう!」

 

 皆少しは元気を取り戻せたようで、あちこちから賛同の声が上がる。

座り込んでいた者たちも、立ち上がり、顔を上げ、順番に洞窟の外へと向かい始めた。

外に出ると、アスナが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「二人とも、無事で良かった」

「ああ」

「プーはいなかったって聞いたけど」

「ああ。多分最初から、部下を囮にするつもりだったのかもしれないな」

「まあ、一人じゃ出来る事なんてたかが知れてるだろ。警戒を怠らないようにすればいい」

 

 そこにクラインとエギルも合流し、五人は街へと歩き始めた。

最初に口を開いたのは、エギルだった。

 

「二人ともすまん。本来こういう事は、大人である俺達の仕事なのに、

お前達により大きな負担をかける事になってしまった」

 

 キリトはその言葉を聞き、

 

「エギル、それは言いっこ無しだ。たまたま今回そうなっただけで、

これは全員で話し合って全員で決断した事だ。

俺が言うのもなんだけど、全員で等しく背負う事なんだから、気にしないでくれ」

 

 と答えた。クラインは、うんうんと頷いていた。

ハチマンは無言だった。それ自体はさほど珍しい事ではないのだが、

今のハチマンは何というか、心ここにあらずという風に見えた。

 

「ハチマン君……?」

「お、おう、どうかしたか?」

「ううん、他の人は暗い表情を見せる事があるのに、ハチマン君は何か……」

「俺達そんなに暗い表情をしてるか?」

「うん。クラインさんは明るく振舞おうとしてるのが見え見えだし、

エギルさんは、商売柄顔にはあまり出ないんだろうけど、顔が強張ってる。

キリト君は、そのまんまずーんって言葉が背後に見えてる感じ?」

 

 その言葉を聞いた三人は、

 

「なんか……」

「最近のアスナって……」

「ハチマンに似てきてねえか!?」

「おいお前ら、人を何だと思ってやがる」

 

 一瞬我に返ったのか、ハチマンが突っ込んだ。

アスナはそんな三人の言葉を聞いて、慌てて謝った。

 

「ごめんなさい、さっきまですごく心配してたんだけど、

みんなの顔を見たらなんか安心しちゃってつい……」

「おいアスナ、お前それフォローじゃないからな」

 

 五人はそんな二人のやりとりに、やっと笑顔を見せた。

 

「本当に二人には救われるよ」

「ああ。なんか安心するよな」

「ハチマンはブレねーよな」

 

 アスナはそれを聞いて、表情をやや暗くした。

 

「私はその場にいなかったから、

みんなすごいつらかったんだろうって、想像は出来るんだけど、

そのつらさを本当には理解出来ないというか、

だから、明るく振舞う事くらいしか、逆に出来ないっていうか……」

「アスナはそれでいいいんだよ。皆、アスナの暗い顔なんか見たくないんだよ」

「そうそう。そのおかげで、俺達も救われてる部分もあるんだしな」

「アスナさんにはやっぱ笑ってて欲しいんすよ!」

 

 三人は口々にそう言った。

 

「うん。みんなごめんなさい、ありがとう」

 

 アスナは、三人に頭を下げた。

 

「この後どうする?飯でも食ってくか?」

「そうだな、ハチマンはどうする?」

 

 その問いに、ハチマンは無言だった。

今のハチマンからはまた、心ここにあらずと言った感じを受ける。

 

「ハチマン……君?」

 

 アスナはハチマンを揺すった。

 

「お、おう、飯か?そうだな、今日のところは俺は遠慮しとくわ」

「そうか」

「それじゃ俺達はそろそろ行くか」

「え、あ、アスナさんは?」

「クライン……」

 

 キリトはクラインを引き寄せ、小さな声で囁いた。

 

「おいクライン、アスナをよく見ろよ」

「お?……あ」

 

 アスナは、揺すった時の手を離さず、心配そうにハチマンの服を摘んでいた。

それはアスナが、ハチマンを気にかけたり、何か不安に思っている時のサインだった。

 

「それじゃまたな!」

「おう」

 

 三人は、街の繁華街へと向かって歩き出した。

 

「アスナは行かないのか?」

「あ、うん。キリト君ちょっと待って」

 

 その言葉を聞き、ハチマンはアスナも食事に行くと理解したのか、

背を向けて一人で転移門へと歩き出した。

アスナはそれを気にしつつ、キリトに駆け寄り、お礼を言った。

 

「キリト君、ハチマン君の背中を守ってくれて、本当にありがとう」

「ああ、約束したからな。ほら、ハチマンが気づかずに行っちまうぞ。早く行けよ」

「うん」

 

 そう言って、アスナはハチマンを追いかけていった。

三人は歩きながら、ハチマンについて話をしていた。

 

「気づいたか?エギル」

「ああ。ハチマンの様子が何かおかしかった」

「え、そうか?いつもあんなもんじゃねーか?」

「言葉は確かにそうなんだがな、ぼーっとしてるっていうか」

「俺には、心ここにあらずって感じに見えたな」

「そう言われると、確かにそんな感じだったかもしれねーな」

「アスナも何か感じてたみたいだし、まあ任せといて問題ないだろ」

「ま、そうだな。アスナさんは、ハチマン担当だからな」

「何だそれ、ちょっと羨ましいな!」

「クライン……」

 

 

 

 ハチマンは気が付くと自分の家のソファーに座っていた。

隣にはアスナがいて、アスナはハチマンの手を握っていた。

 

「え、これどういう状況だ??ってかアスナ、その手……」

「その手、じゃないよハチマン君。やっと目が覚めたのかな?」

 

 アスナはハチマンの手を離し、ハチマンの目の前で手を振った。

 

「……俺、どんな感じだったんだ?」

「呼びかけても気付かないみたいで、心ここにあらずって感じ?」

「そうか……」

「大丈夫?」

「ああ。何となく思い出してきたわ」

「やっぱり今日の事で何かあったの?

ハチマン君だけあんまり暗い感じがしなかったから、

平気なのかなって思ってたんだけど」

「そうだな……その平気ってのが、多分、問題だったんだと思う」

 

 ハチマンは、自分が感じた事を、ぽつぽつと話し始めた。

 

「確かに戦う前は、覚悟をしたとはいえ、人を殺す事が嫌で仕方なかった。

だが、終わってみて思ったんだ。ああ、こんなもんかって。

確かにこの世界の殺人は、一瞬エフェクトが発生するだけのもので、

現実世界とは根本的に違う。だが、こんなもんかってのはおかしいだろう?

確かにこれで安心だなと思った。傷つく人が減るとも思った。

だが、それは人を殺した上で出る感想じゃないんじゃないか?

普通はもっと落ち込んだり、苦しんだりするんじゃないか?

その時気付いたんだ。もしかして、もう俺の心は壊れているんじゃないかと。

そしたら目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えてないんだよ」

 

 ハチマンは、深い溜息をついた。

 

「なあアスナ、今の俺は、本当に普通の人間なのか?

ここにいる俺はただのプログラムで、本当の俺はもう死んでるんじゃないのか?」

「違う!」

 

 アスナが突然叫び、ハチマンの頭を胸に抱きしめた。

 

「だってハチマン君、今泣いてるじゃない。プログラムは涙なんか流さないよ」

「え、あ、俺、泣いてたのか……」

 

 ハチマンは自分がいつの間にか涙を流していた事に気が付いた。

 

「だから、今ここにいるハチマン君は、プログラムでもロボットでもない、

いつも冷静で頼りになるけど、自己評価が低くてめんどくさがりで、

時々何言ってるかわからない、いつものハチマン君だよ」

「お、おう……後半はまったく褒めてないが、そうか。俺はまだ生きてるんだな」

 

 ハチマンは、少し安心したように見えた。

 

「今は少し感覚が麻痺しちゃってるだけだよ。

攻略組のみんなだって、誰でも少しはそうなってきてると思う」

「麻痺、な……」

「でも涙を流せる限り、ハチマン君はきっと大丈夫だよ。

もし迷ってそうだったら、私が泣かせればいいんだしね!」

「おい、それは何か違う。だがまあその時は、お手柔らかに頼むわ」

 

 やっぱりアスナにはかなわないな、と、ハチマンはそう思った。

 

(俺に無い強さを持っているアスナがいてくれるおかげで、

俺は最後まで、俺のままでいられるかもしれないな)

 

「その、いつもありがとな」

「私だってハチマン君にいつも助けられてるよ。ううん、きっと最初からずっと」

「そうか」

「そろそろ落ち着いた?」

「ああ、もう大丈夫だ。だからその、そろそろ顔に当たってるそれを……」

「それ?」

 

 そう言ったハチマンの顔が真っ赤になっていたため、

アスナは今自分が何をしているかに気が付いた。

 

「ハチマン君のエッチ!」

 

 そう言うや否や、アスナはハチマンからばっと離れ、ハチマンの顔に平手打ちをした。

 

「おお、ガツンときた……今の一発でまじ目が覚めたわ」

「あっ、ごめん……でも今のはハチマン君が悪いんだからね!」

「いや、今のはお前から……」

「何?」

「何でもないです……」

「でもほら、今ので、自分がちゃんと生きてるって感じられたでしょう?」

「おう。その、これからも何かあったらもっかい今の頼むわ」

「今のって、もちろん平手打ちだよね?」

「当たり前だろ」

 

 ハチマンが元気になったため安心したのか、アスナは少ししてから帰っていった。

今回の事件は凄惨なもので、まだ完全に解決したわけでは無かったが、

心の問題も、二人でいる限りは大丈夫だと思えた事が、

ハチマンにとっては、何よりの収穫だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。