ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第529話 沙希の望みは

「へぇ、本格的じゃない、これなんか私も着てみたいって思うし」

「いや、それほどでも……」

「謙遜しなくてもいいのよ、私はお世辞は言わないから」

「あっ、はい」

 

 陽乃の沙希のサイトに対する評価は、概ね好評だった、だがそれだけだ。

陽乃と一緒にいる事が多い八幡は、

陽乃のこの評価がごくごく一般的な人物に対するものと同一だと理解していた。

だがその直後に、その認識は一変した。

 

「それにしても、既存の作品の衣装ばかりね、オリジナルとかは無いの?」

「前はやってたんですけどね、ほとんど売れなかったんで、

今はそのリストへのリンクは切ってあるんですよ」

「へぇ、そうなんだ、見せてもらっても?」

「いいですよ、ちょっと待って下さいね」

 

 そう言って沙希は、慣れた手付きでスマホを操作し、再び陽乃に渡した。

 

「はい、これでここをクリックしてもらえれば見れますよ、

まあわざわざ見て頂くような価値のあるものじゃないですけどね」

「どうかなぁ、まあ見てみないとなんとも………」

 

 そう言いながら画面を見た陽乃は、スッと目を細め、無言でページをめくっていった。

 

「悪い、ちょっと席を外す」

「あ、うん」

 

 八幡はそんな陽乃の姿を見た瞬間にそう言って立ち上がり、

イベントの準備をしている雪乃と明日奈の所へと向かった。

 

「二人とも、ちょっといいか?」

「何?八幡君」

「どうしたの?」

「悪いがしばらく姉さんから見える位置にいてくれないか?」

 

 八幡はそう言い、雪乃は確認するように八幡に尋ねた。

 

「姉さんが見える位置ではなく、姉さんから見える位置でいいのね?」

「ああ、それでいい」

「分かったわ」

「それと明日奈、アルゴにも同じ事を伝えておいてくれ」

「アルゴさんにも?へぇ、何かありそうなの?」

「あくまで俺の勘だが、姉さんが川崎をスカウトする気配がある」

 

 そう言われた二人は顔を見合わせた。

 

「あら、サキサキを?」

「ああ、あの川崎をだ」

「へぇ……これは意外な展開だね」

「多分もうすぐ何かしらの動きがある、急いでくれ」

「了解よ」

「そっかぁ、サキサキもソレイユ入りかぁ」

「まだ分からないけどな」

 

 そして八幡は、陽乃と沙希の所に戻った。

陽乃はまだ熱心に沙希のオリジナル衣装のページを閲覧していたが、

八幡が戻ってきたのをチラリと確認すると、沙希にこんな質問をした。

 

「ねぇサキサキ、このデザインは全部自分で考えたの?それとも何か参考にした?」

「それは初期の作品なんで、特に何か参考にしたという事は無いですね、

全部自分で考えて作りました」

「ふむ……八幡君、ちょっとこれを見てみて」

「あ、はい」

 

 陽乃がそう言った途端、八幡は沙希が緊張したのを感じた。

もしかしたら、知り合いに自分のオリジナル作品を見られるのは初めてなのかもしれない。

 

「それじゃあ拝見っと………ほう?」

 

 八幡は、その沙希作のオリジナル衣装を見て、感心したような声をあげた。

 

「ふむ、これは中々……着てみたくなるというか、いいなこれ」

「ほ、本当に?」

「ああ、こんな事で嘘は言わないさ」

「そっか、実はそれ、あんたをイメージしてデザインした奴だからさ……」

「俺!?」

「ああそっか、私もさっき丁度目の前にいた八幡君が着てるところをイメージしてみたけど、

妙にしっくりきたのはそのせいだったんだ」

 

 沙希はそう言われ、顔を赤くして俯いた。

 

「でも何でわざわざ俺をイメージしたんだ?」

「あ~……ほら、それにいては勝手にモデルみたいにして悪かったとは思うんだけど、

私がそれなりに話した事がある男の人って、あんただけだったからさ」

「ん?俺と接点があったのは、高校の時と俺のリハビリの時くらいだろ?」

「あ、えっと、ほら、私って女子大だからさ、つまり高校の時以来、

男の人で接点があったのは、あんただけなんだよね」

「ああ、それでか……」

 

 八幡はその説明を聞いて納得した。

そして陽乃は、八幡にも好評なのを確認すると、きょろきょろと辺りを見回し、

八幡の読み通りに明日奈と雪乃、そしてアルゴを呼んだ。

 

「明日奈ちゃん、雪乃ちゃん、アルゴちゃん、ちょっといい?」

「何?姉さん」

「どうかしたの?」

「本当にオレっちもか?珍しいナ」

「三人とも、ちょっとこれを見て頂戴」

 

 そして三人は、差し出されたスマホを見て、

きゃぁきゃぁ言いながらページをめくり始めた。

 

「あっ、これ、八幡君に似合いそう」

「うわ………」

「ん、サキサキ、どうしたの?」

「サキサキ言うな、いや、明日奈はさすがだなって思ってね」

「ん?」

「ううん、こっちの話」

 

 そんな二人を見て、八幡は首を傾げながら言った。

 

「そういえばこの前聞きそびれたけど、明日奈と川崎ってどこで知り合ったんだ?」

「え、あんた知らなかったの?」

「姫菜主催の女子会に、よく参加させられてるもんね、サキサキは」

「ああ、女子会か……じゃあ俺が知らないのも当たり前か」

「あんたも女装して参加すれば?」

「海老名さんの前に女装して登場とか、危なすぎんだろサキサキ」

「あんたのそれ、絶対わざとでしょ!」

「それ?サキサキって呼び名の事か?サキサキ」

「ええい、しつこい!」

 

 沙希はそう言いながら、八幡の顔の前で裏拳を寸止めした。

だが八幡は微動だにせず、平然とこう言った。

 

「おいおい、危ないだろサキサキ」

「………あんたどうして防御しないの?」

「だって最初から寸止めするつもりだっただろ?肩の筋肉がそういう動きだったからな」

「………あんた、いつ人間をやめたの?」

「失礼な、俺は間違いなく人間だ」

「脳とか改造されてない?それか首の後ろにプラグがついてるとか、本当に大丈夫?」

 

 そう言われた八幡は、一瞬焦ったように自分のうなじに触り、

何も無い事を確認して安心したように言った。

 

「そんな物ある訳がないだろ」

「それにしちゃ随分焦ってたように見えたけど………」

 

 八幡と沙希がそんな会話を交わしてる間に、

どうやら三人はすべての衣装を見終わったようだ。

 

「で、三人はどう思ったのかしら?」

「サキサキ、凄かった!」

「とても素晴らしい出来栄えだと思うわ」

「うん、素直に良かったと思うゾ」

「あ、ありがと………でもそれ、売れなかった奴だから」

 

 沙希は嬉しそうな顔をしながらも、自嘲ぎみにそう言った。

 

「八幡君、何でこれが売れないの?」

「ん、そうだな明日奈、そういうコスをする人が望む事って何だと思う?」

 

 そう言われた明日奈は、う~んと小首を傾げ、頬に人差し指を当てながらこう答えた。

 

「ええと、かわいい服を着たい?」

「ちょっと違うな、かわいい服を着ている自分を見て欲しい、だ」

「ああ、そっか!」

「その為には、知名度の高い作品の服を着るのが一番手っ取り早い、

ですよね?現役有名コスプレイヤーの由季さん」

「あ、あら?バレてましたか」

 

 八幡に名前を呼ばれ、物陰からこちらの様子を伺っていた由季が姿を現した。

 

「そうですね、それはかなり大事な要素だと思います」

「ですよね、で、由季さん、どうしたんです?」

「いえ、聞き覚えのある名前が聞こえたので、ちょっと偵察に」

「聞き覚え?もしかして川崎の事ですか?」

 

 八幡は、他に該当する者はいないよなと思い、そう聞き返した。

 

「です!あの、もしかしてあなたは、川崎沙希先生ですか?」

「え?あ、はい、先生って柄じゃないですけど、確かに私は川崎沙希です」

「やっぱり!私、阿万音由季です!先生の作品はもう何着も購入させて頂いてます!」

「阿万音由季さん………?ああ!」

 

 沙希はその名前に聞き覚えがあったのか、驚いた顔でそう叫んだ。

 

「川崎、由季さんと知り合いだったのか?」

「あ、えっと、知り合いというか、うちのお得意様かな」

「ああ、そういう事か」

「です、私、川崎先生の大ファンなんです!」

「あ、ありがとう……ござ……います」

 

 由季にそう言われ、沙希は顔を赤らめて下を向いた。沙希の定番のポーズである。

 

「サキサキはかわいいなぁ」

「………」

「本当にサキサキは恥ずかしがりよね」

「………」

「おいサキサキ、ファンの前だぞ、サインくらいしてやれ」

「サキサキ言うな」

「何で俺にだけそこを突っ込むんだよ!?」

 

 だが残念な事に、由季は今から衣装合わせがあるらしく、

沙希に「また後でお話しましょうね」と言って、名残惜しそうに去っていった。

それで沙希は緊張が解けたのか、ふ~っとため息をついた。

だがその顔は、とても嬉しそうだった。

 

「まさかこのタイミングで、ね」

 

 沙希がそう言い、一同は何の事かと思って沙希の方を見た。

その視線を受け、沙希は照れながらこう言った。

 

「実は由季さんは、数少ない私のオリジナル衣装を買ってくれた中の一人なの」

「あ、そうなんだ」

「本当のファンって事ね」

「だからこのタイミングでって言ったんだナ」

「うん」

 

 そんな沙希に、陽乃がぼそりとこう尋ねてきた。

 

「ねぇサキサキ、感傷にひたってるところを悪いんだけど、ちょっといい?」

「あ、はい」

「やっぱりオリジナル衣装が売れるのは嬉しいわよね?」

「まあそうですね、自分自身が評価されてるって凄く思うんで」

「じゃあオリジナル衣装が沢山売れる方が、やっぱり幸せ?」

「う~ん、問題は売れる売れないじゃないと思います、

一番は、もっと自由に色々な服を作りたいんです、

まあ売れないと次が作れないんで、中々自由な創作活動って出来ないんですけどね、

うちの家はまだまだ余裕が無いんで……」

「なるほど、それじゃあサキサキに質問、あなたは八幡君の為に死………」

「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 

 陽乃がいつもの質問を沙希にしようとした瞬間、八幡は慌ててそれを止めた。

 

「姉さん、またそれをやるのか?別に普通の面接でいいじゃないかよ」

「駄目よ、これは八幡君に思いを寄せる人に対する試練なの」

「えっ、お、思い?た、確かに前に、好きとは言ったけど………」

「あ~………サキサキ、悪いが姉さんの趣味に付き合ってやってくれ」

「だからサキサキ言うな」

「それじゃあ改めてっと」

 

 そして陽乃は沙希に恒例の質問をした。

 

「サキサキ、あなたは八幡君の為に死ねるかしら?」

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