ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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しばらく毎日残業しないといけなくなったので、とりあえず今週は隔日での投稿になります、
次の投稿は水曜を予定しています、宜しくお願いしますorz


第531話 沙希の決断

「さて、何を作る?何でもいいぞ、ちなみに俺のお勧めは、サトイモの煮っころがしだな」

 

 八幡がそう言った瞬間に、沙希は一瞬顔を赤くしたのだが、

何かに気付いたのか、探るような目を八幡に向けてきた。

 

「……どうして私の得意料理を知ってるの?もしかして調べたの?」

「ん?ああ、そう思うのは仕方がないが、

種を明かすと昔お前が自分で言ってたって聞いた」

「え、私あんたにそんな事言ったっけ?いつ?」

「確か俺がいなくなった後のバレンタインイベントの企画中に、

川崎がそう言ってたって雪乃達に聞いたんだよ」

「あ~!言った言った、そっかそっか、ごめん、つまらない事を聞いたね」

「いや、別につまらなくはないさ、さて、何を作る?」

「というか、食材は何があるの?」

 

 そう言って沙希は、冷蔵庫の中を覗きこんだが、そこには何も入っていなかった。

 

「………何これ、殴るわよ」

「待て、誤解だ、これは冷蔵庫に見えるが、実は違うんだ」

「じゃあ何?」

「どんな食材でも出てくる魔法の箱だ、四次元冷蔵庫だ」

「そのネーミングはどうなのよ、じゃあとりあえず、A5ランクの松坂牛を出してみて」

「部位は?」

「細かいわね、とりあえずバラ肉でいいわ」

 

 沙希は適当にそう言い、八幡は扉を閉めて何かを操作した。

 

「よし、オーケーだ」

 

 そして八幡が扉を開けると、中から肉の入ったパックが出てきた。

 

「な?」

「おお……それってどうやるの?」

「これはな……」

 

 そして沙希は、八幡に食材の出し方を教わると、楽しそうにいくつかの食材を出した。

 

「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ?まるで何かのCMみたいなラインナップだな、

もしかしてカレーでも作るつもりか?」

「あら、よく分かったわね」

「まじかよ、せっかく高い肉を出したのにか?」

「だって、こんな贅沢リアルじゃ絶対に出来ないじゃない、

どう考えてもカレーに使うような肉じゃないし」

「まあ確かにな、ギャップ萌えってやつか」

「その表現は絶対に違う、まあいいわ、という訳で、包丁はどこ?」

「ここだな」

 

 八幡は足元の開きから、普通に包丁を取り出して沙希に渡した。

 

「そこは普通なんだ」

「まあ何でもかんでも魔法みたいってのは、ここの趣旨に反するからな」

「ここの趣旨ねぇ、そろそろここの事をもう少し教えてくれてもいんじゃない?」

「そうだな、想像はしていると思うが、ここはいわゆるお料理教室だ、ただしVRのな」

「まあそういう事よね」

「今日はたまたま俺の部屋に設定してあるが、

本来は学校の家庭科室みたいな作りになるのが普通だな、

まあ基本自由自在なんだけどな」

 

 沙希はその言葉にうんうんと頷きながら、このシステムのいい点をあげた。

 

「材料費がかからないっていうのはいいわよね、

それでいて、どんな特殊調理道具も自由自在、しかも日本中どこからでも参加可能、か」

「その分競争は激化するかもしれないけどな、

それに特殊な調理道具は再現にそれなりに手間がかかる」

「まあ色々な素材を使えるって事は、講師にもそれなりに実力が求められる事になるし、

ジャンルごとに細分化していくかもしれないけどね」

「まあそういう事だな、さて、とりあえずカレーを作るか」

「そうしましょっか」

 

 そして食材を切って用意した後、八幡はフライパンを手に持ち沙希に言った。

 

「よし、後は任せた」

「オーケー、炒めればいいのね」

 

 沙希は慣れた手付きでフライパンを振り、八幡は思わずそれに見入った。

 

「おお、さすがに上手いな」

「あんたもそれなりに出来るんでしょ?試しに振ってみる?」

「そうだな、ちょっとやってみるか」

 

 そう言いながら八幡は、フライパンを受け取って振り始めた。

 

「あは、あんたも上手いじゃない」

「俺もそれなりに、俺と小町、二人分の飯を作ったりもしてたしな」

「そろそろいいかしら、煮込みに入りましょう」

「だな」

 

 そして何となく二人はコトコトいう鍋を見つめていた。

 

「リアルなのね」

「まあただのグラフィックだけどな」

「それにしても沸騰してる感じとか、よく再現されてるわね」

「そうだなぁ、ここって現実じゃないんだぜ?信じられるか?」

「私はまだこういうのには慣れないわね、あんたはすっかり慣れちゃってるみたいだけど」

「まあ俺はなぁ……今でもよく戻ってこれたと思う事もあるしな」

「……………った」

「ん?」

「ううん、何でもないわ」

 

 この時沙希は、『戻ってきてくれて本当に良かった』と言ったのだが、

さすがに小声すぎた為、八幡の耳には届かなかったようだ。

 

「さて、ルーはどうする?それとも香辛料から作るか?」

「今日はお試しだし、単純にさっきのCMのルーを使えばいいんじゃないかしら」

「そうか、それじゃあそうするか」

 

 そして八幡は該当するルーを取り出した。

 

「これで更に煮込む訳だけど、もちろん時間短縮も出来るのよね?」

「よく分かったな、その通りだ、まあそういうのもここの利点だよな」

「やってみて」

「おう、鍋の中でも見物しててくれ」

 

 八幡が再び何かを操作する間、沙希は興味深げにじっと鍋の中を見つめていた。

 

「あっ」

「どうだ?」

「確かに食材の色がちょっと変わったように見えた」

「そこまで再現されてたか、じっと見てないと気付かないくらいの変化なのかもしれないな、

俺にはサッパリ分からないぞ」

「私もそこまで自信がある訳じゃないから、間違ってるかもしれないけどね」

「いや、お前がそう言うんだ、きっと変わってるに違いないさ」

「本当にそう思う?」

「ああ、絶対だな」

「そ、そう」

 

 沙希はそう言って下を向いたが、八幡の言葉が嬉しかったのだろう、

その顔は若干にやけており、それを八幡に見られない為の行為であった。

滅多に見せない沙希の女心が、この仕草に表れていた。

今の状態はどこからどう見てもデートであり、

それを意識すると沙希はテンパって喋れなくなる為、

沙希はそれを考えないように必死で努力していたのだが、

ここにきて落ち着いてしまった為、それを意識してしまったようだ。

沙希は下を向いたまま、ずっと押し黙っていた。

ちなみにその脳内では、何か喋らなきゃと小っちゃな沙希が、大量に走り回っていた。

そんな沙希を見て、八幡は何か気に障るような事をしてしまったかと思い、

とりあえずカレーを食べてもらって沙希の機嫌をとろうと考えた。

 

「あっ、やべっ」

「ど、どうしたの?」

 

 その八幡の焦ったような言葉に、沙希も一瞬で覚醒し、心配そうに八幡に尋ねてきた。

 

「いや、米を炊いてねえ……」

「あっ、すっかり忘れてたね」

「ど、どうする?さすがに今からじゃ……」

「そうよね、どう頑張っても一時間くらいは……あっ」

「あ」

 

 そして二人は顔を見合わせ、思わず噴き出した。

 

「そうだった、時間を短縮すれば一瞬なんだった」

「そうよね、ここは現実じゃなかったわよね」

「それじゃあ早速炊いちまうか」

「うん」

 

 作業は一瞬だった。米を選択して、研ぐ作業を省略、

そして炊く時間も省略して、二人の前に一瞬で美味しそうに炊かれた米が出てきた。

 

「早っ」

「ははっ、本当に早いな」

「それじゃあ早速食べてみましょう」

「そうだな、食べながら本来の話をするか」

「あっ、そうね、その事をすっかり忘れてたわ」

 

 そして二人はカレーを皿によそい、居間で食べながら話を始めた。

 

「おお、美味いな」

「うん、特に肉が」

「高い肉だからな、まあそれだけじゃなく、

実は煮込み時間を長めに設定したんだよな、だからしっかり味が染みてるはずだ」

「そうだったんだ、まったく気付かなかったわ」

 

 沙希はそう言いながら楽しそうに笑った。

 

「まあでも、これまでの経緯でこのシステムの事は大体理解してくれたか?」

「うん、要するに私はこのシステムを利用して、自宅で働けばいいのね」

「そういう事だな、例えばけーちゃんが川崎に用事がある時は、

それ専用のボタンを家に設置しておけば、中の川崎と直接話せるように出来るしな、

家の事についても問題なくこなせると思うぞ」

「確かにそれならそっちの問題は解決よね、

でもこの中ではデザインは出来ても、実際に服を縫ったりする事は出来ないわよね」

「川崎が本当に作りたいものは、時間を作って家でやってくれ、

素材に関してはある程度融通するし、普通に素材を買っても問題ないくらい、

うちの給料は高いぞ」

 

 いきなりそう現実的な話をされた沙希は、笑いを堪えるように八幡に言った。

 

「それ、自慢?」

「おう、自慢だ、しかも給料は今後どんどん上がっていくだろう」

「景気のいい話ね」

「まあ油断はしないけどな、攻める時は攻め、守る時は守るつもりだ。

後はとにかく情報収集だな、それが一番大事な部分だ」

「そっちの備えは大丈夫なの?」

「大丈夫、うちには有能なハッカーがいるからな、そっちの組織も着々と整備中だ」

「そう、本当に色々考えてるのね」

「俺の本来の望みはこういう方向じゃないんだけどな……」

 

 八幡は冗談めかしてそう言った。

 

「あんた、まだその望みを捨ててないんだ」

「当たり前だろ、愚痴こそこうして昔の俺を知ってる奴の前でしか言わないが、

老後は絶対に好きな事だけしてのんびりと暮らしてみせるさ、

その為に今はほんの少し頑張る事に決めたと、まあそういう訳だ」

「それってちょっといい企業に勤める普通の人と同じなんじゃない?」

「えっ?」

 

 そう言われて八幡は、その事に気付いたのか、愕然とした顔をした。

 

「た、確かにそうかもしれん……」

「あはははは、まあお金はあって困る物じゃないし、精々頑張りなさい」

「くそっ……今の俺は確かにやりすぎているのかもしれん……」

「まあいいじゃない、精々老後に一緒に遊んでくれる人を増やす為に、

その人達の分まで頑張って稼ぎなさい………私も含めてね」

「お、それはそういう事でいいのか?」

「ええ、卒業したら、御社でお世話になりたいと思います、

どうぞ今後とも宜しくお願いします」

「おう、頑張れよ、平社員」

「調子に乗るんじゃないわよ」

 

 こうして川崎沙希は、自らの意思で卒業後の進路を決めた。

 

「さて、そろそろ向こうに戻るか、ちょっと遅くなっちまったから、

もうイベントが始まっちまってるかもしれん」

「手伝わなくて良かったの?」

「うちは俺がいなくてもちゃんと回るようなシステムになってるからな」

「そうなんだ、凄いね」

「俺よりも、周りの奴らが凄いという意見もあるけどな、さあ、戻ろう」

「あんたも大概だと思うけど」

 

 そして二人はログアウトし、現実で覚醒した。

その瞬間に、二人の耳に、複数の女性の声が飛び込んできた。

 

『あなた達がこの世界に降臨した新たなる神なのね!』

『例え神といえども、あなた達の好きにはさせないわ!』

 

「ん、何だ……?」

「何って、イベントの演出じゃないの?」

「いや、聞いてた話だとこんなショーっぽい感じじゃ……」

 

 そう首を傾げる八幡の下に、明日奈が焦ったように走ってきた。

 

「八幡君、敵襲!」

「…………敵襲?」

「え、何がどうなってるの?」

「シノのん達が、攻め込んできたの!」

「はぁ?」

「とにかくこっちに!」

「お、おう」

 

 そしてステージ脇に着いた八幡の目に、見慣れた服が飛び込んできた。

 

「あ、あれはうちの制服じゃねえか」

「うん、そうなの、個人マークは何も付いてないけどね」

「まさか顔出ししてるのか?」

「ううん、そこはちゃんと隠してるみたい」

「そうか、それならいいが……」

 

 そして八幡の目の前で、雪乃プロデュースの特別ショーが始まった。




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