エルザのライブの中継が終わり、観客達が満足したように帰った後、
詩乃達は八幡の目の前でやさぐれていた。
「何よ、文句があるならさっさと言いなさいよ」
「チッ、反省してま~す、ニャ」
「フン」
「何じろじろ見てるのよ、八幡先輩」
「勢いでやった、反省はしていない」
「は、反抗期ですからね!」
そんな六人を八幡は特に責める事もなく、ぽつりと一言だけ言った。
「………お疲れ、片付けはちゃんと手伝っていくんだぞ」
その言葉に六人は顔を見合わせると、声を合わせて言った。
「「「「「「は~い!」」」」」」
そして片付けが終わり、各人に飲み物が配られた。
一応この後は打ち上げの予定だったのだが、
興奮さめやらぬ一同は、まだ誰も移動しようとしない。
それを幸いに、八幡は個別訪問を開始した。ターゲットはもちろん雪乃である。
「おい」
八幡がそう声を掛けた瞬間、雪乃は足早に歩き去ろうとした。
そんな雪乃の肩を、八幡はガッシリと掴んだ。
「おい」
「な、何?」
「俺に何か言う事はないか?」
「………ご、ごめんなさい」
雪乃はここで突っ張る事をせず、意外にも素直に謝った。
それに驚いた八幡は、毒気を抜かれたのか、これまた珍しく、雪乃の頭を撫でた。
「………何のつもりかしら」
「あいつらに頼まれたんだろうが、よく難しい調整をこなしてくれたなと思ってな」
「べ、別に大した事じゃないわ」
「だけどこれからは、俺にも一言伝えといてくれよ、頼むぞ」
「え、ええ、それは本当にごめんなさい」
「いや、まあ楽しかったなら別にいいさ」
「そ、そう?」
その八幡の聞き分けの良さに、雪乃は危惧を覚えた。
これはあまりにも、らしくなさすぎる、そう思った瞬間に、
八幡が手を頭から頬に移動させた為、雪乃は仰天した。
「なっ、ななな何を?」
これではまるで八幡が、雪乃を愛おしんでいるようではないか、
そう思った雪乃は慌てて明日奈の方を見た。
だがこちらを見ていた明日奈が、雪乃と目が合った瞬間に謝るように両手を合わせた為、
雪乃はやばいと思い、再び八幡に目を向けた。
その瞬間に八幡が、いつの間に取り出したのか、もう片方の手で雪乃の頭に何かをはめた。
「でもそれとこれとは別だよな、次期社長としては特に言う事は無いが、
お前の友人たる俺としては、やっぱり何かしら仕返ししなきゃって思うよな」
そう言って八幡は、今度はポケットから小さな鏡を取り出し雪乃に見せた。
その頭には犬耳ヘアバンドが装着されており、雪乃は愕然とした。
「こ、これは……」
「おう、かわいいかわいい、たまには犬耳もいいもんだよなぁ」
その言葉で二人の様子に気付いた周囲の者達は愕然とした。
雪乃が犬を苦手としている事は、周知の事だったからだ。
案の定雪乃は少し腰を引きぎみに、じりじりと下がり始めた。
その瞬間に八幡は、雪乃の頬に当てていた手を肩に回し、ガッシリと掴んだ。
「おっと、どうしたんだ?たまには俺達の関係について、とことん話し合おうぜ」
「わ、私達はとてもいい友達でしょ?
それ以上近付くと、明日奈が不快に思うのではないかしら」
「いやいや、明日奈は怒らないさ、俺達の仲がいいのはいい事だ、な?」
雪乃はその言葉に再び明日奈の方を見たが、明日奈はまだ手を合わせており、
雪乃は何もかも諦めたように力を抜いた。
「そ、そうね、で、何の話をしたいのかしら」
雪乃がそう言った瞬間に焦ったのは薔薇とかおりである。
もしここで雪乃が何もかも白状してしまったら、
はちまんくんのレンタル権がフイになってしまう可能性が高い。
「室長、これはやばい、やばいよ……」
「まずいわね……このままうやむやにするつもりだったのに、
まさかピンポイントで、こちらの頭を抑えにかかるなんて……」
更に内心穏やかではないのが詩乃達である。
八幡に不問に付すと言われはしたが、今の雪乃の状態を見る限り、
個人的なお仕置きをされる可能性は否定出来ないからだ。
優里奈を除く五人は慌てて輪になって、どうすればいいか対応策を検討した。
「ど、どうしよう……」
「何とか誤魔化すしかないわね」
「でもどうやって……」
「ここは私に任せて」
そう言って一歩前に出たのは留美だった。
そして留美は、八幡につかつかと歩み寄り、大胆にもその肩にぽんと手をかけた。
「八幡」
「ん?おお、ルミルミか、どうした?」
「さっき私が言った事、忘れてないわよね」
「さっき……?あっ」
それで八幡は、留美に『アトデコロス』と言われた事を思い出し、慌てて飛び退いた。
「お、お前それは……」
「今の私はとても美人、町でもよく声を掛けられる。
そう簡単に雪乃先輩以下と言われるのは納得がいかない」
「そ、それはだな……」
八幡は一瞬で守勢に回る形になり、それを見た薔薇は目をキラリと光らせた。
「今がチャンス!かおり、後は私に任せて」
「室長、頑張って!」
そして薔薇は、素早く八幡の背後へと回った。
そしてじりじりと後ろに下がる八幡は、背中に柔らかい感触を感じ、慌てて振り向いた。
「こ、今度は何だ?」
「誰がおばさんですって?」
「こ、小猫………」
そう言って薔薇も、どさくさにまぎれてこのバトルに参戦した。
「違う、あれは言葉の綾であって、別に本当にそう思っている訳じゃない」
「という事は、そう言った事は否定しないのね」
「う……」
それで八幡はたじたじとなり、二人によって、
じりじりと部屋の隅へと追いやられていった。
「きゃっ」
「う、うわ、今度は誰だ?」
八幡は再び背中に柔らかい感触を感じ、驚いて振り返った。
そこにいたのは優里奈であり、それを見た詩乃達五人は、やばい、と一瞬で顔を青くした。
「何だ、優里奈か」
「あの、八幡さん、今日の私、どうでしたか?」
「どうと言われてもな、いきなりあんな事を言い出すからちょっと驚いたが」
「安心してもらえましたか?私の事、ちょっとは気になりますか?」
「いや、まあ色々な意味で気にはなったが……」
そして八幡は首を傾げながら、優里奈にこう尋ねた。
「そもそも反抗出来るとか悪い子だとか、一体何の事だ?」
「今の私はある意味八幡さんの娘のようなものです、違いますか?」
「いや、まあ娘だとまでは思ってないが、家族みたいなものだとは思っている」
「ありがとうございます、私もそう思っています、
なので私は、八幡さんの頼みは極力聞いていきたいと思ってるんですよ」
八幡はその言葉に笑顔を見せながらこう言った。
「無茶な頼みをするつもりはないが、
俺の頼みでも、嫌な事はもちろん断ってもいいんだからな」
優里奈はその言葉に、我が意を得たりという風に頷いた。
「そこです」
「ん?」
「例えば八幡さんが、日ごろお世話になっている人に、
『お宅の優里奈と今度デートしたいんだが』と言われたとして、私に選ばせようと、
それをそのまま私に伝えたとするじゃないですか、
そこで私が八幡さんの為ならと思い、素直に『はい』と言ったら、
八幡さんは何とも言えない気分になりますよね?」
「………例えが微妙すぎてよく分からないが、そのケースだと確かにそうだな、
というかまあ、そもそもそんな事を言われても、駄目ですと断ると思うが」
「という事は、やっぱり嫌なんですよね?」
「嫌というか、まあ、そうだな……」
「だから今回私は、そういう場合には、余計な気を回さずに、
逆に八幡さんの内心を読んで、ちゃんと断れるという事を八幡さんに伝えたかったんです!」
「………ん?」
その超理論を完全に理解していたのは、詩乃達五人だけだった。
そう言って説得したから当たり前なのだが。
「え~とつまり、優里奈が今回あんな事をしたのは、
最初に言っていた通り、俺を安心させたかったと?」
「はい、私だって、ちゃんと八幡さんに逆らえるって事を伝えたかったんです、
だからそういう時も、私はちゃんと自分の意思で断れますから心配しないで下さいね、
私は八幡さん以外の男の人とと、どこかに出かけたりするつもりはまったくありませんから」
「………………」
八幡はその言葉で、何故優里奈がここにいるのかやっと理解した。
「なぁ優里奈、その理屈は誰に教えてもらったんだ?」
こんな力技の面倒臭い理屈を立てられる奴は限られているよなと思いつつ、
八幡は優里奈にそう尋ねた。見ると詩乃達は、留美も含めて全員紅莉栖の後ろに隠れており、
八幡はそれで、それが誰の差し金だったのか漠然と理解した。
「え?えっと………自分で考えました」
「…………そうなのか?」
「はい」
「本当にか?」
「はい、もちろんです」
「そうか………」
八幡は、優里奈が紅莉栖達をかばっている事は察していたが、
優里奈がそう言う以上、そういう事にしておくかと考え、それ以上の追求をやめた。
事情を察した他の者達も、優里奈の聖女っぷりに内心で感嘆していた。
「………まあいい、今回の事についてはもう何も言うのはやめだ、
とりあえずこの後打ち上げをやるから、全員さっさと支度して移動するぞ」
その言葉に一同はわっと盛り上がり、各自で準備を始めた。
各人が準備を終え、薔薇の案内で移動していくのを見ながら、八幡は一人佇んでいた。
「八幡君、もういいの?」
「そうだな、明日奈、あれを見てみろよ」
八幡はそう言いながら、出口の方を指し示した。
見ると優里奈がとても楽しそうに、詩乃達と談笑しているのが見えた。
「優里奈ちゃん、楽しそうだね」
「なぁ明日奈、俺は過保護すぎて、
知らず知らずのうちに優里奈を束縛しちまってたのかもしれないな」
「どうだろうね」
「まあでも、優里奈にも友人が沢山出来たみたいだし、良かったよ」
「うん、そうだね」
「まあ紅莉栖に言いたい事は多々あるが、とりあえず最初にお礼を言っておくか」
「凄い理屈だったけど、でも確かに優里奈ちゃんの為には良かったもんね」
「だな」
そう言って頷く八幡の腕を取り、明日奈は笑顔で八幡に言った。
「それじゃあ私達も行こっか」
「おう」
そして二人も、出口へ向けて仲良く歩いていった。