その後の和人と三人での話し合いの結果、
沙希は先にキャラだけ作っておくのがいいだろうという事になり、
一度ソレイユに寄って、予備のアミュスフィアとソフトが提供される事となった。
「どうするか、とりあえず俺が送るか?」
「その案内、私達に任せてもらえるかしら」
「そうそう、私達にお任せ!」
その会話を聞いていたのか、薔薇とかおりがここで横からひょっこり顔を出した。
「お、それは助かるが、いいのか?」
「問題無いわ、どうせ会社には戻らないといけなかったんだしね」
「社長とアルゴさんも一緒に戻るつもりだったから、ついでに川崎さんも案内するわ」
「そうか、それじゃあ宜しく頼む」
「ええ、任せて頂戴、それじゃあ川崎さん、行きましょう」
「あ、はい、宜しくお願いします」
沙希は薔薇に丁寧に頭を下げ、その後に続いた。
こうして薔薇とかおりは、上手い事この場から逃げ出す事に成功し、
八幡の追求から完全に逃れる事に成功した。
げに恐ろしきははちまんくんを求める女の執念である。
「八幡君、和人君、今日は本当にお疲れ様………ニャン」
「…………………………」
「…………………………」
突然そう声を掛けられ、その人物の方を見た八幡と和人は、何も言えず沈黙した。
「…………………………えっと、えっとね」
「…………………………あ、はい」
「違うの、これはちょっと好奇心を抑えられなかったというか、
まだまだいけるんじゃないかと他の人達に乗せられた結果なの!」
「あ、いや、違うんです、今の沈黙はそういう意味じゃないんです、なぁ?和人」
「そうですよ、というかその眼鏡、どうしたんです?伊達ですよね?」
「えっと、これも何となく?」
「それのせいで、何ていうか、随分上品なネコ耳メイドさんがいるなって驚いただけなんで」
「です、本当に最初は誰なのか分かりませんでしたよ」
二人にそう言われたその眼鏡ネコ耳メイド、雪ノ下朱乃は、ほっとしたような顔を見せた。
「そうなのね、良かったわ、まったく似合ってないと思われてるんじゃないかって、
凄く心配になって、思わずおかしな事を口走っちゃったわ」
「いえいえ、そんな事はまったく無いですから」
「むしろ驚きました、それにしても理事長は、いつも凄くお若いですよね……」
「あらあら、そう言ってもらえるのは女冥利につきるわね」
理事長はそう言って、沙希同様に八幡の隣に腰掛けた。
「どう?今日は振り回された?」
「ええ、まあそうですね」
「自分の知らないところで歯車が回り、それに乗せられる感覚はどうだった?」
「いやぁ、何というか、怖かったのは怖かったですけど、
何とかなるもんだなぁと驚いたってのが正直なところですね」
「そうなのよねぇ、でももちろん失敗する可能性もあった、そうでしょう?」
「はい、戦闘でいうなら色々な人が、戦線を維持出来るように、
要所要所でやばい敵をきっちり押さえてくれたような、そんな感じですかね、
あ、理事長にこの例えは分からないかもしれませんけど」
「そうねぇ、でも分かる事もあるわよ、
頼りになる仲間がいれば何も怖くない、そうでしょう?二人とも」
「「はい!」」
二人のそのしっかりとした返事を聞き、理事長は微笑んだ。
「八幡君が大まかな絵図を描き、うちの雪乃ちゃんがそれを細かく調整、
そして和人君と明日奈ちゃんが、要所要所を押さえる、
それが出来ればあなた達は、これからも負けないでしょう、頑張りなさい」
「「はい!」」
二人は再び元気にそう返事をし、理事長は二人に丁寧な挨拶をした。
「それではご機嫌ようですニャ」
それは綺麗なカーテシーであった、さすがはいいところのお嬢様という事であろう。
もっとももうお嬢様という年ではないが。そしてそのまま理事長は去っていった。
「理事長はやっぱ凄いよなぁ……」
「一歩間違えたら色物扱いされてもおかしくないのに、何ていうか品格があるよな」
「まあ品格がまったく感じられない時もあるのは確かだけどな、特に学校では」
「それは八幡が絡む時だけだと思うぞ………」
八幡と和人がそんな会話をしていると、そこに最後の一人がやってきた、姫菜である。
「いつの間にやら大分人数が減ってるねぇ」
「海老名さんは、今まで何してたんだよ」
「いやぁ、布教活動とか?」
「お、おい、誰に何を見せたんだ………?」
「さて、誰にかなぁ?」
そう言って一歩横にずれた姫菜の後ろから、クルスが姿を現した。
「は、八幡様、大変です!これを見ていると、何か胸がドキドキします!」
「げっ………」
八幡は、慌ててクルスの手に持つ本を取り上げると、諭すような口調でクルスに言った。
「マックス、これは腐った毒だ、こんなものを見てはいけない」
「で、でもドキドキがおさまりません……」
「大丈夫だ、お前にはいつでも俺がついている、だから落ち着け、とにかく落ち着くんだ、
それ深呼吸、吸って、吐いて、吸って、吐いて……どうだ?大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です、ありがとうございます」
「そうか、それは良かった」
そう言って八幡は姫菜にその本を返し、姫菜は仕方ないなという顔でそれを受け取った。
「ちぇ、読者が増やせるいい機会だと思ったのに、まあ仕方ないか、
比企谷君にはいつもお世話になってるしねぇ」
「気のせいだ、俺はお世話なんか何もした覚えはない」
「和人君も、いつもありがとうね」
「お、俺も別に世話なんかしてないぞ!っていうかその本はもしかして……」
「あ、見たいの?見たいよね?見たいんでしょう?」
姫菜は途端に凄い迫力で和人に迫り始め、和人はその顔を見て、悲鳴を上げた。
「み、見たくないって、ひいっ!」
そして姫菜は、さっと和人に何かを差し出した。
和人はそれがてっきり自分達が描かれている本だと思ったのだが、
それは普通の茶封筒であった。
「それじゃあはい、これ」
「え………何これ」
「モデル料よ、比企谷君と半分ずつね」
「はぁ?」
「だってほら、架空の人物がモデルならともかく、
二人をモデルにしてるんだから、それに対する対価は必要でしょう?
もちろんお詫びも兼ねているつもり」
その言葉に二人は驚きつつも、封筒を受け取り、その中を見た。
「げっ……」
「こ、これかなり多くないか?」
「今回の分だけじゃないからね、今までの分も含めて、お詫びだと思って受け取ってよ、
むしろ返されると困るっていうか、梨紗と二人で話し合って、
毎回これくらいの比率でって計算してあった分だから、正当な報酬だと思ってね、
もっとも今までは回転資金に回してたから、今日まで渡せなかったんだけどね」
「も、もう資金は回るようになったのか?」
「おかげさまでね、今日の売り上げが凄かったから、やっと余裕が出たよ、
そして今まで色々と黙認してくれてありがとうね」
「いや、まあ長い付き合いではあるしな……」
「別に顔がそこまでそっくりな訳じゃないし、実害は無いから別に……」
「うん、まあそこはね、さっきは運悪く二人の格好がはまっちゃったせいであれだったけど」
姫菜はそう言って笑い、クルスにお礼を言った。
「クルスちゃんも、二人の前に出るのに付き合ってくれてありがとうね」
「どういたしまして」
「一人だとやっぱりちょっと怖くてさぁ、何せ二人の強さは動画とかでよく見てるし」
「そうなのか?」
「まあ資料として見てたって面もあるけど、
それでもやっぱり友達が活躍してるのを見るのは楽しいからね」
そして姫菜は、笑顔で二人に言った。
「それじゃあ私も梨紗と合流するからまたね!」
「お、おう」
「海老名さん、またな」
そして姫菜は店の入り口で振り返り、二人に言った。
「今日の姿もしっかりと資料にさせてもらうから!色々いいものを見せてもらったよ!」
そして姫菜は走り去っていった。
「はぁ、資料ねぇ」
「まあ別に構わないだろ、モデル料ももらった事だし」
「ある意味体を張って稼いだ金だな、和人、大事に使えよ」
「おう!でもこれでかなり余裕が出来たぜ、正月くらいまではこれで安泰だな」
「そしたらもう、菊岡さんが持ってくる危ない仕事を請けなくてもいいな」
「おう!」
そして二人は笑い合ったが、その瞬間に悪寒を感じ、同時に入り口の方へと振り返った。
そこにはスケッチブックを持った姫菜がおり、興奮した様子で二人の姿を描いていた。
「うおっ」
「海老名さん……」
「あっ、やばっ、最後にいい物をごちそうさま!」
そう言って今度こそ姫菜は、逃げるように去っていった。
「は、はは……」
「油断も隙も無いな……」
「さて、そろそろお開きか?」
「だな、和人はこれからどうするんだ?」
「今日はまっすぐ家に帰るかな、
おかげさまでかなり稼げた事だし、帰って里香と出かける相談でもするよ」
「そうか、俺は一度会社に戻って、今日はそのままマンションにでも泊まるわ」
そこに話し合いを終えた優美子達もやってきた。
「八幡、今日はあーし達、雪乃の家に泊まるけど、明日奈も連れてくから宜しく」
「そうなのか?」
「うん、今日から合宿だよヒッキー!」
「ああ、なるほどな……」
そう言って八幡は、少し怯えた顔の明日奈を激励した。
「明日奈、頑張れ」
「は、八幡君……」
「大丈夫だ、明日奈なら出来る、頑張れ!」
「う、うぅ……」
「雪乃もそんな顔をすんな、大丈夫だ、犬は友達だ、怖くない」
「犬は友達……そ、そうね、友達よね……」
「ああ、二人の健闘を祈る」
「う、うん……」
「え、ええ……」
そして二人もドナドナされていき、最後に残ったフェイリス達も、
どうやら片付けも済んだようで、これからラボで三次会をやるつもりのようだ。
優里奈もその片付けを手伝っていたようで、笑顔で八幡の所へと合流した。
「八幡さん、片付けも全部終わりました!」
「優里奈も手伝ってたのか?悪いな、そんな事をさせちまって」
「いえ、楽しかったですから!」
そして残された八幡と優里奈とクルスは、共に会社に戻る事となった。
「それじゃあ行くか」
「「はい!」」
三人はそのままキットに乗り、ソレイユへと向かった。