ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

542 / 1227
明日は月末で忙しいので、ちょっと投稿出来るか微妙かもしれません


第540話 儀式

 ソレイユに着いた三人は、状況を確認しようと先に着いているはずの者達を探したが、

そこには誰もいなかった。

 

「あれ……誰もいないな、川崎はキャラを作ったのか?」

「ここにあった予備のアミュスフィアが一台無くなってますから、

それを持たせて今日はひとまず家に帰したんじゃないですかね」

「確かにもうかなり遅い時間ですしね」

 

 八幡はその意見に頷いた。

 

「かもしれないな、とりあえず今日は俺達もマンションに戻って休むとするか、

明日の朝一で報告を受ければいい。マックスはどうする?」

「今から家に帰るのもちょっと面倒ですし、

八幡様がご迷惑じゃなければ、そちらの部屋にお邪魔させてもらえばと」

「俺はもちろん構わないが、優里奈は大丈夫か?」

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

「それじゃあ歩いて移動するとするか」

 

 ちなみにこの時陽乃は、自ら沙希を家まで送っている最中だった。

アルゴは自宅で爆睡していた。そして薔薇とかおりは、密かに詩乃と合流し、

どちらがはちまんくんを先に借りるか、真剣勝負の真っ最中だった。

 

「恨みっこなしよ、とはいえ一日ずれるだけだから、そこまで重要な勝負じゃないけどね」

「室長、負けませんよ!」

「せーの!」

「「最初はグー!ジャンケン、ポン!」」

 

 その結果、勝ったのは薔薇であった。

 

「よっしゃあ!」

「くっ……負けた……」

「それじゃ詩乃、明後日にはちまんくんを借りに家に行くわね、

明日はさすがにいきなり休むのは無理だしね」

「オーケー、薔薇さんおめでとう、かおりさんはドンマイ」

「まあ私は大丈夫、とりあえず私も明日会社で、三日後の有給申請をしておかないと」

「詩乃こそ二日もはちまんくんが不在で、寂しくない?」

「大丈夫、昔に戻るだけだから」

 

 そう言いつつも詩乃はその二日間、寂しさに耐え切れず、結局映子達を家に呼ぶ事になる。

そして雪乃がはちまんくんを借りられるのは、

例の合宿もどきが終わった後になるという事が、既に確定していた。

 

 

 

「さて、とりあえず順番に風呂に入っちまうか」

「あ、それじゃあクルスさん、一緒に入りましょう」

「うん、背中を流してあげる」

「あ、それじゃあ私も!」

 

 その二人の様子を見ながら八幡は、この二人の組み合わせだと、

さぞ色々揺れる事だろうなと一瞬考え、頭を振ってその脳内の光景を振り払った。

 

(いかんいかん、俺とした事が……

今日は色々なコスプレを見すぎて脳内の肌色成分が上がってやがるな)

 

 頑張って露出した詩乃達の努力は決して無駄ではなかったようである。

もっとも優里奈以外の者はこの場にはいないのだが。

そして八幡は、二人が快適に寝られるように、

今のうちに温度を適正に保っておこうと思い、寝室の中に入った。

 

「あれ……このアミュスフィア、確か会社にあった予備の奴だよな、ここにあったのか」

 

 そこには元から置いてある二台に加え、もう一つのアミュスフィアが置かれていた。

 

「って事は、今日は川崎に何も持たせず、説明だけして明日に持ち越したって事なんだな」

 

 丁度その時部屋のチャイムが鳴った。

 

「ん………こんな時間に誰だ?まあ身内の誰かなんだろうが」

 

 八幡はそう考えつつ、インターホンのボタンを押し、画面に外の映像を映し出した。

 

「はい、どちら様ですか?」

「あ、あたし………だけど」

「え、か、川崎?何でここに?」

「えと、陽乃さんに連れてきてもらって、

最初は隣の部屋の優里奈ちゃんの所に顔を出すように言われたんだけど、

誰もいないみたいだったから、直接こっちに……」

「そ、そうか、とりあえず今ドアを開けるから待っててくれ」

 

 八幡は慌ててそう言うと、入り口のドアを開けた。

そこには所在なげな沙希が立っており、沙希はぽつりと八幡に言った。

 

「そ、それじゃあお邪魔します」

「おう、とりあえず事情を聞かせてくれ」

「う、うん」

 

 八幡は沙希を居間に案内し、沙希にこう尋ねた。

 

「川崎、ホットでいいか?」

「あ、うん」

「それじゃあちょっと待っててくれ」

 

 そして八幡は慣れた手付きで二人分のコーヒーを入れ、

沙希に砂糖とミルクはどうするか聞いた。

 

「あ、ブラックで」

「あいよ」

 

 八幡はそう答えると、沙希の目の前でどばどばとコーヒーに砂糖とミルクを叩きこんだ後、

ブラックの方を沙希の方に差し出した。

 

「ふう、これでよしと」

「あ、あんた、よくそんなの飲めるわね……」

「俺に言わせれば、そっちこそよくブラックで飲めるなって感じなんだが」

「男らしくないわね」

「そっちこそ女らしくないぞ」

「むむむむむ」

「まあいい、痛み分けだな」

「そうね」

 

 そして二人はホットを一口飲み、ほっと落ち着いた。

 

「で、あれから何があって、今こうなってるんだ?」

「あ、うん、それなんだけどね」

 

 そして沙希は、自分がソレイユに着いてからあった事を話し始めた。

 

 

 

「アルゴちゃんはこのまま帰って問題ないかな、

かおりちゃんと薔薇はサキサキ用のアミュスフィアを、あそこに持っていっておいて。

それが終わったら今日は帰っていいわよ、はい、これ合鍵ね」

 

 陽乃は振り返って正面の建物を指差しながらそう言った。

 

「えっ……?あそこにですか?」

「何?何か問題でも?」

「私達にとっては特に問題ないですが、沙希さんの意思は一応確認しておいた方がいいかと」

「ああ、確かにそうかもしれないわね、

とりあえずサキサキ、あそこのソファーでちょっと話しましょうか」

 

 陽乃は沙希の事をずっとサキサキと呼んでいたが、

さすがの沙希も、陽乃に「サキサキ言うな」とは言えないようだ。

そして陽乃はいきなり沙希にこう言った。

 

「とりあえずサキサキ、今日はお泊りになるけど大丈夫?」

「え?あ、はい、妹もそれなりに大きくなりましたし、

夕食の事は弟に任せれば大丈夫なんで、問題ないです」

「今から私がサキサキを家まで送ってあげるから、

何か買っていってあげればいいんじゃないかしら」

「それはそれで助かりますけど、特に寄る必要は無いんじゃ……」

「駄目よ、ほら、替えの下着とかを持ってこないとだし」

「確かにそうですけど、どうせ朝帰ると思いますし、別に無くても問題は……」

「違う違う、その下着は八幡君に渡す為のものよ」

「はぁ!?な、ななななんであいつに……」

 

 沙希は飛び上がらんばかりに驚いたが、陽乃はいたって冷静であった。

 

「嫌?」

「そ、そんな事常識的に出来る訳が……」

「ここじゃあそんな常識は通用しないのよ、

そしてサキサキ、今から私が言う事を心して聞きなさい、

ここでの選択が、あなたの恋心にとっての分水嶺よ。

運命の分かれ道と言ってもいいわ、それくらいの気持ちを持って選びなさい」

「意味がさっぱり分からないんですけど……」

 

 沙希は困惑し、そう言う事しか出来なかった。そんな沙希に、陽乃は笑顔でこう言った。

 

「詳しい説明をしちゃうとつまらないからしないけど、

これはうちに関わる女性のほとんどが通ってきた道なのよ」

「それは陽乃さんもですか?」

「当然よ、少しでも一緒にいたいもの」

 

 ここで陽乃が最大のヒントを出し、沙希はその言葉を聞き流そうとして、ハッとした。

 

「少しでも一緒に………?」

 

 沙希はそう呟き、陽乃の顔を見たが、陽乃はニコニコと笑っているだけだった。

 

(冷静に考えると、下着を渡すといっても、

あいつはそれをおかしな事に使ったりはしないはず。

他の人もやっているというなら、おそらく何かまともな理由がある。

恋心の分水嶺?つまりここで断ったら、私とあいつの関係は………ほぼ終わり?)

 

「あっ……ご、ごめんね、泣かせるつもりは無かったんだけど……」

 

 突然陽乃が沙希にそう声を掛けた。

 

「え?」

 

 沙希はそう言われ、慌てて自分の頬に手を触れた。

そこは確かに濡れており、沙希は戸惑ったように陽乃に尋ねた。

 

「わ、私今、泣いてました?」

「う、うん」

「そうですか………」

 

 そして沙希は、吹っ切れたような顔で言った。

 

「分かりました、家まで送って下さい」

「そうこなくっちゃ!」

 

 そして二人は共に沙希の家に向かい、下着を持って戻ってきた後に、

このマンションのこの部屋の事を教えられたと、そういう訳だった。

 

「………事情は分かった、で、詳しい事はそれ以上はまだ何も?」

「うん」

「それなのによくもまあここまで来たよな……」

「まあね、自分でもどうかしてると思うけど、その……も、もう覚悟は出来たから、

もしここであんたが私を……」

 

 沙希はそう言い、真っ赤な顔で下を向いた。

 

「………って事になっても、べ、別にそれはそれで………」

「いや違う、もちろんそんな事は無い、優里奈とクルスもいるから、ちゃんと説明する」

「えっ、そうなの?どこに?」

 

 丁度その時風呂場の方からこちらを呼ぶ声がした。

 

「八幡さん、ちょっと通りますね」

「あ~、ちょっと待ってくれ………よし、オーケーだ」

 

 そして沙希の目の前で、八幡は、声がした方に背を向け、ぎゅっと目をつぶった。

 

「よし、いいぞ」

「は~い」

 

 そして風呂場から、ラフな格好の優里奈と全裸のクルスが姿を現し、沙希はギョッとした。

 

「な、な、な………」

「あれ、沙希さん!?そっか、ここに来たんですね!」

「おお、仲間入り?」

「ゆ、優里奈ちゃん、これは一体……」

「あ、ごめんなさい、上に羽織るガウンを忘れてしまって」

「私は替えの下着まで忘れた」

「ちょっと待ってて下さいね、今すぐ着替えちゃいますから」

「あ、う、うん」

 

 そして二人は寝室のドアを開け、中に入って八幡に声を掛けた。

 

「八幡さん、ありがとうございました」

「お、おう」

 

 そして八幡は再び元の体制に戻って沙希を見た。

 

「ここって……あんたの部屋よね?」

「まあ名目上はな」

「………ハーレム?」

「んな訳あるかよ、お前も何となく察してるだろ?」

「う、うん、もし本当にハーレムだったらあんたはさっき後ろを向かなかったはずだしね」

 

 どうやら先ほどの八幡の態度のせいで、修羅場になるのは防がれたようだった。

 

「つまり色々な人がお泊りに利用してるって事?」

「おう、ソレイユに来て帰りが遅くなった時とかに利用してもらっている。

俺自身もここに住んでる訳じゃなく、週に二日くらいしか利用してない。

優里奈は隣に住んでるから、ここの管理人みたいな事をやってもらっている」

「なるほど」

「お待たせしました」

 

 その時寝室の中から優里奈とクルスがお揃いのガウンを着て出てきた。

 

「沙希さん、ここのルールを説明しますから、こちらにどうぞ」

「八幡様は例の物を書いておいて下さいね」

「え………またあれをやるのか………?」

「当たり前です」

「まじかよ……まあ川崎が了解したらな」

「はい!」

 

 沙希はそのまま寝室に連れ込まれ、部屋の説明を受け、

ロッカーのように利用されているクローゼットの名前をしげしげと見た。

 

「うわ、ほとんどの人の名前がある……」

「こっちは実質私達の部屋みたいなものです、まあ誰もいない時は八幡さんが寝てますけど、

それ以外の時は、八幡さんは居間のソファーベッドで寝てますね」

「抜け駆け防止のルールもしっかりしてるわね……」

「はい、みんな仲良しですよ」

「そっか、うん、確かにここから家に帰るのは大変だから、それはそれで助かるかも」

「そして最後に大切な儀式があります」

「儀式?」

「まあ沙希さんに選んでもらいますが、実はこのロッカーの利用を開始する時、

一人の例外も無く、八幡さんに下着を入れてもらってるんですよ、この二人以外は」

「え、ほ、本当に!?」

「はい、このお二人が例外です」

 

 優里奈はそう言って、茉莉、志乃と書いてあるロッカーを指差した。

 

「この二人は?」

「自衛隊から出向してもらってるお二人です」

「そんな所からも来てるんだ」

「はい、その為にロッカーを一段増設しました」

 

 当初七段だったロッカーは、今は八段になっていた。

一番下の段の右端が志乃、その左を茉莉が利用しているようだ。

 

「で、どうしますか?」

「ほ、本当に一人の例外も無くそんな事を?」

「はい!」

「雪ノ下も?」

「雪乃さんの事ですよね?もちろんです!」

「って、相模の名前まで……まさか相模も?」

「はい!」

「そう………それじゃあ私もお願いするわ」

「そうこなくちゃです!」

 

 そして八幡が寝室に招かれ、八幡は優里奈の隣のロッカーに、

八幡お手製の沙希の名前の書いた紙を差し込んだ。

先ほどクルスに言われて書いておいたものだ。

 

「さて、分かってますね、八幡さん」

「え、まじかよ……おい川崎、お前はそれでいいのか?」

「い、いいから私の決心がぐらつかないうちにさっさとやりなさいよ」

「お、おう……」

 

 そして八幡は、沙希から黒のレースの下着を受け取り、

何かを思い出したのか、感慨深そうな顔をした。

 

「なぁ川崎、これって………」

「ええ、そうよ」

「そうか………懐かしいな」

 

 その会話の意味が分からず、優里奈は八幡にこう尋ねた。

 

「あ、あの、その下着に何か思い入れでも?」

「ああ、いや、高校の時にちょっとな」

「こいつ、先生に怒られて床に倒れてたんだけど、その時私が履いてたこれを、

思いっきり観察してたのよ」

「そうなんですか!八幡さんって、昔の方がえっちだったんですね」

「昔も今も俺はえっちじゃない、あれは事故だ」

「それにしちゃ、目を逸らさなかったみたいだけどね」

「お前、見られた時まったく恥ずかしそうにしてなかったじゃないかよ!」

「内心恥ずかしかったに決まってるでしょ、

でもそんなの顔に出せる訳ないじゃない、私のキャラじゃないし」

「そ、そうか、すまん……」

 

 そして八幡は、うやうやしくその下着を受け取り、沙希のロッカーにしまった。

 

「懐かしさの補正もあるが、うん、これはいい物だ」

 

 沙希はその言葉に盛大に顔を赤くし、こうして沙希も、

正式にこの部屋の住人と認められたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。