エルザはライブを終えた後、ホテルからGGOにログインしていた。
最近は他の事を優先してあまりログインしていなかったのだが、
さすがにストレスがやばいと判断したのであろう。
「さて十狼のメンバーは………誰もいないか、
まあ当たり前よね、コミケでブースを出してたんだし」
ピトフーイはそう呟き、他に知り合いがいないか探し始めた。
「ヤミヤミがいるわね、顔でも見に行ってみますか」
そしてピトフーイは、闇風がいるであろう酒場へと向かった。
「昔と違って因縁をつけてくる奴もいないか……何かつまらないなぁ」
ピトフーイはそう呟きながら、酒場のドアを開けた。
中にいる者達がじろっとピトフーイの方を見たが、大半は闇風の一派の者だった為、
友好的な視線が向けられる事はあっても、敵視されるような事はなく、
ピトフーイはここでも物足りなさを感じた。
「おお、こっちだこっち」
「ヤミヤミ、久しぶり」
「お前もな、どうだ、あ~……仕事は順調か?って聞くまでもないな」
「うん、順調なはずなんだけどねぇ……」
そう言ってピトフーイは、退屈そうにグラスを傾け、くるくると回した。
「何か不満があるって顔だな」
「う~ん、何が不満って訳じゃないのよ、顔が売れたせいでファンも増えたし、
私の歌を聴いてくれる人の数もすごく増えた、CDの売り上げも順調」
「いい事ずくめに聞こえるが……そうじゃないって顔だな」
「うん、よく考えると、そこにはシャナがいないの。
宇宙人のシャナも未来人のシャナも超能力者のシャナもいないの」
「あ~、そういう憂鬱か………」
ピトフーイのシャナに対する執着を知る闇風としては、
その言葉にとても納得がいった。
「確かにここでのお前は、シャナ至上主義というか、
シャナがいないと生きていけないみたいな感じだしな」
「うん、好き、超大好き、出来れば力ずくで犯されたい」
「お前、そういう事を真顔で言うなよ……今後お前をリアルでまともに見れなくなるだろ」
「ふん、これだから童貞は」
「俺は真実の愛を求める狩人だからな」
「ヤミヤミ、一周回ってちょっと格好いい!」
「だろ?」
久しぶりのその軽口の応酬に、ピトフーイは多少気が紛れるのを感じていた。
だがここにはシャナはいないのだ。その事がどうしても頭をよぎり、
ピトフーイは落ち込んだようにテーブルに突っ伏した。
「はぁ……何か面白い事は無いかなぁ」
「お前がいない時ならあったんだけどな」
そんなピトフーイに話題を提供しようと、闇風はこう切り出した。
「え、何かあったの?」
「スクワッド・ジャム」
「何それ?パンにでも付けるの?それともおじさん?」
そんなピトフーイの軽口を、闇風は完全にスルーした。
「やっぱり知らなかったんだな、スクワッド・ジャムってのは、
BoBのチーム対抗戦バージョンだな、第一回の優勝チームはSLだ」
「SL?何かの頭文字?」
「おう、シャナとレンだ」
その言葉にピトフーイは仰天した。
「シ、シャナが出たの?」
「おう、しかもまさかの逆包囲殲滅戦でな」
「えっ、またあの戦争の時みたいに、シャナが多勢に無勢で無双したの?」
「一応味方もいたぞ、聞いて驚け、あのゼクシードと、戦争の時にいたコミケさん達だ」
「あっ、あのオタクの人達ね」
「ゼクシードには触れないんだな」
「まあそういう事もあるでしょ、もう和解したんだろうし」
そしてピトフーイは、一番興味を引かれた事を、闇風に尋ねた。
「で、レンって………誰?」
「そうだな、お前、ピンクの悪魔って知ってるか?」
「ピンクの悪魔?何それ?」
「最近売り出し中の、待ち伏せ専門のプレイヤーでな、
基本スタイルは罠を使ってのモブ狩りなんだが、
ついでに襲い掛かってくる敵を殲滅しまくっている、
まあ化け物みたいに強い、かわいい子だよ。ちなみに俺の弟子だ」
「えっ?ヤミヤミの弟子なの!?」
「おう、シャナの弟子であるとも言えるな」
「なるほど、それで……」
ピトフーイは、弟子だから一緒に大会に参加したのだとそう考えていた。
闇風は一応説明しておくかと思い、事の経緯をピトフーイに説明し始めた。
「あ~、そもそもの発端は、レンにいきなり婚約者候補が現れた事なんだ」
「何そのゴシップ、凄く興味ある」
「表には絶対に出ない話だけどな、お互いの為にならないから」
「ほほう?」
「で、レンとたまたま知り合いだったシャナが、
レンの意思を汲んで、その案件に介入する訳だが……」
「あ、何となく分かちゃった、そのレンちゃんって子は、シャナの事が好きなんだ」
「まあそういう事だな、もっとも今のシャナは、人に好意を向けられる事に慣れてしまって、
かなり鈍感系主人公になっているようにも見えるがな」
「わお、童貞らしくない的確な指摘ね」
「恋愛に関する脳内シミュレーションは完璧だぜ」
闇風はそう言ってドヤ顔をしたが、正直ドヤ顔が出来るような事ではない。
「で、半強制の結婚を前提とした付き合いの申し込みを撤回させる為に、
相手が示してきたのが、スクワッド・ジャムでの優勝だったんだ」
「半強制とか今時あるんだ、っていうかその条件、相手が言ってきたんだ?」
「おう、そいつはいきなりGGO内でリアルネームを連呼するような馬鹿でな、
さすがのシャナもかなり困ってたみたいだな」
「うわ、まだそんな人がいるんだ」
「レンの親父さんも、最初はその付き合いに肯定的だったみたいだから、
それなりに出来る奴なんだとは思うが、シャナと比べるとなぁ……」
「さすがに無理ゲーよね」
「だよな」
二人はうんうんと頷き合った。
「で、事が終わった後、諦めきれないそいつは、
直接レンの親父さんの会社に圧力をかけようとしたんだが、
それも先回りしたシャナの権力に潰されたと、まあそんな事があったんだよ」
「うわ、権力で潰したんだ、さっすがシャナ、腹黒い!あ、これ褒めてるから」
「分かってるって、お前はそういう奴だもんな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「いや褒めてねえよ」
二人はニヒルに笑い、ピトフーイは再びため息をついた。
「そっかぁ、私はまた乗り遅れちゃったのか……もう歌うのをやめて、
ソレイユ専属のゲームシンガーにでもなろうかな」
「それって歌う事をやめてなくないか?」
「あっ、確かに」
そしてピトフーイは、疲れたように笑った。
「あは……結局私には歌しか無いって事かぁ」
「まあいいじゃねえか、俺、お前の歌だけは好きだぜ」
「歌・だ・け・は?」
「あ、いや……ええと、顔と体も……」
「ちっ、これだから童貞は……その上ロリコンか」
「ロリコンちゃうわ!というかその理屈だと、シャナも該当する事にならないか?」
「シャナは守備範囲が広いだけだから」
「くっ……これが決して埋められない俺とあいつの差か……」
こうして闇風に屈辱を味合わせたピトフーイは、
それが演技めいている事を承知で、多少気を良くした。
「ヤミヤミは、こういうの上手いよねぇ」
「……何の事だ?」
「本当に何でモテないんだろうね」
「ぐっ………それを言うなって」
「はぁ………シャナに無理やり組みしかれたい……」
「ここで出てくる言葉がそれかよ!」
「あはははは、あはははははははは」
ピトフーイは久しぶりにそう楽しそうに笑った。
「さて、それじゃあ期待のルーキーちゃんでも見に行こうかなぁ」
「は?おいお前、いきなり何を言っちゃってるの!?」
「何?駄目なの?」
「駄目じゃないが………絶対にレンに迷惑をかけるなよ」
「迷惑?かけないかけない、ただちょっと会ってみたいだけよ」
「本当にか?」
「うん、本当の本当に」
「それならいいが、返り討ちにあわないように気をつけろよ」
「あはぁ」
突然ピトフーイが興奮したような声をあげた為、闇風は一歩後ろに下がった。
「ヤミヤミがこの私にそんな事を言うなんて、益々興味が沸いてきたわぁ」
「くれぐれも友好的にな」
「分かってるって、で、そのレンちゃんはどこにいるの?」
「砂漠だ」
「砂漠………ああ、あそこか」
「そうだ、西の砂漠がレンの縄張りだ」
「うほっ、公的スペースを、縄張りとまで言っちゃうんだ、
それじゃあ車で行ってみようかな」
嬉しそうにそう言うピトフーイに、闇風は真面目な表情で言った。
「………なぁ」
「ん?」
「楽しくないなら、しばらく休むのも手だぜ」
「あら、私を心配してくれるの?」
「俺は十狼じゃないが、それでもお前は同士だからな」
「んふ、ありがと、もし本当に煮詰まったら、考えてみる」
「おう、応援してるわ、またな」
「うん、またね」
そしてピトフーイは、車をレンタルして砂漠地帯へと向かったのだが、
遠くで罠が発動したような煙が見え、ピトフーイはそちらにハンドルをきった。
「あそこかな?でも戦闘の邪魔はしたくないし、ここからは歩いて行こうかな」
ピトフーイはそう呟き、ゆっくりとそちらへと歩いていった。
どうやら罠が上手く発動し、敵にかなりのダメージを与えられたようで、
戦闘自体はあっという間に終わったらしく、もう戦闘の気配は感じられない。
「ん………誰もいない?」
「誰?」
「うわっ、ストップストップ、少なくとも私は敵じゃないわ」
ピトフーイはいきなり背後から銃を突きつけられ、両手を上げた。
「銃は………持ってないみたいね、そのままゆっくりとこちらに振り向いて」
「オーケー、敵意は無いわ」
そしてピトフーイはゆっくりと振り向いた。
そこには全身ピンク一色の装備を付けたとても小さな少女が立っており、
ピトフーイは内心で、闇風の事をやっぱりロリコンじゃないと罵った。
同時にシャナに対し、この子がいけるならやっぱり私もいけると、喜びも感じていた。
そしてピトフーイは、しげしげとその少女を観察した。
ピトフーイの見たところ、目の前の少女は、
そのピンク色の装備を砂漠地帯での保護色として有効に活用しつつ、
多大な戦果をあげているらしいと予想された。
「なるほど……その発想は無かったわ、偶然なのかもしれないけど面白いわね」
「何が?」
「その装備よ、確かにかわいい色だけど、それだけじゃなく実戦的に活用しているのね」
レンはいきなりそう言われ、きょとんとしつつも嬉しそうな顔をした。
そんなレンに、ピトフーイは満面の笑顔で言った。
「あんたがピンクの悪魔?私はピトフーイ、良かったら一緒に遊ばない?」
「え?わ、私と?」
「そう、ヤミヤミ……あっと、闇風に噂を聞いて遊びにきたの」
「あ、師匠のお知り合いでしたか!」
「うんそう、もし疑うなら確認してくれてもいいわ」
「いえ、その名前が出てくる時点で平気だと思うので大丈夫です!」
「そう、それならいいわ、で、どうかしら?」
「はい、宜しくお願いします!」
こうしてレンとピトフーイは、ここからしばらく行動を共にするようになったのだった。