次の日の朝、沙希とクルスを送り出した八幡は、
家まで送ると申し出たが遠慮され、微妙に暇を持て余していた。
「あんまり早くにソレイユに行ってもな……
せっかくだし、日ごろの感謝も込めて、優里奈の家事でも手伝うとするか」
八幡はそう考え、ベランダで洗濯物を干している優里奈が戻ってくるのを待った。
さすがの八幡も、今の状態のベランダに踏み込む度胸はないのだ。
「おっ、優里奈、戻ってきたか」
「八幡さん、どうかしましたか?」
「いやな、家事を手伝おうと思って待ってたんだが、何かやる事はあるか?」
「特に手伝ってもらうような事は……」
「いやいや、二人でやればその分早く終わるだろ、
そうすればその分二人でのんびり出来るんだから、遠慮しないで何でも言ってくれ」
「そうですか?それじゃあ……布団干し……」
「は、ベランダに入る事になっちまうな」
「ですね……まあベランダの前まで運んでもらえるだけでも大助かりです」
「よし分かった、任せろ」
八幡はそう言うと、張り切って寝室へと向かい、ベッドから布団を持ち上げ、
えっちらおっちらとベランダの前まで運んだ。
「優里奈、持ってきたぞ」
「ありがとうございます、ついでにマットもお願いしていいですか?」
「おう、任せろ」
そして八幡は再び寝室へと消えていき、優里奈は布団を干しながら、
ぼんやりと快晴の空を眺めた。
「う~ん、いい天気だなぁ、こういうのを幸せって言うのかなぁ。
こうしてるとまるで、八幡さんと夫婦になったみたいな……
ううん、高望みしちゃ駄目だ、でもちょっとくらいなら……」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
「きゃっ」
優里奈は突然八幡から声を掛けられ、思わず悲鳴をあげた。
「悪い、驚かせちまったか」
「い、いえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
そう言いながらはにかむ優里奈に、八幡はマットを差し出した。
「ほい、お待たせ」
「ありがとうございます」
「こういう時、ベランダが広い部屋はいいよな」
「ですね」
そう言いながら何気なく下を見た優里奈の目に、
こちらに手を振る志乃と茉莉の姿が映った。優里奈はそれを見て、二人に手を振り返した。
「ん?誰かいたのか?」
「はい、志乃さんと茉莉さんが」
「そうか、この時間に出勤って事は、今日はここに泊まりかもな」
「かもしれませんね」
「まあ今夜は二人とも出かけるんだし、その時間までに尋ねてこなかったら、
鍵だけ渡しておけばいいな」
「ですね」
そして二人は室内に戻り、どうするか相談し、次に掃除を始めた、
八幡は掃除機をかけ、優里奈は風呂掃除である。
「……よしっと」
家事に関してはベテランの優里奈は、風呂掃除を効率良く終え、風呂場の外に出た。
「………ん?」
その時どこかから鼻歌のようなものが聞こえ、優里奈は思わずクスリと笑った。
「八幡さんも鼻歌なんか歌うんだ、でも聞いた事の無い曲だなぁ、何の曲だろ」
優里奈はそう思い、八幡に話し掛けた。
「八幡さん、その曲、何の曲ですか?」
「ん?これか?それが分からないんだよな」
「そうなんですか?」
「おお、気付いたら覚えていたというか、本当に何なんだろうな。
一度気になって本気で調べた事があるんだが、該当する曲が無かったんだよ」
「そうなんですか」
「まあ、いつか分かればいいなくらいに考えてる」
「そういうの、いいですね」
「そうだな、死ぬまでの宿題って感じだな」
「先の長い話ですね」
「だな」
その時玄関からチャイムの音が聞こえ、優里奈がインターホンのボタンを押した。
「はい、比企谷です」
「あっ、優里奈ちゃん、こっちにいたんだ?今夜もお世話になりま~っす!」
「ああ、美優さんでしたか、今開けますね」
美優はひょこっとドアから顔を出し、二人に挨拶をした。
「やぁやぁ、美優ちゃんがまたリーダーのお世話をしに参りましたよ!」
「お世話されるの間違いじゃないのか?」
「もちろん下の世話に決まって……」
「帰れ」
「あなた、お掃除します?お洗濯?それとも料理?」
「その三択なら料理だな、残りは丁度終わったところだ」
「それじゃあ今日は美優ちゃんの手料理でお昼にしましょう!」
「おう、それじゃあ宜しく」
「了解!」
そして美優は料理を始め、八幡と優里奈はのんびりとその料理風景を眺めていた。
「思ったより手際がいいな」
「思ったよりは余計ですぅ」
美優は手を止めずに口を尖らせながら八幡にそう言った。
そして八幡は、何となく美優にこう尋ねた。
「そういえばお前、昨日は香蓮の部屋に泊まったんだよな」
「うん、私は疲れて直ぐに寝ちゃったけどね。その間香蓮はGGOをやってたみたい」
「香蓮も意外とタフだよな……」
「で、新しい知り合いが出来たらしくって、今日もその人と一緒に遊ぶんだって」
「ほう?」
「女の人だってよ、珍しいよね」
「まあGGOの女性プレイヤーは絶対数が少ないから、
もしかしたら俺の知り合いかもしれないな」
知り合いどころか身内の中の身内である。
「さて完成っと」
「焼きうどんか、見た目は美味そうに見えるが」
「見た目だけじゃないから!」
「そうだといいな」
八幡はそう言って美優に生暖かい視線を向けた。
「実際そうなのです」
「はいはい、それじゃあいただきます」
「「いただきます!」」
そして三人は、昼食をとりながら雑談を始めた。
「美優は明日帰るのか?………ん、普通に美味いな」
「えへへぇ、そうでしょ?えっと、明日の午後コヒーとちょっと観光して、
そのまま夜の便で向こうに帰るつもり」
「美優さん、これ本当に美味しいですよ、後で味付けを教えて下さい!」
「お、ありがとう!いいよ、後で教えてあげる」
「そうか、今回はわざわざこっちに出てきてもらって悪かったな」
「ううん、楽しかったし、何より懐も暖かくなったから!次はまた冬にでもやるの?」
「やるかもしれないが、その頃は多分俺はアメリカだな」
「ホワッツ?」
「ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ、オーケー?」
「オ、オーケー!事業拡大?」
「そうだな………企業秘密だが、まあ引き抜きだ」
そう言って八幡は、ニヤリと笑った。
「おおう、悪い顔……」
「ちなみにその頃は、俺とは連絡がとれなくなるが、心配するなよ」
「え、何かあるの?」
「人材の流出を相手に悟られないように、情報を制限するからだな」
「それと連絡がとれない事とどんな関係が?」
「お前、知ってるか?携帯の通話なんか、やろうと思えば簡単に盗聴出来るんだぞ?
メールだってそうだ、と言うか実際にアメリカの大統領が会話を盗聴された事例がある」
「まじっすか………こ、これは私とコヒーの女子トークも聞かれていた可能性が……」
「安心しろ、お前はそんな大物じゃないから」
「デスヨネ~……」
美優はそう頷きつつも、おずおずとこう言った。
「あ、あの、リーダー」
「ん?」
「それくらい気を遣うアメリカ行きって、危険じゃないの?大丈夫なの?」
「おう、危険だな。なので今その準備段階として、
レクトに出向していた俺の友達を入れて三人ほどが、下準備の為にアメリカに行っている」
その言葉に美優は何故か固まった。八幡はそんな美優の様子を訝しげに伺ったが、
その八幡の視線を受け、美優は再びおずおずとこう言った。
「あ、あの……」
「おう」
「リ、リーダーに、和人君以外の同世代の男の友達っていたの?」
「いきなり失礼だなお前は……」
その言葉に優里奈は笑い、八幡は渋面を作った。
「だ、だって、リーダーの周りの男の人って、クラインさんエギルさんくらいしか……
レコン君は部下って感じだし、後は恋人と、私も含めたハーレム要員しかいないよね?」
「ハーレム要員って何だよ!それにちゃっかり自分アピールしてるんじゃねえよ!
俺にだって男友達くらいいる、キョーマやダルには昨日会っただろ!」
「あっ、そういえばそうか」
「他にもそのアメリカに行ってる材木座って奴とか、戸塚だろ、葉山だろ、戸部だろ、
それに大善と風太、和人も入れれば全部で九人もいる!」
「ひ、一桁……?」
「十分多いだろ!」
「そ、そうなのかな……?」
美優は困った顔で優里奈の方を見た。八幡もそれに釣られて優里奈の方を見たが、
優里奈が気まずそうに目を背けた為、八幡はややショックを受けたような顔をした。
「え、お、おい優里奈……」
「はい」
「九人って、じゅ、十分多い………よな?」
「大丈夫です、八幡さんは数より質なんです、何の問題も無いと思います」
優里奈は取り繕うように早口でそう言い、さすがの八幡もそれを聞いて押し黙った。
それを見た美優が慌ててフォローに入った。
「そうそう、友達なんか多くても、年賀状とか大変なだけだから!」
「今時年賀状を出す奴なんて少数派だと思うが」
「そ、それでも挨拶くらいするでしょ、うん、友達が多いと確かに煩わしいよね、
だから大丈夫、リーダーは大丈夫!」
「ま、まあそうだよな、大丈夫だよな?」
様子を伺うように二人の方を見ながら、八幡は確認するようにそう言った。
「も、もちろんです!」
「あ、優里奈ちゃん、そういえばこの部屋、昔の据え置き型ゲーム機とかあるよね?」
「あっ、はい!ドリームキャストとかセガサターンとかプレイステーションシリーズとか、
実は全部揃ってるんですよね」
「よし、それで遊ぼう、みんなで一緒に遊ぼう!」
「そうしましょっか!」
「ほら、リーダーも一緒にやろう!」
「そ、そうだな、あ、美優、今日は俺と優里奈は夕方から同窓会に行くから、
俺達が帰ってくるまで留守番を頼むわ」
「え?リーダーの同窓会に何で優里奈ちゃんが?」
きょとんとする美優に、八幡は簡単に事の経緯を説明した。
「なるほど、優里奈ちゃんの将来の為に……」
「いざという時頼れる奴は多い方がいいからな」
「それは確かに」
「という訳で、あまり時間がかかるゲームは駄目だぞ、
桃鉄の九十九年プレイとかは、帰ってからやろう」
「実はノリノリ!?」
「今夜は寝れませんね……」
ちなみに帰宅後は、志乃と茉莉も合流していた為、
さすがに九十九年は長すぎるという事で、そのプレイは三十年に短縮される事となった。
「さて、それじゃあ俺達はそろそろ準備して行ってくるわ、
優里奈も自分の部屋でおめかししてくるといい」
「はい、それじゃあちょっと行ってきます!」
そう言って優里奈が出ていった後、八幡と美優は一時的に二人きりになり、
美優は真剣な表情で八幡に言った。
「リ、リーダー、アメリカからちゃんと帰ってくるよね?」
「大丈夫だ、拠点構築の為に、以前アメリカへの潜伏を検討してた凛子さんって人と、
うちの情報担当の一員である、舞衣を一緒に派遣してあるからな、
俺、姉さん、明日奈、雪乃、小猫、クルスの六人で行く事になるが、
ちゃんと武装もするから安心してくれ、ちなみに全員銃は撃てるからな」
「じゅ、銃!?」
「おう、姉さんはまあ万能超人だから置いておいて、全員GGOで鍛えたからな。
もちろん実際に人を撃つってのはまったく別次元の事だとは思うが、
それでも威嚇くらいは出来るだろうし、多分クルスや小猫、それに俺辺りは、
本当にやばくなったら相手を撃てるから大丈夫だ」
「そ、それ、全然大丈夫じゃないから!」
美優はそう言いながら、泣きそうな顔で八幡に抱きついた。
そこに下心が感じられなかった為、八幡は美優を受け止め、その頭を撫でた。
「心配するな、って言ってもするよな、
それじゃあ一部の連中には、アナログだが毎週手紙を送る事にする。
それを見れば、お前も安心出来るだろ?」
「て、手紙?」
「手紙なら、差出人の名前さえ書かなければ、簡単には発見されないからな」
「う、うん!」
「それじゃあ行ってくる、今日だけじゃなく、冬もちゃんといい子で留守番してるんだぞ」
「うん、行ってらっしゃい!」
そして八幡が出掛けた数時間後、志乃と茉莉が仕事を終え、部屋に尋ねてきた時、
雑談としてその話が出た。
「あ、うんそれなら知ってる、アメリカに行くんだってね」
「危険じゃないのかな?」
「危険かどうかと言われると、危険なんじゃないかなぁ?閣下もそう言ってたし」
「や、やっぱりそうなんだ……」
「でも大丈夫、まだ非公式だけど、私達も長期休暇扱いで一緒に行くから」
「えっ、本当に?」
「だから八幡君の事は絶対に私達が守るから、安心して」
「う、うん!」
どうやら八幡の知らない所で、閣下が手を回しているようだ。
ここで万が一八幡らに死なれるような事になると、
日本にとっての巨大な損失だと判断したのだろう
こうして八幡のアメリカ行きの準備は、着々と進んでいく。