ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第546話 集まる友人達

「お、ここだここだ」

「ちょっと緊張しますね……」

「まあ優里奈は本来なら、数年後に体験するような事だからな。さ、とりあえず中に入るか」

「はい!」

 

 そして二人は店の中に入った。まだ開始予定時刻にはやや早い為、

中には戸部を始めとして、数人しかいなかった。

 

「お、ヒキタニ君、久しぶり!」

「よっ、元気だったか?」

「モチのロンよ、そちらが優里奈ちゃん?始めまして、ヒキタニ君の友達の戸部翔でっす」

「始めまして、櫛稲田優里奈です、今日は部外者の私の参加を認めて頂いて、

本当にありがとうございます」

「いやいや、こんなかわいい子の参加は大歓迎っしょ、な、みんな?」

 

 その声に、周りの幹事を請け負った者達も、嬉しそうに同意した。

 

「お、お前ら、うちの娘は絶対にやらんぞ!デートの誘いとか論外だ!」

 

 八幡は焦ったように優里奈を隠そうとその前に立ちふさがり、

戸部は呆れた顔で八幡に言った。

 

「ヒキタニ君も、いいパパやってるのね」

「パパって言うな!せめてお父さんと言ってくれ」

「優里奈ちゃん、このお父さんは良くしてくれてる?」

「はい!私、お父さんと結婚しますから!」

 

 小さな女の子が言うと微笑ましいが、優里奈のような女性が言うと、

その言葉はとても背徳的に聞こえるものらしい。

そんな優里奈の無自覚な妖艶さに、戸部は少し羨ましそうな顔で八幡に言った。

 

「ヒキタニ君、今度は光源氏計画発動中?」

「いやいや、ただの冗談だろ、な?優里奈」

「ふふっ」

「ほらな」

 

 八幡はその微笑を肯定と受け取ったようだが、

戸部はそんな優里奈の表情を見て、これ結構本気なやつじゃね?と感じたようだ。

だが放っておいた方が面白そうだと思い、戸部はそれ以上は何も言わない事にした。

 

「まあいいや、ヒキタニ君が相変わらずヒキタニ神だって事で安心したわ」

「意味がよく分からないが」

「とりあえずそういうもんだって思っておいてくれればいいって、

それじゃあヒキタニ君の席はここね」

「ん、ここか?ちょっと広くないか?」

 

 八幡が案内された席は、店の中でも一番奥まった特等席であり、

テーブルもかなり広めなものだった。

 

「そりゃあまあ、来るメンバー的にここしか無いんじゃね?

おかしなのに絡まれる心配も無いだろうし、周りもちゃんと、

俺、隼人君、優美子辺りがしっかりガード出来るだろうしね」

 

 八幡は、これは多分ゆっこと遥辺りの事を踏まえて言っているんだろうなと思ったが、

予定通り黙っていた方が面白いだろうなと、そのまま訂正しないでおく事にした。

 

「それじゃあ遠慮なく」

「おう、もうすぐ他の奴らも来ると思うから、ちゃんと左隣は開けておいてな」

「左?」

「だって絶対に、もう片方の隣は取り合いになるっしょ、喧嘩にならないように頼むよ」

「それはあいつらに言ってくれ」

「ははっ、確かにね、ちゃんとした飲み物はまだ注文出来ないから、

スタッフ用にもらったこれでも飲んでて開始を待っててよ、それじゃあまた後で!」

 

 そう言って戸部は、二人にウーロン茶の入ったグラスを渡し、会場の設営へと戻った。

 

「ちょっと早く来すぎちまったかな」

「戸部さんって、明るくてちょっと軽そうだけど、いい人ですね」

「おう、昔の俺にもそれなりに普通に接してくれた、いい奴だ」

「昔の八幡さんが今とどう違うのか、まったく想像出来ないんですけど」

「そうだな、何でも一人で抱え込んで、一人でやろうとする、孤独な奴だったな」

「今とはまったく違うんですね」

「SAOに囚われなかったら、今でもあまり変わっていなかったと思うぞ」

「どうですかね、雪乃さんと結衣さんが何とかしてた気もしますけど」

「どうだろうな、あの頃の俺はそれなりに頑なだったからな」

 

 そんな話をしているうちに、どうやら準備が終わったようで、

どんどん同窓生だと思われる者達が入店してきた。

ちなみにそのほぼ全員が、八幡には見覚えがない者達だった。

 

「うわ、多いですね」

「時間も無かったはずなのに、よくこれだけ集めたもんだ。さすがは戸部ってところだな」

「友達多そうですもんね」

「だな、俺とは大違いだ」

「多ければいいってもんでもないと思いますけどね」

「まあな」

 

 ちょうどその時、一人だけ八幡が見覚えがある者が入ってきた。

 

「お、あれは………ええと、名前が思い出せん」

「どちら様ですか?」

「いろはが生徒会長をやってた時の、生徒会の副会長だな」

「えっ、八幡さん、生徒会だったんですか?」

「いや、奉仕部の関係で、ちょっと手伝いをな」

「ああ、そういう事ですか!」

 

 その時八幡と副会長~本牧の目が合った。本牧は前回の同窓会にはいなかったので、

こちらに戻ってきた八幡に会うのは初めてである。

もっとも八幡は、少し前にいろはと出掛けた時に、

元書記の子と一緒にいる所を目撃していたので、完全な初見とはいえないだろう。

だがそれはあくまで八幡から見た場合である。

 

「比企谷、久しぶり」

「お、おう、久しぶり」

「噂には聞いてたけど、無事に戻ってきてくれたんだな、本当に良かったよ」

「悪い、心配かけちまったか」

「いや、比企谷なら何だかんだ、絶対に生き残るって信じてたから、それほどでもないかな」

「そうか」

 

 二人の間には、あの地獄のクリスマスイベントを共に乗りきったという、

戦友めいた意識があった。それ故に八幡は、再会とは別の懐かしさを覚えていた。

本牧は本牧で、クリスマスイベントの直後に八幡がいなくなった為、

その時の苦労をまだ八幡と共に喜びあう事が出来ていないという意識があり、

その事がまるで喉に刺さった小骨のように、頭の片隅に引っかかっていたようだ。

 

「あのクリスマスイベントだけど」

「あのクリスマスの時に」

 

 二人は同時にそう言い、顔を見合わせて笑った。

 

「おう、懐かしいよな、良い意味でも悪い意味でも」

「俺達あの時は、本当に頑張ったよな……」

「ああ、それだけは間違いないな」

 

 二人はしみじみとそう言った。そして本牧が、おずおずとこう切り出した。

 

「実は俺、あのイベントがキッカケで……」

「書記ちゃんと付き合う事になった、か?」

 

 本牧はその言葉にぎょっとした。

 

「な、何で知ってるんだ?」

「実はこの前千葉駅近くの喫茶店から出てくるところを目撃したんだ」

「ああ、そういう事か!声を掛けてくれれば良かったのに」

「いやな、その時は丁度いろはが一緒でな、追いかけるにはちょっと遠かったし、

元気そうだったからまあいいかなと思って」

「そうだったのか、会長は元気?」

「おう、去年開かれた俺達世代の同窓会に乱入してくるくらい元気だぞ」

「………相変わらずそうで良かったよ」

 

 本牧はそう言って、やや呆れつつも感心したように言った。

 

「………まさか今年も乱入してくるとか?」

「いや、今年は一切情報を流してないはずだから、大丈夫のはずだ」

「まあ会ってみたい気もしたけど、それならそれでいいか、また機会もあるだろうし」

「だな」

「それじゃあ機会があったらまた」

「おう、またな」

 

 そして本牧は挨拶をし、友人達の方へと去っていった。

本牧はこの後、八幡を取り巻く環境の激変ぶりに驚く事になるのだが、

去年も参加していた周りの友人達に色々話を聞き、

あの比企谷ならそういう事もあるかと、一人納得する事となった。

 

 

 

「八幡!」

「お、戸塚!戸塚じゃないか!」

 

 少し後に、八幡の一番のお目当ての人物がやってきた。

戸塚は優里奈に会釈をし、遠慮がちに八幡の斜め前に座った。

 

「………何でそんな位置に座るんだ?」

「今の八幡の隣や正面に座ったら、他の女の子達に恨まれちゃうじゃない」

「ああ………いや、どうかな、まあ誰か来るまでは別に隣でもいいんじゃないか?」

「う~ん、まあそう言えばそうだね、それじゃあ失礼します」

「おう、遠慮しなくていいぞ」

 

 そんな八幡の姿を見て、優里奈は少し驚いた。

八幡がそこまで気を遣う「女性」は初めて見たからだ。

 

「あ、あの、八幡さん、そちらの女性は……」

「あ、僕、こう見えても男の子……だよ?」

「えっ?」

 

 戸塚のその言葉に、優里奈はとても驚いた。誰もが通る道である。

 

「ああ、紹介しよう、こちらは戸塚彩加、俺の高校時代の一番の親友だ」

「今じゃちょこっと疎遠になっちゃってるけどね」

「学校が遠いんだから仕方ないさ、そしてこちらは櫛稲田優里奈、

今日は戸塚や戸部や葉山に紹介しておこうと思って特別に連れてきた、

俺が保護者をやっている子だ」

「えっ、八幡、そんな事をやってたんだ」

「まあ色々と事情があってな」

「櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします、戸塚さん」

「うわあ、かわいい子だねぇ、こちらこそ宜しくね」

 

 戸塚はそう言って優里奈に微笑み、優里奈は内心でこう思っていた。

 

(こ、これが姫菜さんの言ってた『こんなにかわいい子が女の子のはずがない』

って事なのかな……まさか実際に存在するなんて……)

 

 優里奈も先日のイベントのせいで、若干姫菜の影響を受けてしまったようだ。

だが優里奈は至極真っ当な恋愛観を持っていたので、

あくまで知識として以上の影響を受ける事は無かったようだ。八幡にとっては幸いである。

 

 

 

「あっ、八幡、みんな来たみたいだよ」

「おっ、そうだな」

「それじゃあ僕はちょっと、テニス部の集まってるところに行ってくるね」

「ああそうか、そっちの付き合いもあるもんな、それじゃあまた後でな」

「うん、また後でね」

 

 そして戸塚は他のテーブルへと移動し、優里奈はその背中を見送りながら八幡に言った。

 

「戸塚さんって何ていうか、かわいい人ですねぇ」

「それ、戸塚には言うなよ、戸塚はああ見えて、男らしくありたいと頑張っていたからな」

「そうなんですか?」

「おう、テニス部でも部長として頑張ってたぞ」

「さぞかしモテるんでしょうね」

「王子様扱いだったからな」

 

 そう言われた優里奈はきょとんとした。

 

「つまり今の八幡さんと同じ扱いですね」

「えっ?」

 

 そして八幡は我が身を振り返り、優里奈の言う通りだと気が付いた。

 

「………なぁ、俺って全然そんな柄じゃないよな?」

「それを決めるのは周りの女性達ですよ、八幡さん」

「男は黙って受け入れるしかないと……」

「そういう事です」

 

 八幡はその言葉に、肩を竦める事しか出来なかった。


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