その日の深夜、アスナが焦ったようにハチマンに連絡してきた。
ハチマンはとりあえずアスナの指定通り、リズベット武具店へと向かった。
(まああの件だと思うが……それにしても慌て方が普通じゃなかったな)
店の前に着くと、アスナが慌てたようにハチマンに駆け寄ってきた。
「ハチマン君、リズがどこかのダンジョンにいるみたいで、連絡が取れないの!
居場所もわからないし……」
「ダンジョン?」
ハチマンも、フレンドリストを確認したが、
確かに二人は連絡の届かない所にいるようだった。
ハチマンはクエストの詳細を思い出したが、ダンジョンがあった記憶は無い。
「うん。メッセージが届かないから、多分ダンジョンだと思うんだよね」
「……あそこにダンジョンなんか無いはずなんだけどな」
「ハチマン君、リズの居場所を知ってるの?」
「ああ。キリトも今メッセージが届かない状態だろ?多分あの二人一緒だと思うんだよな」
「どういう事?」
ハチマンは二刀流の事はうまく伏せつつ、
キリトがおそらくリズベットに武器の製作を頼んだ事と、
昨日リズベットにクリスタライトインゴットという素材の話をした事を説明した。
「なるほどね、それじゃ二人は五十五層にいるんだね」
「ああ。だがその付近には、ダンジョンなんか無いはずなんだよ」
「どうしようか?」
「キリトがいれば大丈夫だと思うんだがな」
「まあ五十五層なら戦闘で苦労する事は無いだろうが、一応追跡モードで確認してみるか」
「うん」
アスナがリズベットの足跡を追跡し、ハチマンがキリトの足跡を追跡したが、
二つの足跡は、やはり同一方向へと向かっていた。
「やっぱり二人で山の方に向かってるみたいだね」
「ああ。とりあえずこのまま追跡するか」
途中で何度か狼系や雪男系の敵を蹴散らしつつ、二人は山頂と思しき地点に到着した。
「リズの足跡、ここの氷柱付近で途切れてる……」
「キリトのは、ここで途切れてるな……おいアスナ、ちょっと来てくれ」
「何かわかった?」
「どうやらここからこの穴の中に飛んだらしい」
「ええっ!?」
「この崖の角に足跡がある。おそらくリズがドラゴンのブレスか何かで飛ばされて、
それをキリトがキャッチして、そのまま落ちたんじゃないか」
「この高さから落ちて大丈夫なのかな?」
「今生きてるって事は、大丈夫だったんだろうな」
ハチマンは下を覗き込んだが、底はまったく見えない。
「ロープでも取ってくる?」
「一体どれくらいの長さが必要になるかわからんが、現状それしか無いかもしれん」
「それじゃ、一度戻ろうか」
「ああ。NPCショップの開く時間になったら集合だな。
でもロープの接続なんて可能なのか?」
「あー……」
「仕方ない、アルゴあたりと相談するとして、今日は一度戻ろう」
「そうだね……リズ、キリト君、待っててね」
アスナは心配そうに後ろを振り向きながらも、下山を承諾した。
街に着くと、もう明るくなろうとしている時間だった。
二人はアルゴに連絡を取り、さすがに朝早かったためか、
連絡が取れたのは数時間経ってからだったが、すぐにロープの準備を開始した。
まもなく準備が終わろうと言う頃に、いきなりリズベットとキリトが連絡可能状態になった。
二人にすぐ連絡を取ると、リズベット武具店に向かっているとの事だったので、
ハチマンとアスナはアルゴに礼を言い、すぐに四十八層へと向かった。
「リズ~心配したよ~」
アスナはそう言い、リズベットに抱きついた。
何故かリズベットは、アスナをなだめつつ、こちらを気にしていた。
(ん、何だリズの奴、見てるのは……キリトか。まあいいか)
とりあえずハチマンはキリトに、昨日の詳細を聞く事にした。
「まじかよ、あれって白竜のうんこなのか……」
「あ、ああ。ストレートにそう言われると、何か恥ずかしくなるけどな……」
「しかも穴の下にあるとか、そりゃ誰にも見つけられないわけだわ」
「見つけたのはほんとラッキーだったよ。落とされたリズのおかげだな」
(リズ?一晩で随分と仲良くなったもんだな)
二人が話しているのを見て、アスナとリズベットもこちらにやって来たようだ。
「あれ、ハチマンとキリトは知り合いなの?」
(おう、こいつもキリト呼ばわりか……)
「ああ。キリトとはリズより前からの知り合いで、ずっとつるんでるんだが、
正直二人が未だに面識が無かったのには驚いたわ」
「え……もしかして、キリトって黒の剣士?」
「なんだ、知ってるのか」
「いや、ハチマンと黒の剣士がつるんでるって噂を何度か聞いてただけだけど、
確かに直接紹介されたりとかは一度も無かったかも」
「そういえば、私もリズの前でキリト君の話をした事無かったんだね」
「一応攻略組の名前は安易に出さないって最初の頃決めたルールがあったじゃない。
あれのせいじゃないかな。紹介される機会が無かったわけじゃないと思うけど、
めぐり合わせが悪かったんだねきっと」
「まあ、これで晴れて知り合いになったんだし、
これからよろしくって事でいいんじゃないか」
「そうだな、俺も今後武器を作ってもらう事もあるだろうし、知り合えて良かったよ」
「いきなり私の最高傑作を叩き折られて、最初はすごい嫌な奴って思ったんだけどね」
「おいキリト、お前いきなり何やってんだよ……」
「あ、あは……」
そんなキリトを前にして、リズベットは何故か怒っている気配は微塵も無く、
どちらかと言うと嬉しそうに見えた。
「で、武器はこれから作るの?」
「うん。気合入ってるからすごいのを作っちゃうよ」
「それじゃ、四人で……」
「あーアスナ」
リズベットの反応を見て、何となく色々と察したハチマンは、アスナの言葉を遮った。
「せっかくロープを作ったんだし、俺も武器を新調したいんで、
ちょっとそのインゴットを取りに行くのを手伝ってくれないか?」
「別にいいけど」
「よし、それじゃ行くか」
「あっ、ちょっと待ってよハチマン君!もう、それじゃ二人とも、頑張ってね」
「うん、アスナも気を付けて!」
「ハチマン、落ちるなよ」
「おお。それじゃまたな」
ハチマンは珍しく自分からアスナの手を握り、転移門の方へと歩いていった。
「ハチマン君待って!」
「ん、あ、すまん……」
ハチマンは、慌ててアスナの手を離し、リズベットの態度の事を説明した。
「それって……」
「ああ。なんとなくリズが、キリトに惚れてるような気がしたんでな、
二人きりの方が、リズにもっと気合が入っていい武器が作れるんじゃなかと思ってな」
「私、全然気付かなかったよ……」
「そりゃまあお前はリズに抱き着いて、わんわん泣いてたからな。
その時リズが、ちらちらとこっちを見てたのにはさすがに気付かなかっただろうよ」
「リズ、そんな分かりやすかったんだ……」
アスナは、親友のそんな姿は初めてだったので、今度じっくり見てみようと思った。
「で、インゴット、本当に取りにいくの?」
「ああ。それなんだが、頼みたいのは本当なんだが、さすがに少し眠い。
一度お互い帰ってから少し寝て、夕方からでもいいか?」
「今日は攻略は休みだから、まあ平気かな」
「それじゃ、そういう事で頼むわ」
「うん、それじゃ後でね!」
夕方になって再合流した二人は、白竜の巣を目指した。
クエストMOBだけあって、もう復活していた白竜を二人は叩きのめし、
そのままロープを使って下に降りた。
辺りをくまなく調べた結果、運よくインゴットを二つ手に入れる事が出来た。
「私にはこれがあるし、ハチマン君二つとも使っていいよ」
アスナは自分の武器をぽんぽんと叩いてそう言った。
「そうか?うーん、もうアレは手に入らなさそうだし、
この際妥協して、左手に付ける小型の盾でも作るか……」
「アレって何?ハチマン君、盾を使うの?」
「あー、ちょっと口では説明しにくいから、
代替品の盾が完成したら、実地で説明するって事でいいか?」
「うん」
「そうか。それじゃ登って帰るとしますか。今日はありがとな、アスナ」
「ううん。いい武器が出来るといいね」
「ああ」
次の日の朝リズベット武具店に、四人が集まっていた。
アスナは攻略の日だったが、まだ時間があるので見に来たようだ。
まず、キリトの新しい武器がお披露目された。美しく輝く白い剣、ダークリパルサー。
それは確かに、エリュシデータと比べても遜色の無い出来に見えた。
「リズ、いい仕事したね!」
「うん、ありがとうアスナ」
「どうだキリト」
「ああ。重くてすごいいい剣だよ」
その時アスナが、なんとなく尋ねた。
「でも、キリト君にはエリュシデータがあるのに、それはいつ使うの?」
「あ、ああ。一本だと、いざと言う時対応できないから、
ど、どうしてももう一本同じくらいの強さの武器が欲しかったんだよ」
「なるほどね」
キリトが誤魔化すように答え、キリトの武器コレクターぶりを知っていたアスナは、
どうやらそれをそのまま信じたようだ。リズベットは、訝しそうにキリトを見ていた。
その気配を察したハチマンは、すぐに自分の武器を作ってもらう事にした。
「それじゃリズ、今度は俺のを頼む」
「うん!まず短剣からね!」
さすがのリズベットでも、連続してハイクオリティな武器を作るのは難しかったのか、
高性能だがそこそこ、と言った感じの物が完成した。リズベットは残念そうだったが、
ハチマンは、今の武器よりも強かったので、それで満足だった。
「うーん、いまいちかなぁ?」
「最近お前の設定してるハードルは高すぎるぞ。十分いい武器だろこれ」
「そうなんだけどさ……」
「俺としては、次が本番なんだから、まあ、頼むぜ」