八幡が、手始めに盛岡のわんこそばやを買い占めていた頃、
レンとピトフーイは昨日の出会いを経て、今日は一緒に狩りをしていた。
「ハイ、レンちゃん、今日は宜しくね」
「ピトさん、こんにちは!」
二人はそう挨拶をした後、一緒に罠を仕掛け始めた。
「こういうのもたまにはいいものね」
「ピトさんは罠とか使わないんですか?」
「そうねぇ、うちの狩りは、とことん激しい狩りだったからね。
リーダーの見つけてくる狩り場がありえない効率で、休む暇も無かったわよ」
「そうなんですか、凄いですね!」
「まあ二人だと無理な狩場だから、今案内するのはちょっと無理なんだけどね」
「そうなんですか、まあ機会があったらのお楽しみですね」
そのレンの言葉にピトフーイは、随分ポジティブな子だなぁと感心した。
そしてレンは、メニュー画面を開き、そこに表示されている時刻を見ながら言った。
「それじゃああと五分後くらいに敵が周回してくるので、
その敵が罠にかかるのを待ちましょう」
「あら、詳しいのね」
「私、ほぼずっとここにいますからね」
そしてレンは、仮想音楽プレイヤーを取り出しながらピトフーイに言った。
「で、いつもはこの曲を聴きながら待ってるんですよ」
「へぇ~、誰の曲?」
「神崎エルザです、私、大ファンなんです!」
「そ、そうなんだ」
その言葉にピトフーイは背中がむずむずして仕方がなかった。
自分のファンだという子を目の前に、何かしてあげたいという気持ちと、
自分の正体をバラす訳にはいかないという気持ちの板ばさみにあった為だ。
(せめて何か………あ、そうだ)
ピトフーイは何か思いついたのか、おもむろに誰かに連絡を取り始めた。
「レンちゃんごめん、もしかしたらレンちゃんを、
面白い場所に案内出来るかもしれないから、ちょっと知り合いに連絡を取ってみるわね」
「そうなんですか?うわぁ、どんな所だろう!」
レンはそのピトフーイの言葉に目を輝かせた。
そしてピトフーイは、フローリアに連絡をとった。
十狼のメンバーは全員、フローリアに直接連絡をとる事が可能なのである。
「あ、フローリア?私、ピトフーイだけど、
今イベントの発生状況はどうなってるか教えてもらってもいい?」
『あっ、ピトさん、お久しぶりです、ええと今はですね、
丁度もう少しでイベントが発生するところで、
今はそろそろだと目星を付けて集まってきたプレイヤーで、ごったがえしてますね』
「そう、今は西の砂漠地帯にいるんだけど、今から行っても間に合うかな?」
『そうですね、車なら多分間に合うと思います、
歩いてだとちょっと参加は無理かもしれませんね』
「おお、今日は車で来てるから大丈夫、それじゃあ今からそっちに向かうわね」
『分かりました、お待ちしていますね』
そしてピトフーイは、満面の笑みでレンに言った。
「レンちゃん、拠点防衛イベントって知ってる?」
「えっ?何ですか?それ」
ピトフーイはレンに簡単に説明すると、罠にかかった敵を一セット殲滅した後、
レンを伴って移動を開始した。
「ピトさん、今日は車で来てたんですね」
一キロほど歩いた所にある廃墟に車を停めていたピトは、
そこにレンを案内し、今はピトの運転で、『この木なんの木』に向かっている所だった。
ピトフーイは景色を見ながらうわぁ、うわぁと喜んでいるレンを見ながら、
前日の出来事を思い出していた。
「レンちゃんは、私の事を知らないんだ、これでも結構有名人なんだけどな」
「ご、ごめんなさい、私そういうの、全然調べてなくって……」
ピトフーイは、前日にレンが自分を知らない事を確認していた。
ピトフーイはかなりメジャーなプレイヤーであるが、
レンはその存在を知らず……というか、他のプレイヤーの事はほとんど知らず、
調べたり動画を見たりはしないのかと尋ねると、レンはこう答えたものだった。
「実は下手に動画とかを見たりしちゃうと、自分の動きが思い込みに染まって、
制約されちゃう可能性も否定出来ないって、シャナにアドバイスしてもらったんです」
「へぇ、シャナにねぇ……」
その言い方でレンは、もしかしたらと思ったのだろう、ピトフーイにこう尋ねてきた。
「も、もしかしてピトさんも、シャナのお知り合いなんですか?」
「まあシャナは有名人だしね」
「あ、そういう事でしたか」
ピトフーイはその問いに、どちらともとれる答え方をした。
それを聞いたレンは、有名人だから知っているという意味でとらえたようだ。
「そういえばレンちゃんは、シャナと組んでスクワッド・ジャムに出場したのよね」
「あ、やっぱり知ってたんですね、あの時は何も知らなくて、
シャナに頼ってばっかりでしたね、今はもう少し役にたてると思うんですけど」
(ピトさんは、その事を知っていたからたまたま見かけた私に声を掛けてくれたのかな)
レンはそう思ったが、それ以上深く考えたりはしなかった。
せっかく一緒に遊んでくれるというのだ、敵ならわざわざそんな事を言ったりせず、
普通に奇襲してくるだろう。事実ピトフーイは特に何かおかしな行動をとるでもなく、
普通におしゃべりしながらレンと一緒に罠にかかった敵を倒し、
今日は疲れてるからまた明日来ると言って直ぐにその場から立ち去っていた。
その直後にピトフーイは、知り合いに聞き込みをし、レンというプレイヤーの情報を集め、
ログアウトしてからも、スクワッド・ジャム関連の動画を目を皿のようにしてチェックした。
「こうして見ていると、ヤミヤミより遅いし、たらお程の堅実さも無い、
どういう事?結局シャナ頼みで優勝したって事?」
エルザは全裸でPCの画面を眺めながら、そう呟いた。
ちなみに何故全裸かというと、隣に八幡抱き枕があるからだった。
もしエルザが仲間の誰かに何故全裸なのか問われたら、こう答えるだろう、
そこに八幡抱き枕があるからだ、と。
「ここまでは、このファイヤってのの馬鹿さ加減が面白いといえば面白いけど、
とりたててシャナ以外に見るべきところは無いかなぁ……
で、時系列的にこれが最後の動画っと……ふむふむ、SLvsNarrowか」
そしてエルザは見た。誰もそんなところには気付かないだろうが、
レンが敵の射線を予測し、僅かな動きでそれをかわしていた事を。
実際に発砲はされていない為、おそらくそれに気付いている者は、
あるいはシャナやシズ、それにキリト辺りは気付いていたかもしれないが、
他にはほとんどいなかった。実際画面に流れるコメントや、SNSの投稿、
それに関連スレッドの書き込みを見ても、そういう分析をしている者は皆無だった。
だがエルザは何度も何度も動画を見直し、それに気付いた。
「この子……未来でも見えてるの?それともただの勘?」
いくら考えても答えの出ないその問いを、エルザは一時保留する事にした。
「まあ今度じっくり観察するしかないか……それより今はこっちか」
それはレンがコミケの股を潜り、そのまま回し蹴りをくらわせたシーンだった。
「このシーンは確かに見栄えもするし、コメントが一気に増えるのも分かる。
この人間離れした動きは、確実にシャナやシズ、キリトレベル。
でもこれはそこまでおかしな事だと思われてはいない、何故ならその三人の前例があるから。
でもシャナしか見てこなかった私には分かる、この動きは私には絶対に出来ない。
おそらくGGOの他のプレイヤーの誰にも不可能。
もしかしてSAOサバイバー?いや、それにしてもおかしい、
あの三人クラスのプレイヤーは、SAOサバイバーの中には存在しない、
いたとしても今は亡きヒースクリフくらい、この子は一体何故ここまでの動きを……」
そしてピトフーイは、色々なサイトを見て回り、ヒントを探し続けた。
それが見つかったのは、MMOトゥデイ内の、シンカーによる考察が書かれた場所であった。
『VRMMOのプレイヤーを数多く見てきた私の経験だと、
基本的にプレイヤーの実力は、当たり前だがログイン時間に比例する。
だがいくつかのゲームで見られた、これに反する特異な現象がある。それは……』
「VRMMOどころか通常のオフゲすらほとんど未経験の者の中に、
たまにとんでもない強さを発揮する者がいる……?」
エルザはその文を、わざわざ口に出して読んだ。
「これは仮説だが、そのプレイヤー達は、普段ゲームをまったくしないが故に、
これはゲームだと、完全に割り切って考える事が出来ているのかもしれない。
それはどういう事か、つまり彼らは、こんな動きも出来る、あんな動きも出来ると、
人間の常識ではありえない動作を当たり前のように実現可能な物として認識しているのだ。
なのでその動きには限界は無い。これはあくまでゲームであり、
現実世界とはまったく関係ない架空の世界だという確固たる思い込みが、
どうしても現実世界の記憶に引っ張られ、
自分で自分の動きに限界を設定してしまう他のプレイヤー達と違って、
人としてありえない動きを実現させているのだと思われる。
そう、VRMMOはあくまで仮想現実であり、現実ではない。
故にそのプレイヤーが、自分が出来ると確信している動きは、
システム上の制限がかかっていない限り、必ず実現するのだ。
VR世界をたかがゲームと侮るなかれ、
そこには無限の可能性が広がっているのかもしれない、か……」
そこまで読んで、エルザはおそらくレンもこの中の一人なのだろうと考えた。
「確認してみるか……」
そしてエルザは、薔薇に連絡をとった。
「あ、もしもし、迷子の小猫ちゃん?」
『ちょっとあんたね、珍しく電話してきたと思ったら、
いきなり喧嘩を売ってくるんじゃないわよ!』
「ごめんごめん、冗談だってば」
『まあいいわ、で、何の用?』
「あ、えっとさ、レンって子の事について教えて欲しいんだけど……」
『個人情報はもらせないわ、分かるでしょ?』
それはつまり、レンがシャナ~八幡と深く関わっている人物だという示唆に他ならない。
八幡にまったく関わりがない人物の情報であったら、
薔薇はおそらく簡単に教えてくれる事だろう。
それくらい薔薇は、八幡関連の情報の取り扱いには細心の注意を払っていた。
「なるほど……それじゃあ一つだけ教えて、あの子って、ゲームのド素人?」
その質問に、薔薇は押し黙った。おそらく言っていいレベルの情報か考えているのだろう。
そして薔薇は、その質問に肯定の意思を示した。
『ええ』
「そ、ありがと、それだけ分かれば十分よ」
そのピトフーイの言い方に、若干の危惧を覚えた薔薇は、エルザにこう言った。
『あの子にちょっかいを出すつもりならやめておきなさい、
あの子は彼の最近のお気に入りの一人よ、何かあったら多分彼、本気で怒るわよ』
「………へぇ?」
その返事に薔薇は、自らの失敗を悟った。
その言い方からはどう聞いても、とある一つの感情が混ざっているのが感じられたからだ。
それを人は、嫉妬という。
『ちょっとあんた、本気でやめなさい、もし情報源が私だってバレたら、
私があいつにどんな目に遭わされるか……』
「その時は一緒に怒られてあげるから、心配しないでいいよ」
『あんたと一緒にしないでよ、私はあんたと違って怒られて興奮するタイプじゃないのよ!』
「本当に?」
『い、いやそれは、まあたまに興奮しちゃう事も無くは無いけど……って、違う!』
「情報ありがと、それじゃね~」
『あ、待ち……』
そこでエルザは電話を切り、薔薇はまさか八幡に相談する訳にもいかず、
自らログインしてピトフーイとレンの行動を監視する事に決めた。
そしてエルザは、特にレンに危害を加える気はなかったのだが、
シャナのお気に入りだというレンとしばらく一緒に行動してみる事にしたのだった。