ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第552話 久々の満足感

「やった、やった!」

 

 両手を上げ、あちこち走り回りながら喜ぶレンを見て、ピトフーイは苦笑した。

 

「レンちゃんは元気だなぁ……」

 

 そう言いながら座り込むピトフーイの肩を、シズカ達三人がぽんと叩いた。

ピトフーイは笑顔でそちらに振り向いたのだが、

そこにあったのは、どう見ても怒っているように見える三人の顔だった。

 

「ひっ……」

「ピト、あなたね……」

「室長に思わせぶりな事を言うのは不許可」

「あなたがレンちゃんに何かしたら、

八幡君に管理不行き届きで怒られるのはロザリアさんなんだからね」

「ご、ごめん、ほんの冗談のつもりだったんだけど……」

 

 ピトフーイはさすがに少しは反省したのか、素直にそう謝った。

他人にはほとんど謝る事の無いピトフーイも、仲間相手だと多少は変わるようだ。

とはいえどこまで本気かどうかは分からない。

 

「三人とも、ロザリアちゃんに呼ばれて来たの?」

「室長がどうしても外せない用事があるとかで急遽呼ばれたの」

「まあでも幸いだったわね、息抜きに、あの場から少し離れたかったから」

「あの場?何かやってるの?」

「今私と明日奈はその……合宿中なのよね」

 

 ニャンゴローは言い辛そうにそう言った。

 

「えっ?何の合宿?」

「ええと、その……苦手克服の為というか、まあそんな感じ?」

「ああ~、わんこか!それじゃあシズはオバケだ!」

 

 ピトフーイは苦手克服と聞いて、それが何の事かすぐに分かったようだ。

ピトフーイは何度か、ニャンゴローが犬タイプの敵にひるむところや、

シズカがゴーストタイプの敵から目を背ける場面を目撃していた。

 

「あ~そうかそうか、確かにそれは必要かもしれないね、私も何度か見て気になってたし」

「………ピトには怖いものは無いのかしら」

「ん?あるよ?シャナと離れ離れになる事!」

「ピトはその辺り、変わらないよねぇ」

「当然じゃない、シズには悪いけど、いつか絶対に子種を……ぐふ、ぐふふふふ……」

 

 シズカはそんなピトフーイを見て、怒るよりもむしろドン引きした。

 

「そ、そう……が、頑張って……」

「うん、もちろん!」

 

 丁度そこに、走り回っていたレンが戻ってきた。

レンはよほど嬉しかったのか、ピトフーイに飛びつきながら言った。

 

「ピトさん、やった、やったね!シャナの大切なものを守れたね!」

 

 そのあまりにも明け透けなシャナへの想いに、

ピトフーイは自身が嫉妬していた事も忘れ、レンと一緒になって喜びあった。

 

「あはははは、やったねレンちゃん」

 

 そしてピトフーイは調子に乗ったのか、レンを抱え上げ、上に放り投げた。

 

「ほ~ら、高い高い」

「う、うおおおお、敵を相手にするよりも怖えええええええええ!」

「何言ってるの?さっきレンちゃんは、あの窓から飛び降りたじゃない」

「その時はピトさんに抱えられてましたから!」

「あれ?そうだっけ?まあいいわ、さて、経験と戦利品のチェックといきましょうか」

 

 ピトフーイがそう言ったのをキッカケに、

結衣と優美子に設定された、いわゆる門限的なものに引っかかりそうな時間になった為、

シズカとニャンゴローは、二人にそろそろ時間だからと言ってそのまま落ちていき、

その場には銃士Xだけが残る事となった。

 

「イクスは時間は大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、むしろここで私まで落ちちゃったら、

室……ロザリアさんの胃痛がマッハっていうか?それはさすがに避けないとまずいと思うし」

 

 銃士Xはレンの手前、ロザリアを室長と呼ぶのはまずいと考え、慌ててそう言い直した。

 

「別に大丈夫なのになぁ」

「ピトは今までの自分の行いを、胸に手を当てて思い出してみた方がいいんじゃないかな?」

「何かあったっけ?まったく思い出せませ~ん!」

 

 そんなピトフーイをじろっと見ながら、銃士Xはこう言った。

 

「まあそういった記憶の蓄積は、胸の大きさによってその量が変わるというから、

ピトが思い出せないのは物理的に仕方がない」

 

 ピトフーイはその言葉を聞いた瞬間に一瞬固まると、迫力満点の形相で銃士Xに凄んだ。

 

「あんたね、ちょっとリアルで胸が大きいからって調子に乗るんじゃないわよ」

「大丈夫、ピトの胸にも需要はある、気を落とさないで。

というかあんな脂肪の塊は邪魔でしかないから」

「くっ……言うに事欠いて……」

「欠けているのはピトの胸、そうよね?レンちゃん」

「いいっ!?」

 

 レンはいきなりそう振られ、二人の間で板挟みになった。

 

「え、えっとその……そういうのはあまり気にしなくてもいいんじゃ……」

「つまりピトの胸の事は否定しないと」

「そういう訳じゃないです!そもそも私、ピトさんのリアル知り合いじゃないですから!」

 

 レンはピトフーイにじとっとした視線を向けられ、慌ててそう言った。

 

「レンちゃんはいいわよねぇ、リアルでも胸があって」

「え、そんな事無いですよ、普通ですよ普通!」

「…………………謙遜?」

「違いますよ、本当に普通ですから!」

 

 ピトフーイにそう言われ、レンは慌ててそう念を押した。

そんなレンにピトフーイは、更にじとっとした視線を向けながら言った。

 

「知ってる?本当に胸のある人は、こんなの重くて邪魔でしかないって言うの」

 

 その言葉にレンは思わず銃士Xの方を見た。銃士Xはその視線を受け、頷いた。

 

「まあ確かにそうかもね」

「で、胸の無い人はね、普通に胸が小さいって気にするようなそぶりを見せるの」

「へ、へぇ~………」

「それじゃあ決して小さくはないけど巨乳という程じゃない人は、

そういう時にどんな反応を見せると思う?」

「え、えっと、どうなんですかね」

 

 レンはやばいと思い、目を逸らしながらそう答えた。

 

「そういう人はね『私なんか普通だから』って言うのよ。

この事について、レンちゃんはどう思う?」

「そ、それは………」

 

 レンはそのピトフーイの迫力に恐れ慄き、一歩下がろうとした。

だがそんなレンを逃がすまいと、ピトフーイは素早くレンの脇の下に手を入れ、

そのままレンを上へと持ち上げた。こうなるともう、レンには何も成す術は無い。

 

「レンちゃん、どうして後ろに下がろうとするの?私、寂しいわ」

「そ、そそそそんな事してませんよ、私達、友達じゃないですか!」

 

 そう言われたピトフーイは、ニタッと笑いながら言った。

 

「そうね、私達は友達よね。だから当然もいでくれるわよね?」

「……………え?」

「だから、リアルでレンちゃんの胸をもいでくれるわよね?」

「ひいっ…………」

 

 レンは恐怖のあまり、この場を逃げ出したくてたまらなくなったが、

そんなピトフーイを銃士Xが、何か鉄の棒のような物でひっぱたいた。

 

「ピト、いい加減にする」

「痛っ!本気で痛いよイクス!何それ?」

「これ?これはナンパ撃退用の鉄扇、素材は宇宙船の装甲板」

「はぁぁぁああ?」

 

 その言葉に本気で驚いたのか、ピトフーイは思わずレンを離し、

レンはそれを幸いに、こそこそと銃士Xの後ろに隠れた。

 

「何その無駄に高性能な趣味武器は!そういうのは大好物よ、私にも頂戴?」

「ふふん、羨ましい?」

 

 そう扇を開きながらドヤ顔で言う銃士Xに、ピトフーイは一瞬にしてぐぬぬ状態となった。

 

「ぐぬぬ、う、羨ましい……」

「まあ素材が取れたら作ってもらえばいいんじゃない?」

「う、うん、そうする………あっ、で、でも……」

「でも?」

「私、この顔の刺青のせいで、ナンパとかされないわ、

そもそもこれ、そういう目的の為にシャナのアドバイスで付けたんだし?」

 

 ピトフーイのその言葉に、銃士Xはきょとんとしながら言った。

 

「え、シャナ様のアドバイス?そうなの?」

「う、うん」

「……………」

 

 そんな押し黙る銃士Xを見て、ピトフーイはここが反撃のチャンスだと悟り、

全力で銃士Xに攻撃を加え始めた。

 

「そうそう、これはそういう目的で付けたんだったわ、

いやぁ、やっぱりシャナは、私が他の男に声を掛けられるのが嫌なのかしらね、

愛されてるってこういう事なのかしら、

そういえばイクスはそういったアドバイスとかされたりしていないの?」

「ぐぬぬ………」

 

 一瞬にして攻守は逆転し、ピトフーイは自分の優位を感じた。

銃士Xはどう反論しようか考えているように見えたが、

そんな二人に、感心した口調でレンが言った。

 

「やっぱりお二人は、凄く仲良しなんですね!」

「え?」

「は?」

 

 そして二人は顔を見合わせ、苦笑した。

 

「やれやれ、レンちゃんには敵わないなぁ」

「さて、経験と戦利品のチェックでもしましょうか」

「あっ、はい!」

 

 二人の雰囲気が柔らかくなったのを感じ、レンはほっとしつつもそう同意した。

そして三人は世界樹要塞の上のフロアへと戻り、戦利品の報告が始められた。

 

「う~ん、銃がいくつかもらえたけど、これ、もう全部持ってるなぁ……」

「私は外れかな、一般的な素材と予備の弾が沢山」

 

 ピトフーイと銃士Xは、そう言いながらレンの方を見た。

 

「わ、私はこれみたいです、あとこれ」

「うわ、レアだけど何ともいえない物が……」

「グレネードランチャーだね」

 

 レンはその言葉に興味深そうに自らの戦利品を見つめたが、

性能をチェックして思わず天を仰いだ。

 

「どうしたの?」

「いや、これをカバンに入れたら、重さ的にかなり負担になっちゃうなって思って」

「それじゃあ売っちゃう?」

「う~ん、それももったいないというか、せっかくだから記念に持っておきたい気も……」

「それならロッカーを紹介してあげるわ、そこに突っ込んどけばいいんじゃない?」

「いいんですか?是非お願いします!」

 

 そう言いながら、次にレンが見せてきた素材を見て、二人は思わずあっと声を上げた。

 

「そ、それって宇宙船の装甲板じゃない」

「やったねレンちゃん、大当たりだね」

「これがそうなんですか?うわぁ、やったぁ!」

 

 本当に嬉しそうなレンの姿を見て、ピトフーイと銃士Xは、ほっこりとした気分になった。

 

「で、どうする?短剣でも作っちゃう?」

「あ、でも、私にはこのシャナさんにもらった短剣があるんで……」

 

 そう言ってレンが見せてきた短剣もまた、同じ素材で出来たものであった。

 

「ああ、それがあるなら必要ないね」

「というかこれ、同じ素材で出来てる」

「あ、そうだったんですか!」

「そうすると、防具でも作る?」

「あ、そ、それじゃああの……」

 

 そしてレンは、もじもじしながら銃士Xに言った。

 

「私も、さっきイクスさんが使ってたそれが欲しいなって」

「ああ、これ?」

 

 そう言って銃士Xが見せてきた先ほどの扇を見て、レンはこくこくと頷いた。

 

「それです!」

「気に入ったの?」

「はい、何か格好いいなって!」

「まあ確かに格好いいわよね、それ。

私も素材が手に入ったらイコマきゅんに作ってもらおっと」

 

 ピトフーイもそうレンに同意し、銃士Xは得意げにその扇の説明を始めた。

 

「これ、レンちゃんは使わないかもだけど、

こうして地面に刺すと、ハリスバイポッドの代わりになるの」

「はりす……?」

「銃を支える台みたいなものよ、こういう風に使うの」

 

 銃士Xはそう言って腹ばいになり、銃を構え、それを支える為に鉄扇を置いた。

 

「ああ、なるほど!」

「他にも敵の攻撃から急所を守る防具にしたり、ちょっと固いけど枕の代わりにしたり、

まあ色々な用途に使えると思うわ」

「ですね、ちょっとわくわくします!」

「それじゃあはい、交換」

「え?」

 

 そう言って銃士Xが差し出してきた扇を見て、レンは戸惑った。

 

「今からイコマ君に頼んだらちょっと時間がかかるし、

レンちゃんはすぐ使えた方がいいでしょ?だから私のを今日の記念にあげる。

その代わりにその素材を私に頂戴、それで私は改めてイコマ君に依頼を出しておくから、

それが完成したら、私とレンちゃんはお揃いって事になるね」

「お、お揃いですか!それでお願いします、ありがとうございます!」

 

 レンはその申し出がよほど嬉しかったらしく、小躍りしながら喜んでいた。

 

「さて、それじゃあ戦利品はいいとして、次は経験か……」

「うわ……凄く増えてる……」

 

 そう呆然とするレンに、銃士Xが言った。

 

「レンちゃん、STRだけど」

「あ、はい!」

「レンちゃんの方針は分かるけど、この数値までは上げておいた方がいいと思うわ」

 

 そう言って銃士Xが示してきた数字を見て、レンはきょとんとした。

 

「そうなんですか?」

「うん、その数値が、P90を使う上で一番適したSTRの数字だから」

「あ、そういう事ですか!それなら納得です!」

「残りは気にせずAGIに振っていいからね」

「はい!」

 

 その会話を聞いて、一人無言な者がいた、ピトフーイである。

 

「ピト、どうしたの?」

「ま、待ってイクス、それじゃあ今までのレンちゃんは、

ピーちゃんの性能を完全には引き出せていなかったっていうの?」

「まあ数字の上ではそういう事になる」

「嘘………」

 

 ピトフーイは戦慄していた。レンは要するに、シャナが一緒だったとはいえ、

実力を発揮しきれない状態のまま、スクワッド・ジャムを制した事になるからだ。

ちなみにこれは、シャナの仕掛けだった。

シャナはSTRが足りない事を承知の上で、レンに枷を付けていたのだ。

このタイミングで銃士Xのアドバイスによって、

その枷が外される事になるとは思っていなかったと思うが、

要するにレンがより強くなれるように、今日まであえて負荷をかけていたという事である。

 

(さっきの戦闘も凄かったけど、あれより更に上か……)

 

 ピトフーイはここで、本人も自覚しないまま、

シャナとシズカとキリト以外のプレイヤーに、初めて恐怖した。

 

 だがそんな感情の揺れは一瞬の事であり、ピトフーイはそのまま二人とおしゃべりをし、

街に戻ってレンにロッカーを紹介し、二人と別れた後も、

楽しい気分をずっと維持する事が出来た。

 

「はぁ、今日は久々に楽しかったなぁ……」

 

 エルザはGGOからログアウトし、そのまま全裸でベッドに横たわり、

八幡君抱き枕を抱えながらそう呟いた。

 

「早くシャナに会いたいけど、まあレンちゃんがいてくれるから、

しばらくはずっと楽しく過ごせそうかな、

それにまあ他の皆も、今日みたいにたまには一緒に遊んでくれると思うしね」

 

 

 

 エルザはそう楽観的に考えていたが、この日を境に、

八幡、薔薇、明日奈、雪乃、クルスの消息は、ぷっつりと途絶える事となる。

これがエルザにとって、人生で一番つらい時期の始まりであった。


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