「ねぇ、私には、どんな服装が似合うと思う?」
「あ?その前にとりあえず化粧を変えてみろ、
映像を見たが、コミケの時の化粧は、俺から見てもかなり美人に見えたぞ」
「え?や、やっぱり?そっかぁ、そう思ったんだ、
でもそうすると、実はナンパが増えるのよ……」
薔薇はそのはちまんくんの言葉に、困ったようにそう言った。
「そうなのか?」
「ええ、だからどうしてもキツい感じに……ね?」
「お前も色々と苦労してるんだな……」
「そうなのよ、分かってくれる?」
「いや、男だからまったく分からん」
「そうよね、当たり前よね!」
「何でそんなに嬉しそうなんだよ……意味が分からん」
薔薇とはちまんくんの会話は、万事がこういった調子であった。
基本はちまんくんは、塩対応ぎみな返事をするのだが、
それに対して薔薇が、とても嬉しそうに反応するのだ。
薔薇はとにかく、どんな話題にもちゃんと反応してもらえる事が、
嬉しくてたまらないようなのである。
「はぁ、こういうの、新鮮でいいわぁ」
「別に本体だって、話くらい聞いてくれるだろ?」
「それはそうかもだけど、基本会社でしか会えないから、
どうしても仕事の話がメインになるじゃない。
そんな時にプライベートの話を下手に持ち出すのはさすがにちょっとね……」
「たっだらお前もマンションに押しかければいいんじゃないか?」
「だ、だってそれだと他の人にも話を聞かれちゃうじゃない、
それはさすがに恥ずかしいというか何というか……」
そうもじもじする薔薇を見て、はちまんくんはストレートにこう言った。
「まあ確かにお前は実は乙女だから、そういう事もあるか」
「えっ?」
そのはちまんくんの言葉に薔薇は少し驚いた。
「はちまんくんはそう思ってるの?」
「あ?俺だけじゃない、本体もそう思ってるぞ」
「そ、そうなの?」
「ああ、実は前、本体と二人で色々話す機会があってな」
それはあの事件の後、ソレイユではちまんくんの修理が行われていた時の事だ。
その頃の八幡は、暇を持て余すとはちまんくんと、色々な話をしていたのだった。
それはアルゴの頼みでもあった。アルゴは八幡とはちまんくんの言動を近づける為に、
はちまんくんの定期メンテの際には必ず八幡を部屋に呼び、
はちまんくんと話すように八幡に頼んでいたのだった。つまりその延長なのである。
「そうだったの?」
「ああ、いくら俺があいつのコピーのようなものとはいえ、
時間が経つに連れ、色々な部分がズレていくのは当然だろ?
しかもそもそも俺の元になっているのは、あいつの記憶そのものじゃなく、
他人から見たあいつだからな、どうしてもそうなっていくのは仕方がない」
「まあ確かにそうだけど、そんな事をしていたんだ……」
「で、その時に、お前の事を話す機会があってな、その時に本体がそう言ってたんだよ」
「なるほど、そういう事」
薔薇はその言葉に納得しつつも、納得のいかない部分について、こう尋ねてきた。
「で、でもそれじゃあどうして、乙女だと思っている私に対して、
あいつはあんなにもぶっきらぼうなの?」
「聞きたいのか?」
「ええ」
「まあ別にいいが、ハッキリそう言われたとかじゃないから、俺なりの分析も入るぞ?」
「それでいいわ、聞かせて」
「分かった」
そしてはちまんくんは、薔薇にこう語りだした。
「あいつはお前の事を拾ったと主張している、これには異論は無いな?」
「そ、そこは主観的な言い方でお願い!」
薔薇は必死な顔でそう言い、はちまんくんは肩を竦めると、こう言い直した。
「俺はお前を拾った、これには異論は無いな?」
「え、ええ、うん、いい、凄くいいわ……」
興奮したようにそう言う薔薇を無視し、はちまんくんはそのまま説明を続けた。
「それによって俺は、後に引けなくなった」
「え?」
「要するに、色々な所でそう宣言した事によって、
その言葉を後から否定出来なくなったという事だ」
「まあそれはそうね」
薔薇はその言葉に素直に同意した。
「その結果どうなったか」
「ふむふむ」
「お前は俺の忠臣だ、そうだな?」
「当然よ、正直命を賭けてもいいくらいの覚悟はあるのよ」
「忠臣は、主人と一心同体、常に一緒にいるのが普通だ」
「ええ」
「つまり俺は、一生お前と一緒にいる事になった訳だ」
「ありがとう?」
「どういたしまして?それでだ、ここからが大事な所だ」
「………」
その言葉に薔薇はゴクリと唾を飲み込んだ。
「お前は正直言ってエロい、それはもうとんでもなくエロい、その自覚はあるか?」
「えっ?」
「目の前に自分が何をしても受け入れてしまうエロい女がいる、
そんな状態に一生置かれた場合、男はどんな行動をとる?」
「えっと………押し倒す?」
「まあ普通はそうだ、だがあいつはそんな事はしない、その結果どうなるか」
「そうなると……う~ん」
薔薇が何も思いつかないようなので、はちまんくんは一気にこう続けた。
「必要以上にくっつかれないように、お前には塩対応をする事にする、
それによって自身の理性を保つように調整する」
「あっ」
「あくまで一部は俺の想像だが、まあそういう事だ」
「え、えっと……」
そして薔薇は、もじもじしながらはちまんくんにこう尋ねた。
「ど、どこからが想像で、どの部分があいつが言った部分?」
「そんな事、さすがの俺でも言えるかよ」
「そ、そこを何とか!」
「ご想像にお任せだ、ノーコメント、黙秘する」
「う、うう………」
薔薇はこれ以降も事あるごとに、はちまんくんに誘導尋問を仕掛け、
それをことごとくかわされ、欲求不満の度合いを高めてしまう事になった。
チュンチュンと雀の鳴き声が聞こえ、薔薇は愕然と窓の外を見た。
「…………もうこんな時間に」
「一晩中粘りやがって、まあ色々な話が聞けたから楽しかったけどな」
「初めての朝チュンは、せめてもっと色っぽい感じが良かった……」
「まあドンマイとしか言いようがないな」
「仕事、仕事の準備をしないと……」
薔薇は目に隈を作った状態で、それでも仕事に行こうと準備を始めようとした。
「ああ、それなら昨日、お前が風呂に入っている時に、
俺が有給を一日追加するように本体に頼んでおいてやったぞ、
という訳で今日も休みだ、ゆっくり寝るといい」
「えっ?そ、そうなの!?」
「おう、事実だ」
その言葉に薔薇は気が抜けたのか、へなへなとその場に崩れ落ちた。
だがその直後に、それが何を意味するのか理解し、愕然とこう言った。
「って、八幡本人に!?そ、それじゃあはちまんくんがここにいる事が、
あいつにバレちゃうじゃない!」
だがはちまんくんは、その問いに対し、淡々とこう言った。
「それならとっくに知ってたぞ」
「えっ?」
「昨日スリープモード中に、あいつが車の中の俺を見ていた事は動画で確認済だ」
「う………………」
「心配するな、別にその事については何も言ってなかったからな、
だが一つだけ、この時間に伝えてくれと言われた言葉がある」
「あ、はい……」
そしてはちまんくんは、薔薇をじっと見つめながらこう言った。
「徹夜すると、肌が荒れるぞ」
薔薇はそう言われ、きょとんとした顔をした。
「そ、それだけ?」
「ん?ああ、その後に、綺麗な顔が台無しだと言っていたようないなかったような……」
「ど、どっち!?」
「さあ、直接聞いてみたらどうだ?」
「そんなの絶対に答えてくれないに決まってるじゃない!」
「まあこれをお前に対する罰の代わりとする」
「えっ?」
「だとさ」
「も、もう、もう!」
薔薇は地団駄を踏んだが、こうなるともうどうしようもない。
そしてはちまんくんは、薔薇にかおりが直接ここに迎えに来る事を伝えた。
「あ、そうなのね、良かった、ちょっとこの状態での車の運転は危ないかなって思ってたの」
「まあそうだな、という訳で、そろそろお迎えだ」
「あ、ねぇ、はちまんくん」
「ん?」
そして薔薇は、とても穏やかな笑顔ではちまんくんに言った。
「昨日は一日中、私の話し相手をしてくれて本当にありがとう、八幡、大好きよ」
明らかにそれは、はちまんくんを通して八幡に向けられた言葉であったが、
それを理解しつつもはちまんくんは、ただ一言だけこう答えた。
「おう、どういたしましてだな、俺が言うのもアレだが、幸せにしてもらえよ、小猫」
「うん、そうなれるように私も頑張る」
「頑張る方向を間違えるなよ」
そしてかおりが到着し、薔薇はかおりに向かってこう言った。
「かおり、有給を一日伸ばしてもらっておいた方がいいわよ、
はちまんくんと話してると、ついつい時間を忘れて話し込んじゃうから」
「えっ、室長、随分眠そうに見えると思ったら、まさか徹夜ですか?」
「ええ、ついつい一晩中話しちゃったわ」
「わ、分かりました、頼んでみます」
「もうはちまんくんが私達の所にいる事はバレているみたいだから、
恥ずかしかったらはちまんくんに連絡してもらうといいわよ」
「え、そうなんですか?あちゃ………」
そんなかおりを励ますかのように、薔薇は言った。
「大丈夫よ、特にお咎めとかは何も無いから」
「そうですか、良かったぁ……」
そして薔薇は、続けてかおりにこうアドバイスをした。
「ねぇかおり」
「あ、はい」
「秘めた思いや質問があるなら、遠慮しないではちまんくんに話してみるといいわ、
決して我慢しちゃ駄目よ、その方が多分、今後の為にもいいと思うわ」
「し、室長は話してみちゃったんですか?」
「ええ、そうね」
「そっかぁ、だから室長、眠そうなのにそんなに綺麗なんですね」
「えっ?そ、そう?」
「はい!」
かおりはそう思ったままの感想を口にし、
薔薇は戸惑いながらも、そういうものかと納得した。
「そっか、やっぱり私はあいつがいないと駄目って事なんだ……」
「ふふっ、困っちゃいますよね」
「ね」
二人はそう言って笑い合い、薔薇はそのまま眠る事にし、
かおりははちまんくんを連れて外に出た。そこで待っていたのは千佳であった。
「あれ、千佳か?」
「うん、千佳に車を出してもらったの」
「なるほど、そうだったのか」
「という訳で、千佳は午後から用事があるみたいだから、
午前中はうちでだらだらしながら三人でお話ししよう!」
「分かった、宜しくな、千佳」
「…………あ、うん」
「千佳、どしたの?」
その千佳の様子に、かおりは首を傾げながらそう問いかけた。
そのやり取りでピンときたのか、はちまんくんがかおりにこう問いかけた。
「なぁかおり、もしかして千佳に、俺の事を説明するのを忘れてないか?」
さすがははちまんくん、空気の読めるぬいぐるみである。
そしてその問いに、かおりはハッとした顔になった。こちらもさすがはかおりと言うべきか。
「あ、あは……ご、ごめん千佳、確かに説明してなかったね……ウケるし」
「私はまったくウケないよ、かおり……」
「そうだぞかおり、それはさすがに俺もウケないわ」
ここではちまんくんも、千佳に合わせてこう言い、千佳はその言葉に思わず噴き出した。
そのおかげで気まずかった空気も和らぎ、かおりはスムーズに千佳に説明する事が出来た。
繰り返して言うが、さすがははちまんくん、出来る男のぬいぐるみである。
「………なるほど、そういう事だったんだ、ぬいぐるみが動いただけでもビックリしたのに、
それがいきなり八幡君の声で喋り始めたから、さすがに意識が飛びそうになっちゃったよ」
「本っ当にごめんね、千佳」
「ううん、別に悪気は無かったんだろうし」
「かおりのやる事だからな」
「だよね」
千佳とはちまんくんは、気持ちが通じ合ったのか、そう頷き合った。
「むぅ……」
「はいはい、それじゃあかおりの家に行くわよ、乗って乗って」
「そうだぞかおり、お前をからかう時間が無くなっちまうだろ、さっさと行こうぜ」
「も、もう、もう!」
奇しくも今朝の薔薇と同じセリフを言いながら、それでもかおりは楽しそうに車に乗り、
はちまんくんをその膝の上に乗せた。
こうしてはちまんくんの、レンタル二日目が始まった。