ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第556話 かおりの悩み

「まあ正論だな」

 

 そのかおりの言葉を聞いたはちまんくんは、冗談めかしてそう言った。

だがかおりは、本気で怒ったような顔ではちまんくんに詰め寄った。

 

「全然正論じゃない!」

「怒るな、ほんの冗談だ」

「冗談でも駄目」

「そうだな、すまない、今のはかおりの気持ちを考えなかった俺が悪かった」

 

 はちまんくんはかおりの真剣な表情を見て、即座にかおりに謝罪した。

 

「まあ正直もっとむかつくのは、あいつ自身が同じ事を言いそうな所なんだけどね」

「ああ、八幡君なら間違いなく言うね……」

「まあ俺もそう思って言ったんだがな、とりあえず話を続けてくれ」

 

 はちまんくんはとりあえず話を元に戻そうと、そうかおりを促した。

 

「うん、それでね、まあ予想はつくかもしれないんだけど」

「かおりがブチ切れたんだろ?」

「えっ?何で分かるの?」

「それはまあ、俺が知る今のかおりなら、間違いなくそうするだろうからな」

「そ、そう……」

 

 かおりはそう言われた事が嬉しかったのか、少しもじもじしながらそう言った。

 

「それでまあ、私はブチ切れて、相手にこう言ったの。

『あいつがいつあんたに迷惑をかけたの?適当な事を言って他人を貶めてるんじゃないわよ。

少なくとも私はあいつの口から他人の悪口を聞いた事は一度も無いし、

どっちが醜いか、鏡を見て確かめてみたら?』ってね」

 

 はちまんくんはその言葉を聞いて無言になった。

そして少し間を置いて、とても驚いたようにこう言った。

 

「…………え、まじで?俺の知ってるかおりとは別人なんだけど」

「ええっ!?」

「いやいや、ありえないだろ、なぁ千佳?」

「うん、私もあんな激しいかおりを見たのはあれが最初で最後だったよ」

「そんなに荒らぶってたのか」

「うん、相手もかおりの剣幕に泣き出しちゃったし、

それからしばらくクラスメートがかおりの事を、腫れ物扱いしてたかな」

「ほうほう、やるなかおり」

「だって本当にムカついたんだもん、あいつの事を何も知らない癖にさ……」

 

 そう言った後、かおりは自嘲しながらこう付け加えた。

 

「でもそれは私も一緒だったかも。それが分かっちゃったから、

多分私はあの時、自分に対する怒りも合わせてあの子にぶつけちゃった気がする」

「そいつにとっては災難だったな」

「でもその後謝ってもらったよ、確かにひどい言い方だった、ごめんねって」

「そうなのか」

「うん、それ以降、教室で被害者に対する悪口を言うのはタブーになっちゃったけど、

まあそれは別にいい事だよね」

「まあそうだな」

 

 そう同意したはちまんくんに、千佳は更なるエピソードを提供してきた。

 

「ついでにその後、かおりはその人の事が好きなの?って言われて、

かおりが盛大にテンパったのはいい思い出だよね」

「まじか」

 

 はちまんくんは、その時のかおりの状況を想像し、くすくす笑った。

そんなはちまんくんに、かおりは言い訳がましくこう言った。

 

「だってびっくりするじゃない、そんな質問がくるなんて予想すらしてなかったんだから!」

「そこですぐ否定出来るくらい割り切ってたら問題なかったんだけどね」

 

 そこで千佳がそう突っ込み、はちまんくんは首を傾げながら千佳に尋ねた。

 

「というと?」

「多分かおりはそこで、一瞬こう考えちゃったんだと思うの、

もしかして私は、気付かないうちに八幡君の事が好きだったんじゃないかって」

「でも違ったんだろ?」

「うん、確かにそこまでの感情は無いって結論に達したんだけど、

それは時既に遅しだったんだよね」

「ほほう?」

 

 はちまんくんは興味津々でそう言い、それに千佳がこう答えた。

 

「その時にはちょっと時間が経ちすぎててね、

かおりは八幡君の事が好きって噂が既に学校中に流れちゃってて、

かおりがそれを否定しなかったもんだから、それが事実みたいにされちゃってさ」

「何で否定しなかったんだ?」

「一応最初はしたわよ、でもあんなキレ方をしちゃったせいで、

みんな全然信じてくれなかったら、もういいやって思ってさ」

「それはドンマイだな」

「まあそのせいで、望まぬ告白が減ったのは良かったけどね」

「それは不幸中の幸いだな」

「まあね~」

 

 かおりは頷きつつ、話を続けた。

 

「で、進学してからも、告白される度にその事を考えちゃってさ、

結局オーケーを誰にも出すこともなく、今に至る訳」

「なるほどな」

「で、かおりの悩みの話の前フリはいつ終わるの?」

 

 千佳はそう言って、そろそろ本題に入るようにかおりに促した。

かおりは頷き、次にこう言った。

 

「で、最近やっと、そういった一連の困難を乗り越えて、

八幡と名前で呼び合えるようになったのはいいんだけど……」

 

 そのかおりの深刻そうな表情に、はちまんくんと千佳は居住まいを正した。

 

「ご飯が……」

「は?」

「え?」

「そのせいで、ご飯が美味しくて仕方ないの!

毎日薔薇色というか、幸せ太りなんて本当にあるのかと疑問だったけど、

やっぱりそういうのってあるんだなって、凄く納得はしたんだけど、

そのせいで最近体重が………」

「え?え?てっきり私は、八幡君とより親しくなった分、

昔の事がトラウマのように蘇ってきて、気付かないうちに彼を傷付けていやしないかと、

臆病になって彼の顔色を伺うような態度をとってるものだとばかり……」

「ええ~?そんな訳無いじゃない、だって私だよ?

私がそんな繊細な神経をしてる訳ないじゃない」

 

 かおりはそう言い、千佳は拳を握り締めてぷるぷると震えだした。

 

「わ、わざと憎まれ役を買って出ようとした私の立場は……」

「千佳、ドンマイだぞ、まあ確かに俺も似たような気分だが、

そもそもかおり相手にそんな心配をするのが間違いだったんだ」

「それは確かにそうかもだけど……」

「え?え?」

 

 そして千佳は、冷たい目でかおりを睨みながら言った。

 

「かおり、前あけて」

「え?前?」

「いいからさっさと服をまくりあげて、その微妙なサイズの胸を見せなさい」

「び、微妙って言わないで!」

「いいから早く!」

「はっ、はい!」

 

 そして千佳は、何かを確かめるようにかおりの胸を揉みながら言った。

 

「確かに大きくなってる………」

「えっ、ほ、本当に?じゃあこのままでも……」

 

 そんなかおりを無視し、千佳は直後にかおりのお腹の肉をつまんだ。

 

「本当に?」

「ち、千佳、痛い、痛いってば!」

 

 かおりのお腹は見事にぷにぷにしており、はちまんくんはそれを見て、

かおりにこう宣告した。

 

「かおり、アウト~!」

「うぅ……」

 

 そして千佳は、いきなりスマホを取り出して、その姿を撮影した。

 

「これでよしっと」

「ちょ、ちょっと千佳、何で写真なんか撮ったの!?」

「これを八幡君に見てもらって、かおりのダイエットに協力してもらうのよ」

「う、嘘、さすがにそれは駄目だって!」

「もう遅い、たった今送ったから」

「ええええええええ!」

 

 実際のところ千佳は、その写真をメッセージ付きで明日奈に送っていた。

 

『明日奈お願い、八幡君に、かおりにはしばらくエサを与えないように伝えといて、

かおりのお腹、今こんな状態だから!』

 

 直後に明日奈から返信が来た。

 

『うわ、本当にやばいね、オッケーオッケー、伝えとく!』

 

 そして千佳は、ニヤニヤしながらかおりに言った。

 

「オーケーだってよ」

「そ、そんなぁ……も、もうお嫁に行けない……」

「最悪私がもらってあげるから、とにかくかおりはその駄肉を何とかしなさい」

「そ、そんな事、出来る訳ないじゃない!」

「大丈夫よ、かおりを性転換させれば済む事だから」

「せ、性転換……」

「まあそれは冗談として、ほらかおり、さっさと横になりなさい、まずは腹筋から!」

 

 そして千佳が用事で帰る時間になるまで、

かおりははちまんくんと千佳の監視の下、各種ダイエット運動をさせられる事となった。

 

 

 

「あ、そろそろ帰らなきゃいけない時間だ」

「え?あ、もうそんな時間?いやぁ残念だなぁ、もう少しやりたかったのに」

 

 かおりのそのわざとらしい発言に千佳はカチンときたのか、

ギロッとかおりを睨むと、はちまんくんにこう言った。

 

「はちまんくん、かおりもこう言ってる事だし、私が帰った後も続行していいからね。

もしかおりが嫌だと言い出したら、

かおりのもっと恥ずかしい写真をSNSにアップするからすぐ教えて」

「了解だ」

「えっ?も、もっと恥ずかしい写真?」

「心当たりがあるでしょう?」

「そ、それは……」

 

 かおりはあれでもないこれでもないと、記憶を探り始めたが、

そもそもそんな写真は存在しない。だが千佳は、八幡と接する中で、

こう言えば相手が勝手にあれこれ考えて、自縄自縛に陥るという手法を学んでいた。

 

「それじゃあ宜しくね、はちまんくん、かおり、またね」

「おう、またな、千佳」

「ち、千佳、待って、待ってってば!」

「待たないから」

 

 そして千佳は、はちまんくんにこっそりウィンクし、そのまま立ち去った。

残されたかおりは、すがるような目ではちまんくんを見たが、

はちまんくんはその視線を無視し、こう言った。

 

「よし、それじゃあ次は背筋な」

「は、はちまんくんの鬼、悪魔、ぬいぐるみ!」

「おい、何で今そこでぬいぐるみって言った……悪口になってないじゃないかよ」

「うう……貧弱な自分の語彙が恨めしい……」

 

 それでもかおりはめげなかった。少しでもつらいダイエットを楽しくしようと、

積極的にはちまんくんに話しかけ、今の環境で最大限楽しもうと努力していた。

 

「はちまんくん、高校の時、こういう事があったんだけど、

はちまんくんがもしその場にいたら何て言った?」

 

「ねぇ、この前こういうお客様がいたんだけどさ……」

 

「そういえば昨日買い物に行ったらね」

 

「で、その時千佳がね……」

「お前はよくそんなに喋り続けられるよな……」

「え?そう?これくらい普通じゃない?」

「普通じゃない」

「ええ?普通だよ」

「まあいい、とりあえず今日はここまでだ、お疲れさん」

 

 いきなりはちまんくんがそう言い、かおりはきょとんとした。

 

「もういいの?」

「ああ、これ以上一気にカロリーを消費するのは逆に体に良くないからな」

「えっ?それってどういう基準?」

「ここまでお前のとった行動で消費されたカロリーは、全て計算済だからな」

「嘘、凄い!」

「という訳で、後は夕飯だが、献立からいくつか引くから今日はここで一人で食べるように」

「二人でしょ?」

「ん?ああ、まあ俺を入れれば二人だな、もっとも俺は何も食べないが」

 

 食事中もかおりは喋り続け、はちまんくんは嫌な顔一つせず、それに答え続けた。

もっともはちまんくんには嫌な顔をする機能は付いていないので、その真偽は不明である。

 

「あ~、今日はいっぱい話したね」

「だな」

 

 かおりはさすがに喋り疲れたのか、首をぐるぐる回しながらそう言った。

そしてかおりは時計を見た後、洋服ダンスから下着やタオルを取り出しながら言った。

 

「それじゃあ私、お風呂に入ってくるね。そうだ、はちまんくんも一緒に入る?」

「お前、俺を壊す気か!」

「あ、そ、そうだね、ごめんごめん」

「まあ俺はここで静かに待ってるから気にするな、

俺には待つのがつらいとか、そういった感情も機能も付いてないからな」

「うん、分かった。あ、そうだ、それじゃあこれでも見ててよ、

高校二年の時の、クリスマスイベントの写真」

「お、そんな物があるのか、それは興味深いな」

「退屈しのぎにはなると思うよ、それじゃあぱぱっと入ってくるね」

「だから退屈とかいう感情も無いっての」

「あは、そうだったね、それじゃあ行ってくる」

 

 そしてかおりがいなくなった後、はちまんくんは、

その写真が収められたアルバムをペラペラとめくっていった。

 

「やっぱりみんな若いな、かおりは今よりも少し幼い感じか、

まあもっとも一番変わったのは、留美だろうな」

 

 はちまんくんはコミケの映像から、もう現在の留美の姿も知っていた。

 

「よく考えると五年でこの差か、本当に驚くほど変わるもんだな……」

 

 はちまんくんがそう呟いた頃、かおりが戻ってきた。

かおりは下着姿であり、上にはなにも付けていなかった。

そんなかおりに、はちまんくんは呆れたように言った。

 

「お前には恥じらいというものがないのか」

「だってここにははちまんくんしかいないじゃない」

「あのな、俺の見た映像は保存されているから、

あいつが後でそれを確認する可能性は否定出来ないぞ」

 

 実際はまあ、よほどの事件でも無い限りそんな可能性はほぼゼロなのだが、

ほぼゼロはゼロではない為、はちまんくんは一応そう忠告した。

それを聞いたかおりは盛大に頬をひきつらせつつも、虚勢を張るようにこう言った。

 

「べ、べつに八幡に見られて困るものじゃないし?むしろウェルカムだし?」

「そうか、それじゃあ今度見せておく事にする」

「ごめんなさい嘘です、勘弁して下さい!」

 

 はちまんくんにそう言われたかおりはそう豹変し、はちまんくんはそれに頷いた。

 

「最初からそういう態度に出ていれば何も問題は無かったんだっつの………あれ」

 

 その時はちまんくんは、何かに気付いたようにじっとかおりの腰の辺りを見た。

 

「え……な、何?」

「かおり、お前……ウェストが三ミリ細くなってるな」

「えっ、嘘、本当に?そんなの分かるの?」

「おう、努力の甲斐があったな、えらいぞ」

「や、やった!すごく嬉しい!」

「まあまだ肉を掴めるのに変わりは無いはずだけどな」

「でもちゃんと違いが出てるって分かるのは、凄くやる気が出るよ!

私、この調子で頑張るから!」

「おう、いつ見られても平気なように頑張れ」

「うん!」

 

 まあそんな機会は実際無いのであるが、

かおりはそれで益々やる気になったようなので、良かったのだろう。

 

(まあいいか、余計な事を言う必要はない)

 

 そして満足したかおりは、その日ははちまんくんと一緒に寝る事にした。

といってもはちまんくんを、枕元に座らせただけであったが。

 

「ねぇはちまんくん」

「ん?」

「もしもさ、中学の時、私が八幡の告白を受けていたら、どうなってたかな」

「そうだな、直ぐに別れてたんじゃないか?」

 

 はちまんくんは即座にそう言い、かおりもそう思っていたのか、

特に否定する事も無くこう言った。

 

「あ、やっぱりそう思う?」

「おう、今のあいつがあるのはあくまでSAOのおかげであって、更に言うと、

高校の時のあいつがあったのは、かおりにフラれた影響が必ずあったはずだからな」

「そっかぁ、あの時の選択は、私の人生最大のミスかもと思う事もあったけど、

結果的に間違ってなかったって事になるのかな」

「今のあいつが好きなのならそうだな、まあしかし、あいつがまあ、今程じゃなくとも、

かおりと付き合う事でそれなりに変わった可能性は否定出来ないけどな」

「でもそれは、今の八幡とはやっぱり別人だよね?」

「まあ別人だろうな、高校の時と比べるだけでもまったくの別人だと、かおりも思うだろ?」

「うん」

「環境が人を作るっていういい例だな、

あいつはこれからもどんどん変わっていくだろう、もちろんかおりもな」

「うん、私、もっといい女になる!」

「頑張れ」

 

 そのままかおりは徐々にうとうとし始め、

はちまんくんはそんなかおりの寝顔を黙って眺めていた。

こうしてはちまんくんのレンタル二日目は終わった。


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