「教授、お土産には期待していて下さいね」
「真帆、久々の故郷を楽しんでくるとイイヨ」
「はい、それじゃあ行ってきます」
その日、一人の小さな研究者が飛行機で日本へと向かっていた、名を比屋定真帆という。
牧瀬紅莉栖の先輩にあたる、優秀な女性である。
「はぁ、緊張するなぁ、仮想世界では何度も会ってたけど、
あそこじゃ私の身長はもっと大きかったから、
会ったらまた身長について何か言われるのかしら……」
何故真帆がこんな心配をしているかというと、
実は真帆の身長は、百四十cmしかないのである。
「まったく紅莉栖の奴、私をこんな事に巻き込んでくれちゃって、
絶対に何か奢らせてやるんだから……」
真帆は今回適当な理由をでっち上げて、帰国の途についていた。
もちろんその真の理由は恩師であるアレクシス・レスキネン教授には秘密である。
これはまさか本人に、貴方の動向についての対策を話しに日本に戻りますとは言えない為、
真帆的には少し心が痛むのだが、情報秘匿の面からも仕方ない措置なのであった。
そして真帆は半日後、成田空港に降り立ち、直接ソレイユへと向かった。
ちなみに具体的なアポはとっておらず、紅莉栖にも時間を伝えられぬままの、
不意打ちでの電撃訪問であった。
ここで場面は一週間前に遡る。日頃まったく片付けが出来ない真帆は、
たまたまその日、紅莉栖からの電話でこう言われていた。
『先輩、今はそっちに私がいないんですから、
自宅のポストは自分で片付けないと駄目ですよ?
いつも先輩を起こしに行くついでに私が片付けてあげてたんですから、
多分今頃ポストの中が、ひどい事になってますよ』
久々に紅莉栖の声が聞けて上機嫌だった真帆は、
その言葉を忘れずに、ずっと放置してあった自分の部屋のポストを覗いた。
「うっわ、ひど……仕方ない、このまま全部バッグに突っ込んで、部屋でより分けるか」
そして部屋に戻った真帆は、そのゴミの山の中から、差出人不明の一通の封筒を発見した。
「何これ……いかにも怪しいけど、まさか毒とか爆発物じゃないわよね……」
真帆は封筒を振ったが、中からは紙の感触しかない。
覚悟を決めた真帆は、そのまま封筒を開け、中に何が入っているのか確認した。
「えっ?これって、紅莉栖からの手紙?」
そこには見慣れた紅莉栖の文字と共に、『ヽ(*゚д゚)ノ<カイバー』と書かれており、
真帆はこれは確かに紅莉栖からの手紙だと確信した。
「一体何故こんな回りくどい事を……いや、そうか、秘密保持の為か」
真帆も馬鹿ではない、むしろ超優秀な研究者である。
もし何か用事があるなら、つい先ほど電話で直接言葉を交わしたばかりなのだから、
その時に用件を伝えれば何も問題は無いはずなのだ。
だがこんな回りくどい前時代的な方法をとるという事は、何か秘密の話があるに違いない。
真帆はそう考え、その手紙を慎重に読み進めた。
「何これ、ゲームの案内……?」
そこに書いてあるアドレスにアクセスした真帆は、それを見て拍子抜けした。
「開発は、ソレイユコーポレーション?っていうかこれ、αテストの案内じゃない、
紅莉栖め、私にゲームのテストプレイをしろと……?」
真帆はそう呟きながらも、興味があった為、
指定されたIDとパスを入力し、自宅に置いてあるアミュスフィアに、
そのサイトからゲームのプログラムをダウンロードした。
ちなみに紅莉栖は、真帆が興味本位でアミュスフィアを買って、
たまに気晴らしにゲームをしている事を知っていた。
「……VRゲームにしては、随分ダウンロード時間が短いわね、
まあいいわ、よく分からないけどとにかくやってみましょうか」
そして真帆は、そのままそのゲームへとログインした。
「ここは……応接間?何かのオフィス?」
そこはかなりリアルに作り込まれた会社の一室のように見え、
真帆は驚きながらも、興味深げに部屋の中をあちこち見て回った。
「うわぁ、このPCとかも随分リアルだなぁ、まるで本当に操作出来そうな……」
「出来ますよ?」
「うわっ……」
そんな真帆にどこからか声が掛けられ、真帆は慌てて周りを見回したが、誰もいない。
「え……今確かに声が……」
「あ、すみません、上です」
「上!?」
その言葉に真帆は慌てて上を見て、ぽかんとした。
「え………よ、妖精さん?」
「妖精の格好はしてますけど、私です、先輩のかわいい後輩の、紅莉栖ちゃんですよ」
「自分で自分にちゃんを付けるその痛さ、あなたはもしかして、本物の紅莉栖?」
「べ、別に私は痛い女じゃないですから!」
やっきになってそう主張し、何も考えられない状態の紅莉栖に、真帆は素早くこう言った。
「ぬるぽ」
「ガッ」
「あ、確かに紅莉栖だわ……」
「うっ……せ、先輩、そういう方法で本人確認をしないで下さいよ、
本人確認の為に、二人だけのエピソードを質問形式で用意していたのに……」
紅莉栖はそのあまりにも無慈悲な確認の仕方に、顔を赤くしながらそう苦情を言った。
「ちなみにその質問って?」
「えっと、最初に先輩の部屋にお泊りした時に、先輩が履いていたぱんつの柄は……」
「はいストップ、それ以上言ったら今度会った時に殺すわよ」
「ごめんなさいジョークが過ぎました」
さすがの紅莉栖も先輩である真帆には弱いようである。
「で、何故こんなやり方を?」
「万が一にも情報を漏らす訳にはいかなかったんです」
「やっぱりか、でもこのゲームってそんなに大事な物なの?」
「違います、本題はまったく別です、これから先輩には、私達の共犯者になってもらいます」
「………共犯者?犯罪ならお断りよ」
警戒しながらそう言う真帆に、紅莉栖は首を横に振りながら言った。
「レスキネン教授がおかしな道にはまり込むのを防ぐ為の共犯者、です」
「おかしな道?何の事?」
「待って下さいね、もうすぐあと二人、ここに来ますので」
「誰が来るの?」
「ええと、私の相棒と、その部下の方ですね」
その言葉に真帆は驚いた。
「あ、相棒!?もしかしてあんた、恋人が出来たの!?」
「ち、違いますよ、カテゴリーで言ったら親友というか、とにかく相棒です」
「………れ、恋愛感情は無いの?」
「もちろんです、そもそもその人には、素敵な彼女さんと、
他にも周りに沢山の女性達がいますからね」
「………ホストにはまったの?」
「だから違いますって!」
丁度その時、部屋の入り口付近に二人の人物がいきなり姿を現し、
真帆はそれに驚いて、慌ててソファーの後ろに隠れた。
「あっとすみません、驚かせちゃいましたか?」
「あ、い、いえ、大丈夫です」
真帆はさすがに自分でも驚きすぎだと思ったのか、
そう言いながら恥ずかしそうにソファーの後ろから出てきた。
「いえ、何も説明していない上にいきなりでしたから仕方ないですよ、
本当に驚かせてしまってすみません、俺はソレイユの次期社長に就任予定の、
比企谷八幡と言います、宜しくお願いします、比屋定さん」
「ソレイユの開発部部長のアルゴだ、宜しくな、まほまホ」
「ま、まほまほ!?」
「先輩気にしないで下さい、アルゴさんは他人を呼ぶ時は、
いつもオリジナルなあだ名を使う人なので」
「あ、そ、そうなんだ、初めまして、比屋定真帆と言います」
「紅莉栖もそろそろ普通の姿に戻ったらどうだ?もう十分に真帆さんを驚かせただろう?」
「そうね、そうしましょうか」
紅莉栖の妖精姿はもちろんALOのピクシーの流用である。
そして紅莉栖は真帆の目の前で、あっという間にいつもの白衣姿に戻り、
四人はソファーに座ると、話を始めた。
「さて、それじゃあ密談を始めるとするか」
「密談……ね」
「ここなら盗聴される心配は無いからな」
「盗聴なんて普通されないと思うけど」
「万が一にもエシュロンとか、そういうシステムに引っかかるとまずいかもしれないんでな」
「気にしすぎじゃない?」
「それくらい気を遣っておけば、何があっても安心だろ?」
「まあ確かにね」
そして八幡は、テーブルをいじってそこにノートPCのような物を出現させ、
その画面を真帆に見せてきた。
「先ずはこれを見てみてくれ」
「これは……ええっ!?私が先月使ったクレジットカードの明細?」
「ああ、内容は合ってるか?」
そう言われた真帆は、焦った顔でその明細の確認を始めた。
「あ、合ってる……」
「このアルゴは有名なハッカーでな、そのせいで本名を隠しているという面もあるんだが、
これでその事は信じてもらえるか?」
「あ、アルゴって偽名なんだ、でもこれだけじゃまだ……」
「それじゃあ昨日の夜に真帆さんが見たサイトのリストでも……」
「昨日?あ、い、いや、それには及ばないわ、信じる、信じるから!」
「そうか?それじゃあこれはいらないな」
真帆は何故か慌てたようにそう言い、紅莉栖はそんな真帆をジト目で見ながら言った。
「先輩、何を見てたんですか……?」
「お、乙女の秘密……」
「はぁ、乙女の秘密なら仕方がないですね」
紅莉栖はよほど都合が悪いものなのだろうと考え、それ以上の突っ込みをやめた。
要するに武士の情けである。ちなみに真帆が見ていたサイトは、
『小柄な女性のモテモテ術、素敵な彼氏をゲットしよう!』である。
そして八幡は、真帆に説明を始めた。
「始まりは紅莉栖との出会いだった。それで俺はアマデウスの存在を知り、
こちらが持つ技術と合わせて、とあるプロジェクトを立ち上げる事にした。
事によっては今後の世界の状況を左右しかねないプロジェクトだ、
なのでそこに参加してもらう可能性のある人物の身辺調査を徹底的に行った」
「うちの研究室のメンバーです、勝手にそんな事をしてごめんなさい先輩」
「いや、まあ私は叩いても何も出ないから、それは別にいいけど……」
「本当は私と先輩だけでもいいかなって思ったんです、
でもそうなると、やっぱり教授に申し訳ないし、
そもそもアマデウス関連の研究は、みんなで進めてきたものですし……」
「ねぇ紅莉栖、それさ、教授からはさ、
ソレイユに研究の支援をしてもらう事になったって聞いてるけど、それとは違う話なの?」
「いえ、基本はそれで合ってるんですが……」
紅莉栖はそこで言い辛そうに口ごもった。
「うちとしては、情報漏洩の可能性を消す為にも、出来れば大学をやめてもらって、
最終的には日本に研究室ごと引き抜きたいって思って詳しい調査をさせてもらったんだが、
その過程でちょっときな臭い情報が出てきてな」
「きな臭い?誰かに何か問題が?」
「レスキネン教授だ」
「ええっ!?嘘でしょ?」
驚く真帆に、アルゴはPCを操作し、その画面を真帆に見せてきた。
「これが教授の口座のお金の流れだゾ」
「うわ、そんな物まで……」
「ここです先輩」
「ここ?ええと……何これ、ストラ生化学研究所?しかも凄い額じゃない……」
「ペーパーカンパニーって奴だ、その実態は、
ちまたで影のCIAと呼ばれている企業の隠れ蓑だな」
「それってストラト……」
「まあそういう事だ、もちろんその研究所を直接調べようとしても、何も出てこない。
なので俺達は、本社の方をハッカー三人がかりで徹底的に調べる事にした。
そこで出て来たのがこの資料だ」
「これ?」
「おっと、グロ注意だから気を付けろよ」
「え、本当に……?分かった……」
真帆は覚悟を決めたようにそう言うと、その情報を精査し始めた。
「人の洗脳……?記憶の書き換え……?」
「どうやらそっちの研究は、今は中断してるらしいけどな」
「そ、そうなんだ……って、この処理済って……」
「実験サンプルにした人を殺したって事だ、それがこの画像」
「うっ……」
真帆はその写真を見てすぐに顔を背け、はぁはぁと肩で息をし始めた。
「ちょっと、これ、本当なの?」
「ああ、ストラ生化学研究所とやらで行われていた、洗脳実験の記録だ。
この写真を見てみてくれ、ここだ」
「あ………」
そこには彼女達の恩師であるレスキネン教授の姿が写った写真があり、
真帆はショックを受け、頭を抱えた。
「そ、そんな……」
「だが他の情報によると、多分教授はまだ一線を越えていないと思う。
おそらく被験者が殺された事も知らないだろう」
「ど、どうして分かるの?」
「データの日付と教授に支払われていた報酬らしい金の振り込まれた日付からな。
半年以上も離れてるから、おそらく被験者を持て余した組織が、独断で動いた結果だろう」
「ああ、そうなんだ……」
少しほっとしたような顔をした真帆は、次に八幡にこう尋ねた。
「さっき、研究が中断って言っただよね?それっていつくらいの事?」
「五年前くらいになるか、どうやらその辺りから、
ストラ生化学研究所は他の研究に移行したらしいんだよ」
「他の研究?何?」
「タイムマシンの研究だそうだ、SERNって知ってるか?」
「嘘、あのSERNがタイムマシンの研究を?だってあそこって、原子核研究機構でしょ?」
「ああ、実はそこで、長くタイムマシンの研究をしていたらしいんだが、
どうやら最近それを諦める事にしたらしいんだよ、
で、同時にストラ生化学研究所もタイムマシンの研究を中断したらしくてな」
「うわ、そんな裏の話、聞きたくない聞きたくない」
そう耳を塞ぐ真帆の手を掴み、聞こえるように耳から離した八幡は、真帆にこう言った。
「で、そのせいで、前の研究が復活するかもしれない可能性が出てきたんだよ」
「あ、ああ~!」
「そうなると今度は、教授が承知した上で犯罪に加担する事になる可能性がある、
もしそうなったらどうなるかは……分かるよな?」
「その組織が教授を手放さなくなる、
そして教授は多分、ずるずると深みにはまる事になる……」
「まあそういう事だ、今ならまだセーフなんでな、
なのでこっちとしては、教授が完全におかしな道に入る前に、
身柄を抑えておきたいと思ってな、それで比屋定さんに、一つお願いがあるんだ」
「お願い、ね……」
「教授が怪しい人物と接触したら教えて欲しいんだ、
本当はすぐに俺達が教授の所に出向ければいいんだが、
まだちょっと準備が整ってないんでな、出来ればもう少し時間が欲しい」
その言葉に真帆は少し考え込んだ後、こう言った。
「分かったわ、協力する。かわいい後輩の頼みでもあるし、
何より教授が犯罪者になるのは看過出来ない」
「ありがとう、感謝する」
こうして真帆は、八幡と紅莉栖の協力者となった。