「優里奈ちゃん?あれ、いないのかな?」
「かおり、ここが八幡君の部屋なの?」
「ううん、ここは八幡の部屋を管理してる子の部屋なんだけど……何かいないみたい、
まずったなぁ、優里奈ちゃんに連絡がとれないと、部屋に入れないんだよね、
そういうルールだからさ」
「そうなんだ、それじゃあ電話してみれば?」
「待って、その前に、もしかしたら八幡の部屋の方にいるかもだから、
そっちのチャイムを鳴らしてみる」
「あ、管理してるっていうならその可能性はあるね」
二人はそう話しながら、隣の部屋の前へと移動した。
「さて、優里奈ちゃんはいるかな……?」
そう呟きながらかおりはチャイムを押し、しばらく反応を待った。
そして予想通り優里奈の声がインターホンから聞こえ、二人はほっと胸を撫で下ろした。
「はい、どちら様ですか?」
「あ、優里奈ちゃん?私、かおりだけど」
「あっ、かおりさんですか?今ドアを開けますね」
直後にドアが開き、中から優里奈が顔を出し、二人は中に入る事が出来た。
「優里奈ちゃん、こっちにいたんだ」
「はい、他にも何人かいらっしゃってますよ」
「あ、そうなの?おっと、これは私の友達の仲町千佳、
八幡とも知り合いだから、大丈夫だろうと思って連れてきちゃった」
「初めまして、櫛稲田優里奈です、宜しくお願いします」
「仲町千佳だよ、宜しくね!」
三人は自己紹介を済ませ、そのままリビングへと移動した。
そこには優美子、結衣、南の三人が居り、かおりに手を振ってきた。
「あ、かおり、今ニュースを見てたとこ」
「あれ、千佳ちゃんも来たんだ?ここは初めてだよね?」
「うん、南ちゃん、久しぶり!優美子ちゃんに結衣ちゃんも!」
千佳はソレイユに仕事で訪れた際、この三人と面識を持っていたようで、
笑顔でそう挨拶をした。
「ニュース、その後何か言ってる?」
「続報をお待ち下さいのままかな、まあそのうち訂正報道が出ると思うけどね」
「あ、妙に落ち着いてるなと思ったけど、やっぱり知ってたんだ」
「あ~、別にそういう訳じゃなかったんだけどね……」
結衣はお茶を濁すような言い方でそう言い、代わりに優里奈が説明を始めた。
「実は今日は、結衣さん達にそれぞれが通う大学に連れてってもらってたんです、
進路をどうするかで参考になるかなって思って、その流れでこの部屋に泊まる事になって、
そこでこれを見つけて……」
そう言って優里奈は壁を指差した。
そこには八幡の字で、詳細な今回の旅の予定が書かれており、
かおりと千佳はそれを見てぽかんとした。
「こ、ここに書いてあったんだ……」
「はい、そうみたいですね、他にも何人かから電話で問い合わせがあったんですが、
この事を説明したら、安心してくれました」
「………まったく事前に言ってくれれば良かったのにね」
「今回の渡米に関しては、八幡さんはかなり慎重に計画を練ってましたからね、
私でも計画の全貌は、これを見るまで分かってませんでしたよ」
「そうなんだ」
そう言ってかおりは今日の予定が書かれた場所を見た。そこにはこう書かれていた。
『情報によると、初日が一番危険だと思われる為、直前で別便に乗り換えて移動。
キャンセルはしない為、何か事件があったら間違った情報が報道される可能性有り、ね』
そしてその続きを読んだかおりは、思わず小さな悲鳴を上げた。
それを見た他の者は、かおりを励ましながら、その肩をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫、きっと大丈夫だから」
「で、でも……」
「これはあくまで可能性の話だし、ちゃんと対策もとっているみたいだから、
みんなで八幡の事を信じて待とう」
「う、うん……」
壁に貼ってあった紙には、こう書かれていたのだ。
『現地到着後に襲撃される可能性有り、現地協力者の所にたどり着くまで要警戒』
「あれ、ピトさん?戻ってきたんですか?」
「おう、ピトじゃねえか、久しぶりだな」
「レンちゃん、ヤミヤミ……」
エルザは家に帰った後、豪志に感情をぶつける事も無く、そのまま豪志と別れ、
一人、GGOへとログインしていた。
豪志はそんな今までとはまったく違うエルザの姿に驚き、
自らもGGOへとログインする事にしていた。
「何だよ、辛気臭い面しやがって、何かあったのか?」
「何か……うん、そうね、まあ色々……」
この時点でピトフーイは、もしかしたら八幡が死んだかもしれないと思っており、
失意のどん底にいたのだが、さすがにそんな事は二人には分からなかった。
「二人とも、ちょっといい……?」
「ん?別に構わないが、本当に大丈夫か?明らかに様子がおかしいぞ」
「そうですよピトさん、具合が悪いなら落ちた方が……」
「大丈夫、大丈夫だから、とにかく私の話を聞いて」
「そうか?それじゃあ話してくれ」
「ちょっとここじゃ……話を聞かれない場所に移動しましょう」
そこにエムも到着し、ピトフーイはエムにも同じ事を告げ、
四人はレンタルスペースへと移動した。
「で、一体どうしたんだ?」
「うん、あのね、シャナが………」
「シャナが?」
「乗ってた飛行機がハイジャックされて、墜落したって……ニュースで……」
「え?」
「ええっ!?」
二人はその事は初耳だったのか、闇風は慌てて室内にある仮想PCを操作し、
該当するニュースをすぐに見付けた。
「まじだ………」
「う、嘘………」
ちなみにこの時点でレンの所には、八幡からの手紙が届けられていたのだが、
レンがその事に気付くのは、しばらく先になる。
「おいおいおい、どうなってるんだよこれ!」
「そんな……シャナが……シャナが……」
そしてしばらく皆無言になり、その場は静寂に包まれた。
最初にその沈黙を破ったのはピトフーイだった。
「もう私、生きてる意味が無いんだけど……」
そうポツリと言ったピトフーイを、他の三人は慌てて宥めた。
「ちょ、お前、待てって」
「駄目ですよピトさん、そんな事を言っちゃ!間違いかもしれないじゃないですか!」
「そうですよピト、頼むからそんな事を言わないで下さい」
だがピトフーイは聞く耳を持たず、怒った顔で三人に反論した。
「シャナがいない世界に何の価値があるっていうのよ!
せめて私がシャナとの間に子供でも授かってれば、生き続ける意味もあるかもしれないけど、
こうなってみると、私の手には何も残ってない、残ってないの!
残ってるのはいくつかの思い出だけ、それも本人がいなくなったら辛いだけじゃない!
そんな状態で生きてる事に何の意味があるの?
何の意味も無いわよ!この世界は今日から私にとっては何の価値も無いものになったのよ!」
そのピトフーイの言葉を聞いたレンは、
自分の知らない所でのシャナとピトフーイの繋がりの深さを知り、
闇風は頭を抱え、エムはおろおろする事しか出来なかった。
「で、でもまた確定した訳じゃないだろ?」
「そうですよ!きっと大丈夫ですよ!」
「気休めを言わないで!そもそも私はアメリカ行きの話だって聞いてなかったのよ!
私はきっと、とっくにシャナに捨てられてたのよ!もういい、何もかももういいから!」
そう言ってピトフーイはそのままログアウトした。
それを呆然と見送った三人の耳に、こんなアナウンスが聞こえてきた。
『第二回・スクワッド・ジャムの開催が決定しました、
開催日時は明後日となります、申し込みはお早めにお願いします』
「こんな時にかよ……」
「師匠、私は一体どうすれば……」
「参ったな、あいつがああなったら多分聞く耳を持たないぞ、だよな?エム」
「ああ、ピトはこういう時、他人の言葉はほとんど聞かないと思う」
三人はそのまま腕組みをし、考え込んだ。
「まったくピトは、気分屋で負けず嫌いで我侭で、本当に手がかかりますよ……」
「特に負けず嫌いがな……」
「ふ~む……」
そしてレンは、何か思いついたのか、ハッと顔を上げた。
「し、師匠!」
「ん、どうしたレン?」
「あの、ピトさんって凄く負けず嫌いなんですよね?」
「おう、シャナ以外があいてだとそうだな」
「な、なら、スクワッド・ジャムで勝負して、
その勝負にこっちが勝ったら死ぬのをやめてもらうってのはどうですか?有効ですか?」
その言葉が判断しかねたのか、闇風はエムの方を見た。
エムはその言葉に頷き、続けてこう言った。
「確かにあいつは勝負の上での約束は必ず守るから、可能性はあると思う」
「やっぱりですか!今日初めて会ったエムさんにこんな事を頼んでいいのか分かりませんが、
その方向で協力してもらえませんか?」
「ええ、分かりました、ピトには俺から連絡しておきます、
というかこちらからお願いしたいくらいです」
「よし、よし!」
レンはガッツポーズをし、闇風にこう言った。
「師匠も参加してくれますよね?」
「もちろんだ、残り四人をどうするかだが……」
「こっちはピトと僕、残りは適当に人を雇う事にします、
それなりの腕がありつつ、信用のおける誰かを探しておきますね」
「それならダインの所のメンバーがいいんじゃないか?
ギンロウあたりに事情を話して頼めば、あいつなら上手くやってくれると思うぜ」
「確かに……分かりました、それじゃあそういう事で」
そしてエムはそのままギンロウの所に向かう事にし、部屋から出て行く直前で振り向いた。
「そういえばお二人は、シャナさんの事を聞いても全然不安そうには見えませんね、
僕でさえ不安に押し潰されそうだっていうのに」
「当たり前だぜ、俺達はシャナが死ぬ訳ないって信じてるからな!」
「当然です、きっとシャナなら生きててくれますよ!」
エムは二人のその言葉に、驚いたような表情をした後、頷いた。
「分かりました、僕もお二人に習ってそう信じる事にします」
「その調子であいつにも、信じさせてやてくれよ」
「それが出来たら苦労は……」
そして三人は同時にため息をつき、笑った。
「それじゃあ明後日は頑張りましょう」
「あいつにバレないように上手く協力してくれよ」
「もちろんです」
「でもピトさんは勘が鋭いから、しばらくは本気でやらないとすぐバレちゃいそうですね」
「………確かにそうですね、それじゃあ直接対決までは本気でやるって事で」
「そうしましょう!負けませんよ!」
こうして第二回スクワッド・ジャムへの参戦が決まり、
レンと闇風は残り四人のメンバーを探し始めた。
一方その頃、目的地へとたどり着いた八幡達は、予想通り襲撃を受けていた。
「ちっ、やっぱりハイジャック犯から連絡がいってたか」
「予想通りね、どうする?」
「ここは法治国家だろ、いきなり銃撃を受けるとかどうなってやがる」
「それだけ相手の力が大きいって事でしょうね」
「大丈夫、こっちも反撃するから私達に任せて!」
空港を出てしばらく進んだ先でいきなり襲撃を受けた一行は、
防弾仕様の車を借りていた為に全員無事であったが、
土地勘が無い為に、人気の無い荒野へと誘い出されていた。
「くっ、とにかく走るしかないか」
「八幡君、このままだと燃料の問題で長くもたないかも」
「それまでに戦えそうな場所を見付けるしかないな」
「あっ、見て、追っ手が増えた!」
見ると後方にもう一台追撃してくる車が増えており、一行は焦ったが、
その車は何と襲撃者達に攻撃を加え始め、あっという間に勝敗がつき、襲撃者は駆逐された。
「………味方か?」
「かもしれないわね」
「ふむ、危険だけど、とりあえずコンタクトをとってみましょうか」
そして先方から一人の男がこちらに歩いてきた。
八幡は通訳としてクルスだけを伴い、そちらに歩み寄った。
「本当に助かった、恩に着る」
「いや、こちらも仕事だから気にしないでくれ」
そして先方が出してきた名前は、これから八幡達がコンタクトをとろうとしていた、
敵の組織内の協力者の名前だった。
その者が所属しているのは、襲撃してきた勢力とは別の派閥に当たる。
「なるほど、俺の名は比企谷八幡、目的地まで宜しくな」
「俺はガブリエル・ミラーだ、一応プロなんで、安心してくれ、
必ずお前達を目的地まで連れていく」
こうして護衛を加え、一行は目的地を目指す。