ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第563話 雪乃の提案

「八幡君、あんなに簡単に、あの人の事を信用しちゃって良かったの?」

「ああそうか、明日奈には言ってなかったな、さっきあいつが出した協力者の名前な、

あれは実はその人物の本名じゃなく、先方と直接話し合って決めた合言葉なんだよ」

「あ、そうなんだ!」

「なるほどね、簡単に信用しすぎだって警戒してたけど、そういう事だったんだ」

「はい、なので多少は緊張を解いても平気ですよ、志乃さん、茉莉さん」

「オーケー、少し休んでおく事にするわ、肝心な時に実力を発揮出来ないのは困るものね」

「そうして下さい」

 

 そんな中、突然車が停止し、八幡達は休む間も無く再び警戒を強いられる事となった。

そしてトランシーバーが用意してあるにも関わらず、

ガブリエルが先導車から降り、こちらへと歩いてきた為、

八幡は直接話す必要が出たのだと理解し、通訳にクルスを伴って車を降りた。

ちなみにこちらの車の運転は紅莉栖である。

 

「何かあったのか?」

「ああ、実は前方で警察の検問が行われているとの情報が入った。

だがこっちの情報だと、今日は警察はあんな所で検問はしていないそうだ」

「ほほう?つまり罠の可能性が高いと」

「そういう事だ、選択肢は二つ、迂回するか強行突破するかだ、どうする?」

 

 そのガブリエルの問いに、八幡は即座にこう答えた。

 

「双方のメリットとリスクは?」

「迂回すれば今は安全だが、迂回先に敵がいないとは限らない、

というかおそらく奇襲を受ける可能性が高い。

強行突破すると、時間短縮にはなるが、当然こちらにも被害が出るリスクがある。

だがこれに対する警察や報道の反応を見る事で、敵の影響力の強さを測る事も可能だ」

 

 そのガブリエルの返答に、八幡は苦笑した。

 

「それ、遠まわしに強行突破しようぜって言ってないか?」

「否定はしない、あいつらには何度か仲間をやられてる借りもあるしな」

「その分とっくに倍返ししてるんだろ?」

「それも否定はしない」

 

 八幡は、こいつは案外面白い奴かもしれないと思いつつ、ガブリエルに言った。

 

「ちょっと仲間と十分ほど話させてくれないか?」

「分かった、十分だな」

「すまん」

「気にするな、俺達は雇われの身だからな」

 

 

 

「……という話なんだが、どう思う?」

「どっちもどっちね、まあ強行突破の方がお勧めだと遠まわしに言っているんでしょうけど」

「志乃さん茉莉さん、実際あいつらの実力ってどの程度だと思います?」

「そうね、正直言えば、私達よりもずっと実力は上だと思うわ」

「とにかく人を殺し慣れているって言えばいいのかな」

「問題はどっちのルートが被害無しで目的地に着けるかって事ね」

 

 その時じっと腕組みをしていた雪乃が八幡にこう言った。

 

「八幡君、強行突破するにしても、別に馬鹿正直に敵に突っ込む必要は無いのではなくて?」

「雪乃、何か案があるのか?」

「まあ無くもないわ、ねぇ紅莉栖、確かこの辺りには、

『アースドッグス』の拠点があるんじゃなかったかしら」

 

 その聞き慣れない言葉に、一同は首を傾げた。

 

「何だそれ?」

「いきすぎた人権保護団体の一つよ、かなり偏執的で、戦場に介入したりもよくしているわ」

「ほほう?」

「確かにすぐ近くにその本部があるはずよ」

 

 紅莉栖は雪乃の問いに頷き、雪乃はそれを受けて八幡にこう提案した。

 

「という訳で、食い合いをさせましょう、私に直接あの傭兵さんと話をさせて頂戴」

「お、おい……」

「任せておきなさい、あっさりとここを突破させてあげるから」

「わ、分かった、みんなも雪乃に任せるって事でいいか?」

 

 他の者の賛同も得られ、雪乃は八幡と共にガブリエルの車へと向かい、話し始めた。

最初は雪乃は『何だこいつ?』みたいな目で見られていたように見えたのだが、

雪乃が何か話すと、その傭兵達は突然大笑いし、

雪乃に親指を立てたりその背中を叩き始めた。どうやら喜んでいるらしい。

そしてガブリエルが笑顔で雪乃に何か言い、雪乃がそれに答えた所で、

ガブリエルと雪乃は握手をした。

 

「何だって?」

「オーケー、その作戦でいこう、あいつらはよく俺達の邪魔をしてきて本当にうざいんだが、

こういう時くらいは役にたってもらわないとな、はっはっは、だそうよ」

「真顔ではっはっは、とか訳すなって、了解だ、それじゃあ後は雪乃に任せる」

 

 そして車に戻って報告しようと踵を返した八幡に、傭兵の一人が声を掛けてきた。

その傭兵は雪乃を指差しながら何か言っていたのだが、

八幡の拙い英語力では、早口すぎて聞き取れなかった為、八幡は困った顔で雪乃の方を見た。

雪乃はその傭兵に笑顔でマリッジうんぬんと答え、

その傭兵はやれやれというゼスチャーをした。そして雪乃は八幡に、こう説明した。

 

「ええと、私を仲間にしたいらしくて、許可を求めているみたい、

冗談っぽく言ってるから本気じゃないと思うのだけれど。

なのでとりあえず、私はもうあなたの所にお世話になる事が決まっているから、

今回はごめんなさいと断っておいたわ」

「今、マリッジとか何とか聞こえた気がしたんだが……」

「き、気のせいよ、中途半端に英語を学んでいるからそんな勘違いをするのよ、

私はちゃんと、『卒業後の予定』を伝えたわ」

「そ、そうだな、勉強不足ですまん」

「帰ったら駅前留学しなさい」

「お、おう……」

 

 八幡は微妙に納得し難い表情でその言葉に頷くと、車の方へと戻っていったのだが、

雪乃はその背中を見て、いたずらめいた表情で一瞬ぺろりと舌を出した。

雪乃はその傭兵に、『自分の中での理想の卒業後の予定』として、こう伝えていた。

『私は彼に嫁ぐ事が決まっているから、その申し出は受けられない』と。

その言葉は少し後ろに控えていたクルスの耳にも届いていたのだが、

クルスはこれくらいなら実害は無いし、誰かに伝える事もないだろうとスルーしていた。

さすがは八幡の側近になる予定の、空気が読める、デキる女である。

 

 

 

 そして雪乃はガブリエル達と何か相談した後に、その人権団体の本部に電話を掛けた。

数分後、突如として沢山の一般人達が、検問に詰め寄る姿が見えた。

 

「おお、早いな」

「丁度何かの集まりがあったみたいね」

「うわ、あのおばさん、警官っぽい奴の胸倉を掴んでるぞ」

「あ、後ろから別の警官っぽい人達も来たわね」

「『これは明らかに人権侵害だ、お前らは本当に警察か?』だそうよ」

 

 傭兵達は、それを見て大笑いしていたが、

ガブリエルがこちらに歩いてきたかと思うと、八幡に何か話しかけてきた。

 

「警察にも違法検問じゃないかと連絡しておいたんだが、

そちらの通報じゃ動く気配は無かったから、

どうやら警察内部にも、敵の協力者がいる事は確定のようだ」

「なるほど、さすがのそいつらも、あの団体からの圧力には敵わなかったって事か」

「あいつらが持つ影響力は大体把握出来ているから、

これで敵の規模も推測可能となった、君はいい軍師を持ってるな、

重ね重ね、君の……ぶ、部下になる予定だというのが残念だ」

 

 クルスは翻訳の途中で珍しく言い淀んだ。

それはガブリエルが、『君の妻になる予定だというのが残念だ』と発言したせいであり、

陽乃や紅莉栖や志乃、茉莉等はその事情を悟り、ニヤニヤしながらその様子を眺めていた。

明日奈は英会話はそこまで堪能ではないのか、ニコニコと笑顔を崩さなかったので、

そっとそちらの方を見たクルスと雪乃は安心したような顔を見せた。

 

「お、検問してた奴ら、逃げ出したぞ」

「やるなぁ人権保護団体」

「よし、それじゃあ先へと進もう」

「了解だ」

 

 一行はそれを見て安心し、再び目的地へと走り出した。

 

「何とか問題なく通過出来たな、さすがは雪乃と言うべきか」

 

 そう賞賛する八幡を見て、明日奈も雪乃を賞賛し始めた。

 

「うんうん、さすがは雪乃だよね、さっすが!」

「あ、ありがとう」

「で」

 

 明日奈はニコニコ笑顔のまま、そっと雪乃の方に手を伸ばし、

雪乃は何かを感じたのか、一瞬ビクッとした。

 

「雪乃、妻って何の事かな?かな?」

 

 そう言いながら明日奈は雪乃のほっぺたをギュッとつまんだ。

どうやら実は明日奈は先ほどの会話をそれなりに理解出来ていたらしい。

そして雪乃は涙目でこう言った。

 

「ご、ごめんなひゃい、ほんのれき心にゃの……も、もひろんじょうらんらから!」

「ん、何の事だ?」

「八幡様、雪乃はさっき、相手からの勧誘に対して、

『私は彼に嫁ぐ事が決まっているから、その申し出は受けられない』と答えていました」

「く、くるふ、うらいったわね!」

「裏切ってなどいない、表返っただけ」

 

 ここでクルスが状況の変化を読んでそう言った。

さすがは生存本能に優れるデキる女である。そして腹黒い。

 

「や、やっぱりか!マリッジうんぬんって聞こえたのは気のせいじゃなかったんだな!」

「ご、ごめんなひゃい……」

 

 そして明日奈はやれやれという感じで雪乃の頬から手を離し、

そんな明日奈に雪乃が頬を押さえながらこう尋ねた。

 

「あ、明日奈はいつの間に英会話の勉強を?」

「今、にわかの駅前留学中」

「そ、そうだったのね、さすがだわ、八幡君とは心構えが違うわね」

「ぐっ……」

 

 そして車内は一同の笑い声に包まれた。

その瞬間に車内に置いてあったトランシーバーがザザッと音を立て、一同はシンとした。

 

「多分ガブリエルからだな、クルス、頼む」

「はい」

 

 そしてクルスはトランシーバーを持ち、何か話した後、一同にこう報告した。

 

「ええと、簡単に言いますと、さっきの場面でもし迂回していた場合、

待ち伏せをしていた敵部隊がいたとしたら、

そいつらがこの先で襲ってくる可能性があるから注意してくれと、そういう連絡でした」

「……という事は、この先にそういう場所があるって事か」

「かもしれません」

 

 確かに周囲からは、どんどん人の気配が減っていた。

この辺りは若干ゴーストタウン気味になってる場所のようで、

若干道幅も狭くなってきていた。

 

「各員、周囲の警戒をしつつ武装の確認を」

 

 八幡はそう指示し、次に陽乃に確認するようにこう尋ねた。

 

「姉さん、この車の性能は、予定通りですか?」

「ええ、大丈夫よ」

 

 今八幡達が乗っている車は、大型ワゴンタイプの一見普通車に見える外見をしていたが、

中はシートが全部取り払われ、運転席だけが残されている形となっている。

床は柔らかいシートが敷き詰められており、十人乗っていても不自由なく移動が可能であり、

窓も含めて全部が防弾仕様となっていた。ちなみに床下には収納があり、

一見してそれとは分からないが、そこに銃器が詰め込まれている。

 

「なら簡単には破られないな、さて、相手がどう出るかだが……」

 

 その瞬間に前を走るガブリエル達の車の更に前方に、

いきなり横から車が飛び出してきて道を塞いだ。

前方の車が急ブレーキをかけ、紅莉栖もそれを見て車を止めた。

その瞬間に後方に、わらわらと人が飛び出してきた。

 

「ちっ、敵の人数はそれほど多くはないが、囲まれたか」

「やるしかないね」

「そうだな、やるしかない」

 

 その瞬間に再びトランシーバーが鳴り、それに答えた紅莉栖がこう叫んだ。

 

「あっちの部隊で殲滅するらしいから、援護だけ頼むって」

「………分かった、その言葉に甘えさせてもらうとするか」

 

 仲間に人殺しをさせたくないと思った八幡は、その言葉に頷いた。

そしてリアルでの銃撃戦が始まった。


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