「まさかあのシャナが、君みたいな若者だったとはな、まだ子供じゃないか」
「俺はこれでも成人してるんだが、まあ日本人は若く見えるって言うからな、
間違えても仕方ないな、おっさん」
ガブリエルは当然八幡のデータは入手し、目を通しているはずなので、
これは単に軽口もしくは初っ端のジャブのような物だろう。
それに対し、八幡は憎まれ口で返事をし、ガブリエルはふふんと鼻で笑った。
「まあ九人も女性を囲ってるんだ、若く見えるのは当然だろうな」
「いや囲ってねえから」
八幡は咄嗟にそう答え、直後に盛大に舌打ちした。
このやり取りは、どうやらガブリエルの勝ちのようである。
「チッ、言っておくが、俺は負けたとは思ってないからな」
「それは今の会話の事か?それともBoBの事か?」
「さて、どっちだろうな」
八幡はそう言いながら、フン、と鼻を鳴らした。
「あの時は……いや、終わった事はもういいか、今回は助けられたな、ありがとう」
「いやいや、お前しっかりと反応してたじゃねえかよ」
「それでも助けられた事には変わりないだろう、いい動きだった」
「お褒めいただいて恐縮だが、あんな動き、一瞬しか出来ないって。
俺は所詮素人だからな、今もほら、足がガクガクだ」
「そう言いながらしっかり立っているようだが……」
「かっこ悪いところを見られないように無理してるだけだって」
「そうか、無理をさせてしまってすまないな」
ガブリエルはその八幡の言葉を信じたのか、素直にそう言った。
実際この時八幡の足は、少し痙攣ぎみであった。急制動をかけたのが響いているのだろう。
だが八幡は、ガブリエルの前では死んでも弱音は吐くまいと、虚勢を張っているのだった。
「しかし護衛対象に助けられるとは俺もヤキが回ったもんだな」
「貸しだからな、貸し」
「貸しか、面白い、で、その貸しはどうやって返せばいい?」
「そんなのは自分で考えろ、ちなみに俺は、第四回BoBにはエントリーするつもりだ」
「ほう………」
ガブリエルはその言葉に目を細めた。
「前回の大会の時は、仕事が入っていた上に、
アメリカからの接続が遮断されていたから参加出来なかったが、ふむ」
ガブリエルは少し考えた後に、八幡にこう言った。
「確約は出来ないが、仕事が入っていなかったら必ず参加すると、約束しよう、
今はこのくらいが精一杯だがそれでいいか?」
「まあ仕事じゃ仕方ない、十分だ」
「しかしこれは、借りを返す事になるんだろうか」
「本人同士がそう思ってるなら、そうなるんじゃないか」
「そうか、それならいい」
「今度は絶対負けねえ」
「今度も絶対に負けん」
そして二人は不敵に笑い合い、自分達の部屋に戻ろうとした。
だが振り向いた八幡の目の前に、黒いマスクを被った傭兵が一人、立ちはだかっていた。
「うお」
「おいお前、お前がシャナなのか?」
いきなりその壁からそんな言葉が聞こえた為、八幡はぎょっとした。
背後に誰かいる気配は感じていた為、驚いたという訳ではない、
八幡がぎょっとしたのは、自分よりも背の高いその傭兵が、
その声で女性だと気付いたからだった。
「何だ?気付いてたんだろ?何故驚く」
「いや、あんたが女性だっていうのはさすがに分からなかったから、少し驚いた」
「ん、ああ、そうか」
その女性はそう言ってマスクをとった。
その顔は、どこかガブリエルに似た顔をしているプラチナブロンドの美人だった。
「あんた、その顔……」
「俺の顔に何かついてるか?」
「あ、いや」
そう言いながら八幡は、チラリとガブリエルの方を見た。
「そいつは俺の妹だ」
「やっぱりかよ」
「レヴェッカ・ミラーだ、宜しくな、少年」
「お、おう、宜しく」
そう言ってレヴェッカは八幡に手を差し出し、二人は握手を交わすかに見えた。
その瞬間に八幡は手を引き、レヴェッカは驚いたような顔で言った。
「よく分かったな」
「何だよ、やっぱり関節でも極めるつもりだったのか?」
「正解だ」
「お~いガブリエル、お前の妹、手癖が悪いみたいだぞ」
「粗忽者ですまないな」
「お前、よくそんな日本語を知ってるな……」
八幡がそう言いながらガブリエルの方に振り向いた瞬間に、
レヴェッカはいきなり八幡の首に手を回し、自分の胸に押し付けた。
「ふふん、捕まえた」
「おいこらやめろ、色々洒落にならないから!」
レヴェッカは傭兵らしく、その肉体は引き締まっていたが、
こういう時のお約束通り、とてもグラマーな体型をしていた。
「おいガブリエル、何なんだよこいつ」
「答えは簡単だ、レヴェッカは、お前のファンなんだよ」
「はぁ?」
「BoBで俺と互角にやり合ったのを見てファンになったらしい」
「そういう事か……」
そしてレヴェッカは、とても嬉しそうにこう言った。
「お前本当に格好いいよな、あのゲンペイガッセン?とかいうのにはしびれたし、
他にも色々活躍してるよな、いやぁ、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったぜ」
「そりゃどうも、ってかとりあえず離せって」
「いいじゃねえか少しくらい、減るもんじゃないだろ」
「俺の理性がゴリゴリ減ってくんだよ!」
「とか言って、本当は嬉しいんだろ?ほれほれ」
「ガ、ガブリエル、何とかしてくれ!」
「レヴェッカ、そのくらいに……」
その時二人の背後から、八幡が一番恐れていた声が聞こえた。
「八幡君、さっきから見てると随分楽しそうだけど、
まさかその子の胸の感触を楽しんだりはしてないかな?かな?」
「待て明日奈、どこからどう見ても俺は楽しんだりはしていない、
むしろ最初から、離せと連呼しているくらいだ」
「ん、誰だお前?」
レヴェッカはその声を聞き、やっと八幡を開放し、振り向いた。
その喉にいきなり棒状の物が突きつけられ、レヴェッカは咄嗟には反応出来ず、固まった。
よく見るとそれはただの傘であり、別に危険でも何でもない物だったのだが、
レヴェッカはその傘が白刃に見え、思わず懐に手を入れた。
だが明日奈はその手を傘で突き、懐の銃を抜かせなかった。
「そんな物を出したらガブリエルさんに怒られるよ?」
「ちっ、何なんだよお前は」
「私?私は……」
そして明日奈は満面の笑みでレヴェッカに言った。
「彼の婚約者にして、永遠のパートナーである結城明日奈だよ」
その言葉が脳に染み入ったところで、ガブリエルとレヴェッカは八幡と雪乃を交互に見た。
そして雪乃が慌てて目を背け、八幡がまったく動じないのを見て事情を察したのか、
二人は生暖かい目で八幡の方を見た。
「おいお前ら、俺をそんな目で見るな」
「いやぁ、あっはっは、そういう事だったのか、君も大変だな」
「だから俺をそういう目で見るな」
「ああ、それじゃあもしかして、あんたがシズカなのか?」
「うん、そうだよ」
シャナのファンを自称するレヴェッカは、物知り顔でそう言い、明日奈もそれを肯定した。
「なんだ、てっきりあっちにいるのがシズカだと思ってた、
だってどう見てもあっちの方がシズカっぽいだろ?」
「あ~、うん、それは確かにね、ちなみに雪乃はニャンゴローだから」
「えっ?」
そう聞いたレヴェッカは光の速さで雪乃のところに行き、じろじろとその顔を覗き込んだ。
「ま、まじかよ……あんた、本当にあのニャンゴローなのか?」
「う……そ、その通りだ、どうだ驚いたか、あはははは」
雪乃は開き直ったように微妙に先生が混じった口調でそう言い、
レヴェッカはそんな雪乃の胸を見ながら言った。
「それにしちゃ、こっちは随分……」
「し、失礼な、どこを見ながら言っているのだ!」
「おう、悪い悪い、あまりのギャップについ、な」
「レヴェッカ、そのくらいに」
「おう、すまん兄貴、もうおふざけはこのくらいにするよ」
レヴェッカはガブリエルにそう言われ、大人しく八幡の所に戻り、開口一番にこう言った。
「うし兄貴、俺は目的地に着くまでこの連中と行動を共にするぜ、いいだろ?」
「それは別に構わないが……」
そう言いながらガブリエルは八幡の方を見、八幡は仕方ないという風にそれに頷いた。
「お許しが出たぞ、レヴェッカ」
「有難てえ!うし、シズカ、ニャンゴロー、GGOの話を色々聞かせてくれよ」
「あ、う、うん」
「仕方ない、付き合ってやるか」
そして去っていく三人の方を見ながら、ガブリエルは八幡に言った。
「悪いな、あいつはちょっと感情をストレートに出しすぎるところがあってな」
「いや、まああいつらに、アメリカでいい友人が出来たと思えばまったく問題ない」
「職業柄、今後敵対する可能性もあるから、あまり推奨は出来ないんだがな」
「その時はお前だけ敵対してくれ、あいつらが殺し合いをする場面なんざ見たくないだろ?」
「まあな」
そしてガブリエルと八幡は、今後の予定を話した上でこの日はそれぞれの部屋へと戻った。
だが八幡は忘れていた、これから自分が、十人の女性に囲まれて、
男一人で寝ないといけない事を。
「ジャンケン、ポン!」
「あいこでしょっ!」
「………お前ら、何ジャンケンなんかしてんの?」
「決まってるじゃない!、誰が八幡君の隣で寝るかの勝負だよ!」
「片方は明日奈で決まりだから、もう片方をね!」
「つ~か何でレヴェッカまで参加してるんだよ……」
その勝負が決着した後も、頭方向、足方向の場所決め勝負が行われ、
八幡は勝負に不参加の紅莉栖と共に、体育座りでその光景を眺めている事しか出来なかった。
「俺は早く寝たいんだが……」
「我慢しなさい、私だって我慢してるんだから」
「お、おう、何か悪いな」
「もう慣れたわ、そう言えば先輩、何事もなく無事に教授の所に着いたってよ」
「そうか、それは朗報だな、いよいよ明日か」
「ええ、明日ね……」
こうして八幡は、明日の午前中にガブリエルの雇い主に会った後、
ついにレスキネン教授と対面する。