「そろそろ時間よ、明日奈ちゃん、薔薇、そろそろ準備して」
「姉さん、話し合い、上手くいったかな?」
「どうかしらね、まあ八幡君なら上手くやったでしょう」
「そうそう、こいつはやる時はやる男だしね」
陽乃の呼びかけに答え、明日奈と薔薇はそれぞれ八幡とレスキネンに付き、
陽乃のカウントに合わせ、三人はアルゴのPCに直結していた回線を同時に引き抜いた。
「五、四、三、二、一、切断!」
そして三人は同時に目を開き、緊張する一同に、八幡は親指を立ててみせた。
その瞬間に大歓声が上がった。
「教授、ありがとうございます!」
「マホ、心配かけたね、これから忙しくナルから覚悟しておくんだよ」
「はい!」
真帆はレスキネンとそんな会話を交わしていたが、
どうやらそれで緊張が解けたのか、その目は少し涙ぐんでいた。
そして雪乃もまた、心配そうな顔で八幡に話しかけていた。
「まあ心配はしていなかったのだけれど、よくやったわね、八幡君」
「おう、心配かけて悪かったな、雪乃」
「だ、誰が心配なんか……」
「雪乃は相変わらず素直じゃない、悪い癖」
「ク、クルス、別に私は……」
「私は心配していたわよ」
「薔薇さん……」
そうおろおろする雪乃をよそに、志乃と茉莉も八幡に声をかけた。
「これで半分くらいは終わったかな?」
「まあそうですね、とりあえずお二人の緊張が解けるように、
最後の仕上げをしちまいますね」
「さすがは八幡君、敵には容赦ないね!」
それを聞いた陽乃が、八幡にこう尋ねてきた。
「それじゃあこっちも予定通りにやっちゃっていいかしらね」
「はい、やっちゃいましょうか、安全は早めに確保しないとですしね。
教授、これから教授の元雇い主のとある情報をリークしますから、
すぐに向こうからの干渉は無くなるはずなんで、安心して下さいね」
その言葉にレスキネンは、驚いた顔で言った。
「よく僕が唯一心配シテいた事が分かったネ」
「まあ最初から織り込み済でしたからね」
「で、何をスルつもりなんだい?」
「このデータをこの国で一番おっかない所にリークします」
「これは……?」
「ストラの裏帳簿ですね、もちろん教授が関与した証拠は既に消去してあります」
「裏帳簿……ヨクそんな物を入手出来たね」
レスキネンは苦笑しながらも、八幡達ならありえるかと納得したように言った。
「まあうちには腕のいいハッカーが揃ってますから」
それにアルゴが腕を上げて応え、八幡は続けてこう言った。
「という訳で、敵の幹部連中は全滅する事でしょう。
容疑は脱税、リークするのは当然国税局です」
「なるほど」
「で、代わりにトップになるのは、今俺達に傭兵団を付けてくれている、穏健派の一人です」
「もしかシテ、そのトップっていうのはドナルドかな?」
それが誰なのか分かったのか、レスキネンは八幡にそう問いかけた。
「正解です教授、あの人は損得で動いてくれますから、こういう時は頼りになります」
「あの人がトップになるナラ、もうあんな実験は二度とやらないダロウね」
「一時的に評判が落ちるかもしれませんが、うちも援助しますから」
「なるほど、もう話し合い済なんダネ」
「はい、いずれニューロリンカーをこっちで販売する事になったら、
その委託先は全てドナルドさんに任せるつもりなんで」
「ソレは利益が凄い事になりそうダネ」
「大統領の座も狙える程度には」
八幡とレスキネンはそう言って笑い合ったが、
そこに明日奈がきょとんとした表情でこう質問してきた。
「八幡君、ニューロリンカーって?」
「ああ、カイバーリンカーって名前は嫌だって紅莉栖が駄々をこねるんでな、
ニューロリンカーに変えてみた」
「へぇ、でも何かいい響きだね、その名前」
「それって誰の提案?」
「紅莉栖だな」
「えっ、嘘!?」
他の者も驚いたようだが、そう言って一番驚いたのは、
この中で紅莉栖との付き合いが一番長い真帆であった。
「あ、あの紅莉栖がそんなネーミングを?まさか、信じられないわ」
「先輩………?」
「紅莉栖といえば、そういうセンスが無い事で有名なのに、
日本に行った事で紅莉栖のクリエイティブな部分が刺激されたのかしらね……」
「先輩………」
「それとも何か他の要因が?紅莉栖も最近色気づいてきたみたいだし、
下着が派手になるのもまあ仕方ないか……」
「せ、先輩!どさくさまぎれに私に関する意味不明な風評被害を広めないで下さい!」
「ふん、先輩を差し置いて、一人で男を作るからよ」
「なっ……」
紅莉栖はその言葉に絶句しつつも、日本に戻ったら真帆に誰か男を紹介しようと決意した。
だが当然八幡やキョーマはそういった方面では役に立たず、
紅莉栖のその決意は空振りに終わる事になる。
「それじゃあこっちは進めとくから、
八幡君はガブリエルに事の経緯を話してきてもらえる?」
「そうですね、話を通してきます」
「ついでにレヴェッカちゃんに、昨日の話がどうなったか確認してもらえる?」
「ああ、あのボディガードの話ですか……
四六時中あいつに張り付かれるのは正直息が詰まるんですけどね」
「出来るだけ遠くから見守らせるようにするから、
せめてジョニー・ブラックが捕まるまでは我慢して頂戴」
「やっぱりそれが問題でしたか、分かりました、そこは我慢します」
八幡はその陽乃の言葉にそう頷き、外に出た。
廊下の左右には、ガブリエルの部下が立っており、八幡はその一人に、
ガブリエルに取り次いでもらえないかと頼み、快諾してもらう事が出来た。
そしてすぐにガブリエルが現れ、八幡を自分達の部屋へと案内した。
「その表情だと、どうやら色々と上手くいったようだね」
「ああ、話は纏まった、こっちの勝ちだ」
「という事は、君達の護衛ももう必要ないという事だね」
「そういう事だ、正直助かった、恩に着る」
「ビジネスだからね、礼を言う必要はないさ」
「日本人ってのはそういう生き物なんだよ、
まあかといって、BoBで手を抜いたりはしないけどな」
「むしろ手を抜かれたら、逆に不愉快になるだろうな」
「だよな」
そして二人は握手を交わし、再戦を誓った。
「確約は出来ないが、もしその時が来たら、その時は宜しく」
「俺が勝つと思うが、そうなっても恨みっこ無しだからな」
「まったく君は子供だな、まあ勝つのはこっちだが」
「どっちが子供だよ……」
そして二人は同時に肩を竦め、八幡は部屋に戻ろうとし、
レヴェッカの事を聞き忘れていた事に気が付き、ガブリエルにその事を尋ねた。
「ああ、その話か、その事で一つ頼みがある」
「頼み?俺にか?」
「ああ、君にしか頼めない事だ」
「分かった、聞こう」
そしてガブリエルは、八幡にこう切り出した。
「実はレヴェッカは、うちから退社させる事にした」
「はぁ?もしかしてレヴェッカって腕が悪いのか?」
「いや、逆だ、あいつは俺の次くらいには腕がいいし、危険に関しての鼻も利く」
「ならどうして……」
「次の仕事が少しうさんくさいんでな、あいつを安全圏に置いておきたい」
「………何関連の仕事か聞いてもいいか?」
八幡は駄目元でそう言ったが、ガブリエルは予想外に、あっさりとこう言った。
「政府関係だ、中東がキナ臭いんでな、多分そっちに行く事になると思う」
「戦争になるのか……」
「あくまで可能性だ、あそこから火種が消える事は無いからな」
「確かに」
「という訳で、妹思いの俺としては、君にしばらくあいつを預かって欲しいと、
そう考えたという訳だ」
その頼みに八幡は、余計な事は言わずにこう即答した。
「オーケーだ」
それに対してガブリエルは、頷きながらこう言った。
「君が日本人で良かったよ」
「こういう時だけ持ち上げるんじゃねえ」
「という訳で、レヴェッカの説得を頼む」
「説得!?」
八幡は、そのガブリエルのまさかの言葉に驚いた。
「まさかまだレヴェッカに話してないのか?」
「ああ、あいつにそんな説明をする訳にはいかないからな」
「まじかよ……どうすっかな……」
「ソレイユの社内規定で外部の人間は雇えないから、
一時的に云々とでも言っておけばいいんじゃないか?」
「それでいくか……あくまで一時的な措置だってゴリ押しだな」
「書類上うちと関係が無い体裁だけ整えられればこちらとしても問題ないから、
その方向で話を進めてもらえると助かる」
「一個貸しだからな」
「分かった、借りておこう」
こうしてレヴェッカのソレイユ入社が電撃的に決まり、
八幡はその後レヴェッカにその事を説明し、無事に了解を得る事が出来た。
「で、話は分かったが、俺の肩書きはどうなるんだ?」
「う~ん、まあ考えておくわ」
「いやぁ、楽しみだなぁ、日本」
「あまり羽目を外しすぎるなよ」
「分かってるって、これから宜しくな、大将」
そんな彼女のリアル戦闘力は、オーグマー関連の事件が起こった際に、
八幡にとって一番の助けとなる。
「話はつけてきたぞ、姉さん、そっちの調子はどうだ?」
「驚く程動きが早いわね、さすがはアメリカ国税局、大したものね」
「まじかよ、やっぱ怖えな」
そして八幡も陽乃に詳しく説明をし、陽乃は冗談めかしてこう言った。
「戦争ね、死の商人でもしちゃう?」
「いや、やんねえから……」
「冗談よ、とりあえずこれで安全は確保されたから、
ガブリエル達に護衛してもらうのは今日までという事になるわね」
「だな、今夜は安心してぐっすり寝れそうだ」
「まあまだ寝る時間にはちょっと早いけどね」
「だよなぁ……さてどうするか」
そんな八幡に、珍しくアルゴが声を掛けてきた。
「それならハー坊、GGOにでも行ってきたらどうだ?
なんか今、スクワッド・ジャムとかいう大会が開かれているらしいゾ」
「え、まじかよ、このタイミングでか……」
「これがメンバー表なんだが、見てみろよここ、面白い事になってるみたいだゾ」
その言葉に他の者も集まってきた。そしてメンバー表を見た一同は、当然の如く驚いた。
「え、嘘……何これ?」
「キリト君と闇風君とレンちゃんとフカ!?」
「こっちにはピトとエム君と謎の四人?誰だろ?」
「意味が分からんな、おいアルゴ、ここからGGOの日本サーバーにイン出来るのか?」
「オレっちを誰だと思ってるんだ、ちょろいちょろイ」
「それじゃあ頼むわ、って、アミュスフィアが無え……」
「一つならあるわよ」
「おお」
八幡はその言葉に喜び、続けて紅莉栖もこう説明してきた。
「ニューロリンカーでもイン出来るわよ、
これはアミュスフィアの機能を流用してあるから、フルダイブ機能が付いてるのよ」
「そうなのか、それじゃあ残り三人、新しくキャラを作ってもいいんだし、
誰か希望者はいるか?」
その言葉には、当然全員が手を上げた。
「ちなみにモニターで大会の様子も見れるからナ」
「だそうだ、まあそれでもみんな行ってみたいよな、それじゃあジャンケンな」
こうしてジャンケン大会が行われ、勝者の三人が決定した。
「明日奈とクルスに小猫か、まあ妥当なところか」
「それじゃあ久々に、十狼活動といきますか」
「一体何が起こるんだい?」
安全の為、この日はここに泊まる事になったレスキネンが、面白そうにそう尋ねてきた。
「ただのゲームですよ、教授もそのモニターでのんびりと観戦してて下さい、
雪乃、教授への説明役は任せた」
「ええ、任されたわ」
こうして八幡達は、スクワッド・ジャムを観戦する為にGGOへとログインした。