ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第576話 偶然

 参加者達は知らぬ事だが、大会の開始直前にもう一つ別の出来事があった。

大会が開始されるのを、今か今かと固唾を飲んで見守っていた観客達は、

いきなりドームの入り口からキリトが登場した時以上の大歓声が聞こえてきた為、

一体何だろうと思い、そちらを見た。そしてそこに立っていた四人の人物の姿を見て、

その者達も同様にその大歓声の輪に加わった。

 

「うわ、凄い歓声……」

「何だ?随分場が温まっているみたいだな」

「試合開始にはギリギリ間に合ったみたいだけど、出場選手が誰もいないわね」

「推測、副長、降臨」

「そうだな、これはキリトの奴の登場の余波に違いないな」

 

 四人はそんな会話を交わしながら、どこか観戦用の個室は空いていないか探す事にした。

 

「さすがにこの時間だとどこも空いてないか……」

「ギリギリになっちゃったしね」

「あ、ああっ!」

「い、生きてた!」

 

 丁度その時、個室の一つから顔を出し、きょろきょろしていた二人のプレイヤーが、

そんな事を言いながらシャナの方に走ってきた。

そしてそのプレイヤーは、人目もはばからずシャナに抱きつき、おいおいと泣き出した。

 

「もう、もう、心配したんだからね!」

「無事なら連絡の一つくらいよこしなさいよ、

ここ数日は生きた心地がしなかったんだからね!」

 

 その二人、ユッコとハルカは心底嬉しそうにそう言いながら、

ぽろぽろと本気の涙を流していた。この世界では涙は我慢出来ない為、

間違いなくこの二人は、心からシャナの身を案じていたらしい。

 

「ご、ごめん、謝る、すまなかった」

 

 シャナはとにかく謝罪の言葉を重ねる事しか出来ず、申し訳なさそうに二人に謝り続けた。

そしてシャナから離れた二人は、今度はシズカ達四人に突撃した。

 

「きゃっ」

「ちょ、ちょっとあなた達」

「あんた達が一緒なのは報道で知ってたから別に心配してなかったけど、とにかくお帰り!」

「本当にもう、こいつの秘密主義はあんた達が何とかしなさいよね!」

 

 二人は口ではそう言いながらも、ずっと涙を流したまま四人を放そうとはせず、

四人は困惑しつつも口々に二人に謝った。

 

「ご、ごめんね二人とも」

「す、すまなかった、この通りだ!」

「猛省、ごめんなさい」

「心配させてごめんなさい、私達は全員無事だから」

 

 そんな六人の姿を他の観客達は、良く分からないといった表情で見つめていた。

そしてそれに気付いたユッコとハルカは、シャナ達を自分達が確保していた個室へと誘った。

 

「みんな、こっちこっち」

「ささ、中に入って」

「お、すまないな、正直助かる」

「さすがに今の状況は、人前じゃ話せないもんね」

 

 そして六人は個室へと入り、やっと一息つく事が出来た。

 

「ふう……」

「凄く注目を集めちゃったわね」

「半分はお前らのせいだからな」

「元はといえばあんたのせいなんだからね」

「お、おう、そうだよな、お前が言うなって感じだよな」

 

 シャナは自虐的にそう言うと、個室の中をきょろきょろと見回した。

 

「あ、今飲み物を用意します」

 

 クルスはシャナの視線の意図をそう判断し、席を立った。

 

「あ~……お、おう、すまないが頼むわ」

「はい」

 

 シャナは飲み物が必要だという事もまた事実であったので、そのままクルスにそう頼んだ。

そして次にシャナは、ユッコとハルカにこう尋ねた。

こちらが本当のシャナが気にしていた事である。

 

「なあ、ゼクシードはいないのか?」

「あそこ」

「あそこ?」

「うん、あそこ」

 

 シャナは二人が指差す指の先にあるモニターを見ながら首を傾げた。シャナの記憶だと、

事前に見た参加者リストの中にはゼクシードの名前は無かったはずだったからだ。

 

「まさか正体を隠して参加してるのか?これって偽名での登録はありだったか?」

「そこらへんはよく分からないんだけど、試しにやってみたら出来たんだって。

名前は適当でも、対象プレイヤーが許可すれば、そのまま登録出来るみたい」

「BoBじゃ出来なかったはずだけど、まあこの大会は日本サーバー限定みたいだし、

お祭り的な要素もあるからそうしたのかもな、ザスカーの運営も中々やるなぁ」

「戦争の時もかなり融通を利かせてくれたしね」

「数日後にザスカーの運営と話し合いをする予定だが、

前向きに話を進められそうで良かったよ」

 

 ユッコとハルカはその言葉を受け、シャナにこう尋ねた。

 

「ザスカーってこのゲームの運営会社だっけ?その為にアメリカなんかへ?」

「で、ハイジャックに巻き込まれたって話は結局どうなってるの?

ニュースでも一切続報を流さないからやきもきしてたんだよ?」

「あ~、ハイジャックがあったらしいのは事実だし、

それがおそらく俺達を狙ったものだったっていうのも確かだな」

「ええっ!?」

「ど、どういう事!?」

 

 驚く二人にシャナは、淡々とこう言った。

 

「実はチケットは買ってあったんだが、俺達は誰もその便には乗ってなかったんだよ、

だから名前だけが乗客リストに残ってて、そのまま報道されたって事だな」

「あ、そういう事だったんだ」

「でもその言い方だと、襲撃を予測してたような感じに聞こえるんだけど」

「あるかもしれないと想定はしてたな」

「そうなの!?」

「襲撃って、映画じゃないんだから……」

 

 シャナの浮世離れしたその言葉に、二人はシャナの住む世界と自分達の住む世界は、

やはりまったく違うのだと実感させられた。

もっともそれで友達付き合いをやめるほど、二人の神経は細くはない。

 

「ああ、だから俺達は慎重を期して自前の便をチャーターして目的地に向かったんだ、

そして実は、あの海に落ちたっていう報道は微妙に事実とは違う」

「どういう事?」

「実はあの飛行機には、乗客は人形しか乗っていなかったんだよ。

そもそもあの便に乗る予定だった奴は存在しない、全部のシートをうちで買い占めたからな」

「全部って……」

「そしてそこに乗っていたのは、見た目だけは精巧に作られたAI搭載型の人形だけ。

犯人達も驚いただろうな、乗客リストだと満席なのに、

実際乗っていた客数はその半数以下だったんだからな」

「そこまでする!?」

 

 二人はその話を聞いて、全部でいくらかかったんだろうかと想像し、クラッとした。

 

「で、乗っていたのは機長達三人だけ、積んであった燃料も必要最低限、

もちろん機長達のコクピットに繋がる扉は完全防弾で、

特別報酬も弾ませてもらった。

そしてその小型ジェット機は、ハイジャックをする予定だった犯人達を連れ、

とある島に着陸した。その島には『偶然』滑走路があり、

『偶然』演習中だったアメリカ軍が駐留していた。

で、そこで待ち構えていた軍の人間が『偶然』犯人を拘束、

そして『偶然』同時にリークされた情報によって、

そのバックにいた会社に国税の査察が入り、

『偶然』そこからそのハイジャック未遂犯達に繋がる情報が出てきたと、

今回の事件はそういった流れだった訳だ」

「偶然偶然偶然、ね……」

「おう、偶然って怖いよな」

「そ、そうね、怖いわよね……」

 

 二人はシャナだけはもう二度と敵に回したくないと改めて思い、

同時に事情を知った為、安心したような顔でシャナに言った。

 

「まあいいわ、それじゃあ危険な事は何も無かったのよね、良かった良かった」

「まあさすがに映画みたいに、その後他の場所で襲撃を受けて、

銃撃戦になったなんて事、ある訳ないよね」

「おいハルカ、お前エスパーかよ……あっ、やべ」

「ええ?もう、私にそんな特殊能力がある訳……え?」

 

 ハルカはその冗談に対し、いつものように軽く返そうとして、

その言葉の意味に気がつき、ユッコと顔を見合わせると、猛然とシャナに詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと、今のどういう事!?」

「まるで映画ばりの銃撃戦をちょっとやってきた、みたいな言い方に聞こえるんだけど!?」

「あ、えっと……」

 

 シャナは気まずそうに目を背け、他の者達は、その姿を見て苦笑した。

シャナは、身内の前だとこういったやらかしをする事が意外と多いのだ。

 

「ほ、本物の銃って意外と重いよな」

「ああああああああああ!」

「やっぱりこいつ、やってやがった!」

「おいこら、こいつ言うな」

「あんたなんかこいつで十分よ!もう、もう!」

 

 シャナはそのまま二人に事の次第を説明し、あくまで自衛の為であり、

十分準備はしたと言い訳し、何とかそれで納得してもらった。

 

「もう、あんたが普通の世界の人間じゃないのは分かるけど、

自分の命をチップにするような事はしないでね」

「お、格好いい言い回しだな、それ」

「茶化さないの!」

「お、おう、すまん……もう出来るだけこういう事はやらないから」

「出来るだけ……ね」

 

 それでとりあえず話は落ち着き、試合開始までの短い時間、

六人は雑談に興じる事となった。

 

「それじゃあ今はアメリカからログインしてるんだ」

「アメリカからの接続って出来ないんじゃなかったっけ?」

「まあ色々手段はあるらしいぞ」

「とりあえずもう危ない事は無いんだよね?」

「備えは怠らないけど、うん、もう大丈夫だよ」

「次はどこに行くの?」

「予定だとテキサスにあるザスカー本社だな!」

「お土産、期待してるからね」

「分かってるわ、任せて頂戴」

 

 そんな雑談をしながらもモニターを見ていた一同の目に、

最初にPM4の姿が映し出された。

 

「お、ピトのチームか、エムも一緒なんだな、そしてあの覆面の四人、

動き方にどこか見覚えがあるような……例えば……」

「あ、ゼクシードさんだ」

「そうそう、例えばあれはゼクシード……って、はああああ?」

 

 その言葉を聞いたシャナは、この日二番目に驚愕した。

一番目の内容についてシャナが知るのは、この直後である。


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