ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第577話 ピトフーイ包囲網(リアル)

「おいおい、あのゼクシードがピトフーイのチームメイトだと?」

「ええ、もっともピトフーイは、その事を知らないと思うけどね」

 

 それはつまり、人選に別の人物の思惑が絡んでいるという事であろう。

シャナはそう思い、ストレートにユッコにこう尋ねた。

 

「それは誰の差し金だ?」

「ええと、ギンロウって人に頼まれたんだって」

「ギンロウに?意味が分からん……って事はあの中の一人はギンロウなのか、

それにあれは……ダインか、ダインだな、しかしあと一人が分からない」

「あの四人の顔合わせの時に私達もいたから知ってるわよ、あれ、スネークって人だったわ」

「何やってるんすか閣下!お遊びが過ぎるでしょう!」

 

 ダインやギンロウ、それにゼクシードの動向に関しては、

疑問ではあるがそこまで反応しなかったシャナであったが、

さすがにその名前を出されては、声を荒げざるを得なかったようだ。

 

「うわ、驚いた、もしかしてスネークの中の人とも知り合いなの?」

「あ、ああ、まあそうだ、あの人はとんでもない大物で、

ゲームばかりやってていいような人じゃないって事だけ覚えておいてくれればいい」

「そ、そうなんだ……」

「深く突っ込まないでおく事にしようね、ユッコ……」

 

 二人にとっては大物の括りに入るシャナがそこまで言う人物とは何者か、

二人は怖くてそれ以上知るのが嫌だった為、そう言うに留め、それ以上は何も聞かなかった。

社会人になる者として、それなりに政治経済の分野の事も情報収集している二人だったが、

実は先ほど聞こえた閣下という言葉には心当たりがありまくりなのであった。

だがその事について、二人は完璧に口をつぐみ、その言葉は記憶から消す事にしたようだ。

 

「で、どういった経緯でそんな事になってるんだ?」

「ええと、冗談なのか本気なのかは分からないけど、

何かピトフーイが、この戦いでレンちゃんに勝ったら死ぬとか何とか言ってるらしくって」

「………何だと?」

「私達があまり踏み入るべきじゃないと思ったから、

その四人とエムさんの五人だけで話してもらったんだけど、

ゼクシードさんからさし触りのない部分だけ教えてもらった内容がそれだったの」

「あのゼクシードがそんな事を?って事は冗談じゃないって事なのか?

ピトの野郎、何でそんな事を……」

 

 他の者達もその話を聞いて困惑したようで、特にピトフーイと仲のいいロザリアは、

まったく心当たりが無かったせいか、縋るような目でシャナの方を見つめていた。

その視線を受け、シャナはロザリアにこう尋ねた。

 

「おいロザリア、確かピトフーイにも、事前に手紙を出しておいたはずだよな?」

「ええ、間違いなく」

「その手紙があいつの手に渡ってないという可能性は?」

「あの子が気付かなくても、エム君が絶対に気付くはずじゃない?」

「そうだよな、事務所経由の手紙はあいつが全部マネージャーとして処理しているはずだ」

 

 その言葉にロザリアはビクッとした。

 

「あ、ま、まさか……」

「どうした?何か心当たりでもあったか?」

「そ、それが私、あの手紙は直接ピトフーイの家のポストに投函したの。

だから事務所とかは通してないのよね……」

「直接家に?お前、あいつとそんなに仲が良かったのか……」

「というか、独立の時に新しい家を手配してあげたのは私だから……」

「そういう事か、で、私生活がだらしないあいつは、郵便物を放置している可能性があると」

「多分そういう事なんだと思うわ」

「しまった、情報を制限した事がこんな形で裏目に出るとは……」

 

 シャナはその事を悔やんだが、同時に怒りもこみ上げてきたらしい。

そしてシャナは、他の者達が疑問に思うほど、過剰な反応を見せた。

 

「確かにもっと早くに正確な情報を流すべきだったかもしれないが、

それにしても死を選択する事は無いだろう、畜生、おいロザリア、

今からザスカーの本社に連絡して、俺を参加者として中に……」

「さすがに大会が始まってしまった以上、それは無理よ、

もっと現実的な手段を考えましょう」

「くっ、何か手は無いのか?このままだと間に合わなくなっちまう、

そうしたらあいつは俺のせいで死……」

 

 そんなひどく動揺したシャナの背中を、シズカがそっと抱いた。

 

「落ち着いて、シャナ。ここはSAOじゃない、SAOじゃないんだから、

何も心配する事は無い、無いんだからね」

 

 その言い聞かせるような口調に他の者達はハッとさせられた。

シャナの言動が少しおかしな事に気付いてはいたが、

どうやらシャナが、GGO内でピトフーイが死ぬと同時に、

現実世界のピトフーイも死ぬという間違った認識を抱いていたとは気付かなかったからだ。

この辺りの機微は、この中ではシズカにしか分からない。

そして遅ればせながら、他の者達も口々にシャナに言った。

 

「そうだぞシャナ、勝とうが負けようが、大会を終えて外に出てきたあいつを、

全員で拘束して正座させて大説教をかましてやればいいだけの話だ」

「そうそう、あんたが何か心配するような事は絶対に起こらないから安心していいわよ」

「一番まずいのは、ピトがいきなりログアウトして事に及ぼうとする事のはずです、

幸い大会はまだまだ続きますから、その間に直接ピトフーイの家に、

信頼出来る人員を派遣しておけばいいと思います」

「そ、そうか、そうだよな、よし、早速誰がいいか考える」

 

 その言葉でシャナもやっと落ち着いたのか、ああだこうだと頭を悩ませ始めた。

 

「そういえばロザリア、あいつの家ってどこにあるんだ?」

「アキバよ」

「アキバだと?そうすると……」

 

 当然シャナの頭に真っ先に浮かんだのは、フェイリスの姿であった。

フェイリスならば、あの辺り一帯のビルのオーナー全てに顔がきくはずだ。

 

「フェイリスなら、あいつに直接会っても動揺する事も無いだろうからな」

「一般人が見ると動揺するような人がピトフーイの正体なの?」

「ん?二人は一度会った事があるはずだが、まあそういう事だ」

「一度会った……?私達とあんたが会った時に居合わせた有名人……?」

 

 そして二人の頭の中に、同窓会の光景と、その時に居た一人の人物の名前が浮かんだ。

 

「や、やっぱり今の質問は無し!これ以上深入りするのは絶対にまずい気がする」

「そんな裏側知りたくない知りたくない、一般人の私達をあんたの世界に巻き込まないで!」

 

 二人は同窓会であんな目にあってから、逆に神崎エルザのファンになっていたが、

同時にピトフーイの性格を熟知していた為、

エルザに対して抱いていた憧れのようなイメージを崩したくなかったのだろう、

頭を振りながら一刻も早く今の言葉を忘れたいという風にそう言った。

 

「で、残りの人選だが、どう思う?」

「普通にキョーマ君じゃ駄目なの?」

「でもロザリアさん、もしかしてあの子、全裸でプレイしてるかもしれないよ?」

「あ、それはあるかも………」

 

 そしてシャナは、少し考えた上で二人の人物の名前を出した。

 

「一人はまゆさんだな、まゆさんなら芯がしっかりしてるから、

あいつをきちんと説得してくれるだろう」

「あ、うんそうだね、まゆりちゃんなら信頼出来るね」

「それともう一人、フェイリスと面識があって、威圧感のある奴がいてくれるといいんだが」

「威圧感ね……それならあの子しかいないわね」

「あ、うん、私もそれ思った」

「同意、推奨」

「だな、よし、それでいこう。問題はどうやって連絡をとるかだが……」

 

 四人はその人物の名前を出さなかったが、それで話はどんどん進んでいった。

ユッコとハルカは首を傾げながらも、一人同じように頭に浮かんだ人物がいた為、

多分その子なんだろうなと思いつつ、シャナに言った。

 

「えっと、シノンならさっき見かけたわよ」

「多分ここの隣の個室にいると思う」

「まじかよ、あのツンデレメガネっ子、そんな近くにいたのか!

おいロザリア、それにマックス、あいつをここに拉致ってこい」

「オーケー」

「了解しました」

 

 そして二人は部屋を出ていったかと思うと、直ぐにシノンを連れて部屋に戻ってきた。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、無事だと思って安心したらいきなり何を……

って、シャナ、シャナじゃない!」

 

 シノンはシャナを見た瞬間に、恐るべき力で二人を振りほどくと、シャナに飛びつき、

わんわんと泣き始めた。

 

「本当に良かった、ま、まあ手紙は読んでたから別に心配はしてなかったけど!」

「お前、こういう時までツンデレメガネっ子プレイをしなくてもいいんだぞ……」

「プ、プレイって何よ、自意識過剰なんじゃないの?

とにかく私はまったく心配なんかしてなかったんですからね!」

「ああ、はいはい、分かった、分かったからとりあえず俺の話を聞け」

「あ、ま、待ってシャナ、大変なの、ピトが、ピトが!」

 

 どうやらシノンは、事前にピトフーイに接触していたらしく、

ピトフーイから直接何か話を聞いたようで、自分がどうにかしなくてはと、

個室にこもって大会の様子を注視していたらしい。

 

「控え室に入る直前のピトに偶然会ったんだけど、その時ピトが突然こう言ったの、

『今日でお別れね、今までありがとう、シノノン』って。

そしてあいつ、そのまま部屋に入っちゃって、

その直後にエムさんに、事情を全部聞かせてもらったのよ」

「そういう事か、で、お前はどうするつもりだったんだ?」

「もちろん大会が終わった直後にピトの控え室に乗り込んで、ぶん殴るつもりだったわ」

「おおう、さすがというか……」

「そうだね、さっすがシノノン!」

「やはり適役ね」

「暴力隠好意的小悪魔」

「ごめんイクス、何を言ってるのか分からない」

 

 そしてシノンはシャナから説明を受け、その役目を承諾した。

 

「任せて、リアルで一発あいつの腹にパンチをお見舞いしてやるわ」

「顔って言わない所がよく分かってるというか、お前そんな武闘派だったか?」

「まあ私はやられる方だったから」

 

 そのシノンの言葉を理解したシャナは、即座に頭を下げた。

 

「すまん、俺がデリカシーが無かった、お詫びに俺にも一発入れてくれていい」

「そう?じゃあ遠慮なく」

 

 そしてシノンは目にも止まらぬスピードで、

シャナの腹めがけていきなりパンチを繰り出した。

だがさすがというか、シャナはそのパンチを鮮やかに避け、即シノンに抗議した。

 

「おい馬鹿てめえ、そういう時は頬をパチンとするとか、女の子っぽい仕草をするもんだろ!

どこの世界にそのゴリラ並のフルパワーで男に腹パンしようとする女子高生がいるんだよ!」

「チッ、避けられたか」

「チッ、じゃねえよ、お前は何を考えてるんだ!」

「たまにはいいかなって思って。最近ちっとも一緒に遊んでくれないし」

「お前はガキか!」

「まだピチピチの高校生のガキですが何か?」

「自分でピチピチとか言うな、携帯の着信音といい、そういう所がお前は昭和なんだよ!」

「いつもこの私の脚線美に見蕩れているくせに」

「だから自分で言うなよ!」

 

 そんな二人の頭を、シズカがガッシリと掴みながら言った。

 

「はいはい二人とも、仲がいいのは分かったから、そのくらいにしなさい」

「う……」

「シ、シズカ、今のは別に仲がいいとかそういうんじゃ……」

「ん?シャナは私の判断が間違ってると言いたいのかな?かな?」

「いえ、何でもないです……」

 

 そしてやっと話が出来る環境になったと判断したロザリアが、

シャナの代わりにシノンに事情を説明した。

 

「………と、いう訳なの」

「……やっぱりピトって馬鹿なのかしら」

「馬鹿というより自分の気持ちに馬鹿正直なんだろうな」

「自虐的究極愛戦士」

「ごめんイクス、何を言ってるのか分からない」

 

 そしてシノンはその頼みを快諾した。

 

「分かったわ、それじゃあ私はこのまま落ちて、

フェイリスさんとまゆりさんに協力を要請すればいいのね」

「そうだ、結果的に説教が俺達と重複しちまうかもしれないが、気にせずやっちまえ」

「オーケー、腕が鳴るわね」

「頼んだぞ」

 

 こうしてピトフーイを取り巻く環境が推移していく中、ついに各チームが動き出し、

六人はシノンを見送った後、その成り行きを見守る事となった。


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