当初は三十組いた出場チームは、既に半数を割っていた。これはかなり早いペースである。
「早いな」
「いきなり十一チームも潰した頭のおかしいチームがいたからな」
「あ、あは……」
「他はSHINCが多分一チーム、MMTMも一チーム潰してるな、
で、マイナーチーム同士の潰し合いで消えたチームが四チームか、残りは十三チーム、
意外と早く決着がつきそうではあるな」
「このスキャン結果だと、六チームがマップ左上に集まってるね」
「ピトの所を入れると七チームだな、さすがにこれは密集しすぎだから、
おそらく何かしらの話し合いが行われているんだろう」
スキャン直後のSHINCとMMTMの白旗を掲げての話し合いの様子は、
モニターには映っておらず、シャナは状況から推測を交えてそう言った。
現在の状況は、マップ右下のドーム内にLFKYが陣取り、
その周辺で生き残っているチームは皆無である。
そして中央に立ちはだかるようにSHINCが布陣し、
その近くには、どうやらZEMALがいるようだ。
そしてマップ右上にぽつんとT-Sがおり、
マップ左下では名前を聞いた事がない三チームが睨みあっているように見える。
そして肝心のマップ左上では……
「あれ、比較的遠くにいた一チームが移動を始めたな、あそこだけは組んでなかったのか」
シャナはモニターを見ながらそう言い、シズカもじっとモニターを見つめたが、
直後に何か思い出したようにこうシャナに言った。
「ねぇシャナ、あの一番後ろにいる子に見覚えがあるんだけど」
そのシズカの言葉にシャナを目を細めて、
一番後ろをつまらなそうにとぼとぼと歩いているそのプレイヤーを見つめた。
「フードを被っててよく見えないな……
あ、でもあの背負ってる銃はブレイザーR93か、それなら一人思い当たる人がいるな、
以前拠点防衛戦で俺がM82を貸したプレイヤーだ、名前は確かシャーリーさん」
「ああ、あの女の子かぁ!そうかそうか、最初に声をかけたのは私だったよ」
そしてロザリアも、思い出したように横から会話に参加してきた。
「そういえばシノンが言ってたわ、
防衛戦終了後に三人でスナイパー談義に花を咲かせていたらしいじゃない」
「あ、戦争直後のアレ?」
「そういえば私達もその場にいたわ、もっともあの子と会話はしなかったけど」
「むむむ、その時私はクラレンスとかいうのに絡んでたせいで覚えてない……」
最後にクルスが悔しそうにそう言った。自分のその話題に参加したかったようだ。
「あれ、でもKKHC、北の国ハンターズクラブ、だったか?
あそこのスコードロンは、対モブ専門じゃなかったか?」
「そういえばそうだね、どんな心変わりだろ」
「まああのシャーリーさんの様子からして、
どうしてもこういった大会に参加してみたかったメンバーが仲間内にいて、
話し合いの結果、押し切られたって感じじゃないか」
「かもしれないね」
そして六人は、一体何をするつもりだろうかと、KKHCの動向を観察する事にした。
「もしあれがレンやキリト達なら、何をするつもりか簡単に分かるんだがな」
「正面から喧嘩を売るんだよね」
「ははっ、それしかないよな」
「でもKKHCって、いわゆるバレットラインに頼らない、
ライン無し射撃に精通してる人達なんでしょ?
下から遠距離射撃を繰り返すだけでもいい勝負をするんじゃない?」
「かもしれないな……ってあれ、一人だけ、両手を上げて前に出たな」
「ええっ?まさかの話し合い希望?」
「二度目のスキャン後に動き出したからな、この状況で話す内容といえば……」
そして六人は、同時にこう言った。
「「「「「「同盟の申し込み?」」」」」」
六人は声が揃ってしまった為に、顔を見合わせて苦笑した後、
その是非について話し合いを始めた。
「多数に付くんじゃなく、小数の味方をするつもりなのかな?」
「確かに日本人の気質には合ってるわね」
「まあピト達が前に出て、KKHCのメンバーが後ろから狙撃でフォローするってのは、
理に適ったいい戦法かもしれないわね」
その時別のモニターで動きがあった。五チームが集まっている光景を映したモニターに、
その中の一人がピトフーイ達のいるほうを指差す様子が映ったのだ。
「お、残り五チームの同盟組も、KKHCの動きに気付いたっぽいな」
「結局あの五チームは組んだのかな?」
「多分MMTMの奴が話を纏めたんだろう、確かデヴィッドだったか?
あいつはピトフーイの事が大嫌いなんじゃなかったか」
「あ、そういえばそうだった気がする、どんなプレイヤーなのかな?」
「うちとの絡みはほとんど無いから、どういう奴かは分からないが、
確かチーム戦術をとことん磨いてるスコードロンなんじゃなかったか?」
「なるほど、集団戦にも精通してるのかもしれないね」
「ああ、だが……」
そしてシャナは、気に入らないといった表情でこう言った。
「互角の条件でやり合う選択肢を最初から捨ててる奴は、上にはいけないだろうな」
偶然にもシャナは、少し前にエヴァが考えたのと同じ事を口にした。
「あ~、シャナはそういうの嫌いだよね、まあ私も嫌いだけど」
「私も」
「私もです」
「私は前はそういうのはまったく気にしなかったけど、今はやっぱりちょっとねって思う」
「私もそんな感じかな、って事は、ここにいる全員そういうのが嫌いって事になるね」
最後にそう言ったユッコとハルカを見て、シャナは嬉しそうに言った。
「二人も変わったよなぁ、もうあの頃の面影はまったく無いな、
少なくとも安心して背中を任せられるレベルだな」
「ちょっと、さりげなく人の黒歴史をえぐらないでよね。
でもありがとう、今はその言葉を素直に誇らしいと思うわ」
「だぁね、こういうのって馬鹿らしいなんて昔は思ってたけど、
今じゃこういうのも何かいいなって思う」
三人のそのやり取りに、場はとてもいい雰囲気に包まれた。
そしてそのタイミングで、PM4とKKHCの交渉の様子がモニターに映し出された。
「お?ピトの奴、どうやら同盟の打診を断ったな、
ここは組んでもいい場面だと思ったけどな」
「ピトは何て?」
「KKHCの代表っぽい奴がこっちに背中を向けてたから、何を言ったのかは分からないが、
少なくともピトは最初にシャーリーさんの方を見て、
『そちらの紅一点さんもそれでいいのかしら?』って言ったな、
彼女が乗り気じゃなさそうなのを気にしたのかもしれないな」
「あ、確かに何ともいえない表情をしてるね」
そのピトフーイの表情を見て、シズカがそんな感想を述べた。
「って事はやっぱり同盟の打診だったのかな?」
「だろうな、その後ピトは相手にこう答えた。
『答えはノーよ、このチームでいくって決めたからにはそれを貫かないと』だとさ」
「へぇ、さすがよねぇ」
丁度そのタイミングで、ピトフーイと話していたKKHCの代表らしき者が振り向いた。
「お、KKHCのリーダがこっちを向いたな、
『それじゃあしきり直しだな、俺達は向こうの茂みの奥に消える、
次のスキャンまでは攻撃しないよ』だそうだ」
「ピトは何て?」
「『分かった、それまでは休戦ね、男の約束よ~ん?』………ん?」
「どうしたの?」
「いや、何か違和感がな」
「違和感?何だろ……?」
「何だろうな……」
そんなシャナに、銃士Xが冷静な顔で言った。
「シャナ様、そこはいつものように『お前は男じゃねえだろ!』と突っ込む場面です」
「ああ、それだそれ、っていつの間に俺は突っ込み担当にされてるんだ……」
「でもキリト君が相手の時だけボケになるよね、シャナは」
「確かに言われてみるとそうかもしれないな……
あいつが持つ隠し切れない程の強大な突っ込みオーラが、俺にボケさせるんだろう」
そんなのんびりした会話が交わされる中、
シャナはピトフーイがエムに対して何かをねだるような動作をした為、
あいつは一体何がしたいんだと首を傾げた。
その瞬間にエムが一瞬天を仰ぎ、僅かに口を動かしたのを、シャナは見逃さなかった。
「なぁ、今エムに助けを求められたんだが……」
「え?どういう事?」
「今あいつ、多分ピトが反応しなかったから、かなり小さい声で言ったと思うんだが、
『シャナさん助けて下さい』って言ったんだよ」
「な、何で?ピトが何かしたの?」
「いや、ピトはエムの方に手を……ん?」
そして一同が見守る中、エムは躊躇いがちにピトフーイに持っていた銃を手渡した。
ピトフーイはその銃をいきなり構え、KKHCのリーダーの背中に狙いを定めた。
「えっ?ちょ、ちょっと……」
「ピト、まさか……」
「ここでそうくるの?」
「本気?」
シズカ、ロザリア、ユッコ、ハルカの四人が驚いたようにそう言った中、
銃士Xは悲しそうな表情でこう呟いた。
「ピト、それは駄目、シャナ様が本気で怒る」
だがその言葉も空しく、ピトフーイは引き金を引き、
KKHCのリーダーは、背中から心臓を撃ちぬかれ、そのまま即死した。
『なっ……』
『何をするの!?』
『お、おい、卑怯だろ!』
『約束が違う!』
『約束?私はさっき、男の約束って言ったのよ、
でも残念でした、私は男じゃありませ~ん!』
シャナが淡々と通訳を続ける中、ピトフーイは残りのメンバー達に向け、
手持ちの銃の全弾を発射し、シャーリー以外の全員をあっさりと射殺した。
だがいち早くリーダーに駆け寄っていたシャーリーは、
リーダーの死体が破壊不能オブジェクトになっていた為、運良く難を逃れる事が出来ており、
リーダーの死体を盾にするという苦渋の選択を迫られながらも、
絶対にピトフーイに一泡ふかせてやるという復讐心に突き動かされ、
リーダーの死体を背負ったままその場から一目散に逃走した。
「あ~ら、一人には逃げられちゃったみたいだけど、まあいいか。
もっとも大会終了までには絶対に仕留めてあげるつもりだけどね、
あはははは、あはははははははは!」
その瞬間に、その光景を呆然と眺めていたシズカ達五人は、
いきなり寒気を覚えて焦った様子で振り向いた。
そこにはぼ~っとした表情のシャナがいるだけであり、
特に寒気を覚える要素は何もないように見えた。
だがシズカはそれを見た瞬間、今まで見た事がないような焦った表情を浮かべ、
必死でシャナにこう懇願した。
「シ、シャナ、ピトには私達からよく言い聞かせておくから、
お願いだから落ち着いて、ね?」
だがシャナは黙ってじっとモニターの中のピトフーイを見つめているだけであり、
その後に投げかけられた、シズカのどんな言葉にもまったく反応を示さず、
シズカはがっくりとその場にうな垂れた。
「シャナ?シズカ?」
「こ、これ、どうなってるの?」
「あっ、ま、まさかこれ……」
そんな中、何か心当たりがあったのか、ロザリアがそう言った。
ロザリアはかつて、自分が拉致された時に、
シャナが同じような状態になったと聞いた覚えがあったのだ。
「これはまずいわ……ねぇシズカ、これってシャナが本気で怒ってる時の状態よね?」
「う、うん……私もこの状態になったシャナを見たのは、数える事しかないけど……」
「えっ、そうなの?これで?」
「とてもそうは見えないけど……でも確かにさっきから寒気が止まらない……」
そして唯一シャナと同じように無言だった銃士Xが、一歩前に進み出た。
「シャナ様、もうこうなってはピトは十狼から除名するしかないかと」
「え?」
「ちょ、ちょっとイクス……」
「いいから」
その言葉にシャナはやっと反応を示し、銃士Xの方に振り返って頷いた。
「そうだな、あいつはもう狼じゃない、ただの犬だ。
一度結んだ約束を違えてだまし討ちをするような奴は、俺の仲間にはいらない」
「はい、ではピトが狼に戻るまでは除名という事で宜しいですか?」
その言葉にシャナは目を見開いた後、少し考え込んだ後にこう言った。
「狼に戻っても、心から反省していると今回の被害者達に認めてもらえない限り、
十狼……いや、今は九狼か、九狼への復帰は絶対に許さん」
「………分かりました」
そしてシャナは、頭を冷やしてくるといって一時ログアウトし、
直後に他の四人が銃士Xを取り囲んだ。
「イクス、今のって、どういう事?」
「何とかピトが復帰出来るような道は残せたと思う、
もしあそこで介入しなかったら、シャナ様はピトを絶対に許さなかったかもしれない」
その銃士Xの言葉に、シズカがうんうんと頷いた。
「かもしれないね、私ですら、まだちょっと寒気がするもの」
「シズカがそう思うくらいなら、よっぽど怒ってたのね」
同じく寒気がするのか、ロザリアが自分で自分を抱きながらそう言った。
「うん、正直私も怖かった……ちょっとおしっこチビったかも」
「イクス、女の子がそういう事を言わないの!」
「でも確かにまだちょっと震えが……」
「一歩間違えれば、同窓会の時に私達も……」
「ちょっとやめてよ、また寒気がしてきちゃったじゃない」
そして五人は身を寄せ合い、何ともいえない表情で、
画面の中で高笑いを続けているピトフーイを見つめた。
「ピトの馬鹿……」
「本当に馬鹿よね」
「どうやって反省させようか」
「土下座は絶対よね」
「色々と考えておかないとね」
「お帰りなさい、八幡君」
「お帰り、やっぱり戻ってきたわね」
「あれ、二人とも、俺が戻ってくるって分かってたんですか?」
「まああんな場面を見ちゃったらね……」
「きっと頭を冷やしに一度ここに戻ってくるって思ったのよ」
「そうか……」
ログアウトした八幡を待ち構えていたのは陽乃と雪乃だった。
何だかんだ八幡の事をよく分かっている二人である。
「で、どうするの?」
「あいつは十狼から除名する」
「そう」
「復帰の条件は、今回の被害者達に、ちゃんと反省したと認めてもらう事にした」
それが意外だったのか、二人はきょとんとした表情をした。
「あら?そこまで考えられる程冷静だったの?」
「いや、まあマックスがそういう風に俺の思考を誘導してくれたんだよ、
『ピトが狼に戻るまでは除名でいいですか?』ってな」
「そう、やるじゃないあの子。やっぱり早めにうちで確保しておいて良かったわね」
「もっとも俺も今回の被害者扱いって事で、
俺を認めさせられない限りは復帰させませんけどね」
「あら、厳しいのね」
「お前も分かるだろ、あいつは十狼の顔に泥を塗ったんだ、簡単に許すかよ」
その言葉に雪乃は素直に頷いた。
「確かにそうね」
「それじゃあシャワーに行ってくるわ」
「ええ、行ってらっしゃい」
「ごゆっくり~」
そして八幡がシャワー室に消えた後、二人は顔を見合わせ、同時に脱力した。
「戻った瞬間の八幡君の顔、凄く怖かったわね」
「ええ、なので私は今のうちにクルスを着替えさせておくわ」
「え、何でそうなるの?」
「クルスは八幡君の矢面に立ったみたいだから、多分相当怖い目にあったと思うの」
「それで着替え?あ~っ!それってパンツ……」
「姉さん、そういう事はストレートに言わないの」
こうしてピトフーイは十狼を除名され、クルスはログアウトした後に自分の下着を確認し、
何故か自分が雪乃の予備の下着をはいている事に気がつき、
雪乃に対してしばらく頭があがらなくなったのだった。