ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第586話 満足

「うわ、やば、対人素人の私があんなのの相手をするなんて、無理無理」

 

 シャーリーは遠くからPM4の戦いを観戦しながらそう呟いた。

 

「でも確かに経験を積んでおく事は悪い事じゃない、でもなぁ、う~ん……」

 

 そしてシャーリーは、少し考えた末にこう言った。

 

「そっか、手始めにまずシャナさんにPK狩りに連れてってもらえばいいんだ、

それなら心も痛まないし、正義の味方っぽい!」

 

 そして迎えた三度目のスキャンを経て、

シャーリーはいい事を思いついたとばかりにポンと手を叩いた。

 

「よし、私はこのT-Sって奴らを狙おう、

ずっと外周にいるって事は何か理由があるはずだし、

あの二チームの戦いに水を差されるのはいい事じゃない気がする。

多分狙撃でいけるだろうし、対人っぽくない感じでいけるはず。

それで何人か倒せたら、それでリタイヤかな、満足も出来るだろうしね」

 

 そしてシャーリーは、天に向かってこう叫んだ。

 

「シャナさん見てて下さい、私はこれから一人で戦いに赴きます!

もしこの戦いに勝ったら、私がいつも仕事で使ってるポーチにサインして下さい!」

 

 そう言って、シャーリーは朗らかな顔で移動を開始した。

 

 

 

「………と、シャーリーさんが叫んでたんだが、

これってさっきの出来事と何か関係があるのか?」

「さあ……」

「それってピトへの恨みとか、まったく感じさせないよね……」

「PK狩りに連れていくのは別にいいとして、サインって何の事だ?

これは早く閣下に確認しないといけないな」

「だね……」

 

 モニターに映されたシャーリーの口元を読んで、シャナは訳が分からずに混乱していた。

 

「その当の閣下は、MMTMに完璧に張り付いてるな」

「多分ピト達が後から駆けつけてくるんだろうね」

「しかしさすがだよなぁ、あのスネークっぷりなら多分俺でも気付かないぞ」

「スネークの名を冠しているのは伊達じゃないって事だね」

 

 その言葉通り、山を降りたPM4の残りのメンバーは、MMTMの追撃に移っていた。

MMTMとやり合うのは今回の事件の本筋とはまったく関係ない為、

ダインとギンロウとゼクシードも、この件に関してはやる気満々であった。

単純にMMTMが嫌いなのであろう。

 

「あいつら個人個人は別に何とも思わないけどよ、

チームとして考えるといつもいつもカンに触る行動しかしてこないんだよな」

「基本多数に味方しますしね、そろそろ方向転換しないと、

古参連中からは完全にそっぽを向かれるんじゃないっすかねぇ」

「あはははは、ダビドってそんなに煙たがられてるんだ?」

「そういえば君は、昔からあいつの事をダビドって呼んでたね、何か理由でも?」

「ただの嫌がらせ」

「あはははは、そういう事か」

 

 走るPM4のメンバー達の会話は和気藹々としていたが、

何を喋っているのかはシャナにも分からない。

それは単純に三人がマスクを被っているからであるが、

それでも楽しそうな雰囲気は見てとれ、シャナはそれを意外に思った。

 

「どうやら多数の敵を相手にして、仲間意識でも出来たのかな?」

「かもしれないね」

「まあ戦争の時のうちもそうだったからなぁ……」

 

 そう呟きながらもシャナは、心の中でレンに呼びかけていた。

 

(こういう日常を守る為にも、レン、頼むぞ)

 

 

 

「ピ、ピトさん達が移動してる!?」

「六チームが跡形もないな、残ってるのはMMTMだけかよ」

「一体何があったんだろうな」

「まあそれだけPM4が強いって事だろ、うちとしてはとりあえず早く追いついて、

邪魔が入らないところで決着をつけるだけだ。

よし、南に進路を変えるぞ、PM4を追撃だ」

 

 レン達はそう言って、とりあえずマップに表示された座標へと向かう事にした。

 

「目的地はどこなんですかね」

「MMTMを追撃してるように見えるから、多分この三チームが固まっている辺りで、

ドンパチが始められる事になるんじゃねえか?」

「かな?ボスはこの三チームの事、何か知ってる?」

「いや、ただのエンジョイ勢だろ、名前を聞いた事のある奴が一人もいねえ」

「なるほど」

 

 

 

「リーダー、どこから降りればいいのかまったく分からねえよ」

「まずったな……まさか通路があそこだけなんて事は無いよな?」

「もしそうならどうする?」

「時間はかかるが戻るしかないよな……」

「はぁ……何でこんな事に……」

 

 T-Sは最初、こんな壁の上に上る予定はまったくなかった。

だが壁の様子を見にいった際に、メンバーの一人が偶然隠し階段を見つけてしまい、

それが壁の上の通路に通じていたのを見て、メンバー全員が舞い上がってしまった。

更に悪い事に、そこで人数分の自転車を見つけてしまったのが、

T-Sにとっては最大の不幸だった。

それにより、これはもはや天啓ではないかと考えたT-Sの六人は、

これで戦場を自由自在に移動出来ると錯覚してしまい、観光気分で自転車を飛ばした結果、

他の出口をどこにも発見出来ず、今はマップ左上辺りを彷徨っていると、そんな訳である。

 

「ま、まあこうなったら仕方ない、戦闘を回避しつつここまで生き残れたと前向きに考えて、

最初の場所に戻って改めて参戦する事にしようぜ」

「もうそうするしかないよね」

「ポジティブに考えよう!うん、結果的に生き残れた、これで良かった!」

 

 少し自棄ぎみにそう叫ぶメンバー達の視界に、

先ほどピトフーイ達が陣取っていた岩山が見えてきた。

 

「あそこって結構高さがあるんだな」

「ここは遮蔽物も無いし、あんな所から狙われたらひとたまりもないな」

「あはははは、PM4がまだあそこにいたら、逆にここから狙う事も出来たのにな」

「ピトの野郎、命拾いしやがったな!」

「あ、あれ?でもあそこ、誰かいないか?」

 

 その言葉にT-Sのメンバーはうっかりそこで足を止めてしまい、

自転車から降りると、岩山の方をもっとよく見ようと壁から身を乗り出した。

 

「どこだ?」

「ほら、あそこあそこ」

「誰か単眼鏡を持ってないか?」

「あ、俺あるぜ、今見てみるわ……どれ」

 

 そして単眼鏡越しにそのプレイヤーは、

今まさに狙撃を開始しようとしているシャーリーと目が合った。

 

「え……?」

 

 その瞬間に、シャーリーは狩猟感覚でブレイザーR93の引き金を引き、

そのプレイヤーは頭を吹っ飛ばされてその場に崩れ落ちた。

間の悪い事に、その時に並んでいた自転車を全部倒し、その上に圧し掛かるように倒れた為、

結果的にT-Sのメンバーは、すぐに逃走に移る事は出来なくなった。

 

「な、な、な……」

 

 そしてT-Sのメンバーは、次々と頭を撃ちぬかれていった。その数計五人。

これはブレイザーR93の装弾数が、五発なせいであった。

生き残ったのはリーダーのエルビンだけという有様であり、

エルビンはシャーリーが弾込めをしている間に、何とか体制を建て直し、

その場から離脱する事にギリギリで成功した。

 

「うおっ、危ねえ!」

 

 ギリギリで体制を建て直し、自転車で走り出したエルビンの背後に弾丸が撃ちこまれ、

エルビンは肝を冷やしながらも全力で逃走を続けた。

 

「すまん、お前ら……すまん!」

 

 

 

「おお、シャーリーさん、やるじゃないか、百発百中か?

いい感じに肩の力が抜けてるみたいだな」

「凄い凄い!」

「しかしT-Sは何がしたかったんだろうね……」

「さあ……」

「あ、ここでリタイヤするのかな?」

「彼女にとってはいい終わり方かもしれないな、今後の活躍に期待だな」

 

 シャナ達の目の前で、そしてシャーリーはリタイヤしたが、

その顔はとても満足そうな表情をしていた。

 

 

 

 一方、エルビンは、とても不幸そうな顔で自転車を必死にこいでいた。

 

「はぁ、はぁ……も、もう大丈夫か?畜生、畜生……」

 

 エルビンは先ほど向かっていた方向とは正反対に向かってしまっており、

気付くとその眼下には、いくつかのチームがにらみ合っている姿が見えた。

 

「ここは……マップ左下か?」

 

 それで気が抜けたのか、エルビンは自転車から降り、

少し落ち着こうと壁に背をもたれさせた。

そして顔を上げたエルビンは、見慣れぬ取っ手のような物が目の前の壁にある事を発見した。

 

「おいおいこれってまさか……」

 

 それはどうやら下に降りる階段へとつながっている入り口のようで、

エルビンはその中を覗きこみながら、一人毒づいた。

 

「くそ、あれだけ探しても見つからなかったのに、

このタイミングで出口が見つかるかよ、しかもよりによってここでか……

こうなったら最後に派手にやってやるぜ!見ててくれよなみんな、俺は頑張るぜ!」

 

 そう言ってエルビンは、その階段を下へと降りていった。

 

 

 

「さてデヴィッド、これからどうする?」

「こうなったらもううち単独でやるしかないな、この先にいる三チームは烏合の衆だ、

仲間にしてもおそらく何の役にもたたないだろう」

 

 実際マップ左下で戦っている三チームは、既にどこも満身創痍な状態だった。

フルメンバーが揃っている所はひとつもなく、背後から奇襲される事を恐れたMMTMは、

そのチームを一つ一つ丁寧に潰していった。

そして三チーム目を潰したその場所に、それはあった。

 

「これは……ハンヴィーか?」

「これがこのまま残ってたって事は、こいつら誰もこれを運転出来なかったんだろうな」

「みたいだな、まだうちにも運が残ってたみたいだぜ」

「誰かこれを運転出来るか?」

「俺が出来るぜ!」

「そうか、よし、これを使ってピト達を迎え撃つぞ」

 

 やや劣勢に立たされていたMMTMは、これにより、起死回生を目指す事になった。


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