ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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人物紹介に以下の人物を追加しました。

・桐生萌郁
・ミスターブラウン
・漆原るか
・漆原える
・阿万音由季


第604話 そして『美咲』へ

 大会から四日後、八幡が帰国した直後に、

ピトフーイはGGO内で、たまたまミサキと遭遇していた。

 

「あらピトじゃない、ご機嫌よう」

「あれ、ミサキチじゃない、凄く久しぶり」

「この前の試合、見てたわよ、その頭はやりすぎたから反省してるって事なのかしら?」

「うん、そんな感じ、シャナに思いっきり怒られちゃって」

 

 その言葉に家のモニターで試合を見ており、当日現地にいなかったミサキは目を見開いた。

 

「シャナ様があの日にGGOに?」

「うん、アメリカからログインしてたみたい」

「へぇ、そうだったんだ」

 

 ミサキは内心しまったと思いながら、同時に安堵していた。

 

(やっぱりシャナ様は凄いわぁ、ゲームの中だけじゃなくリアルでも凄いなんて、

何とかしてシャナ様とお近付きになれないかしらね、ついでにそのまま既成事実を……)

 

 こういう所がミサキのミサキたる所以であった、とにかく現実的なのである。

もっともミサキは基本身持ちが固く、こんな感情を持つ事は本当に久しぶりであった。

 

「ん、ピトか、大会の時はお疲れさん」

「あれ、スネーク?こんな時間に珍しいね」

「ちょっときつい交渉が終わったんでな、息抜きだ息抜き」

 

 そこに丁度スネークが通りかかった。

スネークはアメリカ軍太平洋司令部の司令官の来日を受け、

直前まで話し合いをしてた為か、少しお疲れのようであった。

その疲れた様子を先日の戦いのせいだと思ったピトフーイは、

申し訳ないと思ったのか、おずおずとスネークに言った。

 

「スネーク、大会の時は本当にごめんね」

「ん?まあちゃんと反省したんだ、過ぎた事は別にいいじゃねえか」

「スネークさん、今日は珍しくよく喋りますわね」

「ん?ああ、これはミサキさん、すみません気付きませんで。

確かに無口キャラが台無しだ、どうもいけねえや、疲れてるせいかもしれねえな」

 

 そのスネークの様子と、申し訳なさそうなピトフーイの姿を見て、ミサキはピンときた。

 

(これはチャンスかもしれませんわぁ)

 

 そしてミサキは二人にこう提案してきた。

 

「二人とも、そういう事なら今度うちの店でPM4のお疲れ会を開いてはどうかしら、

ついでにシャナさんも呼べば盛り上がるんじゃない?」

「お疲れ会?ああ、確かにそれはいいかも!」

「お疲れ会?まあ時間が合えば別に構わないけどよ」

 

 ピトフーイはシャナの名前が出たら、基本こういった提案は断らないし、

シャナが一緒である限り、自分が身バレする事もも厭わない。

スネークもスネークで、シャナともっと仲良くなりたいと思っていた為、

もしシャナの参加が可能であるならば、年末進行で忙しくなる前に、

シャナともっと交流を深めておきたいと、そう考えたのだった。

 

(車のお礼もしないといけないしな、名前も決めないとだし)

 

「でもミサキチ、お店ってどこにあるの?」

「銀座よ、そこに私の店があるの」

「銀座?へぇ、たまにはいいかも、ちょっと他の人にも連絡してみるね」

 

 そしてピトフーイは、ダインとギンロウ、それにゼクシードに連絡を始めた。

その横でスネークが、少し焦った顔でミサキに言った。

 

「な、なあ、もしかしてその銀座のお店って『美咲』の事かい?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、ミサキはやばいと感じた。

まさかGGOプレイヤーの中に自分の店の事を知っている者がいるとは思わなかったからだ。

自分で言うのもなんだが、『美咲』はかなりの高級店なのである。

そしてミサキは、迷った末にスネークに頷いた。

 

「やっぱりか、ミサキちゃん、俺だよ俺、嘉納だ、嘉納太郎」

「えっ?本当に?スネークさんって嘉納さんだったの?」

「おう、凄い偶然だよな、いや~、驚いたわ」

「本当に驚きましたわ、嘉納さん」

 

 ミサキはそのスネークの告白に安堵した。

嘉納ならば、ミサキの事を変に広めたりする心配はまったく無いからだ。

ついでに嘉納は『美咲』の常連の一人だった。そしてそこにピトフーイが戻ってきた。

ピトフーイが言うには、ダインとギンロウは家が遠いらしく、

オーケーをもらえたのはゼクシードだけだったらしい。

そしてもし可能なら、ユッコとハルカも誘ってやってくれという事だった。

 

「なのでとりあえず今の参加人数は五人かな、あっちはいつでも空いてるらしいから、

後はスネーク次第なんだけど、いつくらいが空いてる?」

「俺か?そうだな……確か三日後の土曜の夜なら空いてるぞ」

「あ、その日ってレンちゃん達と会う約束をした日だわ、一緒に呼べば丁度いいかも……

それじゃあシャナに聞いてくるね!ミサキチ、ちょっと待っててもらっていい?」

「ええ、構いませんわ」

「ありがと、行ってくる!」

 

 そしてピトフーイはログアウトし、すぐに八幡に電話をかけた。

これは八幡から言い出した事で、今回のような事が二度とないように、

二人はついに連絡先を交換する事になったのだった。

 

「あ、八幡?エルザだけど……」

「おう、いきなりどうした?何か用事か?」

 

 その言葉にエルザは若干頬を膨らませた。

 

「用事が無いと電話しちゃ駄目?」

「いや、俺が暇なら別に構わないぞ、用事があったら容赦なく切るけどな」

「うん、それでいいよ!」

 

 エルザは途端に機嫌を直し、八幡にお疲れ会の事を説明した。

 

「別に平気だぞ」

「いいの?ありがとう!レンちゃんとフカちゃんも誘うつもりなんだけど、どうかな?」

「レンはともかくフカは北海道だろ」

「丁度その日に二人とこっちで会う約束なの!」

「ん、そうなのか」

 

(エルザと香蓮が?ちょっと香蓮の事が心配だから、俺も行くか……)

 

「それじゃあそういう予定にしておいていい?」

「あ、おいエルザ、その日だけどな、もう一人連れてってもいいか?」

「いいけど誰を?」

「レヴェッカだ、サトライザーの妹だな」

「えっ、何それ、何でそんな事に?」

「詳しい説明はそのうちな、とりあえず今そのレヴェッカが、俺の護衛についてるんだよ」

「そうなんだ、まあいいや、その人も一緒に連れてきて!」

「相変わらず軽いなお前……まあ助かるわ、サンキュ」

 

 そして電話を切った後、エルザは即座にGGOにログインした。 

 

「お待たせ!」

「あら、早かったわね」

「うん、シャナに連絡先を教えてもらったからね!」

「あらそうなの?羨ましい」

「へへ、でしょ?」

 

(何とか私もその連絡先を……いえ、焦っては駄目、こういうのはじっくりいかないと)

 

「それでね、シャナが護衛の人を連れてきたいって言って、

私も丁度その日にレンちゃん達と会うから、全部でえっと、

私、シャナ、レヴェッカちゃん、レンちゃん、フカちゃん、ゼクシード、ユッコ、ハルカ、

スネーク、全部で九人で予約する事って、可能?」

「ええ、問題ないわよ、今度の土曜の夜、

時間は夕方五時くらいでいいのかしら、席を用意しておくわね」

「いきなりなのに本当に大丈夫なの?週末だよ?」

「ええ、大丈夫よ、心配しないで」

 

(その日は確か、遅い時間は予約が結構入ってたと思うけど、

早い時間には予約は入っていなかったはず、それなら八時くらいまでは貸し切りにして、

その日は他の女の子も遅い時間に出勤してもらう事にしましょうか、

きっとシャナ様は、女の子が横に付いても決して喜ばないはずだしね。

料理は早いうちから頑張るとして、その分の手伝いは杏にしてもらって、

ああ、楽しみだわ、本当に楽しみ)

 

 

 

 こうして美咲はまんまと八幡を自分の店に呼ぶ事に成功した。

以前闇風と別に約束はしてはいたが、それはまた別に呼べばいいだけの話である。

もし警戒されて次が無かったとしても、美咲の心は別に痛まない、

闇風が来ようが来まいが美咲にはどうでもいい事だったからだ。

そしてついに八幡は『美咲』という女郎蜘蛛の巣の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ!」

「あっ、ねぇ杏、あのお客さんは私が相手をするから料理の方をお願いね」

「え?あ、ちょっと美咲ちゃん!」

 

 八幡が店に入ってきた瞬間に、美咲は杏を押しのけて入り口へと向かった。

もしこれがゼクシードであれば、後ろには日本人の女性が二人いるはず、

だがこの青年の後ろにはアメリカ人らしき女性が一人しかいない。

そう考えた美咲は、これが八幡だと確信し、胸を熱くした。

 

(やだ、嘘、予想以上に格好いい子なんだけど)

 

 美咲はそんな印象を受け、少女のように胸を躍らせながら八幡の前に立った。

八幡は少し緊張しているようで、やや言葉に詰まり気味だった。

 

「こ、こういう店は初めてで……すみません」

「いえ、いいんですよ」

 

(あらかわいい……) 

 

「あの、本当にこれで分かるのか自信が無いんですが、

ピトフーイの名前で予約が入ってるんじゃないかと……」

「はい、大丈夫ですよ、承っております」

 

 だがそこに、予想外の邪魔が入った。

 

「あれ、君はえっと、確か八幡君?」

「え?あれ、えっと……そうだ、雪乃とクルスの友達の、確か杏さん?」

「うんそう、凄い偶然だね、ここ、私のお母さんのお店なの。で、今日はその手伝い」

「あ、そうなのか、今日は土曜で忙しいはずなのに何か悪いな」

「え?ううん、今は全然忙しくないよ、だって今日は……」

「杏、準備は終わったの?」

「あ、いっけね、それじゃあ八幡君、ごゆっくり!」

「あっと、邪魔しちまってごめんな」

 

 これで緊張が解れたのか、八幡の表情がリラックスしたものに変わった。

知り合いがいた事で、極度に警戒する必要はないと悟ったのだろう。

美咲はそんな八幡を見て、もっと話したかったなと思うのと同時に、

この表情を引き出した杏に対して微妙に嫉妬を覚えた。

 

(あらやだ、私ったら……)

 

 美咲はちょっとガツガツしすぎてたかなと少し反省しつつ、

八幡とレヴェッカを予約席にと案内した。

 

「お席はこちらになります」

「ありがとうございます、ミサキさん」

 

 その言葉に美咲は動きを止めた。そして美咲は表情に気を付けながら、八幡に微笑んだ。

 

「あら、やっぱりバレてましたのね」

「当たり前です、銀座でミサキって名前の店なんて、ここくらいしか無いですよね?」

「この店の事をバラすのを早まったかしらね」

「まあサプライズにならなかったってだけですよ、

それにしても貸し切りになんかしちゃって良かったんですか?

このお店なら、この時間だといってもかなりの売り上げが見込めますよね?」

「………どうして貸し切りだと?」

 

 美咲はその言葉に僅かに動揺した。貸し切りにしたのは美咲の独断であり、

他の誰にも、それこそ杏にすら理由を伝えてなかったからだ。

しかも今日は料理も変に高い物は選んでおらず、

かつ味のクオリティは落とさないように細心の注意を払って用意されており、

お酒も不自然に値段の高いお酒はチョイスから外してあった。

 

「さっきチラリと予約帳が見えたんですよ、それでおかしいなって思って、

杏さんに鎌をかけたんですよね、そしたら案の定、今は忙しくない、と」

 

 さも当たり前のようにニコニコしながらそう言う八幡を見て、

美咲は小細工は通用しないなという印象を受けた。

 

(これは次への含みを持たせるに留めて、余計な事はしない方がいいかもしれないわ、

とにかく今日は、警戒心を無くしてもらう事に専念しましょう)

 

 美咲はそう考え、軽いスキンシップは欠かさずに、

かつ下品にならないような態度を心がける事にした。

 

「それじゃあ改めてシャナ様、いえ、八幡様とお連れ様、『美咲』にようこそ」

「今日はお世話になります、暴れるような奴はいないと思いますが、

何かあったら俺が力ずくで止めますのでご安心を」

「うふふ、頼れる男の人って素敵ですわね」

 

 美咲はそう言って一瞬八幡の腕を抱え込み、

入り口に『本日21時まで貸し切り』の札を出すと、そのまま厨房の方へと戻っていった。

そんな美咲を、杏が驚いたような表情で出迎えた。

 

「うわ、美咲ちゃんが初見の人にあんな事をするのを初めて見たよ、

もしかして美咲ちゃん、八幡君の事を気に入っちゃった?私の恋のライバル?」

「さて、どうかしらねぇ、

実は私、杏に話を聞く前からゲームの中で彼の事を知ってたんだけど、

確かにその頃から、彼となら再婚してもいいかなって漠然と感じてたのは確かだけどね」

 

 その言葉に杏はかなり驚いた。

美咲の口から再婚という言葉が出たのを一度も聞いた事が無かったからである。

 

「そうなの!?うわ、やっぱりライバルだ、しかも最強の!」

「でも彼には決まった人がいるみたいだし、難しいかもしれないわねぇ」

「それって雪乃とかクルスの事?」

「いいえ、それ以上に手ごわい正妻様がいるのよ」

「そうなんだ、うう、まあいいや、せめてもうちょっと親しくなっておきたいなぁ」

「お互い頑張りましょうね、杏」

「うん、美咲ちゃん!」

 

 一方当の八幡は、レヴェッカにからかわれていた。

 

「ボス、顔が赤いぞ」

「お、おう、あの人は苦手なんだよ、色気がありすぎてな」

「確かにそんな感じだな、でも下品じゃない、アメリカじゃ滅多に見ないタイプだな」

「そんなもんか」

「ああ、そんなもんだ」

 

 レヴェッカは自分の前に置かれた箸を弄んでおり、八幡は興味本位でこう尋ねた。

 

「ところでレヴィ、箸は使えるのか?もし無理ならフォークとかを用意してもらうが」

「ん?余裕余裕、うちの兄貴はあれで意外と日本かぶれなんだよ、

だから子供の頃からたまに箸も使ってた」

 

 そう言ってレヴェッカは、綺麗な持ち方で箸を開いたり閉じたりした。

 

「ほほう、上手いもんだな、でもあのガブリエルがなぁ、そんな風には見えなかったが……」

「ほらこれ」

 

 そう言ってレヴェッカは、スマホを操作して子供の頃の写真らしき物を見せてきた。

そこには背中に『海が好き』と書いてあるTシャツを着たガブリエルの姿が写っており、

八幡は思わず噴き出した。

 

「ぶふっ……」

「笑いすぎだぞ、ボス」

「いやだって、海が好きって……」

「この頃は意味が分かってなかったからな、

日本語が書いてあれば何でも良かったんだよ、兄貴は」

「そうか、それじゃあ戦争が終わったら日本にでも来てもらって、

古き良き日本文化を堪能させてやるとしよう」

「ちなみに俺も、そういうのは好きだぜボス」

「分かった分かった、暇を見て色々連れてってやるよ」

「最初はカマクラからな」

「へいへい、どこで調べたんだか」

 

 八幡は、冬の予定がレヴェッカによってどんどん増えていきそうな予感を感じ、

ついでに明日奈と他にもう一人くらい誰かを誘って、

ALOとGGOのクロスが正式に始まるまでは少しのんびりしようと心に決めた。


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