ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第060話 英雄の誕生

 慌てて部屋に飛び込んだ一行が見た物は、

今まさに壊滅しようとしている解放軍の姿だった。

敵のHPバーが一本半削れているのを見ると、思ったより健闘はしたようだが、

いかんせん人数が少なすぎる。ほぼ全員のHPゲージが、レッドゾーンに達していた。

 

「くそ、何で転移結晶を使わないんだ。まさか用意していないのか?」

 

 キリトがそう毒づく。

 

「ボスの攻撃が激しくて使ってる暇が無かったのかもしれん。

俺達三人でしばらく敵の攻撃を抑えよう。一応毒と麻痺対策もしておいた方がいいだろうな。

クラインは、風林火山の連中を連れて軍の救助に当たってくれ」

 

 ハチマンが指示を出したその瞬間、

ボスの攻撃を受けたのだろう、コーバッツがこちらに飛ばされてきた。

 

「おい、大丈夫か!」

「ば……馬鹿な……」

 

 コーバッツはその一言と共に、目の前でエフェクトと共に爆散した。

 

「馬鹿はてめーだよ!くそっ、お前ら行くぞ!」

 

 クラインはそう叫び、軍の連中を救助するために走っていった。

三人はボスへの攻撃を開始した。

 

「くっ、さすがにボスクラスの攻撃は重いな」

 

 予想以上に敵の攻撃は重く、ハチマンは、パリィをしづらそうにしていた。

それでもしっかりと敵の攻撃を遅延させる事には成功しており、

タンク不在のこの状況でも、比較的安全に戦闘を行っていた。

その時救助を行っていたクラインが叫んだ。

 

「ハチマンまずいぞ!ここは、結晶の使用禁止エリアだ!」

「何だと……」

 

 今までは、ボスの部屋で結晶アイテムが使えない事は一度もなかった。

ハチマンは、こういう可能性をまったく考えていなかった自分を呪った。

 

「くそっ、仕方ない。クラインはこっちを手伝ってくれ!

残りの連中は、軍の奴らを入り口まで運んでくれ!」

「わかった、今行く!」

 

(とは言ったものの、さすがに回復結晶無しだと長くはもたない。

俺達のHPももう七割程度しかない。いっそこいつらを見捨てて逃げ出すのも有りか?)

 

 そう考えながら、ハチマンはキリトとアスナを見た。

そんなハチマンの考えを読んだのだろう。キリトは、

 

「ハチマンに任せる」

 

 と言い、アスナは困った顔を見せた。

 

(アスナは助けたいみたいだな。ここはやるしか無いか)

 

「クライン!アスナ!二人で十秒ほど時間を稼いでくれ!無理はするなよ」

「おう!」

「うん!」

 

 そう指示したハチマンは、スイッチで後ろに下がっていたキリトの所へと向かった。

 

「おいキリト、もうアレを使うしかないようだぞ」

「そうだな、今俺もそれを考えていた」

「お前、あいつのHPを、大技一発で何本削れる?」

「今まで与えたダメージから推測すると、一本半はいけると思う」

「よし、準備が出来たら合図してくれ。お前を危険な目にあわせる事になるが。すまん」

「気にすんなって。早く行けよ」

「おう」

 

 ハチマンは二人とスイッチし、一人でボスと対峙した。

敵のHPは、残り二本と二割くらいまで減っていた。

 

「いいぞ、ハチマン!」

 

 キリトの声が届き、ハチマンは最後の攻撃を敢行する事にした。

 

「アスナ!クライン!俺が敵をぶっ飛ばしたら、二人は最大威力の攻撃を叩きこめ!」

硬直が解けたら即離脱だ!いくぞ!」

 

 ハチマンは、渾身の力を込めて敵の武器をパリィし、

さらに、敵の武器を持っていない方の肩に【閃打】を食らわせ、そのままの勢いで、

敵の顔面に、八連攻撃技【アクセルレイド】を放った。

敵は大きくのけぞり、その瞬間にアスナとクラインが、渾身の攻撃を放った。

この一連の攻撃で、敵の残りHPは一本半まで減った。

 

「よし、キリト、出番だ!」

 

 最初に硬直が解けたハチマンは、無理をしたせいで動かない体を無理やり動かし、

立ち直りつつあった敵の武器をもう一度パリィしてから離脱した。

その間に硬直が解けたアスナとクラインも離脱した。

そこに、キリトがすさまじいスピードで飛び込んできた。

右手にはエリュシデータが、そして左手には、ダークリパルサーが握られていた。

 

「スターバーストストリーム!」

 

 キリトはそう叫び、先日やっとマスターする事に成功した、

スターバーストストリームを放った。

アスナとクラインは何が起こっているのか理解出来ず、

呆気に取られて、その光景を見つめていた。

ハチマンも【閃打】からの【アクセルレイド】は相当負担が高かったのか、動けずにいた。

三人が祈るように見つめる中、敵とキリトのHPがすさまじい勢いで減っていく。

ハチマンの見立てでは、問題なく倒せそうに見えたので、

ハチマンは、あえて二人に再突撃の指示は出さなかった。

最後のパリィが効果的だったのだろう。ボスが爆散し、

キリトのHPは、ぎりぎりレッドゾーンになるかならないかという所で止まっていた。

 

「よし……」

 

 そう一言だけ言うと、無理がたたったせいか、ハチマンはその場に崩れ落ちた。

同時にキリトもその場に崩れ落ちた。

 

「ハチマン君!キリト君!」

「おい、二人とも!しっかりしろ!」

 

 

 

 どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、ハチマンは意識を取り戻した。

どうやら何か枕のような物に頭を乗せられているようだ。

目を開けると、すぐ近くにアスナの顔があった。

 

「うおっ」

「あっクラインさん、ハチマン君が目を覚ましたよ」

 

 どうやらハチマンは、自分がアスナに膝枕をされているらしいと気が付いた。

体を起こそうとしたが、まだ動く事は出来なかった。

 

「お、キリト!目を覚ましたか!」

 

 クラインの声が響き、ハチマンはそちらの方を見た。

 

「あれ、俺、倒れてたのか」

 

 キリトがそう声をあげ、次の瞬間、

 

「な、何だこりゃ!」

 

 と、更におかしな声を上げた。よく見るとキリトは、クラインに膝枕されていた。

 

「キリト、起きたのか」

「ハチマン、そっちは大丈夫か?」

「ああ。だが体が動かん」

「俺の方は動けるみたいだな」

 

 そう言ってキリトは体を起こし、クラインに尋ねた。

 

「で、なんでお前が俺に膝枕する事になったんだ?」

 

 クラインは、にやにやしながら答えた。

 

「だってよぉ、ハチマンがアスナさんに膝枕されてるのに、

お前だけそのまま寝かせとくのはなんかかわいそうだろ?」

「お前に膝枕されるくらいなら、そのままの方が良かったよ……」

 

 キリトはため息をつき、ハチマンの方へと歩いてきた。

 

「かなり無理したんだな、ハチマン」

「無理はしてねえよ。ただちょっと後先考えなかっただけだ」

「まあ、そのおかげでアスナに膝枕してもらってるんだから、問題ないな」

「う……アスナ、その、俺はもう大丈夫だから」

「もう動けるの?」

「いや、それはまだだが」

「じゃあ、しばらくこのままだね」

 

 アスナはどうやら膝枕をやめるつもりは無いようだ。

ハチマンはそれ以上は何も言えず、そのままでいる事を受け入れた。

 

「それよりキリトよぉ、さっきのは何だ?すごかったなアレ!」

「う……に、二刀流だ。多分、ユニークスキルだ」

「まじかよ!出現条件書いてないのか?」

「ああ」

 

 その言葉に、遠巻きにこちらを見守っていた他の者達から、どよめきがあがった。

 

「水臭えなあ。そんなすごいスキルの事を黙ってるなんてよぉ」

「私も知らなかった。ハチマン君は知ってたみたいだけど」

「俺とキリトの間には、お互いのスキルの事は、

二人だけの秘密にするっていう暗黙のルールがあってだな。その、教えなくてすまん」

「ううん。確かに私も、ハチマン君のスキル構成は知らないもんね」

「まあ他にも、こんなスキルを持ってる事が万が一にも漏れたなら、

危険かもしれないって二人で話し合ったんだよ。言えなくて悪かった、二人とも」

 

 キリトのその言葉に、二人は納得したようだ。

 

「まあそれはいいとしてよぉ、今回の事なんだが……」

 

 そう言って、クラインは軍の連中の方を見た。

ハチマンは、クラインの代わりに軍の連中に声をかけた。

 

「お前ら、自力で街まで戻れるか?」

「はい、外に出れば転移結晶も使えるし、大丈夫です」

 

 代表して、一人のプレイヤーが答えた。

 

「そうか。それならお前ら、帰ったら上の連中に伝えてくれ。

これで二度目だ、次は無いってな。もしまともに攻略に参加する気があるんだったら、

きちんとした手順を踏んで、筋を通せと」

「はい、必ず伝えます。その、今回は本当にありがとうございました」

「礼ならそこのキリトに言ってくれ」

 

 軍の連中はキリトに礼を言い、そのまま外に出て、転移結晶を使って戻っていった。

 

「そろそろ俺の体も動くみたいだ。アスナ、その、ありがとな」

「どういたしまして」

「それじゃ、とりあえず帰るか」

「門のアクティベートは俺達がやっとくぜ」

「悪い、頼むわ」

「おう。それじゃまたな!」

 

 クライン達は、そのまま上への階段を上っていった。

 

「ねえ二人とも、考えたんだけど、私、しばらくギルドを休む事にする」

 

 アスナが突然そんな事を言い出した。

 

「ん、どうしたんだいきなり」

 

 キリトがそう尋ねるとアスナは、ためらいがちに答えた。

 

「今日、うちのクラディールの態度を見たでしょう?

さっき軍の様子を見てて思ったんだけど、血盟騎士団も、

最初の時から比べると少し変わって来てる気がするの」

「ふむ」

「だから少し外から血盟騎士団を見てみたいなって。後、引越しの準備もあるしね」

「まあ、ヒースクリフが認めてくれたらだな」

「うん。とりあえず団長に話してみるよ」

「そうだな。それじゃ帰るか」

「うん」

 

 第七十四層は、こうしてまったく誰も予想しない形でクリアされた。

この日からしばらくの間、街は、新たなユニークスキル持ちの英雄キリトと、

ハチマンとアスナの関係についての噂話で持ちきりとなった。


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