慌てて部屋に飛び込んだ一行が見た物は、
今まさに壊滅しようとしている解放軍の姿だった。
敵のHPバーが一本半削れているのを見ると、思ったより健闘はしたようだが、
いかんせん人数が少なすぎる。ほぼ全員のHPゲージが、レッドゾーンに達していた。
「くそ、何で転移結晶を使わないんだ。まさか用意していないのか?」
キリトがそう毒づく。
「ボスの攻撃が激しくて使ってる暇が無かったのかもしれん。
俺達三人でしばらく敵の攻撃を抑えよう。一応毒と麻痺対策もしておいた方がいいだろうな。
クラインは、風林火山の連中を連れて軍の救助に当たってくれ」
ハチマンが指示を出したその瞬間、
ボスの攻撃を受けたのだろう、コーバッツがこちらに飛ばされてきた。
「おい、大丈夫か!」
「ば……馬鹿な……」
コーバッツはその一言と共に、目の前でエフェクトと共に爆散した。
「馬鹿はてめーだよ!くそっ、お前ら行くぞ!」
クラインはそう叫び、軍の連中を救助するために走っていった。
三人はボスへの攻撃を開始した。
「くっ、さすがにボスクラスの攻撃は重いな」
予想以上に敵の攻撃は重く、ハチマンは、パリィをしづらそうにしていた。
それでもしっかりと敵の攻撃を遅延させる事には成功しており、
タンク不在のこの状況でも、比較的安全に戦闘を行っていた。
その時救助を行っていたクラインが叫んだ。
「ハチマンまずいぞ!ここは、結晶の使用禁止エリアだ!」
「何だと……」
今までは、ボスの部屋で結晶アイテムが使えない事は一度もなかった。
ハチマンは、こういう可能性をまったく考えていなかった自分を呪った。
「くそっ、仕方ない。クラインはこっちを手伝ってくれ!
残りの連中は、軍の奴らを入り口まで運んでくれ!」
「わかった、今行く!」
(とは言ったものの、さすがに回復結晶無しだと長くはもたない。
俺達のHPももう七割程度しかない。いっそこいつらを見捨てて逃げ出すのも有りか?)
そう考えながら、ハチマンはキリトとアスナを見た。
そんなハチマンの考えを読んだのだろう。キリトは、
「ハチマンに任せる」
と言い、アスナは困った顔を見せた。
(アスナは助けたいみたいだな。ここはやるしか無いか)
「クライン!アスナ!二人で十秒ほど時間を稼いでくれ!無理はするなよ」
「おう!」
「うん!」
そう指示したハチマンは、スイッチで後ろに下がっていたキリトの所へと向かった。
「おいキリト、もうアレを使うしかないようだぞ」
「そうだな、今俺もそれを考えていた」
「お前、あいつのHPを、大技一発で何本削れる?」
「今まで与えたダメージから推測すると、一本半はいけると思う」
「よし、準備が出来たら合図してくれ。お前を危険な目にあわせる事になるが。すまん」
「気にすんなって。早く行けよ」
「おう」
ハチマンは二人とスイッチし、一人でボスと対峙した。
敵のHPは、残り二本と二割くらいまで減っていた。
「いいぞ、ハチマン!」
キリトの声が届き、ハチマンは最後の攻撃を敢行する事にした。
「アスナ!クライン!俺が敵をぶっ飛ばしたら、二人は最大威力の攻撃を叩きこめ!」
硬直が解けたら即離脱だ!いくぞ!」
ハチマンは、渾身の力を込めて敵の武器をパリィし、
さらに、敵の武器を持っていない方の肩に【閃打】を食らわせ、そのままの勢いで、
敵の顔面に、八連攻撃技【アクセルレイド】を放った。
敵は大きくのけぞり、その瞬間にアスナとクラインが、渾身の攻撃を放った。
この一連の攻撃で、敵の残りHPは一本半まで減った。
「よし、キリト、出番だ!」
最初に硬直が解けたハチマンは、無理をしたせいで動かない体を無理やり動かし、
立ち直りつつあった敵の武器をもう一度パリィしてから離脱した。
その間に硬直が解けたアスナとクラインも離脱した。
そこに、キリトがすさまじいスピードで飛び込んできた。
右手にはエリュシデータが、そして左手には、ダークリパルサーが握られていた。
「スターバーストストリーム!」
キリトはそう叫び、先日やっとマスターする事に成功した、
スターバーストストリームを放った。
アスナとクラインは何が起こっているのか理解出来ず、
呆気に取られて、その光景を見つめていた。
ハチマンも【閃打】からの【アクセルレイド】は相当負担が高かったのか、動けずにいた。
三人が祈るように見つめる中、敵とキリトのHPがすさまじい勢いで減っていく。
ハチマンの見立てでは、問題なく倒せそうに見えたので、
ハチマンは、あえて二人に再突撃の指示は出さなかった。
最後のパリィが効果的だったのだろう。ボスが爆散し、
キリトのHPは、ぎりぎりレッドゾーンになるかならないかという所で止まっていた。
「よし……」
そう一言だけ言うと、無理がたたったせいか、ハチマンはその場に崩れ落ちた。
同時にキリトもその場に崩れ落ちた。
「ハチマン君!キリト君!」
「おい、二人とも!しっかりしろ!」
どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、ハチマンは意識を取り戻した。
どうやら何か枕のような物に頭を乗せられているようだ。
目を開けると、すぐ近くにアスナの顔があった。
「うおっ」
「あっクラインさん、ハチマン君が目を覚ましたよ」
どうやらハチマンは、自分がアスナに膝枕をされているらしいと気が付いた。
体を起こそうとしたが、まだ動く事は出来なかった。
「お、キリト!目を覚ましたか!」
クラインの声が響き、ハチマンはそちらの方を見た。
「あれ、俺、倒れてたのか」
キリトがそう声をあげ、次の瞬間、
「な、何だこりゃ!」
と、更におかしな声を上げた。よく見るとキリトは、クラインに膝枕されていた。
「キリト、起きたのか」
「ハチマン、そっちは大丈夫か?」
「ああ。だが体が動かん」
「俺の方は動けるみたいだな」
そう言ってキリトは体を起こし、クラインに尋ねた。
「で、なんでお前が俺に膝枕する事になったんだ?」
クラインは、にやにやしながら答えた。
「だってよぉ、ハチマンがアスナさんに膝枕されてるのに、
お前だけそのまま寝かせとくのはなんかかわいそうだろ?」
「お前に膝枕されるくらいなら、そのままの方が良かったよ……」
キリトはため息をつき、ハチマンの方へと歩いてきた。
「かなり無理したんだな、ハチマン」
「無理はしてねえよ。ただちょっと後先考えなかっただけだ」
「まあ、そのおかげでアスナに膝枕してもらってるんだから、問題ないな」
「う……アスナ、その、俺はもう大丈夫だから」
「もう動けるの?」
「いや、それはまだだが」
「じゃあ、しばらくこのままだね」
アスナはどうやら膝枕をやめるつもりは無いようだ。
ハチマンはそれ以上は何も言えず、そのままでいる事を受け入れた。
「それよりキリトよぉ、さっきのは何だ?すごかったなアレ!」
「う……に、二刀流だ。多分、ユニークスキルだ」
「まじかよ!出現条件書いてないのか?」
「ああ」
その言葉に、遠巻きにこちらを見守っていた他の者達から、どよめきがあがった。
「水臭えなあ。そんなすごいスキルの事を黙ってるなんてよぉ」
「私も知らなかった。ハチマン君は知ってたみたいだけど」
「俺とキリトの間には、お互いのスキルの事は、
二人だけの秘密にするっていう暗黙のルールがあってだな。その、教えなくてすまん」
「ううん。確かに私も、ハチマン君のスキル構成は知らないもんね」
「まあ他にも、こんなスキルを持ってる事が万が一にも漏れたなら、
危険かもしれないって二人で話し合ったんだよ。言えなくて悪かった、二人とも」
キリトのその言葉に、二人は納得したようだ。
「まあそれはいいとしてよぉ、今回の事なんだが……」
そう言って、クラインは軍の連中の方を見た。
ハチマンは、クラインの代わりに軍の連中に声をかけた。
「お前ら、自力で街まで戻れるか?」
「はい、外に出れば転移結晶も使えるし、大丈夫です」
代表して、一人のプレイヤーが答えた。
「そうか。それならお前ら、帰ったら上の連中に伝えてくれ。
これで二度目だ、次は無いってな。もしまともに攻略に参加する気があるんだったら、
きちんとした手順を踏んで、筋を通せと」
「はい、必ず伝えます。その、今回は本当にありがとうございました」
「礼ならそこのキリトに言ってくれ」
軍の連中はキリトに礼を言い、そのまま外に出て、転移結晶を使って戻っていった。
「そろそろ俺の体も動くみたいだ。アスナ、その、ありがとな」
「どういたしまして」
「それじゃ、とりあえず帰るか」
「門のアクティベートは俺達がやっとくぜ」
「悪い、頼むわ」
「おう。それじゃまたな!」
クライン達は、そのまま上への階段を上っていった。
「ねえ二人とも、考えたんだけど、私、しばらくギルドを休む事にする」
アスナが突然そんな事を言い出した。
「ん、どうしたんだいきなり」
キリトがそう尋ねるとアスナは、ためらいがちに答えた。
「今日、うちのクラディールの態度を見たでしょう?
さっき軍の様子を見てて思ったんだけど、血盟騎士団も、
最初の時から比べると少し変わって来てる気がするの」
「ふむ」
「だから少し外から血盟騎士団を見てみたいなって。後、引越しの準備もあるしね」
「まあ、ヒースクリフが認めてくれたらだな」
「うん。とりあえず団長に話してみるよ」
「そうだな。それじゃ帰るか」
「うん」
第七十四層は、こうしてまったく誰も予想しない形でクリアされた。
この日からしばらくの間、街は、新たなユニークスキル持ちの英雄キリトと、
ハチマンとアスナの関係についての噂話で持ちきりとなった。