「というか、なぁ明日奈、もうこのルールって別にいらなくないか?」
八幡はそう言いながら、最高権力者たる明日奈の方を上目遣いに見たのだが、
明日奈は論外だという風に首を振り、八幡に言った。
「そうなると後から入った人が悲しむから駄目、こういうのは公平じゃないと!」
「そ、そうか……」
「それにそもそもこれは、私達が始めた訳じゃなく八幡君が始めた事じゃない」
「え、そうだったか?」
「うんそうだよ、見てたのは申し訳ないと思うけど、
八幡君が最初の時に自主的に感想を言ったのが始まりだよ?」
「そ、そういえば………」
八幡はその自業自得さに気が付き、諦めて大人しくクローゼットの前に正座した。
そして向かって左側に明日奈と優里奈が、右側にエルザと舞とレヴェッカが座った。
香蓮と美優は夕飯の片付けを引き受け、そして明日奈が厳かに言った。
「それでは聖布収納の儀を開始したいと思います、
見届け人は私、結城明日奈が務めさせて頂きます」
「これ、そんな名前の儀式だったのか……」
当然そんな事はなく、これはレヴェッカがいる事でより気分を出そうとした、
単なる明日奈の悪ノリである。ちなみに優里奈は明日奈のアシスタントであった。
「それでは巫女優里奈よ、聖紙と聖筆を」
「巫女!?」
八幡は突っ込みたくて仕方なかったが、その場の雰囲気でそれを我慢した。
ちなみに聖紙と聖筆とは、ただの紙とマジックである。
「では神崎エルザよ、聖布を前へ」
「はっ!」
そう言ってエルザは用意してきた下着を白い紙の上に乗せ、恭しく八幡の前に差し出した。
この変態、ノリノリである。そして五人は八幡に注目した。
八幡は内心嫌々ながらも、それを外面に出さないように強化外骨格を駆使し、
エルザが差し出してきたその凝った意匠のシルクの聖布を手にとった。
「これは凝ってるな、まさに技術の粋を凝縮した、職人気質のぱ……ぱん……つ……だな、
エルザもこのぱ、ぱんつのように歌う事に技術を凝らし、
その歌で多くの人を幸せにしてやってくれ」
「はっ、仰せのままに!」
そして八幡は、『神崎エルザ』と名前を書き、
それを志乃と茉莉用に増設した棚、最下段の左端に貼り付け、その中に収納した。
「では次、霧島舞よ、聖布を前へ」
「はっ!」
次に舞が、エルザの真似をして先ほど買った下着を恭しく八幡の前に差し出した。
八幡は、別に真似をしなくてもいいんだけどなと思いつつも、それを丁寧に受け取った。
「こ、これは………」
よく見るとそれは、GGO内のシャーリーの髪の色に合わせた見事な緑の縞パンであった。
(これは美優のチョイスだと言ったな、あいつは俺の事を何だと思っていやがる……
だがこういうシンプルなのが来ると安心するな、その点だけは褒めてやってもいい)
八幡はそう思いつつ、厳かな口調でこう言った。
「これは簡素ながら、まさに萌えを体現する逸品だな。素材も柔らかくていい感じだし、
色がシャーリーの髪の色に合わせてあるのも実にいい選択だ」
「そこに気付いてもらえて嬉しいです、ありがとうございます!」
舞が本当に嬉しそうにそう言った為、八幡も嬉しくなった。
(色々と問題がある儀式だが、まあこんな笑顔を見られるならいいか。
俺に対する崇拝?がやや過剰なのは気になるけどな)
そして八幡は、『霧島舞』と名前を書き、
最下段の左から二番目、エルザの隣のスペースに貼り付けようとしたが、
そんな八幡に舞が言った。
「お待ち下さい、私は遠くに住まう身、もし美優さんの許可が得られるなら、
美優さんと同じスペースを共用するのが適当かと思います」
「なるほど一理ある、しばし待たれよ」
明日奈は頷きながらそう言うと、優里奈に指示を出した。
それを受けて優里奈はリビングに向かい、美優にお伺いを立てた後、すぐに戻ってきた。
「美優さんはそれでいいそうです」
「あいわかった、それでは八幡殿、そのようにお願いいたす」
その明日奈のセリフにノリノリすぎだろと思いつつも、
八幡は言われた通りに美優の名前の下に舞の名前を貼り付け、
美優の下着の隣に丁寧に舞の下着を収納した。
「最後にレヴェッカ・ミラー、ホーリーランジェリーを前へ」
その言葉に八幡は危うく噴き出しそうになったが、ギリギリで我慢した。
明日奈も自分で言って恥ずかしくなったのだろう、その顔は赤くなっていた。
「はっ!」
そしてレヴェッカも、他の二人同様に自分の下着を恭しく八幡に差し出し、
八幡がそれを受け取ったのを見て、満足そうに微笑んだ。
(こいつがこの事を兄貴に報告しないように、後で口止めしておかないとな……)
八幡はそう思いながら、レヴェッカの下着を開いた。
「面積が大きい、それに結構丈夫な素材で出来ているように感じる。
それでいて細かい部分の飾りは手が込んでいておしゃれだ。これは……」
そして八幡は、厳かな口調でこう続けた。
「これはまさに戦士の為の常在戦場を心がけたランジェリーだな、
これを見て、俺は俺の命を安心してレヴィに預ける事が出来ると確信した」
「はっ、キョーエツシゴクに存じます」
そして八幡は、『レヴェッカ・ミラー』と名前を書き、
下から二番目の段の左から二番目、香蓮と沙希の間のスペースにそれを貼り付け、
その中に丁寧にレヴェッカの下着を収納した。
「これにて本日の聖布収納の儀は終了となる、皆の者、大儀であった!」
同時にこちらの様子を気にかけていたのだろう、
美優と香蓮が外からパチパチパチと拍手をし、そのまま寝室へと入ってきた。
「無事に終わったみたいだね」
「明日奈がノリノリで笑った」
その美優の言葉に明日奈は頬を赤らめた。
「もう美優、からかわないで」
その横でエルザは、満たされた表情でガッツポーズをしていた。
「私の知らない間にこんな面白い事になってたなんてちょっと悔しかったけど、
これで私もやっとファミリーの一員だ!やった!」
それを聞いた舞が、少し心配そうな顔でこう言った。
「私なんかがこのファミリーに入れてもらっていいのかな……」
だがその言葉は美優によって否定された。
「舞さん、そういうのは言いっこなしだよ、選ばれたと思って一緒に喜ぼう!」
「う、うん、そうだね、やったね美優!」
そして最後にレヴェッカが、ぼそりとこう呟いた。
「ジャパニーズ儀式?はエキゾチックだな、もっとエロチックな感じかと思ってたよ」
「そんな大したもんじゃない、が……」
八幡はこの機会にレヴェッカに念押ししておこうと思ったのか、
言葉を止めるのをやめ、こう続けた。
「これは秘密の儀式だから、ガブリエルにも絶対に内緒だからな」
「分かってるって、でもこれで俺もやっとここの一員になれた気がするな」
「そうだな、早くお前とエルザのヴァルハラへ・リゾートへの入団式も済ませないとな」
「噂だと基地が凄いらしいじゃないか、早く見てみたいぜ」
「基地?ああ、ヴァルハラ・ガーデンの事か」
「あそこは凄いよ、楽しみにしててねレヴィ」
「私も私も」
「そうだね、エルザもね」
そんな二人を香蓮と舞が羨ましそうに見ていた。
「ヴァルハラ・ガーデンかぁ……一度くらいは見てみたいけど……」
「だねぇ、いっその事キャラを作って見せてもらう?」
「あ、うん、そうしたいのはやまやまなんだけどね……」
言い淀む香蓮を見て舞は何か理由があるんだと悟り、それ以上は何も言わなかった。
だが舞はそれでこの話を終わりにはせず、こっそりと八幡にその事を相談した。
「そうか、教えてくれてありがとう舞さん」
「いえ、香蓮さんの様子が少し気になったんで」
「香蓮はALOに苦手意識を持ってるんだよな、まあ今回は解決策があるから問題ない」
そう言って八幡はリビングへと向かい、プロジェクターのスクリーンを下ろした。
そしてノートPCを取り出してその画面へと接続した。
「これでよしと、お~い明日奈、ちょっといいか?」
「うん?どうしたの?」
その呼びかけを受け、明日奈がリビングへとやってきた。
「どうやら香蓮と舞さんがヴァルハラ・ガーデンを見てみたいらしいから、
今ここに映そうと思うんだよ。なのでちょっと二人を呼んできてくれないか?
あ、エルザとレヴェッカは先に見ちまうと本番の時につまらないかもしれないから、
しばらくこっちに来ないように念を押しといてくれな」
「オッケー、分かった!」
そして明日奈は去り際に、八幡の耳元でこう言った。
「さっきの事、上手くうやむやに出来て良かったね」
そして明日奈はついでとばかりに八幡の頬にキスをしてから寝室へと向かった。
「どうせなら唇の方が良かったな」
「それは今度ね」
八幡はそのまま、すぐに画面に映し出せるように準備を続けた。
「八幡君本当?ここで見れるの?」
「八幡さん、わざわざすみません」
「私は中の様子を前に見せてもらいましたけど、せっかくなので」
そう言って現れたのは、香蓮、舞、優里奈だった。
明日奈もその隣におり、残りの三人は寝室でごろごろしているようだ。
「それじゃあ映すぞ」
それはヴァルハラのメンバーだけが見られるサイトのコンテンツの一つであり、
映像で完璧に再現されたヴァルハラ・ガーデン内を、
自由に移動して見学出来るという物だった。
ちなみにこの映像には実際のデータをそのままコピーした物が使用されていて、
プログラムを組んだのはもっとヴァルハラ・ガーデンを見てみたいと熱望したダルである。
「うわぁ………」
「凄い……これが誰も見た事がないっていう、噂のヴァルハラ・ガーデンなんだ」
「やっぱり凄いですよね、ここ」
香蓮と舞は感動した面持ちで画面に見入っており、
優里奈も久々に見た為か、その後ろでとても嬉しそうに画面を眺めていた。
その後二人は操作方法を八幡に習ってあちこちを見て回り、その度に歓声を上げた。
そしてキッチン近くに移動した時、香蓮が画面を指差しながらこう言った。
「あ、あれ!妖精が二人飛んでる!」
「あれはユイちゃんとキズメルさんですね」
その画面を見て優里奈がそう解説した。
「名前がついてるんだ?凄くかわいいね」
直後に二人の目の前でその二人が姿を変え、
ユイは少女の姿に、そしてキズメルはダークエルフの姿になった。
「わっ、姿が変わった!」
「あの二人は実際にああいう風に姿を変えるんだよ」
「そうなんだ!」
「凄いねぇ」
その後も二人はヴァルハラ・ガーデンの他の設備を見て回り、
伝説と言われたその凄さを存分に堪能した。
ちなみにヴァルハラ・ガーデンの内部に関しては二枚だけ写真が公開されている。
建物の外観と、それに似合わぬ豪華な広間の二枚の写真である。
「ふう、楽しかった」
「うん、楽しかったね」
「私も久しぶりに見れて改めて感動しました」
「そうか、それは良かった」
「盛り上がってたねぇ、私も早く見てみたいなぁ」
その時寝室からエルザがそう言いながら姿を現した。後ろにはレヴェッカの姿も見える。
エルザはちょこちょこと八幡の前に移動し、八幡の顔を覗き込みながら言った。
「八幡ごめん、私、今日はそろそろ帰らないといけないの」
「あ、そうなのか、仕事か?」
「うん、明日の朝一で移動しないといけなくてね、レヴェッカが送ってくれるって」
「そうか、それじゃあ俺が車を出してやろう」
「本当に?やったぁ、ありがとう!」
そして残る者達は、名残惜しそうにエルザに挨拶をした。
「お気をつけて!またここでお待ちしてますね」
「エルザ、またね!」
「またこっちに来るから、その時は一緒にお泊まりしようね」
「その時は私も是非!」
「エルザさん、今日は会えて嬉しかったです、今度はコンサートを見に行きますね」
「うん、みんな、今日は本当にありがとう!またね!」
こうして八幡はエルザとレヴェッカを伴い、キットでエルザの家へと向かった。
作者はたまにこうやって暴走します、という話。