ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第610話 桐生萌郁

「しかしまさかこいつがSERNのエージェントだとはな……

状況からすると元かもしれないが、さてどうしたもんか」

「ボスに一応お伺いを立てておいた方がいいんじゃないか?」

「だな、姉さんに一応報告しておくわ、ちょっと会社に行ってくる。

アルゴは引き続きスマホの調査を頼む」

「あいヨ」

 

 八幡は社長室の明かりがまだついている事に気付いており、そのまま部屋を出ていった。

そして社長室に到着した八幡は、部屋をノックした。

 

「はい、八幡君よね?何の用?」

「何で分かるんだよ」

 

 八幡はそのまま扉を開け、デスクに座る陽乃の前に立った。

 

「何でって、見てたから」

「……何を?」

「部屋の中からこっちを見てるのを」

「ああ、そういう事か。しかしまあ、姉さんも寂しいなら寂しいって言ってもいいんだぞ?

俺の部屋を寂しそうにまめにチェックする姉さんの事を思うと、心臓が張り裂けそうになる」

「あら、思ったより優しいのね」

「皮肉で言ってんだよ!こっちを気にする暇があったら仕事しろ、仕事!」

「八幡君がどうしてるのか観察し、秘密を探るのが私の仕事よ!」

「怖えよ、何でそんな事をする必要があるんだよ!」

「決まってるじゃない、弱みを握って脅して、代わりにその貞操を捧げてもらうのよ!」

「ストレートに言ってんじゃねえ!大事な話がある、聞いてくれ」

「何?また何かトラブル?」

「まあそんな感じだ」

「まあいいわ、どうしたの?」

 

 そして八幡は、桐生萌郁の事を陽乃に説明した。

 

「へぇ、そんなのほっとけばいいじゃない、うちは慈善団体じゃないんだし」

「いや、まあそれはそうなんだが、

俺もまさかそんな特殊な事情がある奴だとは思ってなかったんだよ、

目の前で自殺しようとしてる奴がいたらとりあえず反射的に止めるだろ?

で、警察に丸投げしようとしたらこうなったと、まあそういう訳だ」

「それにしても凄いところを引いたわね、八幡君、持ってるわね」

「持ってるのは悪運だろうけどな」

「まだそうとは限らないわよ、で、調査の進捗は?」

「今はとりあえずその報告だけだ、

アルゴが調べてるからもしかしたら何か判明してるかもしれん」

「分かったわ、私もそっちに出向くわ」

「悪いな姉さん、それじゃあ行くか」

 

 そして二人は連れ立って八幡のマンションに戻り、

そんな二人にアルゴは復元したというメールの履歴を見せてきた。

 

「おお、さすがはアルゴ、仕事が早いな」

「そう思うんだったらオレっちにも何か飴をよこセ」

「飴か……まあ考えとくわ」

 

 そして二人はアルゴのPCを覗き込み、その履歴をチェックした。

 

「あれ、FBって女なのか?男だよな?」

「文面からするとそんな感じだな、多分女相手だと女のフリをするんだろうさ、

その方が心を開かせるのに便利だからナ」

「なるほど、手がこんでるな」

 

 そして陽乃が最近終えたという仕事の内容を見て、こう言った。

 

「あら、これって例のタイムマシン計画とやらの一環じゃない?

計画自体は先日中止になったはずだけど」

「IBN5100とかいうPCを集めてたって奴か、何の意味があるんだろうな」

「さあ……でもこれによると、無事に一台秋葉原で回収した直後に、

このFBって人からの連絡が途絶えたみたいね」

「らしいな、さてどうするか……」

 

 悩む八幡に、陽乃はあっけらかんとこう言った。

 

「直接話してみればいいんじゃない?接点はあるんだし」

「え、あるのか?」

「ええ、前にほら、キョーマ君の身辺調査をした時に、

近くに危険人物がいるのはまずいからって、向こうの正体を周囲にバラさない代わりに、

絶対に危害は加えない、手出し無用、その代わりにいくらかのお金を払うって条件で交渉済」

 

 八幡はそれは初耳だったらしく、とても驚いたように見えた。

 

「あの時にそんな事をやってたのか、報告書のチェックが甘かったな」

「なので事情を聞いて、使えそうならこの子を手駒に加えるのがいいんじゃないかしら。

駄目ならポイ、ね」

「ポイってゴミじゃないんだからよ、でも可能ならなぁ、

見た感じ、死にたくなる程このFBってのに依存してるように見えるんだが」

「あら、依存先を変えればいいじゃない、そういう子を心酔させるのは得意でしょ?」

「誰がだよ!そんなの得意じゃねえよ!」

「それじゃあ洗脳する?レスキネン教授もいる事だし」

 

 八幡はその言葉に即座にこう返した。

 

「駄目だ、もうあの人にそんな事はさせん、夢を追ってもらう」

「そう言うと思ったわ、それじゃあお願いね」

「くそっ、面倒臭え……」

 

 そして陽乃とアルゴは去っていき、八幡はとりあえず萌郁をどうにかする事にした。

 

「よし、とりあえず叩き起こすか」

「オーケー、今起こす」

 

 レヴェッカがそう言ってすぐに動き、萌郁に活を入れた。

 

「こ、ここは……」

 

 萌郁はぼんやりとした口調でそう言い、すぐに思い出したのか、

まだ自分が生きている事を確かめるように、首に触ったり手を握ったり開いたりした。

 

「暴れないのは賢明だな、ちゃんと約束は守ってるんだな」

 

 その言葉に萌郁はコクリと頷いた。

本人としては、死ぬなら人目の無い所で静かに死にたいのだろう。

 

「まだ死にたいか?」

 

 萌郁は再びコクリと頷き、そんな萌郁に八幡は、無表情で言った。

 

「どうやら覚えているようだな、他に何か覚えてるか?」

「………あなたに胸をまさぐられた」

「いいっ!?」

「八幡君、それはどういう事かな?かな?」

 

 明日奈がそう言って立ち上がり、八幡はそれに対して必死に自己弁護した。

 

「明日奈違うんだ、心肺蘇生だって」

「あ、そういう事かぁ、それならまあいいけど……でもあの大きさはなぁ……」

 

 明日奈は今日の一件で、胸の事を過剰に気にしているようだった。

八幡は明日奈をこれ以上刺激しないように、さっさと本題に入る事にした。

 

「お前をFBに会わせてやる、だから当分死ぬのはやめろ」

 

 その言葉で萌郁の表情が変わった。

 

「………本当に?」

「ああ、本当だ。俺はFBが誰かを知っている」

「………証拠は?」

「そんなの必要があるのか?もしお前が本当にFBに会いたいと思ってるなら、

真偽はともかく俺に頭を下げて教えてもらうしかヒントが無いのは分かるよな?」

「………」

 

 そして萌郁はこくりと頷き、正座して八幡に頭を下げた。

 

「宜しくお願いします」

 

 八幡はそんな萌郁を見ながら明日奈に言った。

 

「よし明日奈、こいつに飯を食わせてやってくれ、まだ残ってるよな?」

「うん、任せて!」

「レヴィはこいつを風呂に入れてやってくれ、着替えは……誰かサイズの合う奴は……」

 

 八幡はそう言って萌郁の胸をチラリと見たが、それは仕方がない事だろう。

 

「それなら私の普段着を持ってきますね、多分胸も大丈夫だと思いますので」

「あ~……ええと、任せる」

 

 八幡はそれ以上、胸の事について触れるのをやめた。

一瞬明日奈が凄い目で八幡をじろっと見たからだ。

 

「それじゃあそんな手はずで頼む、俺は寝室の三人に、当たり障りのない説明をしてくるわ」

 

 八幡はそう言って寝室のドアをノックした。

 

「は~い」

「俺だ、入っていいか?」

「リーダー?今はコヒーが全裸だから、入るなら性的な意味で覚悟してきてね」

「八幡君、もちろん嘘だから気にしないで、いつでもどうぞ」

 

 八幡は美優の言葉を無視し、香蓮の言葉に従い中に入った。

 

「ぶぅ、つまんないの」

「とりあえず状況が変わったので説明にきた」

「あの子の様子はどうですか?」

 

 舞が心配そうにそう尋ねてきた為、八幡は余計な事を言わないように三人に説明を始めた。

 

「もう大丈夫だ、身元も判明したし、近いうちに保護者のところに連れていくつもりだ。

今日はここで一緒に寝てもらうから、くれぐれも彼女を刺激しないように頼む」

「オッケー、当たり障りのない話でもしとく」

 

 当然萌郁にはレヴィをつけるつもりでいたが、先ほどの様子からして心配はないだろうと、

八幡はそう判断していた。

 

「とりあえず風呂に入れて、その後は飯を食わせるから、

その頃にお茶ついでにリビングに来てくれ、まあ可能なら仲良くなってやってくれよな」

「ほえ~、リーダーは見ず知らずの人にも優しいね」

「美優、八幡君は女の子にはとても優しいわよ」

「男の子には?」

「普通じゃない?」

「普通かぁ、さすがは天然ジゴロ!」

 

 その瞬間に八幡は、いつものように美優の頭に拳骨を落とした。

 

「人聞きの悪い事を言うんじゃねえ、殴るぞ」

「も、もう殴ってるし……」

「おお、凄いなお前、未来の出来事を体験したんだな」

 

 八幡はそう言って部屋を出ていき、さすがに疲れたのかリビングでぼ~っとしていた。

当然一切美優には取り合わない。そこに明日奈がコーヒーらしき飲み物を持って現れた。

 

「八幡君、お疲れ様」

「おう、まさかこんな事になるとはなぁ……」

「まあとりあえず人助けをしたと思えば」

「そう思ってないとやってられん」

 

 八幡はそうぼやくと、明日奈の入れてくれたコーヒーに口をつけた。

 

「あれ、これ自作か?」

「ううん、実はマッ缶を温めただけ」

「おお、サンキューな、道理で脳に染み入る訳だ」

「頭を使った時は甘い物が一番だしね」

「ああ、ついでに何か買ってくれば良かったな」

「多少ならストックがあるから大丈夫だよ」

「そうか、それなら今日はまあいいか」

 

 そして明日奈は八幡の隣に座り、あまり大きな声を出さないようにひそひそと言った。

 

「八幡君、とりあえずちゅーしよっか」

「え、いきなりどうした?」

「だってさっき言ってたじゃない、口がいいって」

「いや、確かに言ったが……」

「今しか出来なさそうだから、今のうちにって思って」

「そ、そうか」

 

 そして二人はどちらからともなくキスをし、明日奈は満足そうな顔をした。

 

「よし、今日の八幡君成分補給完了!」

「お前、そういうとこ姉さんの影響を感じさせるよな」

「姉さんは間接的にしか補給出来ないから、ちょっとかわいそうだけどね」

「間接的ってどうやってるんだよ……」

「それはね」

「ああ、何か怖いから教えてくれなくていい」

「そう?それならいいけど」

 

 そして明日奈はテーブルに肘をつき、手の平に頬を乗せながら八幡に言った。

 

「で、あの人の事、どうするの?」

「こういう話はあまり明日奈に言いたくはないが、

もしかしたらうちで諜報員とかをしてもらう事になるかもしれないな、

うちにはそういう要員がいないからな」

「ああ、確かにそうだよね」

「それもこれも、まあ相手との交渉が上手くいったらだけどな」

「上手くいきそう?」

「どうかな、だがまあ悪いようにはしたくないな」

 

 八幡はそう言いながら目を閉じ、明日奈はそんな八幡の顔をニコニコと眺めながら言った。

 

「また一人増えるのかなぁ」

「心配する事は何もないさ、仮に増えるとしても、

ただのビジネスライクな部下が一人増えるだけだ」

「そう、なのかなぁ」

「ところで明日奈、ちょっと頼みがあるんだ、調べておいてほしいものがある」

「ん、何?」

「実はな……」

 

 そして八幡は明日奈に何かを頼み、明日奈はその頼みを快諾した。

 

「分かった、さすがにあのままだとね。でも買い物はどうするの?」

「かおりに頼むさ、そういうのは得意そうだからな」

「私に時間があれば良かったんだけどね」

「まあ仕方ない、出来る奴が出来る事をやればいい」

「そうだね」

 

 そして優里奈が戻り、レヴェッカと萌郁が風呂から出てきた。

優里奈は萌郁に自分の服を着せ、そして明日奈は食事の準備を始めた。

 

「萌郁、少しは落ち着いたか?」

 

 その言葉に萌郁は一瞬変な顔をした後にコクリと頷き、初めて自分から長文を喋った。

 

「まるで虎の檻に入れられた気分だった」

「おお、そういうのが分かるのか」

 

 萌郁はコクリと頷き、そんな萌郁の肩をレヴェッカがガシリと抱いた。

 

「別にとって食ったりしないっての」

 

 萌郁はその言葉に目を伏せて何も反応しなかったのだが、

その身体が小刻みに震えているのを見て、八幡はしめたと思った。

 

(怖いって事は生きたいって事だ、どうやらとりあえずの心配はないみたいだな)

 

 その会話中に香蓮達三人も合流し、とりあえずといった形でGGO絡みの動画を見ながら、

七人は萌郁を囲んで雑談に興じていた。

そんな中、萌郁が明日奈の方をチラチラ見ている事に気付いた八幡は、

何だろうと思って萌郁にこう尋ねた。

 

「おい萌郁、どうかしたか?」

 

 萌郁は再びおかしな表情を見せた後、おずおずと八幡に言った。

 

「あ、あの……」

「おう」

「お、おかわり……」

 

 そんな萌郁を見て、八幡は快活そうに笑った。

 

「そうかそうか、どうやら体は生きたがってるみたいだな、明日奈、おかわりを頼む」

「うん、待ってて!」

 

 ついでに八幡は、疑問に思っていた事を萌郁に尋ねた。

 

「なぁ、さっきからたまに変な顔をしてたけど、あれは?」

「それはいきなり名前を呼び捨てにされたから……」

 

 萌郁は消え入りそうな声でそう言った。

 

「わ、悪い、そういえばそうだったな、今後は苗字で……」

「…………」

 

 その瞬間に萌郁が何か口走ったが、さすがに小さすぎて聞き取れなかった。

 

「悪い、なんだって?」

 

 萌郁はそう言われ、深呼吸をした後に聞こえる程度の小さな声でこう言った。

 

「別に名前でいい」

「そうか」

 

 こうしてその日の夜は更けていき、

自分でも驚いたのだが、萌郁は久々にぐっすりと眠る事が出来た。

レヴェッカが隣にいる事が気にはなったが、それでも萌郁はすぐに眠くなり、

その意識はあっさりと眠りの中に沈んでいった。


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