ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第609話 首を吊る女

 家へ向かう途中、エルザはとても上機嫌だった。

 

「それにしてもレヴィ、キョーエツシゴクだなんて、難しい言葉を知ってるんだね」

「兄貴が日本かぶれらしいから、時代劇か何かで見たんじゃないか?」

「サトライザーってそうなんだ、へぇ~」

 

 その八幡の推測をレヴェッカは肯定した。

 

「正解、アバレンボーで見たんだぜ」

「なるほど、あれか」

「アバレンボーって将軍?」

「だな、お前も名前くらいは知ってたか」

「有名だしね」

 

 そんなのんびりとした会話を交わしながら、三人はエルザの家へとたどり着いた。

 

「送ってくれてありがとう!」

「どういたしましてだな、あとエルザ、寝る前にちゃんと郵便受けはチェックしろよ」

「うぐ………う、うん、最近は毎日ちゃんと片付けてるよ!」

「もっとも俺からの手紙が入ってるなんて事は絶対に無いがな」

「もう、たまには気まぐれでいいから書いてよね!」

「ははっ、分かった分かった、一月一日にな」

「年賀状じゃない!」

 

 そう言いながらもエルザはとても楽しそうな表情をしていた。

そこには荒れていた時の面影はまったく無い。次にレヴェッカがエルザにこう言った。

 

「さっき知り合ってからあんたの歌を探して聞いたけど、俺は好きだぜ、ああいうの」

「本当に?ありがとうレヴィ!」

「今度は是非あんたの歌を生で聞いてみたいもんだ」

「あ、それじゃあ今歌う?」

「おい馬鹿やめろ、近所迷惑だろ」

「てへっ」

 

 八幡にそう言われ、エルザはぺろっと舌を出した。

 

「冗談だってば、今度コンサートに招待するからその時にね!

八幡へのラブソングを書いてそこで歌うから!」

「お前、それは洒落になんねーから」

「大丈夫だって、名前を出したりなんかしないから」

「それならいい………のか?」

「明日奈の許可をとればいいんじゃない?」

「う~ん、微妙に納得し難いが、まあそれならいいか……」

 

 そしてエルザは二人にこう言った。

 

「せっかくだからうちにあがってお茶でも飲んでく?」

「ん、俺は特に喉は渇いてないが、レヴィはどうだ?」

「別に平気だな、特に喉は乾いてない」

「だそうだ」

「そう?残念、それじゃあ代わりに三人でくんずほぐれつ……」

「却下だ」

「え~?レヴィは?」

「別に平気だな、問題ない」

「ほら、レヴィも嫌だって言ってるから諦めろ」

 

 その八幡の言葉に当のレヴェッカはきょとんとした。

 

「ん?俺は別に平気だって言ったろ?三人でファッ……」

「それ以上言うな!そっちの意味かよ!」

 

 八幡は慌ててレヴェッカの言葉を遮ったが時既に遅し、

エルザはギラついた目で八幡の腕をとり、

呼吸を荒くしながら家の中に引きずり込もうとぐいぐい引っ張っていた。

 

「ほら、レヴィもああ言ってる事だし、ね?

大丈夫、先っぽだけ、先っぽだけで満足するから!」

「離せ変態!くそっ、華奢なくせにこういう時だけ馬鹿力を出しやがる……」

「ああんもう、そんなに褒めちゃ駄目だってば!」

「褒めてねえよ、相変わらずうぜえな……おいレヴィ、命令だ、こいつを家に放り込め」

「了解、悪いなエルザ、ボスの命令だ」

「あっ、ちょっとレヴィ、やめてってば、この裏切り者!」

 

 そしてエルザは家に放り込まれ、八幡はその隙にその場を離脱した。

 

「ふう、まったく手がかかる奴だな」

 

 そう言いながらも八幡は微笑しており、エルザとの交流を悪く思っていないように見えた。

そしてレヴィは八幡と合流し、エルザは家のドアから顔だけ出して言った。

 

「八幡、レヴィ、またね!」

「おう、またな」

「またなエルザ、おかしな事はしないでしっかり寝ろよ」

「おかしな事って?ねぇおかしな事って?」

「いいからさっさと寝ろ」

「はぁい」

 

 エルザはニコニコしながら顔を引っ込め、八幡とレヴィはそのままキットに戻った。

 

『お疲れ様でした、八幡』

「本当にな」

『それにしては楽しそうですね』

「ん、そうか?」

『はい、センサーからそう感じます』

「それじゃあそうなんだろうな、願わくばこういった平穏な日々が続いて欲しいもんだ」

 

 そして二人はマンションに戻るべく、エルザの部屋を後にした。

 

『八幡、表通りが混んでいるので少し裏道に入ります』

「エンジン音が近隣住人の迷惑にならないようにな」

『分かりました』

 

 そしてキットは住宅街を、音もなく滑るように進んでいった。

 

「この辺りは一本入ると静かなもんだな」

「ボス、ここも本当にトーキョーか?」

「当たり前だろ、何か気になるのか?」

「いや、ただトーキョーにもこんな場所があるんだなってな」

「まあどこの都市も、全部が栄えてる訳じゃないだろ」

「違いねえな」

 

 そしてとあるアパートの前に通りかかった時、八幡は突然あっと言ったかと思うと、

鋭い声でキットに指示を出した。

 

「キット、ちょっと止まってくれ」

『分かりました』

 

 それほどスピードは出ていなかった為、キットは言われた通り、スムーズに停止した。

 

「ボス、どうした?」

「今あのアパートの二階の部屋で、嫌なものの影を見た」

「嫌なもの?」

「天井から吊ってある、首吊り用のロープだ」

「なるほど自殺か、ボス、行くのか?」

「ああ、見ちまった以上は仕方ない、おいレヴィ、ナイフは持ってるか?」

「当然」

「それじゃあ行くぞ、あの一つだけ明かりの付いてる部屋だ」

 

 その瞬間に部屋の明かりが消え、二人はそれを見てもの凄いスピードで走り始めた。

 

「やべっ、間に合うか?」

「何とかなるだろ」

 

 そして二人は目的の部屋の前にたどり着いた。幸いな事に鍵は開いていた。

 

「お、ラッキーだなボス」

 

 そんなレヴェッカの感想に答える事もなく、八幡は即座に中へと突入した。

ぶらぶらと揺れている人影と、床に転がる踏み台が見え、

八幡はそのシルエットを見て即座にレヴェッカに指示を出した。

 

「レヴィ、切れ!」

「あいよ、ボス」

 

 レヴェッカは即座に行動に移り、跳躍して見事にその紐をナイフで切断し、

八幡がその人物を下で受け止めたが、八幡はその思わぬ体の柔らかさに驚いた。

 

「あれ、女性だったか」

 

 部屋の中に物がほとんど無く、とても地味だった為、

八幡はどうやらこの人物を男だと推測していたようであった。

そして八幡は躊躇いなくその女性の胸に耳を当て、心臓の鼓動を確かめた。

 

「音が聞こえづれえ……」

「こいつはおっぱいが大きいからなボス」

「この状況で言う事がそれかよ!くそっ、駄目だな、心肺蘇生だレヴィ」

「了解、ボスはそのままおっぱい担当な」

「お前がやれよ!」

「それじゃあこいつとキスするか?」

「……ああくそ、仕方ない、もうこのままでいい!」

「了解了解、五回な」

 

 そしてレヴィが一回人工呼吸をし、八幡が五回心臓を圧迫するという作業が開始され、

数回目にしてその女性は蘇生し、げほげほとやりだした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 だがその女性は何も言わず、恨みがましそうな目でじっと八幡を見詰めているだけだった。

 

「死にたいところを邪魔しちまって悪かったよ、だがもう助けちまったんだ、

これを恩だと思う必要はないが、せめて俺に迷惑がかからないように、

俺の目の届く所にいる間だけは死ぬのを諦めてくれよな。

まあそれでも死のうとしても、力ずくで止めるがな」

 

 その女性はその言葉に何もかも諦めたような表情で頷いた。

 

「さてどうするかな、とりあえず警察に……」

 

 その瞬間に、その女性は縋りつくように八幡に手を伸ばしながら言った。

 

「それは……やめて」

 

 八幡はそれを聞き、深いため息をついた。

 

「はぁ………平穏な日々を送れればいいなって言った途端にこれだ、まあ仕方ないか」

 

 直後にその女性は気絶し、

八幡はレヴェッカに頼んでその女性をキットに運び込んでもらった。

 

「……とりあえずマンションに戻るか」

「だな、俺としてはポリスに引き渡して後は知らんプリを決め込みたい所だが、

どうやらそういう訳にもいかないみたいだしな」

「ん、どうした?」

「こいつ何かの訓練を受けてやがる、もしかしたらどこかのエージェントかもしれねえ」

「マジかよ……」

 

 レヴェッカは女性の身体をまさぐりながらそう言った。

これは性的な意味ではなく、どうやら筋肉の付き方を調べているようだ。

 

「見た目よりちょっと重いから気になってたんだよ、

こいつ、思ったよりいい筋肉の付き方をしてやがるぜ。

もっとも戦場に立つのにはまったく不足してるから、エージェントの類だと判断した訳だが」

「そうか、俺はとりあえず部屋に戻って身元か何かが分かる物を探す、

レヴィはここでこいつを見張りつつ、おかしな奴が来ないかどうか見張っててくれ」

「あいよ」

 

 そして八幡は悪いとは思いながらもその女性の部屋を漁り、

スマホと財布、それに着替えのつもりで適当に衣類をその場にあった紙バッグに放り込んだ。

 

「鍵は……あった、とりあえず施錠だけしておけば後はいいか、

しかし本当に何もない部屋だな……」

 

 他にあったのは申し訳程度の調理器具と冷蔵庫に僅かな食材、

日曜品の小物だけであり、八幡はどうやらレヴェッカの推測の通りらしいと感じていた。

そして八幡はキットに戻り、マンションへと向かった。

人目に付かないように、普段は使わない裏口から女性をエレベーターに乗せた二人は、

そのまま部屋にいる者達に連絡し、その女性を人目を忍んで部屋に運び込む事に成功した。

 

「八幡君、この人は……?」

「悪い、部屋で自殺しようとしてるのが見えたんだが、

警察が嫌だと言うんでとりあえずここに連れてきた」

「えっ、自殺未遂?だ、大丈夫なの?」

「とりあえず生きてるから大丈夫だ、多分」

「訳ありなのかな?」

「だろうな、悪い優里奈、アルゴの部屋に行ってあいつを呼んできてくれ、

この時間なら多分部屋にいるはずだ。もしいなかったら会社だろうから、ここに呼び出す」

「分かりました」

「明日奈とレヴィはこいつの見張りを、絶対に死なせないように気を付けてくれ、

なんなら猿轡をかませておいてもいい」

「うん」

「任せろ」

「美優と舞さんと香蓮には迷惑をかけてすまない、

何かあったら助けてもらうかもしれないが、とりあえず寝室でのんびりと待機しててくれ」

「うん、分かった」

「リーダーは相変わらずトラブル体質だね」

「八幡さん、何かあったらすぐに呼んで下さいね、私は荒事もそれなりに大丈夫なので」

「ありがとう」

 

 そしてほどなくして優里奈がアルゴを連れて戻ってきた。

 

「どうしたハー坊、またトラブルカ?」

「悪い、そんな感じだ」

「この坊主頭の女は何者ダ?」

「自殺未遂者で、警察嫌いな奴らしい。名前は桐生萌郁、

後の事はまだサッパリだが、これからスマホを調べようと思う」

「オーケーだ、とりあえずこいつの事を調べるとするカ」

「話が早くて助かるよ、サンキュ」

 

 二人はそのままスマホを調べ始めた。とりあえずといった形でメールの履歴を見た二人は、

そこに書かれている内容を見て思わず悲鳴を上げた。

 

「うワ」

「何だこれ、ストーカーか?」

 

 萌郁の受信履歴は全て消されており、ただ送信履歴だけが延々と残されていた。

宛名は『FB』、その内容は、ただひたすら返事と指示を求めるものであった。

 

「こいつもしかして、男に捨てられただけなのか?」

「それにしちゃ内容がおかしい、男に、じゃなく組織に捨てられたのかもナ」

「アルゴ、このFBって奴のメールアドレスから身元をたどれるか?」

「やってみル」

 

 さすがはアルゴである、すぐにそのメアドを使用している者を割り出す事に成功した。

 

「これハ………」

「何か分かったのか?」

「前にこれと同じ偽名を見た事がある、というかよく見たら、これはそいつと同じ奴ダ」

「マジかよ、って事は正体は割れてるんだな、何者だ?」

「天王寺裕吾、コードネームはフェルディナント・ブラウン、FBだ」

「FB?ビンゴだな、だがその名前には聞き覚えがある、確か前に何かの報告で……」

「SERNのエージェント、前に報告したよナ?」

「あいつか!」

 

 八幡は以前、キョーマの身辺調査をした時に、その名前に触れていたらしい。

こうして八幡は、桐生萌郁という女性絡みの軽いトラブルに見舞われる事になった。




作者の更なる暴走が始まりました!

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