ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第613話 三日後を待て

 FBこと天王子裕吾はこの状況を受け、苦々しい表情で八幡に苦情を言った。

 

「随分回りくどい事をしたもんだなおい」

「さっきも言いましたけど、こうでもしないとあなたは本心を見せてくれないでしょう?」

「本心?本心って何の事だ?」

 

 萌郁がまったく泣き止まない為、話は八幡と裕吾の間で進められる事となった。

 

「だってラウンダーって、成功しても失敗しても処分されちゃうんですよね?

あなたの立場なら、当然その事も知ってますよね?」

「…………」

 

 裕吾はその八幡の言葉に何も答えなかったが、要するに沈黙とは肯定という事である。

 

「でも萌郁はこうして生きている、それは何故か。

あなたは萌郁との連絡を絶つ事によって、それ以上の報告を受ける事を拒否する事にした。

どうせ中断した計画なんだから、こんな事で下手に達成扱いにされて、

萌郁が無駄死にするような事になるのをあなたは避けたかった、そうですよね?」

「随分と面白い推理をしたもんだ、何か証拠があるのか?」

 

 その問いに、八幡はニコニコと笑顔を崩さないままこう答えた。

 

「うちはソレイユですよ?当然本部をハッキングして、

あなたから本部にIBN5100の発見報告がされていない事は調査済です」

 

 そんないかにも軽い気持ちで調べてみました風に言う八幡を見て、

裕吾はため息をつきながらこう言った。

 

「………やっぱりあんたんとこは敵に回したくねえわ、

ストラを潰したのもあんたのとこなんだろ?」

「さあ、どうですかね?多分あなたはこう考えたんですよね?

どうせしばらく日本で何か活動する予定はない、だったらこのまま全て有耶無耶にして、

萌郁をラウンダーという立場から自由の身にしてやりたい、と」

「ああん?何で俺がわざわざ駒の一人にそんな事をしてやらないといけないだ?

俺は東京のラウンダーのまとめ役だぜ、そんな事をする理由がない」

「理由ならありますよ、あなたはこんなにも優しいじゃないですか。

今だって萌郁の為に、そちらにとって何も得が無いのに、俺を殴ろうとしたじゃないですか」

「チッ、食えねえ野郎だ、その為の演技かよ」

「口で説明するだけじゃ、多分こいつは納得しないと思うんで」

 

 そう言いながら八幡は萌郁の頭に手をやった。この頃には萌郁はやっと泣き止んでおり、

とても驚いたような表情をしたが、八幡のするままにさせ、大人しくしていた。

 

「それにしてもどうしてあんたはこいつをこんなに着飾らせたんだ?

俺もこいつがここまで美人だったなんて、俺ですらたった今気付いたくらいなんだぜ?

それなのにどうしてこんな……」

「それはあなたに見る目が無いだけです、

ちょっと表情が暗いのが難点ですが、こいつが美人なのなんて一目瞭然でしょ?」

「いや………まあ確かに俺はそういうのは苦手だけどよ、普通はそう……なのか?」

「はい、ちっとも迷う必要なんかなかったですよ」

 

 八幡はぬけぬけとそう言ったが、それが本心という訳ではなく、

実は今回の件は、思いっきり結果論である。

八幡は単に、萌郁にもっと自信を持ってもらいたかっただけなのだ。

その為にこんな手の込んだ事をし、裕吾から美人という言葉を引き出させたのである。

それは八幡が何度もそう言うよりも、裕吾に一言そう言ってもらう事の方が、

萌郁にとっては確実に自信に繋がると判断した為であった。

ちなみに失礼極まりないが、八幡はもし萌郁があまり美人に化けられなかった場合、

強引に美人美人と連呼するつもりでいたのだが、

会社にいる時点でその心配が無くなったと判明した事は、八幡にとっては幸いであった。

 

「まああんたがやりたかった事はよく分かった、

で、あんたは結局こいつをどうしたいんだ?」

「可能なら、うちの社員として抱えたいと思っています、もちろんエージェントとして」

「………なるほど、俺の思惑がバレちまった以上、反対する理由はあまり無えな」

「あまり、ですか。何か心配事でも?」

「いや、非合法の仕事をやめて非合法の仕事につくってのがどうもな」

「そうですね……まあそこは、成功しようが失敗しようが殺されるっていう、

頭のおかしい職場から脱出出来たって事で、一つ納得してもらえないですかね?」

「……まあ事実だけに、それを言われるとこちらとしちゃ何も言えねえな」

 

 さすがの裕吾もその事を指摘されると何も言う事が出来なくなるようだ。

そして裕吾は萌郁の方に向き直り、優しい口調でこう言った。

 

「結局お前には、まともな事は何もしてやれなかったな」

「……仕事を始めたての頃は、とても良くしてもらった」

 

 萌郁は絞り出すような声でそう言った。だが裕吾はあっさりとそれを否定した。

 

「馬鹿野郎、そんなのは演技に決まってるだろ、

そうやって褒めて褒めて褒めまくって、少しでも仕事を覚えてもらうのが、

一番賢いやり方ってだけなんだよ」

「それでも私にとってはそれだけが支えだった」

 

 萌郁は今度はハッキリとそう口に出し、裕吾は腕組みをすると、ふ~っと深い息を吐いた。

 

「というかお前、死のうとしてたんだよな?せっかく助けてやったのにこの恩知らずが。

お前自身はどうしたいんだ?この人の所に行くつもりか?

正直うちにはお前みたいに心が弱い奴は必要ねえ、

せっかくのお誘いなんだ、この機会にお前はとっととこの兄ちゃんの所に行っちまいな」

 

 裕吾は乱暴な口調でそう言った。だがそれはどう見ても、

萌郁を八幡の所に行かせる為の演技にしか見えなかった。

メール以外ではとんだ大根役者である。

 

「…………はい、今までありがとうございました」

 

 萌郁は思ったよりも素直であり、特にごねる事もなくそう言った。

その言葉には万感の思いが込められており、これで一応問題は全て解決したように見えた。

この事によって損をした者はおそらく誰もいない。

だが他ならぬ八幡自身が、この場の雰囲気をぶち壊しにした。

 

「何を言ってるんですか、そんなの駄目に決まってるじゃないですか」

 

 その言葉をどう解釈したのか、萌郁は身を固くし、裕吾は微妙に怒ったような顔をした。

 

「兄ちゃんそれはどういう意味だ?まさか俺が育てたこいつに不満でもあるって言うのか?」

「ははっ、まさか、俺が言いたいのはこういう事ですよ、

うちに来るのは萌郁だけじゃない、あんたもだ、FB」

 

 その言葉に萌郁はハッとした顔をし、裕吾は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

「あんたのその言葉には確かに思うところはあるがな、それは無理だ」

「どうしてですか?」

「組織がそんな事を許すはずがねえ。こいつクラスの下っ端ならともかく、

俺は色々と知りすぎちまってるんでな」

「なるほど、確かにそうかもしれませんが、知りすぎてるっていうのは、

要するにSERNの裏の事情をって事ですよね?」

「当たり前だろ、それ以外に………いや、ちょっと待て兄ちゃん、まさかお前………」

 

 裕吾はそう言って、引き攣ったような表情をした。

八幡が何をしたいのか理解したのだろう。

 

「そのまさかですよ、俺に三日下さい、

あなたも含めて日本のラウンダーを全員解放してさしあげます、

もっとも俺は手が短いんで、東京のラウンダーくらいしか雇えませんけどね」

「兄ちゃん、お前………何者だ?」

「俺の名は比企谷八幡、一応ソレイユの次の社長って事になってます」

「なるほどそうか、あんたがな………」

 

 そして裕吾は表情を改め、突然八幡の前に跪いた。

 

「分かった、もし三日で色々な事が解決したら、俺はあんたの下につく」

「ありがとうございます、あなた達の事は絶対に悪いようにはしません」

「礼を言うのはこっちの方だ、今のままじゃ俺達はお天道様の下をまともに歩けないからな」

「そうなれるように一緒に頑張りましょう、とはいえうちでやってもらうのも、

ちょっと危険な仕事になるかもしれませんけどね」

「それでも雇い主に殺されるよりは何倍もマシだ」

 

 裕吾はそう言って立ち上がった。

 

「それじゃあ三日後にまたここで会おう、今度は娘は最初から席を外させておく。

娘の事、橋田を使って手を回してくれたんだろ?ありがとな」

「そこにも気付いてたんですね、それは予想してませんでした」

「そりゃまあいつも娘を迎えにくるのはまゆりちゃんの役目だからな、

あいつが来たら、そりゃおかしいとも思うさ」

「確かに子供が好きなようには見えませんからね」

「別の意味で好きかもしれないけどな」

「大丈夫です、あいつは変態だけど紳士ですからね」

 

 そして二人は大きな声で笑い合い、レヴェッカもそれに乗った。

萌郁は最初戸惑っていたが、やがて一緒に笑い始めた。

それは萌郁にとって、生まれて初めての心からの笑いであった。

 

「それじゃあとりあえず今日のところは帰りますね、萌郁はこのままうちで使っても?」

「もちろん構わないぜ、さっきも確認したが、本人がそれでいいみたいだからな」

 

 そう言って裕吾は萌郁の方を見た。萌郁はその視線を受け、今度はしっかりと頷いた。

 

「それじゃあ萌郁、とりあえずお前は俺の運転手な」

「で、でも私、免許はあるけどバイクのしか……」

「へぇ、萌郁はバイクの運転が得意だったりするのか?」

「うん」

「なるほど、それはそれでいいと思うぞ。それに俺の車な、実は免許は必要ないんだな」

「えっ?」

「そ、そりゃどういう……」

「まあ見れば分かりますよ、ちょっと待ってて下さい」

 

 そして八幡は電話でキットを呼び、キットはすぐに店の前に現れた。

 

「キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

「うおっ……」

 

 キットのガルウィングが開いた事で、その格好良さは際立っており、

裕吾は感動したようにキラキラした目でキットを見つめていた。

 

「これがそうなのか?」

「はい、俺の自慢の車であり、仲間でもあります。おい萌郁、これなら平気だろ?

何せ運転席に座ってるだけでいいんだからな」

「で、でも、それじゃあ運転手の意味が……」

「あくまで名目上の配置だからな、なので何も気にするな。

とりあえずお前は俺にくっついて色々な物を見て、うちの社に慣れる事から始めるといい」

「分かった、頑張る」

 

 平坦な口調ではあったが、萌郁は力強くそう言った。

 

「それじゃあ社に戻るか、裕吾さん、いや、FB?う~ん、天王寺さん?

俺はあなたを何て呼べばいいですかね?」

「裕吾って呼び捨てでいいだろ、俺も萌郁も同じ立場だ」

「え、それはさすがにちょっと……」

 

 そうごねる八幡を見て、裕吾は呆れたような顔で言った。

 

「さっきの迫力はどこにいったんだよ……」

「いやぁ、まあそれとこれとは別問題って事で」

 

 八幡はそう言って恥ずかしそうに笑い、それでも裕吾は主張を引っ込めず、

八幡は仕方なく、裕吾の事を名前で呼び捨てにする事にした。

 

「分かった………おい裕吾」

「あいよ、ボス」

「うげ、そうくるのか……」

「そこの金髪の嬢ちゃんの真似をしただけだけど、案外悪くねえな」

「だろ?しっくりくるよな?」

「マフィアのボスみたいでちょっと嫌な感じなんだが……」

 

 そんな八幡の背中を、裕吾とレヴェッカは二人がかりで叩いた。

 

「い、痛ってぇ!」

「ファーザーじゃないだけマシだと思えって?」

「ははははは、ボスと呼ばれる事に早く慣れろって、さっき自分が萌郁に言ってただろ?」

「ど、努力する」

「そうしてくれ、それじゃあボス、三日後を楽しみにしてるぜ」

「ああ、必ず達成してみせるさ、それじゃあ詳しい事は三日後に」

 

 

 

 そして二日後の早朝に行われたSERN職員の内部告発により、

一日にしてSERNは、アメリカ主導で解体一歩手前にまで追い込まれ、

ラウンダーと呼ばれた者達は、各国で徹底的に追い詰められる事になった。

だがその資料には、日本に関してのデータだけが存在せず、

決して多くはなかった組織の全容を知る者が、

逮捕される事を恐れて次々に自殺していった事もあり、

その結果、日本には最初から工作員が派遣されていなかったものと判断された。

 

 

 

 その日の昼、八幡は萌郁とレヴェッカを伴って、再び裕吾の店の中にいた。

 

「ども」

「どもって、軽いなおい」

「まあ今日は演技とかもする必要が無いんで」

「それでも多少はよ……」

 

 子供のようにごねる裕吾を見て、八幡は仕方なくといった感じでこう言った。

 

「はぁ、それじゃあこれでどうだ、よっ、裕吾、待たせたな」

「それも軽いなおい!まあいい、それにしても上手くやったな、

一体どこからどこまでがソレイユのシナリオだ?」

「そうなるだろうとは思いましたけど、幹部連中の自殺は本当に偶然ですよ。

まあ日本に関する資料は全部消しましたし、もし生き残って何か余計な事を言われても、

知らぬ存ぜぬで通すつもりでしたけどね」

 

 裕吾はそう説明され、うんうんと頷いた。

 

「なるほどな、それで一つ聞きたいんだが、この店はどうすればいい?」

「この店ですか?裕吾のやりたいようにしていいですよ。

このまま続けたいなら自宅勤務って事にすればいいだけですし、

長期で家を空けないといけないような場合は、

娘さんの為にうちの社員の誰かを派遣しますから」

「そうか?それじゃあ出来れば非常勤にしてもらっていいか?

娘がもう少し大きくなるまでは、出来るだけ傍にいてやりたいんでな、

ってあっ、お前もしかして、俺がそう言いだすって最初から読んでたな」

「鋭いですね、正解です。そう言うと思って、今日はうちの社員を一人連れてきてます。

お~い、える、こっちに来て中に入ってくれ」

「はい!」

 

 八幡に呼ばれて入ってきたのは先日かおりと共に受付嬢をしていた女性であり、

その本名を、漆原えるという。

 

「悪いなえる、本来の業務と違う事になっちまうが……」

「問題ないです、次期社長の直々の指名ですから、任せて下さい」

「頼むな、それでこちらが天王寺裕吾さん、俺の新しい部下だ」

「漆原えるです、宜しくお願いしますね、天王寺さん」

 

 だが裕吾はその挨拶に対し、すぐには返事をしなかった。

 

「裕吾、どうした?」

「あ、いや……あれ、君、るか君だよな?ん?んんん?」

「あ、るかは私の弟ですよ、弟はよくこの上のラボに遊びに来ていますから、

それで弟と知り合ったんですよね?天王寺さん」

 

 ちなみにえるの弟、漆原るかは、

キョーマのラボの一員として、この辺りによく遊びにきている高校生である。

その見た目は姉に酷似しており、男っぽいと言われるえるとは正反対で、

性格は穏やかで優しく、下手な女性よりよっぽど女性らしい。だが男だ。

 

「ああ、君はるか君のお姉さんか、そうかそうか、道理で似てる訳だ」

「それもあってえるにここの事を頼む事にしたんですよ、知り合いの身内なら安心でしょ?」

「その喋り方、背筋がぞくぞくするな、もっと命令口調で接してくれよ、ボス」

「え、マジか……まあ努力する」

 

 そして裕吾はそんな八幡の手をとり、深々と頭を下げた。

 

「俺の娘の事までそんなに真面目に考えてくれてありがとうなボス、

俺はボスに一生かけても返しきれない借りが出来た、俺の忠誠は今から全部ボスに捧げるぜ」

「私も……」

 

 同時に萌郁もそう言い、そんな二人を見て、えるはきょとんとした顔で八幡にこう尋ねた。

 

「何か凄い事になってますけど、一体何をしたんですか?次期社長」

「人助けだ」

「人助けですか……凄く気になります」

「まあ気にするなって、大天使ウルシエル」

「もう、またそんな呼び方で私を呼ぶ!

受付の間で定着しつつあるんだからやめてくださいよね!」

 

 そう言いながらもえるは嬉しそうに笑った。

八幡に特別な名前で呼ばれているという事が、本心ではそこまで嫌ではないのだろう。

こうして八幡は、ほんの偶然をキッカケに諜報組織を丸ごと手に入れる事となったのだった




明日から別エピソードとなります、短いですが!

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