ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第612話 八幡は慎重に事を進める

 八幡が陽乃達と話す少し前、一階の受付で、実はこんなやり取りがあった。

 

 

 

「あ、八幡、さっきのスッピンの女の人、誰?」

「スッピン?萌郁の事か?」

「あ、そんな名前だったかも」

 

 八幡がソレイユ本社に入ると、受付をしていたかおりが八幡に話しかけてきた。

 

「実はあいつ、ちょっと訳ありなんだよ」

「あ、そうなんだ」

「何か気になったのか?」

「そりゃなるでしょ、よっぽどの理由がないとあんな髪型にしないし、

スッピンな上に服装にまったく気を遣ってないように見えたしね」

「ああ、まあ確かになぁ……」

「でもあの人、多分美人だと思う」

 

 かおりのその言葉に、八幡も同意した。

 

「お、やっぱりお前もそう思うか?」

「あ、八幡もやっぱりそう思ったんだ?」

「まあ俺のはただの直感だがな」

「そうだ、もし良かったら私が化粧とかしてあげようか?

何も道具とか持ってないみたいだったし」

「お、それじゃあ後で頼んでもいいか?」

「任せて!そういうのは得意だから」

「かおりは確かにそういうの、得意そうだよなぁ。

あ、ついでに頼みがあるんだが、ちょっと受付を離れていいから、用意してほしい物がある」

 

 そして八幡は、何かが書かれた紙をかおりに渡し、耳元で何か囁いた。

 

「え、これってもしかして、八幡が調べたの?」

「まさか、明日奈に頼んださ」

「なんだ、良かったぁ、でもこれ、凄く羨ましい……」

 

 八幡はその呟きにはノーコメントを貫いた。

 

「それじゃあ頼むわ」

「うん、私のセンスに任せて!」

「ウルシエル、そんな訳ですまないが、しばらく一人で頼む」

「もう、また私をその名前で呼ぶ!

まあそれはともかく分かりました、任せて下さい!かおりちゃん、気を付けてね」

「うん!」

 

 かおりは自身の業務をそのウルシエルと呼ばれた同僚に託し、ロッカーへと走っていった。

そして八幡は社長室へと向かった。これが八幡の到着直後の事である。

 

 

 

 そして今、陽乃達との話し合いを終えた八幡は、レヴェッカと萌郁がいる部屋にいた。

 

「話が纏まった、すぐに出発だ」

「お、来たのかボス、結局どうなった?」

「内緒」

「内緒ってボス、そりゃ無いぜ」

「まあ多分レヴィの出番はほとんど無いと思うぞ、

今回はアルゴやダルが色々思いっきりやる事になる」

「ほう?なるほどなるほど、そりゃご機嫌だな」

「ん?今のがどういう意味か分かるのか?」

「いいかボス、戦争ってのは、サイバー空間でも常に行われているもんなんだぜ」

「そこまで分かってるならまあいいか、そうだ、要するに」

 

 そして八幡はニヤリとしながら言った。

 

「戦争の時間だ」

「イヤッホー!!!」

 

 そんな二人を、萌郁は理解出来ない生き物を見るような目で黙って見つめていた。

 

「さて、これから出かける訳だが、その前に萌郁、これを」

「これって……ウィッグ?それにこれは伊達眼鏡?」

「そうだ、お前が誰なのかいきなり相手にバレるのは避けたいんでな。

そういやお前、何で坊主頭なんだ?」

「ええと……変装が簡単だから」

「マジかよ、そんなくだらねえ理由だったのかよ、お前はこんなに美人なのにな」

「……えっ?」

 

 萌郁はそんな言葉がかけられるとは予想もしていなかったのか、

驚いたように八幡の顔を見た。今の自分は化粧もしておらず、服も地味であり、

髪型もこんな感じなのだ。とても美人と呼ばれる状態ではない。

 

「ん?俺は何か変な事を言ったか?」

「………何でもない」

「そうか、次はこれだ」

 

 そう言って八幡は、リネンのトップスとブルーのジャケット、

それに同じくベージュのフレアスカートを手渡してきた。

 

「………これを着ろと?」

「そうだ、うちの受付チョイスだがな」

「………きっと似合わない」

「それを決めるのは俺だ、とりあえず俺は外に出ているから、着替えちまってくれ」

「………サイズは?」

「調べた」

 

 その言葉に萌郁はきょとんとし、無表情ながらも八幡を警戒するように胸を手で隠した。

 

「誤解だ萌郁、お前が寝ている間に明日奈が計った、ただそれだけだ」

 

 つまりそれは、昨日の段階から八幡がこうするつもりだったという事だ。

萌郁はまったく意味が分からなかったが、とりあえず八幡に頷いておいた。

 

「ならいい」

「それじゃあ俺は外に出ているから、ちゃんと着替えるんだぞ」

 

 そう言って八幡は外に出ていき、その場には萌郁とレヴェッカだけが残された。

レヴェッカはこういう事は得意ではない為、特に口を出してくる気配は無い。

そして萌郁は仕方なくその服を身につけ、ウィッグをし、伊達メガネをかけた。

 

「ほう?」

 

 そんな萌郁を見て、レヴェッカがヒュゥと口笛を吹いた。

今の自分はどうやら多少はまともに見えるらしい、

萌郁はそう思うのと同時に、この部屋に鏡が無い事を悔やんだ。

やはり萌郁も年頃の女性なのである、自分の今の外見には興味があるのだ。

その時部屋の扉が開き、先ほど受付に座っていた女性が中に入ってきた。

 

「あ、ええと、萌郁さん、だったよね?私は折本かおり、宜しくね」

 

 萌郁はいきなりそう挨拶され、曖昧に頷いた。

 

「それじゃあ化粧を始めるから、ここに座ってもらってもいいかな?」

「け、化粧?」

 

 どうやら自分は今から化粧までされるらしい。

萌郁はそれくらい自分で出来るのにと思いながらも、

他人に化粧をされるのは初めてだったので、興味本位でかおりの好きにさせる事にした。

そもそもこれが八幡の意思である以上、萌郁に拒否権は最初から存在しない。

そして化粧が始まり、萌郁は自分が知らない道具が沢山ある事に先ず驚いた。

そもそも萌郁は真面目に化粧について学んだ事はなく、練習もした事がない。

いつもは基本的なファンデーションや口紅を使う程度の事しかしておらず、

それは化粧と言っていいのか正直悩むレベルでしかなかったのであった。

そしてしばらくして、かおりが満足そうに頷いた。

 

「よし完成、我ながら会心の出来って感じ!そのまま待ってて、今八幡を呼んでくるから」

 

 かおりはそのまま外に出ていき、すぐに八幡を連れて中に入ってきた。

 

「おお、やるなかおり」

「でしょ?」

「レヴェッカはどう思う?」

「ん?おお、凄えなこれ、まるで別人じゃねえかよ」

 

 その言葉で、萌郁は今自分が褒められているのだと理解した。

人に面と向かって褒められたのはいつ以来だろうか、

確かにFBには何度も褒めてもらったが、それは所詮メールのやり取りでしかない。

 

「鏡………」

「鏡ね、はい、これ」

 

 かおりが萌郁の呟きに反応し、鏡を差し出してきた。

萌郁はその鏡を覗き込んだが、そこに映っているのが本当に自分なのか自信が持てなかった。

美人かどうかは分からないが、それくらい今の自分は、

生まれてからこれまで一度も見た事のない、女性らしい姿をしていたからだ。

 

「どうだ?」

「………よく分からない」

「いやいやいや、萌郁さん、凄くかわいいって」

 

 かおりが横からそう言い、萌郁は八幡と出会ってから初めて恥らう表情をした。

 

「よし、サンキューなかおり、それじゃあ萌郁、レヴィ、出かけるとするか」

「あいよ」

「………はい」

 

 そして三人は、キットで秋葉原へと向かった。

目的地に近付くに連れ、萌郁はどんどん緊張していったが、

八幡はそんな萌郁にお構いなしに、まっすぐ目的地へと突き進んだ。

 

「という訳で、ここだ」

「ここにFBが……?」

 

 そこは雑居ビルの一階にある、とても商売が成り立っているとは思えない電器屋だった。

 

「いいか萌郁、とりあえず何も喋るなよ」

 

 この時八幡は知っていたが、萌郁が知らない事があった。

萌郁はこの時までFBの事をずっと女性だと認識していたが、

八幡は男性だと正しく理解していたという事である。

このせいで萌郁は、これから現れる相手がFBだとどうしても信じられず、

八幡のこの指示が無くともまったく言葉を発する事が出来ない状態となる。

 

「ごめん下さい」

「あいよ、何か探し物かい?うちなんかにお客さんの欲しがる物があればいいんだがな」

 

 FBこと天王寺裕吾は、気さくな感じでそう声をかけてきた。

すぐ近くでは、事前に聞いていた裕吾の娘が興味深そうにこちらを見つめていた。

その直後に入り口からダルが姿を見せた。これは打ち合わせ通りである。

ダルから裕吾の娘の話を聞いた八幡は、その娘に話を聞かせないように、

ダルにここから娘を連れ出すように依頼していた。

ついでに八幡達がキョーマ達に見つからないように、

このタイミングでラボの人間をどこかに連れ出してくれと頼んでもいた。

その中には紅莉栖もおり、紅莉栖だけは八幡に気付いたようだったが、

紅莉栖はチラリとダルの様子を見ただけで何かを悟ったのか、その場所から動かなかった。

当然話しかけてくる事もない、さすがは空気の読める実験大好き天才少女である。

そしてダルはまゆりをだしにしてまんまと娘を連れ出す事に成功し、

八幡はこれでやっと話が切り出せると、上手くやってくれたダルに感謝した。

さすがにこれからする話は、何も知らない娘の前でするような話ではない。

ついでに相手が萌郁の正体に気付かないという事も分かった為、

それに関しても八幡は安堵する事となった。

 

「お客さん、話の邪魔をしてすまなかったな」

「いえ、お気になさらないで下さい」

「そう言ってもらえると助かるよ、で、何の用事だい?」

「はい、今日はあなたと交渉に参りました、ミスターフェルディナント・ブラウン」

 

 その瞬間に、裕吾がスッと目を細めた。

だが直後にレヴェッカが、素人には分からない殺気を放った為、

裕吾はそれ以上は何もしようとはしなかった。

どうやらレヴェッカが、明らかに自分よりも強いと認識したのだろう。

 

「こりゃまた剣呑だな、お前、どこのモンだ?」

「以前お話をさせて頂きました、ソレイユの者です」

 

 だが八幡の口からソレイユの名前が出た途端、裕吾はあからさまに緊張を解いた。

 

「何だそうなのか、驚かせるなよ」

 

 裕吾は一転して笑顔すら浮かべており、さすがの八幡もこれには驚いた。

 

「随分簡単に警戒を解いてしまうんですね」

「そりゃまあ、なぁ?一応友好的な関係を続けてる訳だし、

それを俺のミスでぶち壊す訳にもいかねえからな」

「なるほど、その時の事は俺は知りませんが、話が早そうで助かります」

「まあこの後どうなるかは、何の話かによって変わるだろうけどな」

 

 八幡はその言葉に頷き、説明を始める事にした。

 

「実はですね、先日たまたま、

お宅のラウンダーの一人である桐生萌郁が自殺しようとしている場面に遭遇しまして、

うっかり彼女を助けてしまったんですよ」

 

 さすがの裕吾もそれは初耳だったらしく、若干驚いたような表情を見せた。

その直後に裕吾は一瞬苦い表情を浮かべ、すぐに元の愛想良い表情へと戻った。

 

「なるほどな、で?」

「彼女、うちでもらっちゃってもいいですかね?うちというか、俺がって事ですが」

「………はぁ?」

 

 さすがにその八幡の申し出は想定外だったらしく、

裕吾は今度は驚いた表情をまったく崩さなかった。

 

「それ、本気で言ってるのか?」

「もちろんですよ、だって彼女……」

 

(さて、ここからだ)

 

 そして八幡は、頑張って下卑た表情を浮かべながら、裕吾にこう言った。

 

「だって彼女、とてもいい体をしてるじゃないですか。

特にあの胸とか最高ですよね、なので俺の直属にして、いい思いを………」

 

 八幡はそのセリフを最後まで言えなかった。

顔色を変えた裕吾が、いきなり八幡の顔面に鋭いパンチを放ってきたからだ。

だがそのパンチはレヴェッカによって止められた。

レヴェッカは八幡や裕吾にまったく気付かせずに、

いつの間か素早く八幡のすぐ後ろに移動していたのだった。

 

「ぬっ……」

「サンキュ、レヴェッカ、きっと止めてくれるって信じてたぜ」

「まあそれが俺の仕事だからな、でもボスよぉ、今のセリフはさすがに無いんじゃねえの?

さすがの俺も、それが本心だとしたら実家に帰らせて頂きますって言いたいんだけどよぉ」

「もちろん演技に決まってる。もしレヴェッカが間に合わなかったら、

仕方ないから一発くらうくらいの覚悟はあったけどな。

まあ何でこんな事をしたかというと、こうでも言わないとこの人は、

絶対に本心を見せてくれないと思ったからさ」

「ああ、そういう事か、なるほどなぁ、さすがはボスだぜ、疑って悪かった」

「実はお前、ぜんぜん疑ってなかったよな?」

「何だ、バレてたのか」

 

 そしてレヴェッカは裕吾の手を離し、裕吾も何となく事情を悟ったのか、

再びパンチを繰り出してくるようなそぶりは一切見せなかった。

 

「はぁ、これはもしかしなくても、あんたに一杯食わされたか?」

「すみません、どうしても彼女にこのシーンを見せておきたかったんで」

「彼女ってえと、この美人さんか?この美人さんが今回の件に何か関係があるのか?」

「関係もなにも当事者じゃないですか、あなたもよくご存知ですよね?

ほら萌郁、ちゃんとFBに挨拶しろよ、ずっと会いたかったんだろ?」

「萌郁?ま、まさかお前……M4か?」

 

 どうやらM4というのが萌郁のコードネームであるらしい。

そして萌郁は、裕吾に丁寧に頭を下げた。

 

「はい、M4ですFB、ずっと会いたかった……」

 

 萌郁はその体制のままぽろぽろと泣き始め、裕吾はばつが悪そうに頭をかき、

八幡とレヴェッカは、それを黙って見つめていたのだった。


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