『明日正午、クックロビン並びにレヴィ二名の入団式をアルンの中央広場で執り行う、
詳細は次の通り。一つ、ヴァルハラ・リゾートによるパレード、
二つ、該当二名とリーダー並びに副長三人によるフィールド観光、
三つ、内輪とゲスト数名によるアルン政庁前の食事処を貸しきってのパーティー、
以上をヴァルハラ・リゾートのハチマンの名においてここに記す』
ハチマンの名前でアルンの世界樹前中央広場のモニターにこんな表示がされたのは、
抽選日の深夜零時丁度であった。
「おい、見ろよあれ」
「ネタじゃないよな?ザ・ルーラーの署名入りだし」
「クックロビンにレヴィ?誰だ?」
「コンバート組か何かじゃね?聞いた事もない名前だし」
「フカ次郎、シノン、フェイリス、クリシュナ、セラフィム、ナタク、スクナ、
最近だけでもこれだけのプレイヤーが入団してるのに、
名前が知られてたのはフカ次郎だけだよな」
「今度はどんな奴なのか、興味が沸くよな」
「というかヴァルハラが入団式をオープンで開催するなんて珍しくね?」
「ううむ、何か理由があるんだろうな」
たまたまその時間にその場に居合わせた者達は、
あちこちでそのような会話を交わしていた。
その情報は深夜という事もあって最初はそこまで拡散していなかったのだが、
次の日の早朝に誰かが@ちゃんねるVRMMO板の、
ALOヴァルハラ・リゾートスレにその事を書き込んだ為、情報は急激に拡散した。
それを受けて今日、反ヴァルハラギルド連合の集会が急遽行われていた。
「連合もあれだけやられたのに、よくここまで盛り返したよな」
「やっぱりあの七人のせいじゃないか?ほら、あの壇上にいる、
SAOサバイバーって噂の」
「あああの噂な、あれ、事実らしいぜ」
「でも噂だと、今の連合には黒幕がいるって話だよな」
「あ、俺も聞いたぜその話、でも都市伝説だろ?誰も見た事がないんだし」
そして七人を代表して、バンダナと呼ばれるプレイヤーが演説を開始した。
「みんなももう知っていると思うが、珍しくあのヴァルハラ・リゾートが公に動くようだ。
その内容も知っての通りだが、どうやら今回は、憎きハチマンと三人の副長、
それに二人の新人だけで動く時間があるらしい。罠かもしれない為、
それも考慮して最初に食事処を監視し、誰も移動しないのを確認してから行動に移る。
襲撃地点はアルンから最も離れた地点、予定だとこの森になると思う。
よって早めに軍を動かし、事前にその森に伏せておく事とする。
それじゃあ何か質問があったらどんどんしてくれ」
「もし罠だと確定したらどうするんだ?」
「その場合は大人しく撤退だ、悔しいとは思うが、今回は突発的なイベントの為、
注目度から考えてもこちらが罠などを仕掛ける時間もタイミングも隙もない。
なので本番は夏コミで公開された、ヨツンヘイム奥地の解放後にとっておくとして、
今回は安全が確認された場合のみ、数の力で六人を押し潰す作戦でいきたいと思う。
他に何か質問はあるか?」
今バンダナが言った計画は一見何も問題がないように聞こえた為、
他には特に質問は出なかった。問題はたった六人が相手とはいえ、
あのヴァルハラ・リゾートの最大戦力である最高幹部を相手に勝てるのかという点だが、
それは魔導師を多めに連れていき、遠距離から飽和攻撃を加える事で解決しようと決まった。
「それじゃあ集合時刻はイベント開始一時間前、こちらの出発はパレード開始直後とする。
多少慌しくはなるが、これは罠の可能性を最後まで警戒する為の処置である。
つまりヴァルハラのメンバーが全員パレードの場にいる事を確認してから動きたいからで、
その辺りは理解してもらえると有難い」
その言葉に連合のメンバー達は頷き、各自準備をする為に一旦解散した。
そして誰もいなくなった集会場に、突然一人のプレイヤーが姿を現した。
「はぁ、考えられているようで実はかなりザルなんだよな、
どうして集会に敵が混じってる可能性を考慮しないかな」
そのプレイヤー、レコンは呆れた顔でそう呟いた。
ご存知の通り、姿隠しはレコンの得意魔法である。
ヴァルハラ・リゾートで鍛えられる事で、レコンは今や一流の斥候となっていた。
もちろん年齢的な側面もある。レコンももう二十歳、立派な青年である。
「しかし黒幕ねぇ……ついでだしもう少し調べてみるか、
誰も見た事が無い以上、そいつが接触する可能性があるとしたらあの七人だけだろうしね」
そう考えたレコンは再び姿を消し、七人を尾行する事にした。
七人は、どうやら街の入り口方面へと向かっているようだ。
(ん、まさかあいつら街の外に出るのか……?)
その予想通り、七人は街には留まらず、そのまま街の外へと歩いていった。
(こんな所に何の用が……まさかやっぱり黒幕が?これは慎重にいかないといけないな)
そしてレコンは慎重に七人に近付いたのだが、いつどこから現れたのだろう、
いつの間にか七人の他に、深くフードを被った八人目のプレイヤーがいる事を発見した。
(まさか黒幕は斥候職なのか?ここからじゃ顔がまったく見えないが、
しかしこれ以上近付くのは少しまずい気がする。
しかももううちの集合時間が近い、ここは映像で記録だけして一旦退却するしかないか)
ハチマンの計画上、パレードにレコンが参加しないというのは非常にまずい、
というか計画自体が破綻する可能性がある。
そう考えたレコンはそのまま静かに撤退し、ハチマンに黒幕の存在を報告した。
「何?黒幕っぽいプレイヤーが?」
「はい、残念ながら時間がなくて、正体までは掴めませんでしたが、
確かにそれっぽいプレイヤーを見つけました、これがその写真です」
「これか……確かにこれだと顔の判別は無理だな。
ただ一つ分かるのは、種族がシルフかウンディーネだというくらいか」
「ですね、この細身でこの身長、おそらくその二つの種族のどちらかでしょう」
「分かった、とりあえずこの問題は調査続行という事で、
今はその事を忘れてとりあえず今日の計画に集中する事にしよう」
「分かりました」
そう落ち着いた表情で頷くレコンを見て、ハチマンは目を細めた。
「それにしてもレコン」
「はい?どうかしましたか?」
「お前ももう二十歳になるんだよな、初めて会った時はまだ子供みたいだったお前が、
こんなに頼りになる日が来るなんて、ずっと鍛えてきた甲斐があったな、感無量だよ」
「やめて下さいハチマンさん、昔の自分の事を考えると、ちょっと恥ずかしいんで……」
「おう悪い悪い、それじゃあ行くか」
「はい!」
そして計画が開始された。パレードが盛大に行われた後、
ヴァルハラは予定通り、二手に別れて行動を開始した。
「それじゃあ行ってくる、頼むぜサクヤさん、それにアリシャにユージーン」
「任せてくれ、立派に仕事は果たしてみせよう」
「ハチマン君、また後でね!」
「むぅ、俺もたまには暴れたかったんだがな……」
少し残念そうなユージーンに、キリトがニヤリとしながら言った。
「悪いなユージーン、今度また俺が相手をしてやるから、それで我慢してくれ。
雑魚を相手に無双するのもいいが、それよりもお前は強敵とやる方が好きだろう?」
「確かにそうだな、さすがお前らは俺の事をよく分かってるな」
それでユージーンは機嫌を直し、そしてハチマン達が街を出た後、計画は実行に移された。
最初に裏通りに面した部屋の窓を全開にした状態で、
今回ゲストで呼ばれたユージーン、サクヤ、アリシャの三人が雑談を始めた。
三人はさりげなく会話中に窓の外に顔を出したり窓枠に座ったりと細かい動きをしながら、
外で監視をしている者達に自分達がここにいる事をアピールしつつ、
同時に偽情報を流すような会話を続けていた。
ちなみにハチマン作の会話シナリオありきである。
「どうやら開始が遅れるようだな、ちょっと料理に凝りすぎたらしい」
「って事は自作なんだ、うわ、楽しみだね!」
そしてその間にレコンとコマチとアルゴのそれぞれが、
姿隠しの魔法を使って、窓から一人ずつ仲間達を外に連れ出していった。
姿隠しの魔法が効果を及ぼせるのは二人までであり、両手で対象の人物に触れる事で、
自分以外にもう一人の姿を隠す事が可能になるのだが、
今回はそれを、対象者が術者をおんぶするという手法によって窓を越える事を可能にした。
男女比率が違う分、レコンだけが若干楽をする事になってしまったが、
実はその分レコンには、ハチマンから別の仕事が与えられていた。
それは姿を隠したまま監視者の人数と居場所を割り出す作業である。
そしてヴァルハラの居残り組は、速やかに奇襲予定地点へと移動を開始し、
見事に奇襲に対する逆奇襲を成功させる事となった。
残るは街で監視の任務についていた敵達だったが、レコンからの情報により、
一人も逃がさないようにと残ったユージーンとサクヤとアリシャが場所を分担する事により、
今まさに三人の手によって、監視者達は壊滅させられようとしていた。
これが映像を観戦していた他のプレイヤー達が、まったく知る事のなかった裏事情である。
連合の連中が、今まさにハチマン達に襲撃をかけようとした本当にその直前、
ハチマンが持ち込んだ実況アイテムからの映像がアルン中央広場のモニターに映し出された。
「お、何だ?」
「あれってザ・ルーラーじゃね?」
「あんなに顔が近い状態で絶対零度とお喋りか、羨ましいな」
「お、黒の剣士とバーサクヒーラーもいるぞ、ピクニックの最中の映像って奴だな」
「新人二人はザ・ルーラーで遊んでやがる、大物だな」
「でもこんなのんびりした動画、何の為に放送してるんだ?」
「さあ……」
これに慌てたのは監視の任についていた者達である。
「おい、どうなってるんだ?」
「まさか罠……」
「でも残りのメンバーは、全員あの建物の中だろ?」
「って思うよね?でも違うんだなぁ」
「お、お前は……アリシャ!」
「それじゃあ悪いけど、死んでもらうね」
同じ事を、サクヤとユージーンもそれぞれの担当の場所で行っていた。
そして三人は無事に仕事を終え、広場へと移動し、並んで座って中継動画の観戦を始めた。
「さて、こっちは全て片付いたぞハチマン、あとは任せた」
「あっちに監視員から連絡がいってなければいいんだけどね」
「まあもう私達に出来る事はない、せいぜいのんびり観戦させてもらうとしようじゃないか」
ここからヴァルハラ・リゾートのいつもの蹂躙戦が始まった。