ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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こちらは本日二話目となりますご注意下さい!


第623話 ソレイユ奨学金

 次の日の朝、三人は簡単に朝食を済ませ、再び勉強に没頭していた。

八幡は休養十分な事もあり、順調に二人の教えを吸収していき、

そして昼前に、明日奈が部屋を訪れた。

 

「様子を見に来たけど、調子はどう?」

「順調だぞ、なぁ?」

「そうですね、まあしかし、学年上位にはまだまだな気もしますが」

「そうね、さすがに三位以内は厳しいかもしれないわね」

「あ、でもうちの学校、正直勉強に関してはレベル低いよ?」

 

 その時明日奈が身も蓋も無い事を言い、八幡もその言葉にうんうんと頷いた。

 

「そうなんですか?」

「え、そうなの?」

「そりゃそうだろ、よく考えてもみろ、うちの学校の生徒は全員、

二年半ほど何も勉強していなかったんだぞ?」

「あ……言われてみれば確かに…………」

「それは盲点だったわ……」

「だがまあ地頭がいい奴もそれなりにいるから、

さすがに今の状態だと一桁順位が精一杯な気がするな」

「それじゃあ今日一杯しっかり勉強しないとですね」

「だな」

 

 その様子を見て、明日奈がこう申し出た。

 

「もうすぐ昼だし、私が昼食を作るから、それまで集中して頑張って」

「いいのか?悪いな」

「ありがとう明日奈、正直料理はそこまで得意じゃないから助かるわ」

「それじゃあ八幡様、もうひとふん張りです、頑張りましょう」

「そうだな、それじゃあ勉強を再開するか」

 

 それから昼までの間、先生役を担当したのはクルスだった。

その間紅莉栖は、夕方からやる予定の模擬テストの作成を行っていた。

今回はさすがに全教科の試験を行っている余裕はない為、

どちらかというと八幡が苦手な教科を中心に三科目程の試験を行う予定であった。

それは必然的に理系教科という事になる。

 

「みんな、お昼が出来たよ!」

 

 その明日奈の声で、三人は手を止め、昼食をとる事にした。

 

「そういえば明日奈、昨日の勉強会はどうだった?」

「まあこっちは誰も落第とかはかかってないから気楽だったし、

みんなそれなりに満足出来る程度にはやった感じかな」

「明日奈は大丈夫か?赤点とかの心配はないか?」

「私はちょこちょこ勉強してたから、まあ余裕かな。

何よりお母さんからのプレッシャーが無くなったから、

その分伸び伸びと勉強出来て、凄くいい感じだと思う」

「明日奈のお母さんってそんな勉強ママだったの?」

 

 その紅莉栖の問いに、明日奈は思い出したくもないという顔でこう答えた。

 

「うん、それはもう厳しかったのを通り越して怖かったっていうか、

口を開けば勉強勉強って感じだったよ」

「そうなんだ、でも何で今は何も言わなくなったの?」

「う~ん、うちはほら、一族の中じゃ傍流というか、

お母さんがその……出自の事で色々言われてきたから、その分私が何も言われないように、

しっかり教育しないとって気合いを入れすぎたって言えばわかる?」

「要するに明日奈をどんな場に出しても恥ずかしくない、

文武両道な子に育てようと頑張りすぎたって事ね」

「でも今は平気なの?」

「うん、この年にしてもう私の嫁入り先って決まってるじゃない?

だから誰に何を言われようとも関係ないし、というか誰に何を言われても反撃出来るし、

私が一人で生きていけるようにする必要もまったく無くなっちゃったからね、

むしろ花嫁修業の方が大変なくらいだよ、あはははは」

 

 明日奈はそう能天気に笑い、紅莉栖は苦笑しながら八幡を見た。

 

「と、未来の嫁はこんな事を言ってるけど?」

「俺に何かあったらどうするんだよ、

まあそうは言っても明日奈の面倒は姉さんが見てくれるはずだし、

普通に勉強していれば何も問題はないのは確かだな。

でもそれなりの点はちゃんと取れよ?」

「大丈夫大丈夫、いつも通り成績上位者の中にはちゃんと入るから」

「まあ明日奈の方が、俺より成績は上だからな」

 

 クルスはそんな二人を羨ましそうに見つめていた。

内心ではせめて八幡の子供だけでも欲しいと考えたりもしていたが、

当然そんな気持ちはおくびにも出さない。

もっとも出したとしても、そんな女性は八幡の周りには数多くいるのだから、今更ではある。

そして昼食を終えて食休みに入ったタイミングで、

明日奈が紙の束を取り出し、八幡に渡してきた。

 

「八幡君、これ、姉さんから」

「ん、ここに来る前に会社に寄ったのか?」

「うん、せっかくここまで出てきたんだし、かおりや姉さんにも挨拶しておこうと思って」

「なるほど、で、これは?」

「ええと、ソレイユ奨学金の希望申し込み書」

 

 

 

 ソレイユ奨学金とは、凄まじく厳しい審査がある代わりに大学の学費を全額支給し、

卒業まで面倒を見る代わりにソレイユへの入社が義務付けられる奨学金の事である。

審査に通った後もその条件は厳しく、審査通過後に浪人した場合はその資格は剥奪される。

大学合格後に留年した場合や警察沙汰になるような事件を起こした場合も同様である。

大学在学中に認められる『可』の数は四年間で四つまでであり、

それ以下は一つでもあるとアウトとなる。もしその条件のどれかに引っかかった場合は、

入社資格の取り消しの上、全額返金しないといけない事になるのだが、

それでいてきちんと大学生活をこなせばソレイユへの入社が確定する為、

絶大な人気を誇る奨学金なのであった。

ちなみに入試後ではなくこの時期が締め切りなのは、

この段階から将来を見据えて動き出せる人材を探す為であった。

 

 

 

「それは分かるんだが、でもどうしてこれを俺に?」

 

 八幡はそんな物を渡された理由が分からず、

何となくその申し込み書をペラペラとめくりながら、とある事に気がつき呆れた顔で言った。

 

「というか何で女性の申し込み書ばっかなんだ……」

「えっとね、その中から適当に、将来の直属の部下候補を選んどいて、だって」

「男も選ばせろと声を大にして言いたいんだが……」

「今は直属予定者が女の子しかいないから、気を遣ってそうするしかなかったらしいよ」

「………そう言われるとそうなんだが、まさか今後もずっとそうなるんじゃないだろうな」

「どうだろ?まあさすがにいずれは男の人も配属するんじゃない?」

「それに期待するしかないか……

って、ここからはコネかよ、うちにはコネは通用しないんだけどな」

 

 八幡は履歴書の途中に、『ここからはコネ!だけど考慮する必要は無し!』

と陽乃の筆跡で書かれた紙が挟んであるのを見て脱力した。

 

「え?通用するわよね?」

「コネか?無いだろ?」

「私はコネでしょ?」

「えっ?」

 

 そう紅莉栖に言われ、八幡は目を見開いた。

 

「あ………あったわ、コネ」

「でしょ?あんたと社長が独断で決める入社枠ってのがあるじゃない、

あれってコネじゃないの?」

「正論すぎて返す言葉もない……」

「でしょ、クルスもよね?」

「そう言われると確かにコネですね」

「そ、そうか、まあそれは別腹って事で」

「ふふっ」

 

 明日奈はそのやり取りを見て微笑むと、食器を洗うと言って台所へと向かった。

八幡は腹ごなしのつもりで履歴書を一枚一枚チェックしていき、

途中でその手が止まったかと思うと、そのまま盛大に噴き出した。

 

「ぶふっ……」

「きゃっ、ちょっと、汚いじゃないの!一体どうしたのよ?」

「八幡様、ハンカチです」

「わ、悪い二人とも、この履歴書が面白かったんでつい、な」

「これ?」

 

 八幡から手渡された履歴書を見て、紅莉栖も続けて噴き出した。

「ぶふっ……」

「紅莉栖まで……」

「し、仕方ないじゃない、本当に面白かったんだから、ほら」

 

 その履歴書を手渡されたクルスは、内容に目を走らせた瞬間に手で口を押さえた。

どうやら二人の様子を見た後だった為、何とか耐えるのに成功したようだ。

 

「確かに面白いですね」

「だろ?これは一体誰のコネだ?………ああ、双葉先生か、

以前一度だけ、経子さんと一緒に話を聞きにいったお医者さんだな」

 

 八幡は保護者の名前の欄を見ながらそう言った。

 

「確か奥さんは、アパレルショップの社長か何かをやってるはずだ、

確か商談で海外を飛び回っていると聞いた覚えがある」

「へぇ、そうなんだ」

「それにしてもこの双葉理央って娘さんの志望動機、

こういう言い方はどうかと思うが、トンビが鷹を産んだか?」

「そうね、八幡が気に入りそうな子よね」

 

 その履歴書の志望動機の欄にはこう書いてあった。

 

『うちの父はよく、貴社にはコネがあると事あるごとに周りの者に吹聴しておりました。

最初のうちは素直に感心しておりましたが、貴社の事を調べていくにつけ、

それはおそらく父の完全なる勘違いだと理解するに至りました。

私は貴社への入社を父の事とは関係なく熱望しておりますが、

父の暴走のせいで、逆にその道が絶たれてしまうのではないかと危惧するに至り、

その状況を打破する為に自力でソレイユ奨学金に応募し、

自力でその道を切り開きたいと思って今回応募させて頂きました。

我が父の態度に不快感をお持ちだとは思いますが、

どうか公平に審査して頂けますよう、宜しくお願いします』

 

 そして他の欄にはこうも書いてあった。

 

『好きなもの・相対性理論』

『嫌いなもの・感覚派』

『趣味・相対性理論』

『特技・相対性理論』

『社員寮への入居希望・相対性理論』

『会社までの交通手段・希望します』

 

「という訳で、俺が何を言いたいのかはもう分かってるよな?」

「はいはい、この子を直属にするつもりなのね」

「そういう事だ、おい明日奈、こいつに決めたから、姉さんに伝えといてくれ」

「は~い、ちょっと待ってね」

 

 明日奈は手早く片付けを済ませ、パタパタとスリッパの音を響かせてこちらに歩いてきた。

そして八幡から手渡された履歴書を見て、盛大に噴き出した。

 

「ぶはっ……」

「明日奈、気持ちは分かるがもう少しお淑やかに笑おうな」

「だ、だって相対性理論多すぎだし、それに入居希望の欄……」

「一個下と思いっきりズレてるよな、希望しますってのは入居をって意味だろうしな」

「かわいいものじゃない」

「おい紅莉栖、言っておくが、この子はお前よりも一つ年上だからな」

「わ、私がおばさん臭いとでも言いたいの?」

「俺はそこまで言ってない」

「う……」

 

 そう押し黙った紅莉栖の代わりにクルスが横からこう言った。

 

「将来有望な新人」

「うんうん、確かに有望かもしれないね。

というか、わざわざこれがコネの所に混ぜてある時点で、

姉さんの意図が透けて見える気がしない?」

「この子を直属予定にするだろうって分かっててそうしたのかもしれませんね」

「そう言われると確かに……姉さんの思惑に簡単に乗せられるのはちょっと不快ではあるな」

 

 その八幡の言葉に、三人は目を見開きながら言った。

 

「ちょ、ちょっと、どういうつもり?」

「もったいないです八幡様」

「えっ、八幡君、この子の事落としちゃうの?」

「内緒だ、とりあえず試験が終わったらその足で本人に会いに行って来ようと思う」

「そうしないとどういう人か掴めないから?」

「それもあるが、まあ楽しみにしているといい、あと紅莉栖、ちょっと相談がある」

 

 そして八幡は、紅莉栖に何か耳打ちした。

 

「はぁ?ちょっとあんた、それ本気で言ってるの?」

「嫌か?」

「ううん、まあそれは構わないけど……」

「そうか、なら後は本人の希望を聞くだけだな、

とりあえず明日奈、誰にするか決定したと姉さんに伝えるのは一時保留だ」

「う、うん、分かった」

 

 この話はここで終わり、せっかくだからと明日奈も八幡の横で勉強を始めた。

そして夕方から紅莉栖の作った模擬試験を終えた八幡は、

やはり理系教科の成績が思わしくなかった事に若干焦りを感じていた。

 

「大丈夫だとは思うが、もう少し理解度を上積みしておきたかったな……」

「ちょっと微妙な気もしますね」

「ちなみにこの点数を前回の試験の成績に当てはめるとどうなるの?」

「これだけじゃいいとこ学年十位くらいだろうな、

文系教科の点数を含めてギリギリ三位になるかならないかって所だな」

「そう、それじゃあまあ今回は仕方ないか、私が予想問題を作ってあげるから、

それの答えを死ぬ気で覚えなさい」

「すまん、恩にきる」

 

 その紅莉栖の提案に、八幡は深々と頭を下げた。

 

「今回だけだからね、今後はこういったうっかりには気を付けるのよ」

「ああ、そのつもりだ」

「それじゃあちょっと待っててね」

 

 そして紅莉栖はそれぞれの教科の担当教員の性格や、

過去の試験問題の傾向を八幡に尋ね、その場でパパッと試験問題を作成した。

 

「な、何でお前はそんな簡単に試験問題が作れるんだ……」

「八幡様、それは紅莉栖だからとしか。あ、ちなみに褒めてるからね」

「分かってるわよ、はいこれ、今から説明するから」

「私も見てもいい?」

「いいんじゃない?八幡の順位が落ちるだけだしね」

「う……ま、まあ問題ない、元々明日奈は俺より順位が上だ」

 

 明日奈は成績では常にトップスリーを維持していた。

両親からは、勉強ばかりしなくてもいいと言われてはいるが、

普段の授業や試験で手を抜く事は、明日奈の性格上無理のようである。

 

「それじゃあ二人とも、ちゃんと聞いてるのよ」

「宜しく頼む」

「は~い」

 

 そして予定時間を若干オーバーしたが、八幡は試験対策を済ませ、

三人の送迎はキットに任せ、しっかり睡眠をとる為に早めに寝る事にした。

そして万全の状態で、八幡は試験の朝を迎える事となった。




双葉理央の背景は気にしないで下さい、理系女子だとだけ思っていて頂ければ十分ですので!見た目が分からない方は検索でもして頂ければ!

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