「紅莉栖、レスキネン部長、真帆さん、いるか?」
「お、八幡じゃないか、どうだいこの研究室、エクセレントだと思わないかい?」
「やっと来たわね八幡、待ちわびたわよ」
「八幡、今日はどうし……って、理央ちゃん?そっか、説得に成功したんだ」
雑誌で何度も見た顔がそこにはあり、あまつさえその口から自分の名前が飛び出した為、
理央は紅莉栖が自分の名前を知っていてくれた事に感動し、思わず紅莉栖に詰め寄った。
「は、初めまして、論文は何度も読み返しました、
『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』、素晴らしかったです!」
「そ、そう、ありがとう、でもちょっと落ち着いて、ね?」
「あ、す、すみません!」
その姿を見て八幡は、理央にもこんな一面があったんだなと驚いた。
ここまでの理央は、どちらかというと淡々と喋っており、あまり感情を見せなかったからだ。
例外は学校での紅莉栖絡みの話題が出た時くらいだ。
(つまりこいつは紅莉栖のファンって事だな、
あんな長い論文名がスラスラと出てくるなんて、よっぽど紅莉栖の事が好きなんだな)
八幡はそう考えつつ、最初に三人に理央の事を紹介する事にした。
「こちらが双葉理央、春からここに所属する予定の高校生です、
まだまだ勉強不足だろうとは思いますが、ビシビシしごいてやって下さい」
「部長のアレクシス・レスキネンだよ、宜しくね、リオ」
「研究員の比屋定真帆です、宜しくね、理央ちゃん」
「同じく研究員の牧瀬紅莉栖です、主に理央ちゃんの教育を担当する事になりました、
これから宜しくね」
「よ、宜しくお願いします!」
理央は緊張した面持ちでそう挨拶をし、興味深そうにきょろきょろと周囲を見回した。
「み、見た事の無い機械が沢山ある……」
「だろうね、こういった機械類は普通のハイスクールには無いだろうしね」
「まあこれから使い方を覚えていけばいいと思うわ、
それでね、理央ちゃんの教育の事なんだけど」
真帆が八幡にそう話しかけ、八幡は真帆の方に向き直った。
「とりあえず聞こうか」
「まだまだ設備が揃わないし、その間は三人で色々教えていこうと思うんだけど、どう?」
「それは助かるな、理央は素質はあると思うが、知識に関してはまだまだだろうからな」
「あともう一つ、三人でディスカッションして考えたんだけどね」
「あ、はい、どんな提案ですか?」
「リオには別に、家庭教師をつけるべきだと思うんだよね」
「ほうほう、家庭教師ですか、誰を付けるつもりですか?」
「彼女だ」
そしてレスキネンは指をパチッと鳴らした。
同時に紅莉栖がタイミング良くモニターのスイッチを入れ、
真帆が何かを操作するそぶりを見せた。どうやら事前に練習してあったらしい。
(三人ともノリノリだな)
そして次の瞬間、その「彼女」がモニターに映し出され、
八幡は思わず興奮したような声を上げた。
「うおっ、そ、そうか、その手があったか」
『初めまして理央ちゃん、私はアマデウスの牧瀬紅莉栖です』
理央は訳が分からずにきょとんとしたが、その横で八幡は、
レスキネンの手をぎゅっと握りながら言った。
「レスキネン部長、パーフェクトです!」
「だろう?このアイデアを思いついた時は、思わず三人で拍手喝采してしまったよ」
「でもこれ、家庭で運用出来るものなんですか?」
「ええ、アプリ化する事には既に成功しているわ。後は理央ちゃんのスマホに仕込むだけね」
「理央、いいか?」
「あ、う、うん、これで大丈夫なら……」
そう言って理央は、訳が分からないまま八幡にスマホを差し出した。
「紅莉栖、どうだ?」
「大丈夫みたい、それじゃあさっさと済ませちゃうわね」
「それは私がやっておくわ、その間に紅莉栖は理央ちゃんに説明を」
「分かりました先輩、お願いしますね」
その紅莉栖の言葉に理央は内心ギョッとした。
まさか真帆の方が紅莉栖の先輩だとは思わなかったからだ。
だが賢明な理央は、そんなそぶりは一切表に出さなかった。
「さて、それじゃあアマデウスの説明をするわね」
「は、はい、お願いします」
「そ、それじゃあこれは、
本物の紅莉栖さんとまったく同じ人格がスマホの中にいるようなものなんですか?」
「ええそうよ、しかも呼び出したい時にいつでも呼び出せる、
リーズナブルな家庭教師という訳」
「す、凄いです!」
理央は興奮したようにそう言い、八幡の方を見た。
「ん、何だ?」
「こ、こんなに恵まれた環境で過ごせるなんて、八幡さんに何とお礼を言えばいいか……」
「そうか、それじゃあその気持ちは体で返してくれ」
「えっ?」
「あっ……」
「Oh……」
その誤解を招く言い方に、紅莉栖は思わずそんな声を上げた。
当然レスキネンと紅莉栖は、働いて返せという意味だと理解していたが、
まだ八幡との交流が浅い理央にはそんな事は分からない。
そして理央は、自分の胸を抱いて顔を真っ赤にしながらも、
迷いを断ち切るようにこう言った。
「そ、そのくらいなら私で良ければ……」
「おう、しっかり働いて会社の為に稼いでくれ」
ここで八幡が思いっきり地雷を踏みぬいた。
果たして理央は、その言葉で先ほどの八幡の言葉の真意を理解したのか、
下を向いてぷるぷると震えだした。
レスキネンは首を横に振りながら八幡の右肩にポンと手を置き、その手に力を込めた。
紅莉栖は黙って八幡の左肩を背後から押さえつけた。
「な、何だよ二人とも」
「残念だよ八幡、もうボクにはこうする事しか出来ないよ」
「歯を食いしばれ、この馬鹿八幡!」
「な、何でだよ、俺は別におかしな事は何も……」
「あんたはもう少し女心を学ぶべきね、あと喋るのはもっとしっかり考えてからにしなさい」
そしてその直後に理央は八幡に平手打ちをかまし、
二人は八幡の顔に付いた手形を見てパチパチと拍手をした。
「おお、腰が入ったナイスな平手打ちだったね、リオ」
「自業自得ね、理央ちゃん、よくやったわ」
「い、痛ってぇ!理央、いきなり何をするんだよ!」
だが理央はそれには何も答えなかった。
認めたくはなかったが、どうやら今の一連の出来事のせいで、
理央は自分が八幡に好意を持っている事をハッキリと自覚してしまったからだ。
そしてそんな理央の代わりに紅莉栖が八幡にこう言った。
「八幡、ちょっと前の自分の言動を、もう一度再確認してみなさい」
「俺の言動?ええと、理央に礼を言われて、確か俺は………あっ」
どうやら八幡は自分の失言に気付いたらしく、その場で大人しく土下座をした。
「悪い理央、俺の言い方が悪かった、不愉快な思いをさせてしまってすまなかった」
八幡はどうやら、自分が権力で理央に望まぬ返事を強いてしまったと考えたようだ。
なので理央が、躊躇いながらも望んで返事をしたのだとは想像もつかなかった。
理央はそんな八幡を恨みがましい目でじとっと見つめると、諦めたような口調でこう言った。
「もういいよ、私のチョロさにも原因があるんだし……」
「チョロい?何がだ?」
「ううん、何でもない」
理央はこの時、かつて自分が佑真を好きになった時の事を思い出していた。
それは本当に些細な事がキッカケだった。
理央がお弁当を忘れた日に、佑真が笑顔で理央にチョココロネを渡してきたのだ。
『双葉は女の子だから、甘い物の方がいいよな』
そんな些細な出来事のせいで、理央は佑真の事を、入学直後から一年半も思い続けたのだ。
相手に彼女がいた事もあり、理央は告白して返事を求めないという手法で満足感を得、
佑真への恋心を抑える事に成功したのだが、それから一年、理央は八幡と出会ってしまった。
そして今、理央は自分がかつてと同じ道を歩もうとしている事をハッキリ自覚していた。
(彼女持ちの男にちょっと優しくされて、こうも簡単に好きになっちゃうなんて、
本当に私はどうかしてる……)
その時入り口から物音がし、八幡はそちらに向かってこう呼びかけた。
「おい小猫、何か用事か?」
「な、何で私だって分かるのよ!」
そう言って姿を現したのは、八幡の言葉通り、薔薇であった。
そして薔薇は、理央に何かを差し出してきた。
「理央ちゃん、はいこれ、入館証よ、これがあれば受付奥のゲートを一人で通れるわ」
「あ、ありがとうございます」
そして薔薇は、理央の耳元に口を寄せ、そっと囁いた。
「今度私が主催する会に誘うから、今日の愚痴はその時に思いっきり言うといいわ」
「えっ、それはどういう……」
「会の名前は社乙会、正式名称は、社長がモテすぎてムカつく乙女の会よ」
「あっ……」
その名前で全てを理解した理央は、薔薇にこう言った。
「はい、是非参加させて下さい」
その返事に薔薇は頷き、八幡にこう言った。
「経理の方にも話を通しておいたわ、報酬に関してはあんたが設定してね」
「分かった、やっておく」
そしてそのタイミングで真帆がこちらに戻ってきた。
「何か凄い音が聞こえたけど、一体何が……って、あはははは、
八幡のその顔は何?見事な紅葉ね!」
「自業自得です先輩」
「いつもの事だよマホ」
「いつもの事ですか、た、確かにそうですね、あはははは、あはははははは!」
「真帆さん、笑いすぎだから」
八幡はそう言って真帆に手を伸ばし、真帆は笑いながら理央のスマホを八幡に渡した。
「お、ここですね」
「ええそうよ、理央ちゃんもちょっとこっちに来てみて」
「あ、はい」
そして理央は、自分のスマホについたアマデウスのマークをタップし、
直後にスマホから、こんな機械音声が流れてきた。
『パスワードを入力して下さい』
「音声でいいわよ、なるべく他の人には分からない言葉にしてね」
その真帆の言葉に、理央はその時の感情の赴くままに、ノータイムでこう答えた。
「分かりました、それじゃあいきます」
「もう決めたの?それじゃあ音声をどうぞ」
そして理央は、気合いの入った口調でこう言った。
「八幡の馬鹿!変態!女たらし!」
「おい………」
『八幡の馬鹿、変態、女たらし、をパスワードとして登録しました、
同時にユーザーの声紋も登録しました』
その言葉に八幡は天を仰ぎ、理央以外の四人は腹を抱えて笑った。
こうして理央は、波乱のソレイユデビューを終え、
八幡が送ると言ったのを断り、一人で帰途についた。
断った名目は、ここから一人で帰るルートを確認しておきたい、なのだが、
本当の理由は八幡と二人だけで車に乗ると、
顔が赤くなるのを抑えられる自信が無かったからであった。
「はぁ、今日は本当に色々あったなぁ……」
そして一人で無事に家に帰った理央は、食事を終えて風呂に入り、楽な格好に着替えた後、
ベッドにドサっと寝転び、スマホに表示されたアマデウスのマークを見ながらそう呟いた。
「これから忙しくなると思うけど、とにかく頑張ろ、
それに室長の主催する会、楽しみだな……」
理央はさすがに疲れたのか、徐々にうとうとし始め、そのまま眠りについたのだった。
このエピソードはここまでです!