数日後の夜、理央関連の事務処理を全て終えた後、
八幡は一人で自宅のベッドの上に座り、スマホを前に唸っていた。
「う~ん……いざ誘うとなると、逆に少し勇気がいるな……」
しばらくそうしていた後、八幡は考えていても仕方がないと思ったのか、
スマホを手に取り、どこかに電話をかけ始めた。
「お、俺だけど、ちょっと大事な話がある、
キットを迎えに出すから俺の家まで来てもらっていいか?
あ、ええとマンションじゃなく自宅の方な」
そして八幡はキットに何か指示をし、ごろんとベッドに横たわった。
「さて、これで良しと」
それで安心したのか、八幡のまぶたは徐々に重くなり、
寝るつもりはなかったのだが、そのまま八幡は眠りへと誘われていった。
(ん、やべ、寝ちまったか……でももう少し寝ていたい気も……)
八幡はまどろみの中で、そう思いながら抱き枕を強く抱きしめた。
「ん、抱き枕?そんな物俺の部屋にあったか?
まあいいや、何かが胸に当たる感触がとても心地いいし、それに柔らかい……」
八幡はそう呟くと、抱き枕の感触を楽しむように、手でその枕をまさぐった。
その感触はまるでマシュマロのような、それでいて弾力に富んだ素晴らしいものであり、
八幡は調子に乗って、その弾力を心行くまで楽しんだ。
「ふう……よく分からないがとにかくいい感触だった……」
そして八幡はやっと満足したのか、重いまぶたをのろのろと持ち上げた。
そこには羞恥に染まった表情をしたまま必死に何かに耐えるように目をつぶり、
声を出さないようにだろうか、八幡の服をくわえる明日奈の姿があった。
明日奈は八幡の手の動きが止まったせいか、そっと目を開き、
その為八幡と明日奈の目が合う事となった。
「…………」
「…………」
「抱き枕が明日奈に見えるという事は、これは夢か……」
「!?」
「まあいいや、せっかくだから目が覚めるまで、もう少しこの感触を楽しもう……」
「!?!?」
そして八幡は、寝ぼけた頭のまま今の状態について漠然と考え始めた。
「つまり俺の胸に当たっているのは明日奈の胸という事か、
そして俺が今両手でまさぐっているのは明日奈のお尻か、
うん、実にいい夢だ、出来ればもうしばらくは覚めないでくれるといいんだが」
八幡はそう呟きながら、引き続き抱き枕の感触を楽しんだ。
その時トントンと、遠くで階段を上るような足音が聞こえ、
その瞬間にその抱き枕はとんでもない勢いで八幡から離れ、
八幡はそれを残念だと思いながらも、また同じような夢が見られますようにと思いながら、
まどろんでいた意識を再び夢の世界に旅立たせようと、全ての思考を停止させた。
その瞬間に凄い勢いで体が揺すられ、八幡の意識は一気に覚醒した。
「八幡君、起きて、起きてってば!」
「ん………おう明日奈、悪い、寝ちまってたか」
その瞬間に部屋のドアが開き、小町がひょこっと顔を出した。
「お義姉ちゃん、お兄ちゃんはまだ起きない?」
「ううん、丁度今起きたところだよ」
「そっかぁ、随分時間がかかってたから、
昔みたいにぐだぐだと起きるのを拒んでたのかと思ったよ」
「ああ?俺はたった今起こされ………」
「さ、さあ八幡君、食事の準備をしておいたから、一緒に食べよう!」
その八幡の言葉を遮るように、明日奈が慌ててそう言った。
「お、おう、ありがと……」
そう言って八幡が立ち上がろうとした瞬間に、
明日奈が八幡の胸の辺りを見てギョッとした………ような気がした。
そして明日奈は早口でこう言った。
「あ、下におりる前に上着だけ着替えた方がいいかもね、ついでに洗濯に出しちゃうから、
ほら早く脱いで脱いで!」
「わ、分かった、でもそれくらいは一人で出来るから大丈夫だって」
「いいからいいからほら!脱いで脱いで!」
「そうか?それじゃあ頼むわ……」
そして八幡が脱いだ服を明日奈は凄い勢いで奪い去り、そのまま階段を下りていった。
一瞬自分のシャツに口の形をした赤い物が見えた気がしたが多分気のせいだろう。
八幡はそう思い、楽な格好に着替えると、そのまま階段を下り、リビングへと向かった。
「お兄ちゃん、ここ最近は起こされたらすぐ起きてたのに、
今日は随分起きるまでに時間がかかったね、もしかして疲れてるんじゃない?」
「そうだったか?まあ疲れていないといえば嘘になるかもしれないな」
「たまにはお義姉ちゃんと一緒に温泉にでも行ってくれば?」
「ああ、そのつもりだ、今日明日奈を呼んだのもその誘いの為だったしな」
寝る前まで、明日奈をどう誘おうか散々迷っていた八幡は、
その小町の言葉に咄嗟に乗り、ニコニコと笑顔でそう言った。
「えっ?」
「そ、そうなの?」
「ああ、週末に長野でちょっとした案件があってな、
それ絡みでそっちに行くから、ほら、うちの会社の保養所が軽井沢にあっただろ?
もうすぐ夏も終わっちまうし、せっかくだから寒くなる前に、
もう一度明日奈と二人で行くのもいいかなと思ったんだが、どうだ?」
「も、もちろん行くよ!」
「そうか、それじゃあ土曜出発で日曜に戻ってくる感じで予定を立てておいてくれ」
その言葉に明日奈だけではなく小町も固まった。
「お、お泊り?」
「二人きりで?」
「ん、そうだけど何か予定でもあったか?」
「う、ううん、何も無いし、あってもキャンセルするよ!」
「そ、そうか」
そんな八幡の肩を、小町が目を潤ませながらポンポンと叩いた。
「お兄ちゃんもどんどん大人になってくね、小町は本当に嬉しいよ……」
「そ、そうか?もしアレなら小町も一緒に……」
「シャラップごみいちゃん、その汚い口を閉じやがれ!」
「…………」
八幡は小町が冷たい目でそう言ってきた為、思わずその指示に従い口を閉じた。
「よろしい、それじゃあご飯は小町が並べるから、二人は旅行の計画でも立てててね!」
「わ、分かった」
「小町ちゃん、ありがとう!」
「いえいえ、これも愛する義姉の為ですから!」
明日奈がそう言った瞬間に、冷たかった小町の目は一瞬にしてデレデレした目に変化し、
八幡はその変わり様に愕然としつつも、弱々しい声で抗議した。
「お、お兄ちゃんの事も忘れないでいてくれると有難いんだが……」
「ごみいちゃんはもう少し空気読めっていうかこっち見んな」
「す、すみません………」
八幡はそれ以上抗議する事が出来ず、そう素直に謝る事しか出来なかった。
そんな八幡を慰めるかのように、明日奈が八幡にこう言った。
「それじゃあ土曜と日曜の何時くらいに行って帰ってくるか、
最初にそれだけ決めちゃおっか」
「分かった、とりあえず紅莉栖に当日の予定を尋ねてみるわ」
「あ、用事って紅莉栖絡みなんだ」
「ああ、実はな……」
丁度その時配膳も終わり、八幡は食事をしながら二人に茅場晶彦の別荘で発見された、
SAOのサーバーの話をする事にした。
「なるほど、用事ってそれだったんだ」
「ああ、俺が行く必要はないんだが、何かトラブルがあった場合、
近くに待機要員がいた方がいいだろうしな。
まあ何もなくても別荘で報告を聞いて、そのまま紅莉栖達には泊まってもらうつもりだ」
「私達と入れ違いになるって事だね」
「レスキネン部長にも、少しは観光も楽しんでもらいたいしな」
「ちなみにお兄ちゃん、その調査には誰が行くの?」
「アルゴ、ダル、レスキネン部長と紅莉栖だな、あとは萌郁だ」
「萌郁って………誰?」
小町のその言葉に、八幡は軽い調子でこう答えた。
「小町には言ってなかったか、まあ色々な調査を担当する部署の人間だ」
八幡のその曖昧な返事を受け、小町はヒソヒソと明日奈に囁いた。
「お義姉ちゃん、それってアレかな、諜報員的な人かな?」
「ど、どうかな~?あはは、私には分からないや」
その明日奈の返事に、小町はこれは確実に知っているなと思いつつ、
小町には話せない類の事なんだろうなと漠然と理解した。
同時に心配になった小町は、曖昧な言い方で八幡にこう言った。
「お兄ちゃん」
「ん、何だ?」
「危ない事はしないでね?」
「………ああ、分かってる」
それ以上は小町も何も言わず、八幡も特に何も言わなかった。
そして食事を終えた三人は、仲良く片付けを終え、
八幡と明日奈は八幡の部屋で旅行の相談をする事となった。
「………ん?」
「どうしたの?」
「いや、今ベッドに横になった時、ベッドから明日奈の匂いがした気がしてな」
その瞬間に明日奈の挙動が怪しくなり、明日奈は手の平を前に出し、
左右にブンブン振りながらこう言った。
「さ、さっき起こしにきた時についたんじゃないかな?」
「そうか?さっき明日奈はベッドの上に腰掛けたりはしていなかったような気がしたが」
「多分起こす時に触ったんじゃないかな?ほら、八幡君は私の事になると敏感になるから!」
「そう言われると、まるで俺が明日奈フェチみたいに聞こえるな」
「ふふっ、それじゃあ予定を立てよっか」
そう言って明日奈はさりげなく八幡の隣に腰掛け、
先ほど自分が八幡に添い寝した時についた匂いを証拠隠滅とばかりに上書きした。
当然お分かりだと思うが、明日奈は寝ている八幡を見てイタズラ心を起こし、
役得とばかりにその横に横たわったのだが、直後にいきなり八幡に抱きつかれ、
体のあちこちをまさぐられてしまった為にヘヴン状態に陥り、
何とかその状態を維持しようと八幡を起こさないように必死に声を出すのを我慢していたと、
まあそういう訳であった。
「それにしても二人きりで旅行に行くのは初めてかな?」
「旅行って程でもないけどな、二人でってのは初めてだな」
「凄く楽しみだね!」
「そうだな、色々と見て回ろう」
「うん、試験結果もセーフだったしね!」
先日行われた試験の結果は、八幡と明日奈が理系教科で全て満点を取り、
文系教科のアドバンテージの分、僅かに八幡が上回り、
二人が学年一位と二位となるという結果に終わっていた。
当然理事長はこの結果をいぶかしんだが、二人がカンニングをしたとも思えず、
無事に無罪放免になっていた。
「試験な……あれはちょっとやりすぎたよな……」
「次の試験のハードルが上がっちゃったかな?」
「まあ次は実力でそれなりの点を取ればいいさ、今度は予想問題を作ってもらわずに、
純粋に家庭教師だけ頼めばいいだろ」
「まあそうだね、それじゃあお礼の意味も込めて、
軽井沢の保養所に紅莉栖用の甘い物でも用意しておこっか」
「だな、それじゃあ細かい予定を立てるか」
こうして夜は更けていき、そのまま二人は八幡のベッドで寝落ちした。
そして次の日の朝、先に起きた明日奈が慌てて自分の部屋に戻ろうとし、
そこを小町に見つかって、明日奈は盛大に小町にからかわれる事となった。
「あれお義姉ちゃん、もしかして夕べはお楽しみ?」
「ち、違うの小町ちゃん、うっかり二人で寝落ちちゃって……」
「いいんだよお義姉ちゃん、早く甥か姪の顔を小町に見せてね!」
「ほ、本当に違うんだってば!」
「まあどっちにしろ、週末は二人っきりの旅行だし、ね?」
「そ、それは………」
そう言って盛大に顔を赤くする明日奈に、小町は笑顔でこう言った。
「まあ二人とも、楽しんできてね!」
「う、うん」
「あ、そうそう、お兄ちゃんのシャツについてたお義姉ちゃんの口紅、
ちゃんと落ちてたから大丈夫だよ」
明日奈はその言葉にこれ以上無く顔を赤くしたのだった。
そして土曜の朝早く、八幡と明日奈は軽井沢へのプチ旅行に旅立った。