ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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ストックが十話を超えたので、今日は二話同時にお届けします、
こちらが一話目となります、お気をつけ下さい!


第628話 理央、初めてのソレイユ

「そうだ、悪いキット、先に最寄の駅に寄ってくれ」

『分かりました』

 

 突然八幡がそう言ってキットに進路を変えさせた。

 

「駅に何か用事?」

「お前がこれから毎日ソレイユに通うってなら、定期が必要だろ」

「そ、そこまでしてもらう訳には……」

 

 そう遠慮する理央に、八幡は少し怖い顔で言った。

 

「何言ってるんだお前、そういった事はキッチリさせとかないといけないんだぞ、

あと通った日数に合わせて、まあ当面は見習い扱いで安いが、給料も出すからな」

「で、でも……」

「いつまでも高校生気分でいるな、社会に出る覚悟を決めるんだ」

「う、うん、分かった」

 

 そこで八幡は表情を穏やかなものにし、笑顔で理央に言った。

 

「何かと便利だろうし、定期には電子マネーを入れられるようにしておくからな、

そこにいくらか資金を入れておくから、休みの日には色々な場所に行ってくるといい、

そうやって見聞きしたものが、いつかお前の役にたつかもしれん。

受験勉強をしなくて良くなった分、残りの高校生活はある程度そういった時間に回すといい」

「わ、私、あまり出歩いたりした事が無くて……」

「咲太や佑真に連れてってもらえばいいんじゃないか?」

「あの二人にも受験があるからそんなには……」

 

 その至極真っ当な意見に、八幡は笑顔を崩さないままこう言った。

 

「それかそれならこれからソレイユで出来る友達にでも連れてってもらえ

もしくは俺の彼女を紹介してやってもいいぞ」

「えっ?は、八幡さんには彼女がいるの?」

「ん、何かおかしいか?」

「う、ううん、羨ましいな、私も彼氏が欲しいなって思って」

 

 理央はそう言いつつも、胸に僅かな疼きを感じていた。

 

(これってそういう事?ううん、きっと違う、違うはず。

ほら、すぐに疼きが無くなった、とりあえず今はこれからの事だけを考えなくちゃ)

 

「そうか、まあすぐにいい彼氏が出来るだろ、お前はかわいいからな」

「そうだといい……かな」

 

 その八幡の言葉で再び訪れた胸の疼きを、

理央は絶対に気のせいだと自分に言い聞かせ続けた。

やがて胸の疼きもおさまり、駅に到着した後、二人は真っ直ぐに定期売り場に向かった。

 

「……なぁ理央、これってどうやるんだ?」

「えっ、知らないの?」

「いや、よく考えたら定期を買った記憶が無いなって思ってな、

高校の時は自転車通学だったし、今は主に車で移動しているからな」

「ああ、なるほど、それじゃあここは私が……」

 

 そして理央は、八幡の代わりに定期の販売機の操作をし、

無事に定期を購入する事が出来た。

こんな大した事が無い普通のやりとりが、今の理央にはとても楽しかった。

 

「何か悪いな、全部やらせちまって」

「ううん、それはいいんだけど、八幡さん、まるでおじいちゃんみたい、

とてもソレイユの部長さんだとは思えない」

「だな、俺にはまだまだ足りないものがいっぱいある。その分色々と社会勉強をしないとな」

「私もそうかも」

「そうか、まあたまには俺も誘ってくれ、女の子だけだと危ない事もあるかもしれないしな」

 

(別に二人でもいいのに)

 

 理央はそう思いつつ、頭に浮かんだその考えを振り払った。

 

(いけないいけない、こんなのは私じゃない)

 

「そうだね、たまにはね」

「ああ、たまにはな」

 

 そして二人はそのままソレイユへと向かい、無事に本社ビルへと到着した。

受付には美人の受付嬢が二人居り、二人は八幡に気付くと笑顔でこちらに話しかけてきた。

 

「あっ、八幡、お帰りなさい!」

「今日はかおりとウルシエルか、何も変わった事は起こってないよな?」

「うん、特には何も」

「というか八幡さん、私の事をウルシエルと呼ぶのはやめて下さい!」

「いいじゃないか、大天使ウルシエル、かわいいよな?」

 

 八幡にそう尋ねられ、理央はまったく由来は分からなかったが、

素直にそのあだ名をかわいいと思い、その言葉に頷いた。

 

「あ、えっと、こちらは?」

「よく見たら八幡さんが、また新しい女の子を連れてる……」

「人聞きの悪い事を言うな、こいつは双葉理央、春からうちの社員になる予定の高校生だ、

本来はソレイユ奨学金の候補者だったんだが、事情があって大学には行かせない事になった」

「えっ、何で?」

「こいつの教育は大学じゃなくうちで行う。教育係は紅莉栖にやらせるつもりだ」

「ああ~!納得!」

「それはまた、凄い決断をしましたね」

「大学に行かせるより、その方がよりこいつの為になるという判断だ」

「よ、宜しくお願いします……」

 

 そう言って理央は、二人に頭を下げた。

 

「私は折本かおりだよ、八幡の中学の時の同級生!」

「私は漆原える、なので名前をもじってウルシエルって呼ばれてるんだけど、

不本意だから、えるって呼んでね」

「ああ、そういう事だったんですね」

 

 理央はウルシエルの由来を聞き、納得したようにそう言った。

 

「という訳で今後、夕方くらいにちょこちょことこいつがうちに顔を出す事になると思う。

二人とも、しっかりと理央の面倒を見てやってな」

「任せて!」

「理央ちゃん、分からない事があったら何でも私達に聞いてね」

「あ、ありがとうございます」

 

 そこに丁度バイトをしに来たのか、詩乃が顔を出した。

 

「ハイ、何を盛り上がってるの?」

「お、詩乃か、丁度いい、紹介しておくわ」

 

 そして理央は詩乃に紹介され、年が近い事もあり、二人はすぐに仲良くなった。

 

「私はあんまりここには来ないけど、いるとしたら開発室の方にいるから、

また会った時は宜しくね」

「う、うん、またね、詩乃」

 

 理央はもじもじしながらそう言った。同姓の友達がほぼ皆無な理央は、

いきなり友達と呼べそうな女性が三人も現れた事を、とても嬉しく感じていた。

そして八幡と理央は、その足で秘書室へと向かった。

 

「誰かいるか?」

 

 その八幡の呼びかけに、一人で何かの仕事をしていた薔薇が、

ひょいっとデスクから顔を上げた。

 

「あら、今日はどうしたの?確か今日はソレイユ奨学金の……って、もしかしてその子が?」

「おう、こいつが俺の未来の直属になる双葉理央だ、小猫、入館証発行の手続きをしてくれ」

「分かったわ」

「こ……ね……こ?」

 

 理央はそれをあだ名だと思ったのか、思わずそう呟いた。

それを聞いた薔薇は、顔を真っ赤にしながらも、入館証の発行手続きを進め続け、

代わりに八幡が、理央に薔薇の事を説明した。

 

「こいつのフルネームは薔薇小猫、さっき写真を見せた通り、俺の将来の秘書だ。

まあ今は姉さんの秘書だけどな」

「そっか、お名前が小猫さんだったんですね、すみません小猫さん、

一瞬どういう由来のあだ名なんだろうと思ってしまって」

「い、いいのよ、悪いのは全てこの馬鹿だから!」

「ああん?小猫を小猫と呼んで何が悪い、お前は俺が拾ったんだ、

お前の事は、俺は一生小猫と呼ぶからな」

「くっ……改名しようかしら……」

「それでも俺は小猫って呼ぶけどな」

「ああもういいわよ!で、理央ちゃんの肩書きはどうする?」

「見習い社員だ」

「えっ?学生社員とかじゃなくて?」

 

 学生社員とは、主に南やクルスがそれに該当する、要するに大学生でありながら、

既に社内で仕事の勉強をしている者達の肩書きである。

そして見習い社員とは、次の四月から正式な社員として配属される予定の者の肩書きだった。

 

「ああ、この理央は高校卒業後、すぐにうちの社員になる。

そしてそのままうちで教育する。教育係は紅莉栖だ」

「それはまた凄い決断をしたものね」

「お前は反対か?」

 

 その八幡の問いに、薔薇は即座にこう答えた。

 

「ううん、いいと思うわ。うちに求められるのは、

業務によっては大学での勉強は一切通用しないからね」

「だよな、理央はその点いいテストケースになるはずだ」

「了解よ、この事は社長には?」

「これから伝える。あいつの度肝を抜いてやるさ」

「むしろそっちが主目的じゃないの……?

まさかその為に、理央ちゃんに無理強いなんかしてないわよね?」

「するわけないだろ、俺はちゃんと理央にどうしたいか確認をとったからな」

「そう、ならいいわ」

 

 そして薔薇は、理央に笑顔で挨拶をした。

 

「私は秘書室長の薔薇……小猫よ、私はこれから私の事は、室長と呼んでくれればいいわ」

「はい、宜しくお願いします、室長」

 

 そう挨拶をしながらも、理央はちらちらと薔薇の胸を見ていた。

 

「ど、どうしたの?私の胸が何か気になるの?

あっ、い、言っておくけど百パーセント天然だからね!」

 

 薔薇は何を考えたのか、突然そう言い、八幡はその会話を聞かないように遠くに離れた。

 

「あ、す、すみません、えっと、噂通りの大きな胸だなって」

「それはあなたも同じだと思うけど……」

 

 そう言って薔薇は困った顔で八幡の方を見た。

 

「ん、何だ?」

「えっと……今ちょっと胸の話で……」

「そういう話を俺に振るなっての……」

 

 そう言いながらも事情を察した八幡は、こちらに近付いて薔薇にこう言った。

 

「あ~、理央は自分の胸の大きさにコンプレックスがあったみたいでな、

なのでうちじゃまったく目立たないって言ってやったんだよ、

だから俺が言った事が事実だったって本当の意味で納得したんじゃないか?」

「ああ、なるほど、確かに高校生だとそういう事もあるかもね、

大丈夫よ理央ちゃん、うちじゃ私達の胸に変な目を向けてくるような社員はいないから」

「そうなんですか?」

「ええ、うちの会社は女性の方が強いからね、

ついでに言うと、セクハラに対する罰は重いわよ、具体的には即クビね」

「そうですか、良かった……」

 

 理央はその言葉に安心したような表情をした。

どうやら八幡に説明を受けたものの、やはり不安もあったらしい。

 

「ちなみに女子社員が八幡にセクハラするのは無罪放免よ」

「ふざけんな!有罪だ有罪!理央に余計な事を吹き込むんじゃねえ!」

「もう、冗談だってば、本気にしないで」

「はぁ……」

 

 そのやり取りに、理央はクスクスと笑った。

そして八幡も気を取り直したのか、薔薇にこう尋ねた。

 

「さて、今日は姉さんと紅莉栖はいるか?」

「ええ、二人ともいるわよ」

「それじゃあ先に姉さんの所に行ってくるわ」

「分かったわ、事前に連絡を入れておく?」

「いや、いきなりでいい。そうだ、ついでに経理に理央の給料について伝えておいてくれ」

「分かったわ、それじゃあ行ってらっしゃい、理央ちゃん、またね」

「はい、またです」

 

(いいなぁ、何か凄く楽しい、こんなのは高校生活じゃほとんど無かったなぁ……)

 

 そして二人はまっすぐ社長室へと向かった。

理央はこのままいきなり中に入っていいのかと躊躇したが、

八幡はそんな事はおかまいなしに形だけのノックをし、そのまま中に入っていった。

そして理央も慌ててその後に続き、ついに理央は、ソレイユ社社長、雪ノ下陽乃と対面した。

 

「あら八幡君、いつも通りいきなりね」

「これがうちの社長、雪ノ下陽乃だ」

「は、初めまして、双葉理央と言います」

 

 その挨拶に陽乃は一瞬きょとんとし、八幡の隣にいる理央をじっと見つめた。

 

「その子は……そう、やっぱり理央ちゃんを選んだのね、

さっすが私、必ずこうなると思ってたのよ!ここに連れてきたって事は、

理央ちゃんが正式なソレイユ奨学金の支給対象で、将来の直属候補って事でいいのね?」

 

 陽乃は自分の予想通りになった事でご満悦だったのか、

とても嬉しそうに、理央の事を何度も理央ちゃん理央ちゃんと呼んだ。

事前にしっかりと覚えてもいたのだろう。だが八幡は、その問いに首を振った。

 

「残念ながら不正解だ」

「………はい?」

「理央はソレイユ奨学金の対象にはしない」

「嘘、それじゃあ他の子を選んだっていうの?

おっかしいなぁ、他にそんな良さそうな子はいなかったと思うんだけどなぁ、

あれ、それじゃあ何故理央ちゃんをここに連れてきたの?」

 

 そう問われた八幡は、ニヤニヤしながら陽乃にこう言った。

 

「理央はソレイユ奨学金の支給対象にはしない、つまり大学には行かせない、

高校卒業後、すぐにうちの社員として働かせるつもりだ」

「えっ、嘘!?」

 

 さすがの陽乃も八幡がそうくるとは想像すらしていなかったらしく、

目も飛び出さんくらいに驚いた様子でそう言った。

 

「な、何で?」

「このまま理系の大学に行かせるより、紅莉栖に教育させた方が、

有用な人材に育つんじゃないかと考えたからだ」

「紅莉栖ちゃんに?ふむ……確かにそれはそうかもだけど、ちゃんと先の事まで考えてる?」

「紅莉栖に教師役だけさせておく訳にはいかないっていうんだろ?

俺の直属は、よっぽど変わった人材じゃないと採用しない、

具体的には数年に一人レベルにする。そして次からは、理央をその生徒の教師役にして、

紅莉栖にはたまに面倒を見てもらう程度におさめるつもりだ」

「ならいいわ、それでいきましょう!」

 

 その軽さに理央は唖然としたが、これが創業者が社長な会社の利点である。

とにかく決断と実行が早いのだ。

ソレイユがもし株式会社だったらこうはいかなかったであろう。

 

「それじゃ理央、姉さんにちゃんと挨拶だけして紅莉栖の所に行こう」

「は、はい、雪ノ下社長、双葉理央です、これからお世話になります」

「うんうん、勉強以外も色々と頑張ってね」

「勉強以外も……ですか?」

「そうよ、うちにはそんな頭でっかちのお勉強マシーンはいらないの、

勉強も確かに大事だけど、それだけしてればいいってものじゃないって肝に銘じておいてね」

「分かりました、いずれその意味が分かった時に、

そういう事だったんだと納得する事にします」

 

 その答え方を陽乃はいたく気に入ったらしい、

陽乃は目をキラキラさせながら、八幡にこう言った。

 

「八幡君、理央ちゃんってば想像以上にいいね!」

「おう、俺達の見る目が確かさだって事だな」

「さっすが私、さっすが八幡君!」

「だな、それじゃあ行くか、理央」

「は、はい、お忙しい中お邪魔しました」

「またね、理央ちゃん」

「はい、またです」

 

 そして部屋を出た後、八幡は理央にこう尋ねた。

 

「さすがのお前もかなり緊張してたみたいだな、姉さんに会ってみてどうだった?」

「オーラが凄かった、企業の社長ってみんなああなのかな?」

「いや、姉さんは特殊だろ、あんな経営者がそうそういてたまるかよ」

「まあそうだよね、八幡さんも、後継としてのプレッシャーを感じる?」

「どうかな、まあ社長を交代しても副社長として俺の傍にいてくれる訳だし、

分からない事は何でも聞くつもりだから、そこまでじゃないかな」

 

 そんな会話を交わしながら、二人は新設された次世代技術研究部の前にたどり着いた。

 

「さあ、ここだ」

「………少し緊張する」

「まあそうだろうな、それじゃあ中に入ろうぜ」

 

 こうしてついに、理央は念願の牧瀬紅莉栖との対面を果たす事になった。


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