「ここまで来るとちょっとは涼しい?」
「そうだな、湿気が少ないのがいいよな」
キットで高速道路を飛ばしながら、二人は僅かに窓を開け、気温の変化を確かめていた。
「かなり山を越えたね」
「そろそろ軽井沢か、もうすぐ例の連続トンネルだな」
「何か懐かしいよねぇ」
「この前来たのはついこの間のはずなのにな」
二人はそのまま軽井沢インターで降り、軽井沢駅方面へと向かった。
「ここのインターって駅から遠いよね」
「こっちは車社会だからな、駅へのアクセスとかはあまり気にしないんだろうな。
それに単純に用地の確保が難しかったんだろう、古い町にはよくある事さ」
「確かに駅近くには、そんな土地の余裕は無さそうだもんね。
そういえば軽井沢から出てる電車って、自分の手でドアを開けるらしいよ」
「マジか、今度試しに乗ってみるか?」
「そうだね、時間がありそうだったらちょっと乗ってみよっか」
そんな会話を交わしながら、二人は軽井沢駅の前を左折し、
そのまま旧軽井沢方面へと向かった。
「ふう、やっと着いたな」
「少し休んだら、ちょっと周辺をのんびり歩いてみる?」
「そうするか、この前は周囲の散策がかなりおざなりだったからな」
一方それより少し前のソレイユ社では、紅莉栖達四人が出かけようとしている所だった。
八幡達より一時間ほど遅れての出発となるが、
これは五人が凛子から施設のレクチャーを受けていた為である。
ちなみに今は一人足りないが、それは萌郁である。
萌郁は車ではなく、自前のバイクで移動する事になっていた。
「今回は私達の師匠と呼べる先生が参加してるから、
何か分からない事があったら先生に聞いてもらえればいいと思うわ」
「重村教授ですよね?どういう人なんですか?」
「教え子に嫉妬せず、自由にやらせてくれるいい先生だったわ、
あと娘を溺愛してたわね、ふふっ」
「話を聞くだけでいい人そうですね」
「まあでも今どうなっているのかは分からないし、会ってみて判断してくれればいいわ」
「分かりました、それじゃあ行ってきますね」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
とまあ出かける前にこんなやり取りがあった訳だが、いざ現地に到着し、
茅場晶彦や神代凛子の師匠である東都工業大学教授、重村徹大に会った五人は、
重村が聞いていた通りの穏やかな人物だった事に安堵していた。
「穏やかそうな人ですね」
「確かにボクにも人格者に見えるね」
「これなら調査も順調に進みそうでひと安心だお」
「ふ~む、オレっちは何か引っかかるんだが、萌っちはどう思ウ?」
「あれだけではまだ何ともだけど、確かにどこか気になる……かも」
アルゴや萌郁はどうやら何か気になるようであったが、
その本人達も、何が気になるのかまだよく分かってはいないようだ。
ちなみにこの四人はソレイユの中枢の人間だけあって、
萌郁が八幡お抱えの諜報チームの一人だという事を理解していた。
「萌っち、それとなく教授の様子を観察しておいてくれナ」
「分かった」
そんな五人に重村が愛想良く話しかけてきた。
「初めましてミスターレスキネン、そして牧瀬君、お噂はかねがね」
どうやら重村の興味の対象は、この二人であるらしい。
「これはご丁寧にアリガトございます、アレクシス・レスキネンです、
今はソレイユの次世代技術開発部の部長をしています」
「牧瀬紅莉栖です、同じく次世代技術開発部に所属しています」
「雪ノ下夢乃です」
「橋田です」
「桐生と申します」
他の三人は偽名もしくは苗字だけの軽い挨拶で済ませる事にしたようだ。
おかげで重村は、最後までこの三人の事を、
同じ次世代技術研究部のメンバーなのだろうと勘違いしたままだったが、狙い通りである。
まさかハッカーや諜報員ですなどと説明する訳にはいかないのだ。
そして重村を中心に、サーバーの検証が開始される事となった。
「これが雲場池か」
「綺麗だねぇ」
「秋に来たら紅葉が凄いんだろうな」
「その頃にまた来たいね」
その頃八幡と明日奈は保養所周辺を探索し、『雲場池』と書かれた看板を目にし、
今まさにそこに到着した所だった。
「あそこにカフェレストランがあるな、少し早いがあそこで昼食にするか?」
「そうだね、何か変わったメニューでもあればいいなぁ」
二人は腕を組んだままその店に入り、何を頼もうかと相談し始めた。
その時萌郁から最初の定時連絡が入り、八幡はそのメールを確認した。
『重村教授が少し気になります、サーバーの検証を開始しました』
「ふうむ……」
「どうしたの?」
「いや、今萌郁から定時連絡が入ったんだが、これ」
そう言って八幡は明日奈にスマホの画面を見せた。
「教授が気になる、か、何だろうね?」
「どうやら確たる根拠があって言っているんじゃなさそうだな、多分勘なんだと思うが、
しかし萌郁はあれでもプロだからな、そういう奴の勘はよく当たる」
「とりあえず続報待ちだね」
「ああ、それじゃあとりあえず注文を済ませちまうか」
「うん!えっと、私は……」
サーバー調査組とは対象的に、二人はのんびりと観光を楽しんでいた。
向こうに何かあったらこの二人はすぐに現地に駆けつけるつもりであったが、
今はそんな差し迫った状況ではない。こういう時のオンオフは大事なのである。
「しかし前に来た時と違って、あちこちで色々と塗装やら工事をやってるみたいだな」
「そういえばそうだね、どういう事なんだろ?」
「まあ機会があったら聞いてみればいいさ、自分で保養所を塗り替えるのも楽しそうだ」
「そうだね、みんなでやればきっと楽しいよね」
二人はそんな会話を交わしながらのんびり保養所へ向かって歩いていった。
そしてまもなく保養所に到着する辺りで、
二人は隣の家が今まさに塗り替え工事を始めようとしている事に気がついた。
「あっ、丁度いいね、ちょっと話を聞いてみようか」
「おい明日奈、仕事の邪魔をするのは……」
「そ、そういえば確かにそうだね」
「別に仕事じゃないから大丈夫ですよ」
その二人の声が聞こえたのか、今まさに刷毛を持ち、
壁の木部を塗ろうとしていた中年男性が笑顔でこちらに近付いてきた。
「あ、邪魔をしてしまってすみません」
「いえいえ、これはただの趣味なので大丈夫ですよ、
昔こういった仕事をしてたので、自分でやろうと思っただけなんでね」
「あ、そうなんですか、それじゃあいくつか質問させてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」
「えっと、先月は静かだったのに、今日はあちこちで色々作業をしてるから、何でかなって」
「ああ、それは自主規制のせいですね」
「自主規制、ですか?」
「ええ、八月の軽井沢はそういった工事関係は暗黙の了解でやらない事になっているんです、
だから九月はそういった工事が一気に始まるんですよ」
「そういう事でしたか」
「ありがとうございます、納得しました!」
「それは良かった」
そして二人はそのままその男性が作業する様子をしばらく見学させてもらう事にした。
養生と言われる塗料で汚してはいけない場所を専用の道具で覆う作業の説明から、
木部にはどんな塗料が適していて何回塗るか、金属部分にはどんな塗料を使えばいいのか、
色々説明してもらった後に、二人は余っているパンフレット類を分けてもらったり、
実際に壁を塗らせてもらったりと、楽しい時間を過ごす事が出来た。
「長々とご一緒させて頂いて本当にありがとうございました」
「私達はこの隣の保養所にたまに来る予定なので、
もしまたお会いする事があったらその時は宜しくお願いします」
「ああ、お隣さんでしたか、しばらくは天気も穏やかで過ごしやすいみたいですし、
のんびり楽しんでいって下さいね」
「「ありがとうございます!」」
どうやらその口ぶりから、その男性は別荘に永住しているらしい。
そして家に戻った後、二人は休憩しながら来年塗り替えるとしたらどこがいいか、
楽しそうに会話した後、朝話していた電車に乗る事にした。
「しなの鉄道っていうらしいね」
「とりあえず隣の駅まで行ってみて、そのまま少し歩いたところに温泉があるみたいだから、
ちょっと下見に行ってみるか?」
「そうだね、そうしよっか」
そして二人はのんびりと駅に向かい、その途中で明日奈が何かを見つけたのか、
驚いたような声をあげた。
「八幡君、あのコンビニ、色が変!」
「ああ、あれか?条例で派手な色が使えないから、ああいう地味な色になってるらしいぞ」
「あ、そういう事なんだ!」
明日奈は他にも色々な物を見つけては大はしゃぎし、
とても楽しそうにこのプチ旅行を満喫しているように見え、
八幡は、来て良かったなとほほを緩ませた。
「さて、それじゃあ電車のドアを手で開ける体験をしてみるか」
「うん、そうだね!」
二人は楽しそうに頷き合いながら、そのまま駅へと入っていった。
「それでは最初は全員で何か気になるものが他にないか調査した後、
交代で休憩をとりながら解析作業に入るとしようか」
「分かりました、ローテーションはお任せします」
「ふむ、それじゃあ今日のところはとりあえず会社別に分けるとしようか」
「………はい、そうですね」
重村のその提案に、紅莉栖は一瞬躊躇しながらも同意した。
(会社ごとにって事は、もしかして一人になりたいのかしら)
そう思いつつも紅莉栖は、その方がこちらにとっても都合がいいと考えていた。
「それじゃあ順番はどうします?」
「私はいつでも構わないよ、どうせ最後は得られた情報を共有するんだしね」
「そうですね、それじゃあジャンケンで勝った順からという事で」
「ははははは、この年でジャンケンとは、随分久しぶりな気がするよ」
「たまには童心にかえったつもりでムキになって勝ちにいくのも楽しいと思いますよ」
「そうだね、それじゃあさっさと決めてしまうとしようか」
「はい!」
(順番には拘らないのか、何かを黙って持ち去るつもりとかは無さそうだけど……)
そう思いつつも紅莉栖は、ここでアドバンテージをとる為に、
休憩時間が一番最後になる事を期待していたが、
生憎ソレイユチームの休憩時間は一番最初になってしまった。
レクトチームが二番、重村が三番である。
順番が決まった事で、各チームは動き出し、サーバー以外には特に何も無い事が確認された。
これはまあ政府の人間がかなり頑張って調査した後だったので、想定の範囲内である。
サーバー内の情報のチェックがまだだったのは、単に時間が足りなかっただけである。
ちなみに菊岡が、秘密主義との批判を避ける為という口実で、政府関係者ではなく、
複数の外部の人間に最初に見てもらう事を提案したからという事情もあった。
「さて、それじゃあ私達は先に休憩させてもらいますね」
そしてソレイユチームの休憩時間になり、五人はあっさりと部屋を出ていった。
そして別の部屋で、五人は素早く協議を始めた。
「アルゴさん、どう?」
「ハッキング出来るような仕込みはしておいたから、何か隠されてもすぐに分かるゾ」
「僕が仕込んだんだお!」
「さっすが橋田、他に何か意見はある?」
「ボクとしては、可能なら彼が何を呟くかまで調べておいた方がいいと思うね」
「なるほど……桐生さん、どう?」
「やってみる」
そして萌郁は、懐から何か機械のような物を取り出した。
「それは?」
「盗聴器」
「用意がいいわね……で、それをどうするの?」
「これをこうして、こうすれば……」
「なるほど、それじゃあ教授とはある程度楽に話せる私が行ってくるわ」
「うん、牧瀬氏が適任だろうね」
「分かった、お願い」
「頼むぜ紅莉栖っチ」
「クリス、気をつけて」
紅莉栖は四人に頷くと、コーヒーを持ってサーバールームへと入っていった。
「失礼します」
「ん、牧瀬君か、どうかしたのかい?」
「教授の休憩時間まではまだ結構時間がありますし、コーヒーの差し入れをと思いまして」
「そうか、それはありがとう」
「カップとソーサーは、私達が戻った後に適当に片付けちゃいますので、
そのままにしておいて頂いて結構ですよ、女性メンバーがいるのはうちだけなので」
「そうかい?それはすまないね」
「いえいえ、それではまた後ほど」
「ああ、また」
教授に自分で片付けをさせないのは、もちろん盗聴器を発見されないようにである。
ちなみに盗聴器はソーサーの裏に仕込まれている。普通そんな所を見る者はいない。
そして音声のチェックを萌郁に任せ、四人はこれからどうするか、相談し始めた。
「とはいえ教授が何かおかしな行動をとるかどうかはまだ何ともなんだよナ」
「まあ保険って事でいいとオモウよ」
「というか、うちらはどうするん?」
「とりあえずうちにあるサーバーデータとこっちのデータを比較して、
差分があるようならそこの解析って事でいいんじゃないかしら、
まあ何も変わりない可能性もあると思うけど」
「違いがあるとしたら何だろ?」
「一つだけオレっちに心当たりがあル」
そこでアルゴが突然そう言い、他の者達はアルゴに注目した。
「凛ちゃんから聞いた話だと、茅場晶彦もオレっちやハー坊達と同様に、
自由にSAOからログアウトする事は不可能だっタ」
「ええ、そう言ってたわね」
「だがあいつはSAOの管理者でもあった、
つまり当然何か想定外の緊急事態が発生したら、それに対応しないといけなかったはずダ」
「と、いう事はつまり?」
そのダルの質問に、アルゴはこう答えた。
「ゲーム内からシステムに干渉出来る手段を、
茅場晶彦はこっそりと保持していたって事にならないカ?」
「確かにソレは道理だね」
その言葉に、レスキネンが真っ先に同意した。
「だがうちにあるサーバーからは、そういった形跡は発見されていないね」
「そう、つまりそれは、こっちのサーバーに存在する可能性が高いと思わないカ?」
「確かに!」
「そっか、言われてみたらそうかもしれないわね」
「という訳で、当面はそれを見つける事に力を注ぐべきだろうな、
まあどうせ何を見つけても、政府や他のメンバーに報告する義務が発生しちまうんだが、
その周辺で何か面白い物が見つかるかもしれないしナ」
「そうだね、それじゃあソレを目標に頑張ってみるとしようか」
レスキネンがそうまとめ、こうしてソレイユチームの方針が決まった。