「はぁ、いい湯だったねぇ……」
「思ったよりも空気がひんやりしてたな、標高が高いせいなのかな」
「湿気が少ないっていいよねぇ……」
二人は温泉に入り、今はそのロビーでのんびりと雑談しているところだった。
もちろんその手には、コーヒー牛乳が握られている。
「さて明日奈、今日の夕飯はどうする?」
「そうだねぇ、近場で適当なお店に入ればいいんじゃないかな」
「それじゃあそうするか」
二人はそのまま立ち上がり、仲睦まじく寄り添いながら、
駅へ向かって元来た道を戻り始めた。丁度その時萌郁から定時連絡が入り、
八幡は途中にあったコンビニの前で足を止めた。
「明日奈、ちょっと返信するから買い物でもしててくれ、俺は飲み物だけあればいい」
「分かった、ちょっと行ってくるね」
そして八幡は、改めてそのメールの文章をじっと眺めた。
『重村教授には今のところ怪しい部分は無し、茅場が使っていたゲーム内システムを発見、
この後アルゴさんがアミュスフィアで一層にダイブ予定』
「アルゴも思い切った事をするもんだな……というか晶彦さんのアジトは一層にあったのか」
八幡はそう考えつつも、萌郁にこう返信した。
『くれぐれも安全確保だけはしっかり頼むぞ、
あともし可能なら、生命の碑のユナの所がどうなっているのか確認するように伝えてくれ』
その一方で、サーバー解析に勤しんでいたソレイユチームは、
予想通りプロテクトのかかった領域を発見し、その解析に勤しんでいた。
「ここカ……」
「どう?いけそう?」
「これはちょっと時間がかかるな、萌っち、ちょっと他のチームの連中を呼んできてくレ」
「分かった」
そして萌郁が出ていった後、紅莉栖はそっとアルゴに耳打ちした。
「この段階で重村教授を呼んでも大丈夫かしら?」
「さっきまでは盗聴器にも特に怪しい音声は入ってなかったし、
おかしな部分にアクセスした履歴も無かったから、何かアクションを起こさせる為にも、
エサをまいておこうと思うんだよナ」
「なるほど、そういう手でいくのね」
「まあ何も出てこなかったらそれはそれで今後の協力も頼めるし、
挙動だけ確認して後はボスやハー坊に丸投げだナ」
そして休憩していた重村や、離れたところで作業をしていたレクトチームの面々が集合し、
アルゴが画面を見せながら説明を始めた。
そして夕食までは休み無しでその部分の解析を進める事が決定され、
各チームはそのまま作業に入る事となった。
「まあ考えれば当たり前なんだが、第一層に隠しアジトを持っていたなんてナ」
「私はアルゴさんの提案の方が驚いたわよ……
まさかアミュスフィアでログインしようとするだなんて」
アルゴがとった行動は次の通りである。
まずソレイユが開発した、プレイ中の様子をモニター出来るシステムを使い、
そのままSAOサーバーにログイン、当然ログアウトボタンは無いので、
ログアウトしたい場合は口頭で回線を抜いてもらうように頼む。
この際はナーヴギアではなく調整したアミュスフィアを使用している為、
当然アルゴが死ぬ事は無い。
そして茅場晶彦ことヒースクリフがゲーム内で使用していたアジトに侵入し、
内部からそこに何があるのか調査をする。これを実現させる為に各チームは本当に頑張った。
重村教授もとても協力的であり、怪しいそぶりも一切見せる事は無かった為、
今では一定の信頼関係が出来てきており、
ただ萌郁だけが、油断せずにその行動を監視するに留まっている状態だった。
そして準備が終わった段階で夕食をとる事となり、
十分休養をとった後、代表してアルゴが中にログインし、
外と連絡をとりつつ中で作業を進める事になった。
その夕食の席での事である。
「しかしソレイユの技術者の方達は本当に優秀ですね」
レスキネンにそう話しかけた後、重村はアルゴの方を見た。
「そうですね、ボクもいつも助けられていますよ」
「お名前から察するに、夢乃さんは雪ノ下社長のご親族の方かな?」
「私は遠縁です、社長のお父様の隠し子とかいう事は無いのでご安心下さいネ」
アルゴはしれっとそう言い、重村はそのジョークに笑った後、今度は紅莉栖に話しかけた。
「しかしまさか、紅莉栖君がソレイユ入りするとはね、別の意味で驚いたよ」
「別の意味……ですか?」
「ああ、どちらかというと、ミスターレスキネンもそうだが、
二人の専門は脳科学だろう?それがどうしてもソレイユのイメージと結びつかなくてね」
その言葉に二人は何と答えようかと少し迷った。
当然アマデウスやニューロリンカーの事を話す訳にはいかないからだ。
そこに助け船を出したのはアルゴだった。
「それがそうでもないんですよ、先日うちで面白いおもちゃを開発しましてね、
まだ試作段階なんですけどネ」
「ほう?差し支えなければどんなおもちゃか聞いても?」
「自律型AI人形ですよ、現実に存在する人の思考をトレースし、それと同様に振舞う、ネ」
「思考をトレース?そういえば晶彦の直接の死因は、
自分で自分の脳をスキャンしたせいだと聞いてますが……もしやその技術の応用を?」
さすがに真実が伝えられているらしく、重村はやや声を潜めながらそう言った。
ソレイユが、人の記憶をコピーする技術を開発したのではないかと鎌をかけた形である。
それは確かに真実なのであったが、ここでアルゴが持ち出したのは、
まったく差し障りの無い別の事例であった。そう、はちまんくんである。
「いや、そういうのとはまったく違います、色々な人から聞き取り調査をして、
その人物に関する動画とかも含めたありとあらゆる客観的な情報を入力し、
それによってAIを育成し、本人そっくりに振舞うような人形を作り出した感じですネ」
「き、客観的情報だけでそこまでそっくりに再現出来るものなんですか?」
その言葉に重村は、思ったよりも食いついてきた。
「そうですね、AIの性能にもよるんでしょうが、
接した感じ、ほとんど本人と変わらないように見えますね、
まあ入力した情報が多ければ多い程、その精度は高まるんだと思います」
その問いには、質問を上手くはぐらかせた事に安堵していた紅莉栖がそう答えた。
「なるほど……」
重村はそう呟いたきり、何か考え始め、そこでこの会話は終わった。
そんな重村を、萌郁はじっと見つめ続けていた。
「八幡君、お茶を入れてきたよ」
「おう、ありがとな」
「よっと」
八幡はデッキの椅子に腰掛けて空を眺めており、明日奈もその横に座った。
「星が綺麗だよね」
「ああ、そうだな」
「そういえば前に、ユイちゃんとキズメルに星空を見せようって話したよね」
「カメラで見せるのは簡単なんだが、
もう少し自分の目で見ている感を出せればいいよなって思ってるんだよ、
なのでニューロリンカーの開発待ちって事になるかな、
まあ噂のオーグマーとやらが先に完成しちまうかもしれないけどな」
「一応技術協力はしてるんだよね?」
「ああ、可能なら一部は共通規格にしたいしな」
「先日合意したザスカーとのログイン共有に、カムラも参加する事になったんだっけ?」
「そうだな、まあ今後どうなるかはアルゴ次第だな」
「楽しみだね」
「新しい機械って何かわくわくするよな」
そして二人はしばらく星を眺め続けた後、一緒に風呂に入り、
そのまま同じベッドでこの日は眠りについたのだった。
「特に変わった物は何も無し、ただの管理用のスペースって事カ」
アルゴは懐かしきオリジナルのSAOにログインし、
ヒースクリフの隠しアジトの中に入り、そう呟いた。
ちなみに管理用パスワードが『ヒースクリフ』だという事は、八幡に聞いて知っていた。
「これを見ると、やっぱり九十一層まで到達した瞬間に、
街にも敵が侵攻してくる仕様になってたみたいだナ」
『そうなったら犠牲もかなり増えたでしょうね、一体何を考えてたのかしら』
「街で安穏と暮らしてるだけの奴らが気に入らなかったんだろうサ」
目の前のウィンドウに現れた紅莉栖の顔に向かってアルゴはそう毒づいた。
「どうやらここは本当にただの管理者用コンソールがあるだけみたいだな、
ふ~む……おっ、これは……」
『何かあった?』
「とあるダークエルフのNPCと、
管理権限を持つMHCP(メンタルヘルスカウンセリングプログラム)の一部に、
いわゆる茅場製AIを導入した履歴があるナ」
(へぇ、あの二人にね……要するに監視してたんだ……)
紅莉栖は内心でキズメルとユイの事だなと判断しつつ、口に出してはこう言った。
『なるほど、動物実験をしたみたいな感じなのかしら』
「かもしれないナ」
『それはプレイヤーの動向も、ある程度詳しく掴めていたという事なのかな?』
そこで重村が、突然そんな事を言い出した。
「確かに通常のサーバーログよりも詳しいデータが見れるようになってはいますネ」
『なるほど、そのデータも一応バックアップしておこうか、
いずれ遺族の方に渡す必要が出るかもしれないしね』
「確かにそうですね、時間はかかるでしょうが、そちらに送ります」
そして他には特に何も無い事を確認した後、アルゴは街を歩いてみるといって、
ぶらぶらと周囲の散策を始めた。
『これはクリア後のワールドの状況という事になるのかな?』
「はい部長、だと思いまス」
『NPCが全員直立して硬直してるお……』
「ああ、ちょっと不気味だよナ」
『噂では、生命の碑というのがあったらしいが』
「ああ、そうみたいですね、ちょっと行ってみますネ」
アルゴはその重村の言葉に、いい口実が出来たと喜び、そちらへと向かった。
これは当然ログイン前に萌郁に八幡からのメールを見せられたが故の行動である。
「情報だとここがその生命の碑らしいです」
『ここが……』
『全ての名前に横線が引かれているね……』
生命の碑は、アルゴが覚えている様子からかなり様変わりしていた。
全てのプレイヤーの名前が線で消されており、
その横に、『ログアウト』と記入されている物が多く見られたのだ。
「律儀にプレイヤー全員をシステムがチェックしたって事なんだろうナ」
『茅場晶彦は、悪人という訳ではなかったという事なのかしら?』
「いや、悪人だろ、今世紀最大の犯罪者なのは間違いないサ」
アルゴは少し論点をずらすようにそう言い、さりげなく生命の碑の端の方に向かった。
(ユナ、ユナ……あった)
その時重村が、思わず画面に身を乗り出すような仕草をし、外にいた者達は少し驚いた。
『重村教授、どなたかお知り合いでも?』
『ああいや、無事なのは知っているんだが、友人の娘さんの名前が見えたものでね』
『ああ、そういう事ですか、気持ちは分かります』
『交流がある子だから、つい身を乗り出してしまった、すまない』
『いえいえ、そういう事ってありますよね』
アルゴはそんな外の会話を聞きながら、じっとユナの名前を見つめていた。
そこには消された名前の横に、ログアウト、の文字が記入されていた。
(少なくともシステムには、ちゃんとログアウトしたと認識されてるってこったな、
ハー坊、ユナちゃんが生きてる可能性が少しは高まったゾ)
ハチマンとユナの関係を知る数少ない人物であったアルゴは、
心の中でそう思いつつ、これでやる事は終わったとばかりに外に声をかけ、ログアウトした。
「さて、今日はこれくらいにしておこうか、明日細かい部分を調査して、
その結果を持ち寄って共有したら、政府に報告して解散という流れでいいかな?」
「はい、そうですね」
「いいんじゃないデスかね」
「ではまた明日」
「はい、また明日です!」
そして部屋の明かりが落とされ、
ソレイユの五人はとりあえず男性チームに割り当てられた部屋に集まった。
「で、オレっちが潜ってる間に何かあったカ?」
「そうね、目立った出来事といえば……」
アルゴのその問いに、紅莉栖は重村が一度身を乗り出すような仕草を見せた事を伝え、
萌郁がその時密かにその画面の写真をとっておいた事を報告した。
「この中に知り合いがいたって事か、それにしても多すぎるな」
「まあ一応記録として留めておきましょうか、何があるか分からないし」
「一応今夜は私が部屋を監視する」
「すまねえ、頼むぜ萌っチ」
こうしてこの日の調査は終わり、萌郁を残して残りの四人は眠りについた。
(足音が……)
萌郁は急激に自分の意識が覚醒するのを感じ、目を開いた。
萌郁は立ったまま、まったく動かないように寝ており、
物音が聞こえたせいで意識を覚醒させたのだった。
萌郁が受けた特殊な訓練が役に立った形である。
そして萌郁は今いる場所から外の様子を伺い、部屋の中に重村が入っていくのを確認した。
実は萌郁は大胆にもサーバールームのロッカーの中に潜んでおり、
モニターの様子も含め、全てを高解像度のカメラで録画していたのだった。
「今日は実にいい話を聞かせてもらった、地道だがここから始める事にしよう」
(始める?何を?)
萌郁はそう思いつつも、音を出さないように気をつけながら、撮影に集中した。
下手に素人の自分が直接観察するより、
専門家であるレスキネン達にきちんとした動画を見せて、
判断してもらった方がいいと考えたからである。
そして重村が去った後、萌郁はしばらくそのままじっとしていたが、
やがてそれ以上は何も無いだろうと判断し、その場を後にしたのだった。
この辺りの話は、後々の為の種まきだと思って頂ければと思います!
この時期から色々暗躍していないとおかしいですしね!